雑記帖 - つれづれのことのは

No.201
目をそらしてはならない

7年目に入ろうとする愛車の修理部品が届き、午後から富山へでかけ、ドッグ入りの合間に観たいとチェックしておいた映画「誰も知らない」 に駆けつけました。

実話に基づいている話しだけに説得力があるのですが、切なく哀しい作品です。兄弟愛と少子化、父性愛と母性愛、地域の繋がりと孤独、子供化しつつある大人達等、静かに繰り返される日常を丁寧に描き出してありました。子供達の逞しさや明るさに救いを見いだしながらも、社会の中で人が自由に生きるという事を自問しながら観た映画でした。

昨年のカンヌ国際映画祭で話題をさらい、日本人初で最年少の最優秀主演男優賞受賞作品。演技とは思えぬ目の表情が凄い!少年をここまで自由に演技させる監督がすごいのだろうと思いました。

(2005-03-17)

No.202
ホワイトアスパラガス

その昔、川向こうから野菜を売りに見える、ちょっと腰の曲がったほっそりしたおばあちゃんがおられました。絣のもんぺに日本手ぬぐいで姉さんかぶり、リヤカーに箱を並べて包み紙は新聞紙という正統派のおばあちゃんでした。
「これ、作ってみたけどぉ、あんまりうれんがやちゃ」
「ていねいに土かぶせてやらんなんし たいへんながやれど」
「わぁ~、みんなもろとくよ」と、3束まとめて買ってあげると大喜びされて、「庭先の花やれど」とおまけが付いたりしました。もう、25年(四半世紀!)も前の話しです。そのまんま焼いたホワイトアスパラガスの美味しかったことといったら!

(2005-04-08)

No.203
日々是好日

この頃、なにやら、いつかきた道に1億こぞって引きずりこまれていきそうになっているような気がしないでもなく、鬱陶しい思いをしています。夫婦喧嘩なら笑って済ませられますが、殺し合いの戦争なんてまっぴら御免。

昨晩は、「憲法9条を守る会」に参加しまた。優しい声でありながら凛として会場に響いた澤地久枝さんの決意と、歳を重ねたからこそのユーモアと闊達な知恵がみんなに納得の思いを抱かせた鶴見俊輔さんの講演でした。アトラクションのベアテさんの会による富山弁で読む9条がなんだかしっくりきたのです。

「あんたらっちゃ、富山大空襲で、でかいとの人が殺されたが、知っとっやろ? 忘れたがけ? 忘れたらあかんちゃ!」
「わしらっちゃ日本国民は、人を殺したり、殺されたりすっ戦争は、もうとせんがに決めたがやちゃ」
「世界中が平和になるように、お互いとことん話し合って解決すっがにしたがやちゃ。そやから、文化、宗教、習慣、人種がちごとっても、なあーん問題ないがいちゃ」
「わしらっちゃの力で国に戦争をさせんがっ!」
日頃、聞き慣れた富山弁で語られる憲法9条が、まるで頑固モンのご隠居さんの言葉のようで、道に外れたならず者を叱りながら言い聞かせるみたいな説得力があり、「そんながやちゃ!」と納得。

安らぎの食卓を囲み、好みの器を手に入れたりする満足感は、なににも代え難いしあわせ。笑いながら暮らせるこの平和な日々がずぅ~っと続いて欲しい。気の小さな私は、どうやら保守的でもあるようで、この平和な日々が未来永劫に変わって欲しくはないのです。こんなささやかな幸せがいついつまでも繰り返される暮らしでありたい。

(2005-05-08)

No.204
出会いの日

「もしかして、やすこさんですか?」と、遠慮気味に声をかけられました。「今夜はお寿司!」と三人してお腹をすかせてでかけたいつもの居酒寿司さんで、いつものように食べて飲んで、帰ろうとしたところに。

カウンター前のケースの中にいた大きな鮑に「これください」と目を輝かせたところ、カウンターの向こうの人の目もキラリ。美味しい物は小勢といきたいのだが、ここは仲良く半分分けでとあいなったご家族は、なんと「やすこさんの味」をみて富山にお魚を食べに来て下さった遠来のお客さま。遠いも遠い、はるばる沖縄からの旅の人だったのです!

