旧掲示板
セリ人さんに泣かれようと、もう少し、シャモニー報告続きます。
シャモニー3日目はゆっくり起きる。
部屋のベランダの手すりには、約10センチの雪が積もっており、まだぱらぱらと降っている。
前日スーパーで買い込んだホワイトアスパラガスやジャガイモ蕪などをぺこさんが、茹でる。今から、40〜50年前シャモニーに始めてスーパーが出来た頃は、余りはやらなくて、昔ながらの小売店で買い物をしていたと日本にガストン・レビュファーの「星と嵐」を紹介した近藤等さんが書いているが、いまや夕方のスーパーはスキー帰りの買物客でごった返している。
さすが、農業大国フランス、野菜や果物が安くて豊富、ここでは客が好きなだけ取って、秤に掛けて、例えばリンゴの絵を押すとシールが出てきてそれを品物に貼り付けてレジに行く。
若者は、ザックにワインを詰め込んで、更にフランスパンを2,3本差込み、両手に水やビールのカートン、野菜肉チーズなどの食材を詰め込んだ袋を手がちぎれんばかりにもって宿に帰る。袋を持参してきている人も多い。こんな人達とはとても喧嘩をしてもかなわないと思い知る。スキーも、まず体力に、脚力である。
バスに乗って、アオスタツァーに参加すべく11時頃スキーバスに乗ってツーリストインフォメーションに向かう。
ブレバンスキー場で彫りの深いチャーミングな娘さんとお母さんが青い顔で乗り込んでくる。「上どうでしたか」と聞くと娘さんが「寒いなんてモンじゃない、ブリザードよ。」と答える。
シャモニーの入り口にモンブランをぶち抜いたモンブラントンネルがあり、約40分でモンブランのイタリア側のスキー場「クールマイヨール」に到着する。
前回ここを訪れたが、南斜面なので、陽が燦々と降り注ぎ食事が美味しかった。
また、細い迷路のような通りの買い物も楽しかった。
アオスタは、ここから更に一時間近く下ったローマ時代の遺跡が残る町。
今回は、是非ここへ行きたい。しかし、今週のツァーは参加者が少なくて成立しなかった。
かくなる上はスキーしかない。
ぺこさんは、もう一日休養とのこと。
宿にとって返して、羽毛服を一枚余計に着込んで出かける。
宿は、ブレバンスキー場の一番下のゲレンデ脇にあり、そのままスキー場に出かけられる。ロープトゥに乗れば、ゴンドラ駅に滑り込める。
ゴンドラに乗って2000m地点まで、行くと意外にスキー客が多い。しかも、約30センチの新雪。もうお昼過ぎなので、どこも喰われているが、日本の例えば立山山麓スキー場のように縦横無尽に切り刻まれ、新雪斜面と言うよりは単なる不整地というのとは大分異なる。とにかく広大だから当然か。
板がセンター幅80,長さが160と言うのが不安だが、とにかく手始めにリフト下に入り込む。ワー行ける。2,3回この斜面で足馴らしをして、次に2450Mのコルヌのリフトに乗る。リフト下に広大な新雪斜面が広がり、ここを滑るには、上部の約60〜70Mはあると思われるクールワールを抜けてこないといけない。これが、3,4本あり、どれにも踏み跡があるが、そのうちの一つはスキー幅ほどしかない箇所もありとても太刀打ちできそうにない。真ん中の広いところが約10Mありそうなコースが何とかなりそうだ。
このクーロワール入り口に到達するにはと目をこらすと、左側の深雪斜面から回り込んでいるようだ。そこで、まずここに無造作に入る。
しかし、吹きだまりに足を取られていきなり転倒して、スキーが外れる。
やばい、一人では一番まずい状況と慌てて、ストックで雪面を探るとあっという間にかちゃっとあたり、安堵の胸をなで下ろす。
しかし、これは慎重に滑らないといけないと、3,4回は、コース横の新雪を滑る。これが又長い。ターンしてもターンしてもまだ斜面の3分の一ほどしか滑っていない。新雪悪童連隊長のたけどんだったらそぞかし驚喜するだろう。
ここを滑らないと男になれないと自らにプレーッシャーを掛けて、意を決して、クーロワール上部に入り込む。
いざ、谷に入ってみると、ガサッと、新雪の下のアイスバーンがあたる。
見かけは新雪斜面だが、急峻なので、思ったほど雪が着いていないのだ。
一個一個刻むようにどへっぴり腰で降りる。なんと言われようと良い。滑落だけは避けたい。
何とか下部まで到達。
一息入れて広大な斜面にとの字印のシュプールを刻んだのでした。
せり人さんを、もっと泣かせたいところだが、とのシャモニーの絶頂期は終わったので、そろそろ喜ばせそうだ。
シャモニー3日目の夕食は、ガイドの津田さんやかよこさんご推薦の「ル・ビストロ」と考えていたが、何となくお腹が重く、宿で食事をすることにする。二人でスーパーで買い物をして、日本で食べたことがないカップヌードルまで買い込む。この頃には、スーパーから「クラブメッドサボイ」へ向かい、スキー場を横切って宿までと言う近道を発見していた。ぺこさんが、デザートワインを飲みたいというので、スーパーへとって返して、約9ユーロの「ソーテルヌ」と赤ワイン19ユーロの「ニュイ・サン・ジョルジュ04」を買う。チーズのモンドールは、なんと6ユーロだった。
