　１）Ｗ、ウォルトン　　チェロ協奏曲 & 交響曲１番　　　　　　サイモンラトル指揮　　　バーミンガム市響　　　　　　　　　　　　　リンハレル　　　チェロ独奏　　　　　　　　　　　(EMI classic 754572) 記載されたデータによれば、割とブームのようにイギリスを中心とした各社が

ウォルトンの楽曲をカタログに加えていた時期に続く頃の、91年に録音されたもの。そのラトルのCDの交響曲１番の方を一聴するなら特に２，３，４楽章などはさわやかな音調で十分好ましく聞こえるものではある。・・だが、少し真面目にながら聞きをしないで接するなら、この曲を知っているヒトであれば、ほとんど驚いてしまうような扱いを１楽章のウォルトンに特徴的な再現部に入る直前の大変重要な場面でやってることに気づくハズである。展開部の印象的なフルートのソロのフレーズが、メーノモッソになり、木管でこだまの様なやり取りのあとから、連続的に呈示部の第２主題（譜例３）に続く部分にも金管で登場するのと似たせわしない扱いCのtrumpのものにまで移っていく。そこで、メロディーはｖｌとvlaの２分音符で奏されるものとなり、展開部の終わりへと締めくくる（譜例４、５）のだが、ラトルはこの弦楽の高まった部分、５小節進んだ所から何と？急激にすべての楽器の音をとても小さくしてしまっているのである。（譜例１）又ここのところは、単に音が小さく奏されたというより、どういう訳だか響きが瞬間的に不自然に消えてしまうので全くこの曲を聞いたことのなかったようなヒトですら注意していれば不可思議に聞こえそうな、むしろ録音操作的に音量を絞った感じさえする状態で、木管の第１パート全員がE♭とFのトリルを１４小節にわたって続ける締めくくりの部分に入るまで　

こういう処理？（譜例５）をやっている。まず、ここでいえるのは、この２０小節位の部分はWWの非常に特徴的なクライマックスの手法を示していることである。確かに調的に云えば、B♭minorとF7の和音を３小節位の間隔で繰り返しているだけのものが、再現部始めのほうにいたるまで基本的に変化無く行われているのだが、スコッチスナップと共に第１主題（譜例２）の付属する背景のような３つの上昇する音の繰り返し（ここではまずE♭ーG♭ーA♭に始まる３番目で引っ張られる２分音符のﾊ調のトランペットとトロンボーンの金管の声部）（譜例４）が、黒鍵の上を巡るような具合に動きここで変ロ短調の和音に結びついた弦楽合奏と対立した性格が強調されるような格好で絡みついた声部で、一見簡単な音形が非常に複雑なように響く効果がある。この金管の音形は全曲の冒頭にオーボエのソロの第１主題より先にティンパニの小さなドラムロールから立ち現れるようにホルンで聞こえてくる、重要な素材であり、スクリャービンのような痙攣する部分（練習番号３２）が、さらに神秘的な変化音をホルンで付け加えながら最後に金管のD♭-A-D♭で、fffで頂点として鳴らされる短２の音を経由してB♭の主音のオクターブに至る流れが非常に刺激的に聞こえるのもこの音形の金管と弦の対比的な性格を持った部分（練習番号３１）

があるからである。そういった手法的に考えても強調するに値すると思われるともいえる。（→類例・・ハムレットの葬送行進曲の分析へ）とはいえ改めてスコアを見てみれば正にラトルのやっているように（上記譜例１，左から７小節目）弦楽器にはｐの指示がやはり、ちゃんと付けられているのである。そして第１VnがG♭の音高に全音符で達するまで、弦楽器ではｆが記載されてはいないといえばいないわけである。しかし、今までの指揮者がラトルのようにやっていたという訳では勿論全く無い。ラトルに比較的近いのがハンドリーで、確かに彼も意識して、オーケストラの音をｐの部分で少々抑えているのが分かるが、決してラトル程ではない。彼の場合重量感のある音がそれを目立たせない。またマッケラスの場合は、ほとんどｐにしてる感じはないが、むしろニュアンス的な違いが、弦やオーケストラ全体に与えられているようで、またマッケラスの少し痩せているが輪郭を明確にする音作りとフレージングのセンスが、変化を説得力のあるものにする。そして、ラトルと正反対なのが、ブライデントムソンで、むしろ、無視するように再現部に至るまで一直線に音量を上げていっているという様子のものだ。それでは、ラトルが正しく、ブライデントムソンが間違っていると云えるだろうか？まず第１に当然の事ながら、ラトルは一方で高中音の弦と同じメロディーを歌う木管の節目節目に付けられたｆｚを、ほとんど無視しているしまた、弦も金管もｆの指示こそ無いがｍｆが３度目のトリルの前に置かれているし、そこからクレッシェンドの指示も弦全部とｔｒｐ、ｔｒｂに付けられ,８小節後でのフォルテの指示となって、全音符の目　　

