: ティペット の作品 ” Michael Tippett ”
ティペットの経歴は、少し変わっている。1905生まれの彼は、ベンジャミンブリテンより 少し前の世代で、WWよりは3つ下になる。彼が、1939年以前の作品をほとんど破棄してし まったのは(34歳になる訳だから音楽家としては後発といえるだろう・・) イギリスの音楽界が固まってきてから自らの位置を定めたということを物語る・・・というの はかなり当たっていることなのでないか?? (その時期の英楽界の重要性ゆえに・・) また、彼の作風の特徴は、 あるモダンな批評性にあり、 元々 音楽自体が力強い全体性を もつというタイプでもないように思う。 交響曲や弦楽四重奏に創作の力点がかなり置かれたが、残念ながらそれほどの成功はしてい ない、などと、その全集盤のCD他 を聴いて、あえて云いたくなるのは、そこに バック スの交響曲と類似した、何かべートーヴェン信仰復権をめざす西洋音楽観のシンボルとして の、型にはまったあるパターンの印象を聴き採れるから・・・。 実際割と、”向こうの”人たちがこういった作品を押してくるのは「理由」のあることなの で、注意しておいても良い。 むしろ、彼の良さは 自由な発明の許されるジャンルに発揮されていると 見た方が、ティペットの考え方は浮かんでくる。コレルリの主題の幻想協 奏曲のように、 独特の未知の感覚 を喚起する作品?、見ようによっては、 シュールレアリスム に、最も近づいた”音楽”といってもおかしくない 作品、また同様にとても優れた幾つかの作品などは、より注目されるべき。 (2000年1月頃の記述を、2002年11月に文章の流れを整理) 1, コレルリの主題による幻想協奏曲(1953) Fantasia Concertante on a Theme of Corelli, for string orchestra 2, オラトリオ「われらが時代の子」(1939/42) ”A Child of our Time ” ジョン プリッチャード指揮 ロイヤルリバプール プリッチャード(1921-89)は、ティペットの代表作「真夏の結婚」「プライア ム王」の初演者で、この曲の44年の初演は、彼ではないが、58年録音のこのレ コードは、代表的な有名なもの。 この曲は、オラトリオ(普通は聖書に題材を取った音楽劇の形式)とされてい るが、1938年に起こったユダヤ系の少年が、パリでドイツ大使館のナチスの外 交官を殺害した実際の事件を題材に、かなり直接的な内容の台本、歌詞を作曲 者自らが書き、それにオラトリオ風の形式の音楽を付けたものになっている。 この曲は、親族を強制収容所に送ったナチスの一味が、相手とはいえ、人殺し をした実際の少年を主人公とする話で、その子供も英雄なわけでなく、神の力 が、その限界を裁くという筋にはなるものの、とても生々しい主張が音楽化さ れたもの。そういった主人公を、中心に据えるということ自体、大変にユニー クであると考えた方がよい。(それを、オラトリオの形式にまで仕立てている訳 だから・・・) 新約にすらペテロが、剣を抜いてカヤパの手下の耳を切り落としたというはな しは、あるものの、そういった話は、伝説的な昔話か、あまりリアルで無い物 語として登場する場合が、”古典的”な芸術での扱い方の通例で、また一般的 には、芸術らしくなるためには、攻撃する側でなく、”被害者の立場”をとっ た方が収まりがよい(このこと自体、実は大変面白い現象でもある)というこ とを考えれば、このオラトリオは、むしろそれだけで非常に、特性的なものが あることに注目すべきということ。 (もちろん、これはある種のアンガージュマンの芸術の一つとして、芸術とし ては、特殊なものともいえるが、あの”ワルソーの生き残り”だって、主人 公は、全く被害者の立場なのである。) 音楽的には、結論的に話しを、押し流す 最後の黒人霊歌の「深い川」の効果 的な使用に現れている黒人霊歌の語法に内在する、むしろある種の肉体的な暴 力性とすらいえそうなものが、このオラトリオ全体にみなぎっていることに注 目すべきであろう。このオラトリオは、ヘンデルのものやバッハのカンタータ などにも遠くない、あるディアトニックな傾向を示す旋律の対位法的な合唱音 楽の組み合わせで出来ているが、そういった音楽にもかかわらず、合唱、声楽 作品としての古めかしくない 新鮮で力強い響きがあり、それはゴスペル音楽 の系統のもっているものに関係している。 ティペットの音楽的な特徴を考える場合、この自ら台本も作ったオラトリオや また、下記の 「真夏の結婚」などにおける、人物設定を特に考えることが、明 らかにヒントになる。このような設定を通してティペットの最も発見のある要 素が発揮されているし、またこの曲の刺激的な面白さは、終わりまで全曲を通 じたもので、ある意味、危険でユニークな設定、から上手く、きまった音楽の 流れを、作り出している。 ただ、第2曲のコントラルトの歌詞に出てくる「人間は、天を望遠鏡で、測量し、 神々をその玉座から、追い払った」というような少なからず単純な思想を冒頭近 くに据えることゆえの、難点も捉えておくべきではある。