ぺこさんが、美味しそうな食事を用意してくれるが、どうにも飲めない、食べられない。
明日は、ぺこさんも滑るというので、スネルスポーツで、別の板を借りて、ついでにともセンター幅9センチ、長さ170に換えてきた。
シャモニー4日目も曇天、軽く雪模様。この頃には、とは、一昨年のバリ状態となっていた。梅干し、ドライ納豆、シャモニー蜂蜜で、なんとか、スキーエネルギーを補給する。
「プラウン」が、たたったのか、連日のスキー疲れか、はたまた両方か。
出発前に、ウィーンの森川さんから、2日間で3コンサートなので、シャモニーで体調を整えてウィーンに来てくださいと言われていたのだった。やばー。
とりあえず、ぺこさんとブレバンスキー場に出かける。
ぺこさんは、今度の板が軽くて、すべりやすいと整地斜面を快適に飛ばす。
とは、少し広く長くなった板で、不整地に突っ込む。さすがに安定している。
やがて、昨日行ったコルヌにもでかける。ここでも、ぺこさんは整地斜面を、とは、不整地に入る。それにしても、こんな高いところまで、よくもピステンしてあるものだ。
ぺこさん絶好調のようだが、寒いので、小屋に駆け込む。
ふたりとも、温かいショコラをすする。
隣の客が、温かい赤ワインを美味しそうにすすっているので、こちらも一個頼む。なるほど体が温まる。
ぺこさんは、まだまだ滑りたそうだったが、天気が回復しそうにないので、ゴンドラで下山。かくして、シャモニースキーは終わった。
スキーを返して、スネルスポーツの近くのケーキ屋さん「サロン・ド・テー」に勤めるかよこさんにお礼かたがた訪ねる。ほんとに、感じがいい。
この晩は、もう殆ど食べられなくなっていた。
5日目、鏡を、覗くと眼が落ちくぼんだ爺さんが目の前にいた。「あんた一体誰?」
首筋は、鶏というか軍鶏のように皺だらけ。
これじゃー、まるで「しゃも爺の休日」だ。アオスタへ行くのは、「老婆の休日」といっていたのだが、これは実現せず。しゃも爺の方が実現してしまった。
5日目は、山のベニスといわれる「アンシーツァー」に参加しようと言っていたが、又流れるかも知れず、体調も悪く宿で、午後までふて寝をしていた。
おそおそ街に出て、夢遊病者のようにあちこち歩いてお土産などの買い物をして、かよこさんとこに再び顔を出して、チョコやマカロンなどを買い込み、ベルナデットさんにもお礼に出かけたところ何とツーリストインフォメーションで絃楽4重奏のコンサートが始まっていた。
あわてて、ぺこさんを呼びに走り、たっぷりモーツアルトなどを堪能したのでした。
帰り道日本料理「さつき」に初めて入った。ぺこさんは、うどんにおにぎり漬物を注文、とは蕎麦を。
これがまともな物で、こんなことなら毎日カップヌードルをすすらずここに来ておれば良かったと苦笑い。
お客は、全部外人さん(こっちが外人か)で、寿司、天ぷら、唐揚げなどを注文している。
日本のスキー客は、少なかった。リフトに乗り合わせた、リヨンから来たというおじさんに、「お前はジャパニーズか。10年前は沢山いたが、今年は珍しい。日本の経済は崩壊したんだろう」といわれてしまった。
シャモニーも、あんなに混雑しているエギュ・デュ・ミディ駅の改装工事が中座しているなど決して良くはないようだ。しかし、なんと言っても食は豊である。従って生活もまた豊である。
お腹を壊して、食の大切さを身を以て痛感してしゃも爺の休日は終わりを告げたのでした。
さーあすからウィーンの休日だ。
いつものパターンは、スキー&イタリア。高地からイタリアへ列車で降りるのが、何とも気持ちがいい。
今回は、スキー&ウィーン。これは、初めて。
ウィーンの手配は、全て森川さんにお任せしてあった。
スキー道具が入った重いスーツケースを、行きの機内で教えて貰った空港内の手荷物預かり所に預けた。そこへ、森川さん手配のタクシードライバーが現れた。車は、機械式ベンツで、コンピューター部分がドコにもない。
目的の宿は、旧市街のど真ん中。旧市街は迷路の様になっており、宿まで、なかなか辿り着かない。
小路の中にあったレストラン&宿の「オッフェン・ロッフォ」で森川さんと再会する。
森川さんとゆっくり美味しい昼食を食べて、宿で、バタンっきゅうをする。
夕方、再び森川さんから電話があって、今から宿まで行きますので、一緒にオペラ行きましょうとの誘い。
この日は、ウィーン国立オペラでR・シュトラウスの「アナベラ」のチケットを用意して貰ってあったのだった。宿を少し出ると、ウィーンの繁華街が広がっている。
宿ちょっと地点からシュテハン教会までの通り、そこからオペラ劇場までの通りは、銀座通りと変わらない。
ウィーンオペラ劇場の席は、何と3階正面の貴賓席。音の通りが一番いいところ。
ウィーンまでの機内誌で、ここのオペラ劇場の特集号を読んできた。舞台道具と言い、衣装と言い、とてつもない準備がなされている。コンピューターも導入されているが、最終的には人のようだ。