立つ場面に全体が入っていく。総じてこのラトルのｐ指示を全汎に適用しているように聞こえる１６小節間の、こういった演奏は不可能でないにせよ素直に考えるなら、ｐの指示で一旦全部の音を弱めるものの、それはｔｒｐとtrmbのマルカートでニュアンスずけられたクレッシェンドを浮き立たすためであり、真ん中の部分のｍｆの指示を経由して持続的に全体も暫増していき次の場面のほぼ全体のフォルテのなかで畳み掛けるF、G♭、E♭、D♭、C、B♭、の金管の切迫させるフレーズにまで発展させるように木管で刺激を間髪的に与えていくようなものとここの指示だけからも考えて良かろう。実際ウォルトンの才能を広く認知させるのに大きく貢献した初演者である優れた戦前の指揮者ハーティーの盤を聞いても,この辺りは一気に突き進んでしまうというのに近い扱いを１９３５年の初録音は示しているし、実際こういうやり方のほうが今日も通例となっているように思われる。というのも、こういう解釈になるのも１楽章全体の構成を考えれば自然な演出であるからである。すでに、第２主題の提示の後、途中で第１主題の特色あるホルンのロングトーン（譜例７）が加わったりして激しく加工させられ、一旦落ち着いた後も、極端にまで変形作業が行われた後、チューバ(などの低音楽器）の唐突なBA＃BF＃FBのフレーズ（譜例８）が、足踏みする弦の中から出てきて、次の段階の予兆を示す。勿論、この音形は練習番号１０番のPocomenomossoになったとき３連譜などのつながったシコペーションするD♭らの背景から、低音部弦楽器で不思議な形で初めて現れるものでも　　あるが、次の段階でより中心的に重要性を持つ。練習番号１８の第１主題が弦で現れる部分の５小節ほど前のブレーキを効かすような７連譜（譜例９）は、練習番号３３の再現部の始まる部分（譜例５）とほぼ良く似たWWの表現手法だが、この間の部分は区切られたように一連の流れがハッキリしているこの曲の　　核心部分といえる。前の部分は、主題労作というカンジに留まるが、ここはむ　　

しろ臨床的心理描写による主題変形ともいえる様相である。まず遠景から響くような閑散としたティンパニの中でむしろ、ほっとするような感じで第1主題が変ハ長調（ロ長調）（譜例１０）で入ってくるが、すぐに不安な気分のようにソロのファゴットでその主題はロ短調（譜例１１）に移され、弦のざわめきの中に孤独な声は、特徴的な引っ張られた音の後のひらめくように落ちるフレー　　ズを、弦のより輪郭の明瞭な音にと変える。そこでこのメロディーはファゴットとクラリネット、弦の3重奏（譜例１２）になり、閑散としたティンパニが再び聞こえる中、分裂的な自由な線の絡み合うラプソディックな動きを室内楽的感覚で行うが、ホルンを手始めに激していき弦楽部全体で、ハ短調となった第２主題を奏して（譜例１３）切迫して行くが、一旦静まり初めのあの不安なファゴットのフレーズが今度はまず、オーボエで鳥の鳴き声として現れ、フルートに一層神経症的な音を加え引き渡され、そして３小節位づつ、オーボエ、フルート、オーボエ、第１Ｖｎ、第２Ｖｎ、コントラバスetcにリレーされて行くうち、低音の弦から見え出し、チェロがざわめき出してからフルートにはっきりと姿を見せるのは、あのチューバとtrbで唐突に奏された音形であり、それが神経症のパニックめいた”めまい”の感覚で歪んだカノン状に模倣されていく場面となる。『・・もろくも消え、弱まろうとしている、　　　　　　ひと吹きの風によって、松の呼吸、霧の中の森のツグミの歌を、恩寵により、此処で失われた。はっきりしなくなったったり、また　　　　　　　　はっきりしたりするこの顔は、なにか？　　　　　　　　　強くなくなったり、強かったりする　　　この腕の脈拍は何なのだろうか？　　　　　　　　　与えられたのだろうか？ただの借り物か？星よりもっと遠く　　　　　　　　　眼よりもっと近いこれは？・・・・・・・　』（TSエリオット：マリーナ　1930年） Marina /T.S Eliot　より　　　