すっかりお酒を飲んで駐車場の車に乗り込んでしまっていたトさんに「あんな、こんなで、まっこと不思議で素敵なであいながやから」と、事務所に立ち寄って頂きワインで乾杯!美味しいお酒と食が取り持つ縁は、まるで20年物の泡盛にも劣らぬ不思議で深い旨味を伴う出会いを人生にもたらしてくれるもののようです。なんとも不思議で楽しい一日でした。

(2005-05-29)

No.205
NOTO

石畳の坂道をえっちらおっちら自転車を漕ぎまくっているのですが、漕げどもこげども自転車は進まず、その内パンクしてしまい、なぜかサーベル下げたじんだはんまで登場するというおかしな夢を見て、すっかり疲れ果てて目が覚めたら、老眼鏡をかけたまま本の上におおいかぶさっておりました。その本の名は、パーシィバル・ローエル「NOTO」。その昔、家族で能登半島を自転車で走ったことがあるだけに、能登の海岸沿いは思いいれの強い土地です。

ローエルさんは、数学者で天文学者でとんでもない数式をもとに冥王星の存在を予言した著名人で、明治22年に人力車や馬車で東京から能登まで冒険旅行をした人なのです。科学者でもあり優れた文学者でもあった冒険旅行は、観察力と洞察力と鋭い批判精神もあり繊細な表現にうなってしまいます。日本人の気質を素直に受け止め美しさに感動し、文明開化で西欧化を急ぐ政策を嘆いておられて、びっくりします。平成の世をみたらどんなに驚かれるでしょう。

(2005-06-01)

No.206
三本立て

「永遠のハバナ」 、「ヤカオランの春」、「タイマグラばあちゃん」と素晴らしいドキュメンタリー映画を3本立て続けに観ました。どれも、ほんとの豊かさと平和な世界の真理を訴えている作品です。「かね」と「もの」が溢れ、崇め頼ってきた戦後の日本の経済と政治と生活が見失っている「こころ」と「きずな」の暖かさに、静かにふかく感動しました。

「永遠のハバナ」は、ジョン・レノンもチェゲバラもともに愛されるキューバの音楽性にも、ほんとに驚きました。キューバに注目して「200万都市が有機無農薬栽培で自給できるわけ」をレポートで読んでいる私には、確かな手応えが着実にみえつつあるのだと、感心しきり。そして何よりみんなの笑顔がとびきり素晴らしい。

「ヤカオランの春」は、パキスタンのペシャワールを訪れたとき、アフガン難民キャンプをまじかにして、バナナを奪い合った子供にショックを受けたこともあって、注目していた映画です。平和であること、戦争こそが環境破壊の最大の愚であろうかと改めて思いました。主人公の教師の娘さんが、治安が保障される場所で平和に学べることの喜びを笑顔で語る一方で、望郷の思いを抱く姿が印象的でした。

「タイマグラばあちゃん」がせっせと作る巨大な豆腐がおいしそうでした。昔、剣の早月尾根のながいながい登りを息せき切って歩き、たどり着いた伝蔵小屋で「ようきたのぉ。最近のわかいもんは、根性がないで、この尾根をいやがってのぅ」と、笑顔で歓迎してもらい、おばあちゃんが出してくださった手作りのお豆腐を思い出しました。渇ききった喉を潤してくれたのどごしが、なんともいえんかったがやちゃ。

(2005-06-07)

No.207
落語会

愉快な仲間たちの落語会で城端別院へ出かけました。永六輔さんの司会で進められる会は、会場一杯の人達の笑いがあふれていました。ひょうとひょとした入船亭扇橋さんの「弥次郎」のホラ話は、千のうち一つも本当のことを言わない弥次郎さんがそのまんま登壇したようなおかしさ、「六尺の岩をちぎってはなげ、ちぎってはなげ」と、ひょろりとしたなりの扇橋さんが語るといっそうおかしみがました。小三治師匠に憧れる柳屋そのじさんは芸大出身。永さんの解説で出囃子の三味線を披露するそのじさんは粋で素敵でした。昔、たまにお酒が入ったハレのとき、父がご機嫌で唄った端唄の数々も披露され、とても懐かしくてつい一緒に口ずさみました♪トリの柳家小三治さんは「野ざらし」最初から最後まで、満場のお客さんを引きつける話芸に笑い転げました。本名郡山剛蔵さんは父上が校長先生と知るとおかしさが益々ふくらんでしまうのです。

(2005-06-09)

No.208
ぜいたくやさん

近くにある八百屋さんは、昔ながらの雑然とした店構えといい品揃えといい、まるで実家の近くに半世紀前にあった八百屋さんそのまんまという、懐かしい風情のお店です。

時々不足した物があると覗くのですが、大好物のメロンも上等の品物が箱にそっくり入ったままになっていたりします。と、おかみさんが「明日が賞味期限だから半額にしとくよ」。買っていかなくちゃ売れ残って駄目になるかもと心配したりして、ついつい買ってしまうことになるのです。また、このお店の生姜は品質がよく、大きなものがパックされずに量り売りで買えるので、生姜好きには嬉しいのです。