やがて、舞台が始まる。座席の前には、英語字幕が現れるので、忙しい。
しかし、字幕のおかげで、あらすじは理解できる。
衣装は、斬新。まるで、現代劇。さすがに、皆さん、歌は上手い。
オペラがはねた後、森川さん、行きつけの市内のホイリゲで、森川さんの奥さんとっこちゃんと4人で軽く食事をシタノデした。
ウィーン2日目は、地響きのような音に目を覚ました。
市街地を一周するリングの電車の音だろうか。いやここはリングのど真ん中で、相当離れているはずだ。
階下に降りて通りにでてみて、始めてその正体が分かった。宿の周辺は昔ながらの石畳の通りだった。この石畳は、漬け物石をタテに埋め込んだように凹凸が激しい。そういえば、森川さんの奥さんが、この道が苦手と言っておられた。
この道を観光用の馬車が通ると、こつこつと小気味いい響きがする。しかし、車が通ると轟音が響くのだ。
この石畳の道も、目抜き通りでは掘り起こされ、擬石に取って代わられようとしている。
前日、ウィーンに入ってウィーンのガイド本はおろか地図一枚持っていないことが判った。大胆というか迂闊。慌てて荷物をひっかきまわすと、オーストリア航空の機内誌の最後に簡単な市街地図についていた。これが、唯一の頼り。しかし、案ずるより産むが易し。宿から王宮や美術館などは至近距離で、わかりやすかった。
取りあえずウィーン名物の馬車に乗る。ヴェニスではゴンドラ、ウィーんでは馬車に乗るのが、お上りさんの由緒正しき観光マナーである。30分で65ユーロといかにも高いが、お上りさんは仕方がない。ドライバーは強気のおじさんで、客が判ろうと判るまいと随所随所の建物の単語を一言言うのみ。地図と照らし合わせて何とか理解する。
おじさん停車後には、とのカメラで何枚も写真を撮ってくれた。カメラの構え方も堂に入っている。
次に馬ついでに王宮内のスペイン乗馬学校に出かける。
既にショー始まったためか、チケット売り場には、誰もいない。
入り口におじさんが一人いた。「もう始まったのか」「あと30分は見れる、2人で23ユーロだ。」正規は一人16ユーロ、この23ユーロは、ホイリゲに消えるのかとの疑問がよぎったが、折角なので、中に入る。
会場では、なんとも典雅な馬術ショーが、繰り広げられていた。
たまちゃんと、能登水族館で見たイルカショー馬編を期待したのだが、イルカショーというより、馬の円舞会だった。さすがウィーン。
そうこうしているうちにあっという間に時間が経つ。
あわてて宿に戻り、昨日に続いて「オッフェン・ロッホ」で昼食を取って、3時半開演のウィーンフィルコンサートに向かった。
今日は、3時半にウィーンフィル、7時にウィーンフォルクスオーパーの2本立て。
ウィーンでのウィーンフィルコンサートは、年間10回程度しかなく、席は殆どウィーン子に代々受け継がれており、一般には立ち見以外は入手困難なようだ。それをゲットして貰った。感謝。
二人で、三時に宿を出て、まずはペスト記念塔のあるグラーベン通りを急ぐ、次にシュテハン教会で右に折れてケルントナー通りに入る。土曜日なので、観光客で通りは大変な人混みの中、かき分けながら進む。やがてリンク通りに差し掛かると昨晩陶然とした国立歌劇場が右手に見えてくる。戦後壊滅状態にあったウィーンの中で、ウィーン子は、1955年にいち早くこの建物を再興したという。さすが音楽の都。
楽友協会は、リンクを左手に約200M進んだところにある。
この日は格別暑かった。一応めいっぱい決めたつもりで、汗だくになりながら、会場に着いた。握りしめてきたチケット引換券を、交換所を探して引き換えた。やった、本物のチケットをゲット。
係員に案内して貰った座席は前から4番目だった。しかも、今日はTVカメラが入っている。隣の常連客は、今日のピンチヒッターはあんたかね、と言う顔つきをするので、軽く会釈をする。ニューイヤーコンサートの行われる会場にいるなんて夢のようだ。
やがて、ベートーベン4番が始まる。静かな滑り出しから、軽快なテンポに転調になる。
コンサートマスターは、ライナー・キュッヒルさん、指揮者はテーレマン。
二人が、ほんの3M先で掛け合う。こんな表現で申し訳ないがまるで、獅子舞を見ているよう、指揮者が天狗で、コンマスが獅子。キュッヒルさんが、懸命に強奏部を引き出す。ジット見つめるティーレマン、やがてにこっと笑って全体に向かい大きく棒を振る。お互いに汗をとばしながらの熱演。最終楽章は、例によって走る走る。
次の第3番の最終楽章が、4番よりもっと早く感じるほどだった。
原音がびんびん飛び込んでくる。脳天がしびれる。こんな、激しいウィーンフィルは見たことがない。
やがて、会場中割れんばかりの拍手で、ティーレマンが何度も呼び戻される。
いつまでも余韻にひたっているわけにはいかない。
慌てて会場をあとにすると、ヴァイオリンを抱えた森川さんが迎えに来てくれていた。
ご成婚40周年とは、ご立派やねぇ、おめでとうさん♪
モンブラン?シャモ?食べ物とちゃうのね。
すご〜〜い!観光ガイドブックみたいになっとるわ!!!