自然の事物と自己の肉体との区別無く、そして空間の隔たりも超えたもの、または恩寵が物理的存在を包含し、すべてを貫通するような世界としての”時代の予兆に対し、もしくはソレを読みとろうとするヒトの様相に対し　その世界のかたちを自らの手段（詩また音楽）に淡々と即し　世界の意味として、”明確に”描き出そうと努める点で、特にウォルトンとエリオットは深く繋がったところがある、ということが出来る。正し、両者に大きな違いもあるのも、もちろんである。特にエリオットが告白風の悪徳描出の中にボードレール的な力強さと又、一般的な親しみやすさ、人気を持ち得るのに対してウォルトンはそうでもなく、より動的な中で力強さを得ている事など色々注意が類比には必要であるだろう。エリオットはＷシェークスピアの戯曲の主人公で、失った娘であるマリーナに会うべき父、ペリクリーズの未来への漠然とした不安と再生の予感を森の鳥らの心象風景として時代を託して上の詩で示す。こういった描写を、（やはり、この詩とこの交響曲の制作時期がほぼ同じであるらしいのは無視出来ないと思われる。）ウォルトンの森の鳥の声の中から第2主題が、湧き出てくるというこの交響曲の部分に、対応させて見てみれば興味深い重要さをこの部分が持っている事が想像出来うるだろう。”めまい”のようにこだまする鳥の声は、1度治まった鳥の声の鳴る発作としてまた、第2主題に渦巻くようにつながって行ってしまうのだが、症状は1度目より悪化している（譜例11ｂ）ともいえよう。　Bの音が保続音的に、維持されるものの、フルート、オーボエ、クラリネットの絡み合うメロディーはほぼ無調になっている。（譜例14）また、ここに至って、第１主題の悲しげな変奏としての最初のソロのファゴット現れた鳥の声（練習番号19）が、新たにフォルテッシモにオーボエ、フルートで奏される部分（練習番号２２）を経由することで、チューバなどの長７音程で始まるあの音形は、そもそも第１主題に派生していることが見えてくる。動機に分解して、反行、逆行、蟹行などの、主として音程による類似関係の形成のように単純に把握出来るものではないし、（一応、今はリズムは度外視して話を進めれば・・）また全体が複雑化しているともいえる様相からベートーヴェンのスタイルほど、その変容は見え易いものではないが、こういった類似の関係性は、流れを、考え単に音符が自立的に存在すると考えなければ理解出来うる類似といえる。考えるべき事は、まずこういった語法は、必ずしも個人的なものでなく、（例えば、最も近いのはマーラー交響曲第9番の1楽　　章の中のもの（譜例17）、別にはラベルの鏡のなかのもの、バルトークのもの、又一見全然違うメシアンの鳥のカタログなども、全面セリーの断片的音楽の隆盛　　

