雑記帖 - 旅日記
- No.9
2005夏~沖縄 その5「酔わなかったワケ」 -
泳いででも行く荒海に漕ぎ出した船はまるで葉っぱのごとく、波にまかせて激しく浮き沈む。荒くれロディオはかくやと思わせる。大昔に乗った後楽園のジェットコースター(古い!)なんかほんの作り物、比べるまでもない。30人の乗客の内、30人までが若者のカップルで、最初の内は、大きな波が来る度に「きゃぁ〜、ぎゃぁ〜!」「こんな時には、陽気に笑って波乗りしてなくちゃぁ〜」と、やけに元気にのりのりだった。ところが、風も波も一向に手加減してくれない。大波に備え立ち上がった若者が、思い切り船内の天井に頭をぶつけているとおもえば、今度は一気に海の底まで急降下してゆくのかと思える程に、ずどぉ〜んと激しい衝撃が体中を走ってゆく。
「ふ、ふ、ふくろ、くださぃ」とパートナーを気遣って袋を貰いに走った優しい夫さんをみれば、彼の顔も蒼白。元気にはしゃいでいた前席の若夫婦も、にわかにトイレに駆け込んでいった。後席の細面の夫さんは、先ほどから押し黙ったまま真っ青になっている。横の中年夫婦は、白いスーツを着たご主人に浅丘るりこ似の奥サマ。本来ならばデッキで優雅に風に吹かれてマドロスパイプなんぞが似合いそうなおふたりさんだ。「あら、いやだぁ〜」と嘆きながら、ご主人に支えられている内はまだよかった。いつまでも続く大波と大揺れにいよいよ奥さんは泣かんばかり「だから、わたしは、西表はいやだといったでしょ!」とだんだと喧嘩ごしに。といわれても、こればっかりは途中下船がきかないもんなぁ。
石垣島で飛行機に乗るまでに、何としても請福酒造へ立ち寄らなければならないという使命のあるトさんは、ひたすら時間を気にするあまり、船酔いしているヒマがない。そればかりか、大波が来たらシャッターチャンスだと言いつつ、トさんはカメラを構えて狙っている。波にあわせて慎重に腹式呼吸で対応していた筈のぺこどんも、だんだん慣れてくるともう大丈夫、すっかりサーファー気分で波にのり、のり。そうして、ほとんどの客がすっかり静かになってしまった頃に、ようやく波も落ち着いてくれたのだった。
船が石垣港に近づき、気のはやるふたりは、荷物を手に下船の準備はすっかり整っている。船から跳んで下りるとタクシーめがけて走った。「く、空港までお願いします!だけど、途中で請福酒造さんに立ち寄って貰いたいんです。時間がないので、と、とにかく急いでくださいっ!」酒好きそうなオヤジとその連れ合いが、ただならぬ勢いで乗り込んできたかと思うと、まるで命にかかわる一大事の如く必死の形相で叫んでいる。「何時の飛行機でしょ。大丈夫。間に合いますよ。」なんとも頼りになる運転手さんは、肝っ玉かぁさんのようにどっしり安心の運転ぶり。
請福さんに横付けされたタクシーから飛び出したトさんは、汗でじっとりした「紹介状」を取り出しながら、早速、「何年ものが買えますか?」と切り出す。「とにかく時間がないので、推薦のものを宅配でお願いします」と後からペコもたたみかける。せっかちな客は台風のように店の中をひとまわりし、あっというまに店から出て行った。と思いきや、しっかり20年物の試飲もしていたトさんであった。タクシーに足かけながら挨拶を済ませ、未練一杯に何度も後ろを振り返りながら、しかしとにかく急いで飛行場に向かって貰う。
20分前ぎりぎりに滑り込んだ飛行場は、まるで難民村のような有様。欠航が相次いでいたために、乗り切れない観光客で足の踏み場もない。待ちくたびれた若者達があちこちに座り込み、通路も売店の周りも待合室も人で溢れている。寝そべっている人までいる。発券は行きの便の際に既に済ませてあったので、チェックインだけしておこうと、待合室に入ってゆくと、我々が予約した便は時間通りに飛ぶ予定だという、この混乱ぶりからは信じられないような表示が電光掲示板にされていた。ところがである、まもなくして「交換機材の到着遅れにより30分の遅延」がカシャンと表示された。「ええっ、そんなら早くいってくれ、請福さんに、もっとゆっくりいたのにぃ!」と、トさんはじたんだ踏んで悔しがるが、後の祭り。とにかく「命の水」を1カートン買えたことで、今回はよしとしなければ。
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