これからもずっと仲良くね。
フォルクスオーパーまでは、リングから離れているので、地下鉄で向かう。
「フォルクスオーパー駅」がちゃんとある。
森川さんが、楽団員の出入り口から案内してくれる。
本日の指揮者がやってくるので、挨拶する。彼は日本びいきで、相撲ファンだという。
楽団の食堂で、小腹を満たす。ゆで卵、リンゴなどをもらう。
ビールやワインもおいてある。演奏前に飲んじゃいけないという規制はないという。
誰も飲んではいなかったが。いやはや、こんな舞台裏まで体験できるなんて。
裏から、ひょっこり座席に出る。
本日の座席は、一番前。オケピットが一望の下。
森さん「とさんたちが、寝ていたら、静かに弾くようにいいましょう」とおっしゃる。
これは、寝ちゃーならん。
本日の出し物は、オッフェンバックの「ホフマン物語」。
色彩豊かな、まか不可思議な物語。会場は、満員御礼状態である。
第3幕に聞き慣れた「ホフマンの舟歌」が出てくる。
最後にまたまた極上のエンターテイメント。ウィーン3部作の完成である。
舞台がはねた後、森さんが、自宅へ誘ってくださる。
迷惑だとは思いつつ、ウィーン最後の晩、いや今回の旅行最後の晩、とっておきの白ワインが、用意してあるとの誘い文句にもはや、何の抵抗力もない。幸いおなかも完全復活。
10年ぶりに自宅を訪問した。タローくんとは、8,9年ぶりの再会。それこそ、1メートルぐらい身長が伸びている。このタロー君は恐るべき大道芸の持ち主。現時点で、世界放浪の旅に出ても食っていける位の技を持っている。
まずは、水中バブリング。水中に潜って、口からきれいな円弧を次々に描き出し、最後に数個のサークルの中を下からくぐり抜けるという技。その他、ジャグリング、ヨーヨー。ユーチュウブに公開してあるので、探してみてくださいませ。
白ワインは、昨晩の市内のホイリゲの新酒よりさらにこく甘い。奥様の手作り量にぴったり合う。アルザスのゲベルストラミネールに通じるような味。オーストリアの白ワインの実力を再認識した旅ともなりました。
いよいよ最終日。
12時にタクシーが迎えにくる。
ウィーンに来たからには、美術史美術館のブリューゲルの部屋を尋ねねば。
開館は、10時。あいにくの雨である。
10時前に到着し、開館と同時に入場した。
まずは、日本語パンフレットを手に入れ、みたい場所を確認する。
ブリューゲルのほか、ここではフェルメールの「絵画芸術」、ベラスケス、カラバッジョ、野菜男のアーチンボルトである。
ヨーロッパへ始めていったときは、美術館の大半を占める宗教画までも一生懸命眺めていたが、これだけすれっからしになると、その辺は一切パスである。
フェルメールは残念ながら、お出かけだった。
やはり、ここではブリューゲル。アントワープの裕福な出でありながら、農夫の格好をして農夫の中に潜り込み、彼らの生活や習慣を知ろうとしたという。とは、「農民の婚宴」「雪中の狩人」「農民の踊り」「子供の遊び」が好きだ。彼の目線が暖かい。
子供の遊びは、とが、小さい頃した遊びがかなり書き込まれている。84個の遊びが確認されている。
この部屋にいるとほんわかとした気分に包まれる。
満ち足りた気分で美術館を後にして、さて、最後の買い物をと昨日目星をつけておいた店に出かけたが、なんと日曜日はどこも休みだった。そうだった。シャモニーでも、12時から、2時までかっきり休み。30秒遅れても両替ができなかった。もはや、買い物はどうでもいい。
今回、二人とも決定的な忘れ物がなく、よかったよかったとパッキングして、タクシーが迎えに来てくれた後、金庫にパスポートを入れたままであり、その鍵は、スーツケースの中にしまったズボンに入れたままであることが発覚し、大慌てで、スーツケースを開け、再度パッキングし直したくらいが大失敗だった。
ウィーンのアパートメントのエレベーターは、部屋の鍵を差し込まないと昇らないという何ともいえない味のあるレトロなタイプ。
森さん御用達のタクシー運転手が、空港でもあちこち必要箇所をてきぱき回ってくれる。あっという間に出国。
ウィーンは、何から何まで、森さんファミリーにすっかりお世話になった。
オルボワール シャモニー。ダンケシェーン 森さんファミリ−。
無事に日本に疲れた、じゃなくて着かれた様で何よりです。
ウィーンでは一応万全の体制を敷いていたのは大正解でした。
こんなにスイスで大変な事になっているなんて、しかもプラウンまで食べてしまっているなんて、
我々の想像の範囲を超えていました。
しかし我々も先見の明があったと言うべきか、
お二人が見た目が若々しく、外国旅行にも慣れている、とは言え、
ウィーンの地図を持っていないと分かった時に、
これは迎えに行かないとせっかくのコンサートやオペラのチケットが
ただの紙切れになってしまうと言う恐れがあると思った私は、非常事態宣言。
でもこれを利用して僕も久々に家で美味しいオーストリアワインを用意したり、
街中のホイリゲにお二人を連行して無理矢理ワインを飲ませて
自分もちゃっかり飲んだり食べたりしようと企てた訳です。
兎に角、お二人が喜んで下さるのが何よりでした。
また10年後と言わず、いつでもいらしてください!