の中でその無機性から、音楽本来の思考から別種のものを付け加えようとする態度を見られるなら、無縁の孤立的語法でもないということ・・）そしてまた、その作家自身に関してもその場だけでない、一貫した”語法”がみつけられるという事。（彼の交響曲2番の第2楽章にも、より全曲の中央の位置に、よりウエイトを置く感じで鳥の声の音楽（譜例15）がある。　演奏者も聞き手も、ドレミファソラシドだけを、聞いているので無く、その音符の連なりの性格を、無意識的に捉え、反応している訳で、結局構造の把握にも不可避に関係してくる。後続の構造の必然性を考える時も、どうしてもこのようなことを含めて考えねばならないように思われる。第2Ｖｎの3度を重ねて上昇する2小節を機に暗い投げやりな感じになった第１主題が導入され直後にひねりを加えてｃ♯から２oct、Eまで弦楽全体で上昇したあと断ち切るように、E-D♯-D♯-A♯と４つの音が鳴らされ、変イ短調で第２主題が、渦巻く中で出てくる訳で、（譜例16）その後はまたフルート、オーボエなどで鳥の声になっていた音形がこんどは、ホルンに移って強力なものとなって、オクターブづつ３段飛びしてからぶつけられる第1Ｖｎの長い弦の冷たい響き（譜例18）と、交互に戦うように進んで行くところ以降、内向きの不安のp中心の音楽から、音数的にも音量的にも増大し、外部に爆発して行く大きな流れに変わって進み出す。６連譜で最後の音で半音上がるｖｎ２とＶｌａが４　　回づつ、４度続けられＢ♭からＤまで登って行くが、切迫した鼓動めいたその上に第１主題の断片ともいえる（譜例19）リズムでほぼユニゾンで笛の響きも、ｆからA♭まで半音で上がって行く。そこに不意打ちのようなffの第１Vｎの半音的なねじくれたフレーズが割って入ると鼓動のリズムは、下から沸き上がるような３回の動きに変わる。（譜例20)そこから全体の動きは一層忙しくなるが、同時に半音階的だった旋律はよりディアトニックなものにもなっている。アクセント付けられたＴｒｐ,CorのＣ-E♭-F-G♭-G♭（１oct下）の飛び跳ねる動きを下から助長するようなＴｒｂが交互に鳴った後、付点のリズムで勢いづいた第２主題　　　　　（譜例21）が、弦で変ホ短調で再び現れ、この弦の旋律と４本のホルンのffのフ　

レーズの交代を繰り返したあと、管全体が結局第１主題の部分に由来する最も鳴り続け、また弦もシュルシュルと切れ目無く動く最も忙しい11小節に至る。（譜例22）そしてその直後に来るのが、あのラトルの不思議に音を絞ってしまっている部分が・・・・・・・【次のページに移ります↓】　　 next ・・・