今日も、ちょうど生姜がきれているし買っておこうとお店に行った所、おかみさんが「お嫁にきてから食べ物にはほんと贅沢させて貰って、美味しいものはみんな平等にわけて食べさせてくれるおかぁさんやったがいぜ」と、亡きお姑さんの思い出話が始まりました。「おかげで、子供達もなんでもみんなで分け合う子供に育ったし、仲良くて感謝しとるわ」「だけど、うちの人は、おいしいものみると、つい仕入れてしもクセついてしもて」というわけで、今日もまた、明日が食べ頃の高級メロンがいつのまにか籠に。

「グリンピース好きけ?鞘付きで箱でもっていかんけ」
大きな箱売りで800円なんてウソのように安くてお買い得だけど、剥くのに1時間はかかりそうだな…と思っていると、
「手間やけど、鞘付きは断然おいしいよ味がちごよ」
「休みだし、とさんの大好物だし、もろとくわ~」
「ほんなら白菜たくさんあるから、おまけね。」と大きな束をふたつも車に運び込んでくださった。 生姜を買いに行っただけだった筈が、あかずきやら花豆やら、騙されたと思ってこれもと南瓜やら里芋やら五郎島の薩摩芋やら、どっさり買い込んでしまう羽目になりました。

で、我家では密かにその八百屋さんを「ぜいたくやさん」とよばわっている。どっちが?

(2005-06-12)

No.209
文舞両道

友に誘われてコンサートへ。「ハーバード・クロコディロス ア・カペラコンサート」は、大学では最古の伝統あるコーラスグループの現役学生12名が、夏休みを利用して、約2ヶ月間に渡り、アジア・豪州・欧州・南米と10数カ国で唄い踊りながら旅も楽しむという、なんともうらやましい企画です。

その昔、東○卒業生のシェイクスピア愛好会演ずる「じゃじゃ馬ならし」(だったかな?)では、熱の入りすぎたぎこちない動きと、嬉し恥ずかしながらの台詞も、とちりあり、ど忘れありで、演じている方も観ている方も、どぎまぎだった思い出がよみがえり、今回もひょっとしたら似たりよったりかなと、怖い者見たさ半分、期待半分ででかけたのです。

ところがどっこい、お洒落なタキシードにスリムな肢体の若者達は身のこなしも軽やかで、タップダンスありアクロバットの如き振り付けもあり、ユーモア溢れる観客とのやりとりなど実に楽しく、スィング・ジャズ・バラード・ロックとなんでも飛び出す柔軟な陽気さ。一緒にでかけた美少年命の友達は☆目になって、いそいそと購入したCDにサインを貰ってご満悦。心理学や経済学を専攻する学生さん達は公演後もおさおさ怠りなく、破顔一笑売り上げ倍増でサービス精神満点♪ つられて私もTシャツ1枚お買い上げ。とっても楽しい宵でした。

(2005-06-24)

No.210
魔法の笛よ鈴よなり響け♪

またまた友に手配してもらったチケットを手に、ありがたく「魔笛」の観劇に。結婚30周年を記念し二人して「モーツアルトの手紙」を詠みながらブタペスト・プラハ・ウィーンを旅した際には、「魔笛」を作曲したベルトラムカを訪ねたり、初演されたアウフ・デア・ウィーデン劇場ではオペラ「ドンジョバンニ」を観劇したり。「溢れでる音の洪水にペンの運びが追いつかない」と嘆き、腱鞘炎にもなっていたモーツアルトさんの勢いある流れるような筆跡の楽譜に感動を深くしました。

ポクロフスキー・モスクワ室内歌劇場の舞台は、小さい頃に目をまん丸にしてどきどきわくわくしながら観た移動テントのサーカスのジンタを彷彿とさせ、賑やかさと懐かしさがないまぜになったほのぼのとした雰囲気もかもしていました。通の席(実は貧民席ともいう)からはオケボックスも丸見え、舞台で使った小物を受け取った楽団員さんが翫んでたりしていてクスッ。

前半は、ノリが少々悪かったためか、コックリしている人やら相変わらず携帯ならかしてくれる人やら(バカメ!)でしたが、後半は楽しい展開。ロシア訛のドイツ語がまたほほえましぃ。ぱっぱっぱぱぱぱぱっ♪魔法の笛や鈴がなれば「自由と平等と平和が訪れ、世界中の愛が成就し、悪は滅びる」というモーツアルトさんの思いが、明るく陽気なリズムで唄われ、やっぱりオペラは楽しい♪

(2005-06-25)