非常事態宣言をしてお待ちしています。
では、また
> これは迎えに行かないとせっかくのコンサートやオペラのチケットが
> ただの紙切れになってしまうと言う恐れがあると思った私は、非常事態宣言。
黒のロングのコートにハットをかぶり手にはバラの花束を持って現れたもりさん
は、まるでフランス映画のシーンから抜け出た登場人物のようでした。
予約して貰ったアパートメントは、どっしりとした作りなのに天井が高くすっき
りしたお部屋。天井には柔らかい雰囲気をかもし出すシャンデリアが下がってい
て決して華美ではなく、手入れが行き届いた水回りは古いのですが清潔で気持ち
よく、モーツアルトさんやヴェートーベンさんも泊まったかもしれないと思える
ようなレトロで暖かい雰囲気がしました。
お部屋にはまっ赤な大きなイタリアデザインを思わせるソファーと黒の革張りの
座り心地いいソファーが置かれています。ベットの脇のサイドテーブルに、台所
から失敬したワインクーラーにプレゼントの深紅のバラをたっぷりと投げ入れて飾りました。まるで私達も映画の登場人物になった気分でした。
コンサートがはねてお招きいただいたご自宅も、パフォーマンスがだんだんプロ
並みになってきた息子さんを交えて和やかで楽しい暮らしの様子がうかがえるの
でした。
奥様のとっこちゃんはチェリスト。もりさんとは対照的で小柄でドイツ語がまるで日本語の様に柔らかく優しい響きなのです。
好きな音楽のこと、卓球やらパラセーリング・水泳等スポーツも楽しみ家族同士、話題が次から次と絶えることがなく、美味しいワインやとっこちゃん手作りのサラダもおかわりを申し出てたいらげ、あっという間の時間を過ごしたのでした。
たろさんがどんなに凄い技の持ち主かを皆さんにもご披露します。
ttp://www.youtube.com/watch?v=VOb29Upaghg&feature=channel_page
ttp://www.youtube.com/watch?v=bF-kXwiH4KI&feature=channel_page
ttp://www.youtube.com/watch?v=3ju9Xyuk9Kk&feature=channel_page
ウィーン宣言「大船に乗ったつもりになって、すべてもりさんにお任せしよう」
はほんとに大当たりでした。
なにが大当たりと言って、ぺこといえば二人といないような方向音痴ではあるのですが、人を選ぶ目の確かさはちょっとしたもので誰にも負けない自信があります。
めでたく結婚40周年を迎えられたのもパートナーを選ぶ目が大当たり。
10日間の休暇を心おきなく過ごせるのも事務所のスタッフに恵まれているとい
うか選んだ目に間違いがなかったおかげ。
これと言って特技の何にもない私の唯一の取り柄は、人を選ぶ目、これです、これだけは自信を持って自慢です。
掲示板に集う皆様も選ばれた人達なのでどうぞ自信をお持ち下されませ♪
もともと、もりさんと知り合ったきっかけは、「一度会った人はお友達、二度会えば親戚同然」と世界中にお友達を作ってしまううりこさんの友達の輪に繋がったのが始まり。選ばれてしまったもりさんこそ、将来非常な事態に陥ろうとは露知らず・・・
10年前にも、ウィーンのお宅でホームコンサートの幸せを経験してしまったからには、癖にもなろうというものです。
うりこさん、もりさんちの方角には、決して足を向けては寝られませぬ。
シャモニーの景観の素晴らしさは他に類をみない規模といわれるだけに期待いっぱいで訪れたのですが、それを上回るスキーリゾート地でした。
ゆっくり、ゆったりするのが大好きな私は、とさんが二度目のヴァレ・ブランシュに出かけていった後には、モンブランの柔らかい山なみが眼前に広がるバルコニーで本を読み、しっかり地図を持参で出かけ果物や野菜をたっぷり買い込み町歩きを楽しみました。迷ったおかげでしっかり下見を重ねシャモニーの隅々までご案内できますよ。
皆さん、次回は是非、ご一緒いたしましょう。
せり人さん、あんなに素晴らしいゲレンデを知らずに死んではなりませぬ。
泣いてる場合ではないので、本日ただいまから500円貯金、はじめてくだはれ。
4月27日立山アルペンルート全線開通。
早速、28日土曜日一日天気がいいというので、たけどんと朝5時半発で、立山に出掛けました。出発時は、朝霧がかかっていて、一寸先も見えない状況で、神通川にさしかかると、霧が晴れて、立山連峰が姿を現した。