※・・・・本文横のもの、以外の譜例はこちら。◆ 　　　　　　


おまけメモ　この『マリーナ』からの、引用をいきなりしても『ペリクリーズ』”Pericles” 　　　の話しが無いと、ピンとこない場合もあるだろうから、やはり　説明をしておいた方が親切　　　　　だったかもしれないので、かってに内容を要約してここに付け加えて置きます。　　　　　　　　　　　William 　Shakespeare　◆　Pericules　◆ 古いギリシャの伝説的な物語が、元になった話し。若い領主ペリクリーズは、シリアのアン　　　　チオケのアンタイカス王の娘の評判に引かれて、多くの王侯貴族らと同様　伴侶にしようと　　　その美しい街に訪れることから出来事は、はじまる。しかし、その望みを達成するには王の　　　かける”謎”解かねばならず、それに失敗して挑戦者たちは皆、首を切られてしまう。ペリ　　　クリーズは、その王の謎が、そもそも王と娘の悪しき関係を暗示しているものと気付き、こ　　　の罠から逃れようとする。王は、それを恐れ　彼を殺害しようと執拗な追っ手をかけたので　　　、ペリクリーズは故国にもいられなくなり、諸国を放浪することになる。　　　まず、かって栄えたが今は飢えに苛まれる国・タルソへ逃れるため訪れる。また、彼はそこ　　　で飢えから人々を救う。ところが追っ手はタルソまでもやってきたので、再び安住の地を求　　　め航海に出る。が、嵐に遭遇して難破し、ただ一人で海岸に流れ着く。　　　すべてを失ったペリクリーズも、漁師たちの噂話で、この国ペンタポリスで槍試合があるこ　　　とを伝え聞き、そのチャンスに懸けようとする。その王宮で、サイモニーデス王の信を得て　　　、王女セーザと婚儀をするまでとなる。一方、呪われた関係のアンタイカス王と娘は、乗っ　　　ていた馬車が雷に撃たれ、共に焼死してしまったし、祖国ツロに、どうしても還らなければ　　　ならない事情もあり、子を宿した妻と伴に帰国の航海に出る。しかし再び大嵐にあい、船の　　　中で、娘を生んだ直後の妻は、死んでしまう。海で生まれたので娘はマリーナと名付けられ　　　、その母は棺に詰められ水葬される。船が大破したので船旅は続けられず、ちょうど近くに　　　ペリクリーズゆかりのタルソがあり、そこに船を着ける。が、これからの遠い帰還の陸路に　　　生まれたばかりの娘は堪えられないからと、その地の太守に娘を預けてツロに向かう。　　　娘に再び会うまでは、髪も髭も切らないと誓いを立てたペリクリーズだったが、祖国に帰る　　　と諸事に紛れ、14年も遠いタルソに行くことが出来なかった。一方娘マリーナは立派に成長　　　し、余りに名望が高まったゆえに、却って太守の妻の嫉妬を買う。妻は　恩義有る人の預か　　　った娘を殺害しようと家臣に連れ出させるが、しかし、マリーナは途中で海賊に捕まって娼　　　窟に売り飛ばされることになってしまう。　　　そこでマリーナは生来の機転で客に説教したりなどして無事に切り抜ける。はきだめに鶴の　　　ようなこのことが不思議に評判になって、その地の太守ライシマカスまで届くようになる　　　（ここ辺りは喜劇調）。　　　１４年ぶりにタルソに訪れたペリクリーズの方は、タルソ太守に娘マリーナの墓を見せられ、　　　非常に絶望して帰りの船に乗る。航海中の余りに憔悴したペリクリーズを見て、家臣は慰め　　　ようと、ネプチューン神の祭りのゆかりで、たまたま付近にやってきた船の搭乗者ライシマ　　　カスを連れてくる。口もきけないペリクリーズに対して彼は、あの評判の女性に頼もうとす　　　る。そして、ペリクリーズはやって来たその若い女性こそ14年ぶりの娘マリーナであること　　　に気付き、信じられない喜びの中で天上の音楽の響きを聴く････。　　　　　　　テンペストや十二夜にあるような都合のよい天災や出会いなどは（水葬された妻セーザも仮　　　死状態で棺が流れ着き、蘇生して尼僧となっていてのちに再会する･･･）シェークスピアの　　　よりシリアスな劇の強烈なリアリティーが無い面でもあるが、物語は一種のメルヘンともい　　　える。　　　心の支えを何か失ってしまったペリクリーズの航海中の姿の描写が、シェークスピアの原作　　　で　もう一つ隙間が空いたように欠けていることから、TSエリオットは、この『マリーナ』　　　という詩の発想を、得ているようなところがあるし、また　それはとても上手くいっている　　　ともいえよう。シェークスピアから借りてきた情景から多くのイメージが発散されてきて、　　　この詩はエリオットでも最も魅力のある作品の一つ。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（2002/9/11記)


　　おまけメモ　この『マリーナ』からの、引用をいきなりしても『ペリクリーズ』”Pericles”    
 　　　の話しが無いと、ピンとこない場合もあるだろうから、やはり　説明をしておいた方が親切　　
　　　だったかもしれないので、かってに内容を要約してここに付け加えて置きます。

　　　　　　　　　　　William 　Shakespeare　◆　Pericules　◆

      古いギリシャの伝説的な物語が、元になった話し。若い領主ペリクリーズは、シリアのアン　
　　　チオケのアンタイカス王の娘の評判に引かれて、多くの王侯貴族らと同様　伴侶にしようと
　　　その美しい街に訪れることから出来事は、はじまる。しかし、その望みを達成するには王の
　　　かける”謎”解かねばならず、それに失敗して挑戦者たちは皆、首を切られてしまう。ペリ
　　　クリーズは、その王の謎が、そもそも王と娘の悪しき関係を暗示しているものと気付き、こ
　　　の罠から逃れようとする。王は、それを恐れ　彼を殺害しようと執拗な追っ手をかけたので
　　　、ペリクリーズは故国にもいられなくなり、諸国を放浪することになる。