(こういった、思想の 先例は、Wブレイクなどにもあり、この類の発想自体が希なので決してないこと も注意しておく必要がある。)確かに、そういったような思想の刺激的な、ある 単純さは、音楽にも根本的なところで反映、共通したものなのだが、そういう発 想の枠組みでは、ちょっと目先を変えただけで、測量すること自体が、神の意志 なのであるという考えも、同程度に必然化するし、そのことを避けられない、と いう問題があるはずだから。 (2003/7/16) 3、 「真夏の結婚」より Ritual Dances 〜 etc The Midsummer Marriage ティペット指揮 イングリシュ ノース フィル ティペット自身の指揮による、89年録音の上記のニンバスのものは、そんな に演奏としては、とても魅力的という訳でもないが、自作自演としての参考 的価値を除いても、重々しいカンジの安定した演奏。また、録音の古い、 初演者のジョン プリッチャード指揮で、ジョン サザーンランドが歌って いる55年の全曲盤 は、ナレーションがちょっと変な感じもしてまとまって いないような演奏になっているような箇所も少々気になるものの、面白いと ころはたくさんある。(「時代の子」で、優れた演奏をしたプリッチャード も、この曲のある種の新しさに十分には適応できないところがありそう。も っと輪郭のハッキリした音作りが、必要という感じだが、リリカルな良さは 相当あるし、サザーランドの歌も、やはり特別な魅力を発揮した演奏になっ ている。ちなみに昔のLPそのままのデザインみたいで、サーザーランドの名 前が、作曲者、指揮者よりはるかに大きくクレジットされているのだが・・・) ティペット自身が、自らの人生で創作力の頂点にあったといっている頃の作 品で、実際 充実した大作〜オペラとしては少し小さめのサイズだけど〜。 (フインジが、その才能の割には、規模の小さい作品が、中心なのに対し、 ティペットは、比較的大作好みの傾向があるのは興味深いと思う。) 主人公のマークとジェニファーという若い男女が、駆け落ちし困難から、再 生しての結婚に到る話しを、いくつもの複雑な儀礼的舞踏音楽 (Ritual D ances)、その情景を交えて、このオペラは興味深い象徴的な観点のものに している。 (当然 春の祭典などからのインスピレーションもあるだろう・・犠牲と再生・・) このオペラのひとつの聞き所の、終わりの方の「ソソストリスのアリア」で 歌うのは、TSエリオットの「荒れ地」の中の有名な千里眼の女Madame Soso strisになっている。(・・・ヨーロッパ1の賢い女で、カルタ占いをするが、 風邪気味・・・)主人公の2人のじゃまをするジェニファーの父、フィッシャー 王(マークを殺そうとする冷酷なリアリスト?)の運命を予言している、こ の”マダム”は、夢と偶然の世界を語り、私は、媒介でしかないが真理だ・・ というようなことを、儀式風の荘麗さをもって歌う。 ティペットとエリオットは、独特の距離を持った批評的態度のとり方の点で、 シンパシーがあったのだと思うが、この作品のようにアドバイスや、ある種 のアイディア、交響曲3番などにおいて、またオラトリオの台本といったこと で、具体的に重要なつながりがある。 (2003/7/16/18。このオペラもとても重要なものなので詳細は別頁で。) 4, 弦楽オーケストラのための 2重協奏曲 (1939) Concerto for Double String Orchestra 5, ピアノ協奏曲 (1955) Piano Concerto H、SHELLEY (pf) R、HICOCKOX Bournemouth Symphony Orchestra CHAN9333 6, エリザベス朝の主題(セリンジャーのラウンド)による変奏曲 (1953) より、第2変奏”ラメントーアンダンテ エスプレッシーヴォ”のみ。 ギルドホール弦楽アンサンブル(ロバート・ソルター他) (RCAーR32C-1162) W バードの”セリンジャーのラウンド”という有名な舞曲を、Bブリテンが鍵盤作品から、弦楽合奏に移して主題とし、競作 のように各変奏曲を作るという1953年のオールドバラ音楽祭でのアイデアの結果がイギリスの6人の作曲家のこの変奏曲作品 である。1953年6月20日初演され、各作曲家当てが、懸賞つきのクイズとして行われるという元来 軽いパフォーマンス的な 作品ではあるのだが、興味深いものになっており、全体のまとまりも一応ある。ブリテンが提唱したものではあるが、こうい った一種のゲームにおいて、ブリテンという作曲家は、必ずしも器用なヒトではないということは念頭に置いておいた方が良 かもしれない。(アドルノのように素人作曲家・・ ※註→@と決めつけるのは"偏見"だが・・・)もしくは、遠慮もあるだ ろうがけっして抜群の存在とは聞こえないのも事実。ブリテンの作曲したのは 第4変奏で、ブリテンらしい軽妙さとひねっ た感じも、あるが、むしろ光っているのは、ティペットの作った第2変奏だともいえるかもしれない。ティペットは、この部 分を基にもっと長く独立した作品に、のちにまとめて発表している。 (2000年1月頃の記述を、2002年11月に文章の流れを整理) ◇BACK