二人の装備は、ますます本格化して、たけどんは、GPSやビーコンはもちろん、スコップやゾンデ棒(雪崩で埋まった相棒を探す棒、もしかしてとのこと)ピッケルまで装備。さすが30代に8000M峰のブロードピークを登頂しただけはある。
そこで、とも前日富山のまんぞくスポーツでビーコンを買ってきた。ビーコンは、雪崩探知機であり、雪崩に埋まっても、探知してもらえて、発見が早ければ助かるという電波発信機。ついでに軽量カーボンストックもゲット。
さて、立山駅に6時半頃到着したが、既に駐車場は満杯。とりあえず、とだけが下車して、チケット売り場に向かったが、長蛇の列。
それでも、とが列に並んだ後、電車が到着して、その後ろにまた列が並ぶ。
7時スタートで、7時半出発のチケットをゲット。
ケーブルで登った美女平駅がまたまた大混雑。スキーを預けて300円払って、
また列の後ろについてとなんでこんなに非能率的なのか。
とにかく、乗り物を乗り換えるたびにスキー代300円をとられて、その都度行ったり来たりして、勘弁してくだはれといいたい。
室堂に着くと、山は晴天。まず一の越を目指す。とは、昨日買ったカーボンストックの具合が悪くて一苦労。ボードをザックにくくりつけて、スノーシューを履いた若者たちがさっさと追い越してゆく。これが新しいスタイル。
一の越にようやく到着。一の越最後の5Mの斜面に大苦戦。風でつるつるになっている。直登を試みるが、はねかえされ、横登り気味になんとか、台地に出た。ところが、ここは、強風がビュンビュン吹いている。
槍ヶ岳が見える。さて、ここから立山頂上までアイゼンをつけて、スキーをザックにくくりつけて登らないといけない。
とは、家の出がけに薄手の手袋が見つからず、まーいいだろうと出掛けてきたので、素手で準備していた、ところが、とたんに手指の感覚がなくなってくる。たけどんが予備の手袋を貸してくれる。借りてはめるが、あっという間に感覚がなくなってくる。
手袋を外してみると、小指が紫色になっている。これが、凍傷発症の機序かと小指を口にくわえたり、たたきつけたりする。
立山頂上を目指すが、風がますます強まる。しかも、山が、始まったばかりなので、足跡が少なく、昨年のように階段状ではない。幸いアイゼンは、新しくしてきたので、よく効く。途中、ふわーと足をつくと突風に体がぐらっとしてバランスを崩す。こんなんで、滑落もありだろう。
ようやく、立山頂上に到着して、たけどんとがっちり握手を交わす。ここまで、くる人はさすがに一の越までの人達とは顔つきが違い精悍に感じる。頂上も風が強い。たけどんは、この時期3年連続、とは2年連続。しかし、春山はほとんど冬山と同じで、物見遊山気分では通用しないと思い知った。強風で、物がどんどん飛び散るので、まず、スキーを裏換えしにしたり、ザックをストック逆さまに差し込んで、デポしたりとしっかり確保しないといけない。「なめたらあかんぜよ」でした。
さて、頂上直下からの御前谷への滑降。とは、斜面に突っ込むも、左ターン後の苦手の右のターンができない。シャモニーで、さんざん滑って慢心してはいけないと過剰に慎重になり過ぎていた。いざ、斜面に入ると、表面が溶けており適度に制動が効く、端までいったので、シュプールがないまっさらな斜面にくっきりとシュプールを描いた。
少し斜面が緩くなると、まさしくるんるんスキー。
大斜面を滑り降りて、タンボ平へどこで入るかで、話し合う。下まで、滑る降りてしまうと、滝の上に出てしまい身動きがとれなくなる。その手前で、隣の沢のタンボ平へ、入り込まないといけない。
いくつか、シュプールがあるが、一番上部のトラバース跡を選択する、これが大苦戦の元だった。トラバース自体がスリル感一杯。絶壁の斜面の猛スピードのトラバース。トレースを外すと、斜面をずり落ちそうである。
ようやく、斜面上にあがると、なんと斜面の反対側も絶壁。馬の背だった。とても、そこから、タンボ平へ降りられない。
馬の背沿いに降りたり、片側の斜面に降りたりしてようやく、下降可能地点まで降りた。あとは、ぐさぐさの雪のタンボ平を、上に走っているロープウェーの乗客に笑われないように滑り降りるのみ。かくして、今年も無事黒部平まで、滑り降りました。
立山春スキーのコースはいろいろありますが、一の越を起点にするのは、次の通り。