　　　まず、かって栄えたが今は飢えに苛まれる国・タルソへ逃れるため訪れる。また、彼はそこ
　　　で飢えから人々を救う。ところが追っ手はタルソまでもやってきたので、再び安住の地を求
　　　め航海に出る。が、嵐に遭遇して難破し、ただ一人で海岸に流れ着く。

　　　すべてを失ったペリクリーズも、漁師たちの噂話で、この国ペンタポリスで槍試合があるこ
　　　とを伝え聞き、そのチャンスに懸けようとする。その王宮で、サイモニーデス王の信を得て
　　　、王女セーザと婚儀をするまでとなる。一方、呪われた関係のアンタイカス王と娘は、乗っ
　　　ていた馬車が雷に撃たれ、共に焼死してしまったし、祖国ツロに、どうしても還らなければ
　　　ならない事情もあり、子を宿した妻と伴に帰国の航海に出る。しかし再び大嵐にあい、船の
　　　中で、娘を生んだ直後の妻は、死んでしまう。海で生まれたので娘はマリーナと名付けられ
　　　、その母は棺に詰められ水葬される。船が大破したので船旅は続けられず、ちょうど近くに
　　　ペリクリーズゆかりのタルソがあり、そこに船を着ける。が、これからの遠い帰還の陸路に
　　　生まれたばかりの娘は堪えられないからと、その地の太守に娘を預けてツロに向かう。

　　　娘に再び会うまでは、髪も髭も切らないと誓いを立てたペリクリーズだったが、祖国に帰る
　　　と諸事に紛れ、14年も遠いタルソに行くことが出来なかった。一方娘マリーナは立派に成長
　　　し、余りに名望が高まったゆえに、却って太守の妻の嫉妬を買う。妻は　恩義有る人の預か
　　　った娘を殺害しようと家臣に連れ出させるが、しかし、マリーナは途中で海賊に捕まって娼
　　　窟に売り飛ばされることになってしまう。

　　　そこでマリーナは生来の機転で客に説教したりなどして無事に切り抜ける。はきだめに鶴の
　　　ようなこのことが不思議に評判になって、その地の太守ライシマカスまで届くようになる
　　　（ここ辺りは喜劇調）。
　　　１４年ぶりにタルソに訪れたペリクリーズの方は、タルソ太守に娘マリーナの墓を見せられ、
　　　非常に絶望して帰りの船に乗る。航海中の余りに憔悴したペリクリーズを見て、家臣は慰め
　　　ようと、ネプチューン神の祭りのゆかりで、たまたま付近にやってきた船の搭乗者ライシマ
　　　カスを連れてくる。口もきけないペリクリーズに対して彼は、あの評判の女性に頼もうとす
　　　る。そして、ペリクリーズはやって来たその若い女性こそ14年ぶりの娘マリーナであること
　　　に気付き、信じられない喜びの中で天上の音楽の響きを聴く････。
　　　　

　　　テンペストや十二夜にあるような都合のよい天災や出会いなどは（水葬された妻セーザも仮
　　　死状態で棺が流れ着き、蘇生して尼僧となっていてのちに再会する･･･）シェークスピアの
　　　よりシリアスな劇の強烈なリアリティーが無い面でもあるが、物語は一種のメルヘンともい
　　　える。

　　　心の支えを何か失ってしまったペリクリーズの航海中の姿の描写が、シェークスピアの原作
　　　で　もう一つ隙間が空いたように欠けていることから、TSエリオットは、この『マリーナ』
　　　という詩の発想を、得ているようなところがあるし、また　それはとても上手くいっている
　　　ともいえよう。シェークスピアから借りてきた情景から多くのイメージが発散されてきて、
　　　この詩はエリオットでも最も魅力のある作品の一つ。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（2002/9/11記)