①目の前のなだらかな大斜面御山谷を滑り降りる、しかし、最終地点から黒部ダムロープウェー駅まで歩かないといけない。
②2872の竜王岳まで登り御山谷に滑り込む、あとは、下まで滑り降りるか、一の越まで登り返すか。
③東一の越まで、トラバースして、タンボ平を滑り降りて、黒部平駅でロープウェーに乗る。
④立山頂上まで登り、室堂にめがけて山崎カールを滑る、しかし、この場合は、雷鳥沢に降りるので、室堂ターミナルまで、登り返さないといけない、また、北面なので、午前中は雪が凍っていることが多い。今回もスターンと転んでいる人がいた。
⑤たけどんコース。
以上は、ちゃんとした装備や山スキーなどが必要です。室堂周辺の浄土山などの斜面は、スキーやボードを担いで登って楽しんでいる人がたくさんおりました。
春本番、立山。
7511の訂正
4月27日は、17日。28日は、18日です。
失礼しました。
シャモニー・ウィーンの旅から帰って、楽しんでいるのが山の本
昔読んだ本をもう一度次から次へと読みふけっています。
まさにそのものずばりの「シャモニの休日」はフランス文学者で山の名著の数々を翻訳された近藤等さんの著書。
成田から神田に寄ってとさんが古書店でみつけてきてくれた一冊は、まさに「あっ、ここだ、ここだ」と記憶をたぐりながらお土産のアイスワインをちょびりちょびりと嘗めながら読んでいると楽しさがつきない。真っ青な空、澄み切った空気、天をつくような針峰群、対照的に雪を抱いて穏やかな山容のモンブラン、自然っていいなぁ〜。
「星と嵐—6つの北壁登行」ガストン レビュファ原書近藤等翻訳 は、自然とともにある生活を何よりも大切にした登攀家のロマンチストな人間性、友情の絆を大切にした著者の厳しく優しい思いやり等が文章に溢れている名著です。
翻訳者の近藤先生が滞在されたレビュファの山荘から見える景観をパラパントでみていたんだと思い出すだけで笑みがこぼれてくる。
というわけで、旅行から帰り、しっかり滞ってしまった仕事を消化するのにひたすら黙々働き、体の疲れを癒すためにプールもしっかりこなし、夜の片付けや家事を大急ぎで終えると本の世界にどっぶりつかるのがこの上ない楽しみとなるのでした。
その上、春眠暁を覚えぬこの季節はやたら眠気が襲ってきます。
そして、大好きな山菜の季節となると食欲も半端でなく、「筍飯やグリーンピースご飯のおのぎり」「どんぶりいっぱいの春キャベツの酢のもん」「どんぶりいっぱいの筍の味噌煮」「山ウドの味噌漬け」等々、美味しいものをどっさりぽこさんに作ってもらって食べる幸せを味わっていると、ますます熟睡の日々なのです。
ゴールデンウィークが始まった。
直前の豚インフル騒ぎに加えて、国内はどこでも1000円効果で、高速は大渋滞と報道されている。
こんな時は、遠出しないに限る。
スキー道具を未練たらしくようやく片付けた。スキー靴にアイゼンや、ビーコンなどの山スキー道具など、いろいろ道具が増えた分片付け物も多くなった。そして冬タイヤを本日夏タイヤに交換した。ペコさんは連日もぞもぞ押し入れやタンスをひっくり返して衣替えに忙しい。
昨日は、一日中お天気で、乾燥度抜群だった。
連日プールとテニスをしてちょっこりお酒を飲んで、お日様のにおいたっぷりの布団で寝るのが何ともいえず幸せ。
5月5日一家そろってこどもの日をした。
タマちゃんを中心に、デコ助くん夫婦、じじばば、ぽこおばさん、そしてぽこねこさんも行ったり来たり。
まずは、腹ごしらえと富山の達磨さんに向かう。目的地の富山ファミリーパークの横を通ると超満員の様子、達磨さんも既に行列ができはじめている。
美味しい天ぷら蕎麦に舌鼓をうったと思いきや、甘い物に目がないデコ助夫婦が隣のケーキ屋さん「ジラフ」を見逃すはずもなく、ケーキは別腹とばかり、ケーキにアイスにまたまた舌鼓。
ご一行様、べんべんの腹を抱えて、近くの布瀬公園に向かう。
あつくもなく、寒くもなく爽快な季節。
ここも家族ずれで一杯。タマさん、子供たちに混じって、滑り台や遊具遊びに余念がない。タマちゃんターザンのようなツナ遊びにも果敢に挑戦して、ご満悦。
大人が交代で相手をするが、たまちゃん疲れも見せず、走り回り遊び回る。
そろそろ、ファミリーパークが空いてないかと期待して、ファミリーパークに出掛ける。ここは、動物を子供たちに身近に親しんでもらおうといろんな趣向を凝らしている。シマウマ、キリンが早速出迎えてくれ、タマちゃん大喜び。
羊や山羊さんにさわったり、身近に動物と接しられる様になっている。
おりからの豚インフレ騒ぎで、消毒液があちこちに置かれ、手洗いが呼びかけられている。
蛍の光に送られてファミリーパークをあとにする。
夜は、「居酒」で、マスターご自慢の7キロの虎河豚に舌鼓、刺身、しゃぶしゃぶ、ふぐ鍋にてっちりなどふぐずくし、ここでも、タマちゃん食べに食べた、
タマちゃん食後の腹ごなしで、本丸跡の芝生で、じじばばと一緒に走った。
なんたるエネルギー、参りました。
まだ11キロしかない小さな体のどこに入ってしまうのかと不思議なほどに旺盛な食欲。そして、美味しい物には目がない。鰆の幽庵焼き、イカ焼き、酢のもん盛り合わせ、のどぐろのにぎり、納豆巻き、てっちり、もずく汁、ざるそば一枚となんでもこい。ばぁばに勝るとも劣らない食欲となってきた。殊にお魚が大好き。そうそうイチゴも大好きスイカも好きだし、チョコにも目がない。
まるで「24時間たまさんアワー」のアナンウンサーの如くとどまるところを知らず次々に出てくる言葉の数々、とにかく眠っているか食べている以外は、いつも誰かを相手におしゃべり。相手が疲れると、ねこさんの網ぐるみを手に独り言を言いながらもおしゃべりが続いている。
本を読むのも大好き。ぽこさんやでこさんが子供時代に読んだこどものともを何冊も抱えて感情を込めて読むのがなかなかおもしろい。
唄も次々に飛び出す。これもまた二人の子供達が小さい頃に一緒に歌った童謡やNHKのみんなの歌が大好き。殊に陽気で明るいリズムの歌がお気に入りのようだ。
じぃじの車に乗ると「まわして」と注文が入るのが、ビギンさんの「オリオンビール」の唄。じぃじが間違えるとイントロの出だしを聴いただけで「ちがう、ちがう」と指摘されるのでびっくりなのだ。膝を打ってリズムをとりながら繰り返し繰り返し聞いている。
ファミリーパークでのこと、蛍の光に送られて一斉に皆が出口に向かって歩きだした。一足先に駐車場に向かったじぃじの後を追って、大きな声で「じぃじぃ〜、じぃ〜じぃ〜〜」と叫べども、どんどん先に進んでゆくじぃさまの姿がだんだん遠くなってゆくと
「じぃじに、おいてかれちゃった!」いつのまにこんな言葉を覚えるのかなぁ。
ばぁばと一緒にお風呂に入るとシャワーをジャブジャブ頭からかぶって、シャンプーも「じぶんで、じぶんで」。タオルに石けんを泡立て体中を洗ったかと思うと、ついでにばぁばの背中まで洗ってくれる。感激!
浴槽につかって、ばぁばと一緒になって潜水にチャレンジ。ブクブクしながら水中で息を吐くのをすぐに覚えてしまう。しめしめ、夏のプールが楽しみなのだ。
たまさん一家が元気に京都に帰って行った後、
「こりゃ、体力 鍛えとかんならんっ!」
と、じぃじとばぁばはプールでせっせと泳いだのでした♪
能登ワイン
4月29日結婚式を挙げた、うちの若さんの引き出物がこれ。
能登にワインメーカーなんてあるんかと思いきや、ちゃんとあるんです。
それも自家製畑の葡萄を使った生ワインを製造している。
ここ10年以内にできた新しいワインメーカーらしい。
葡萄畑に、能登名物の牡蠣の殻をまいて、ミネラルやカルシウムをたっぷり含んだ土造りをして濃い葡萄を作りたいと工夫しているという。
牡蠣といえば、能登の岩牡蠣は、ほんまに、うっまい、能登中島町の蕎麦屋の「くき」さんで、シーズンにお蕎麦と牡蠣を是非食べてみてくだはれ。
ここの生ワインというのは、瓶詰の際に殺菌しないで、フィルターを通して、酵母菌やオリを濾過することをいうようだ。
白は、シャルドネ、赤はメルロー種だった。
いずれもかなりまともである。
現時点では、白のシャルドネが、しっかりした辛口であり、生特有の飲みやすさがある。
メルローは、口当たりがやや、国産メルロー特有のくささが鼻につくが、そのあとは、意外にするりと入る。
メルローは、先輩格の小布施ワインでも、評価が高いワインなので、国産ワインはメルローが得意なのかも。
今後の成長を大いに期待したい。
ハンガリーワイン
GAL TIBOR シャルドネ 2005
ハンガリーワインは、トカイワインだけにあらず。
トカイワインは、なんといってもペコさんの大好物のデザートワインなので、とが飲んだら、しかられる。
ハンガリーは、マジャール人が建国した国であり、ヨーロッパでは珍しく、日本と同じく、名字が先で、名前が後である。
長年、ハプスブルグ家とハンガリーの二重支配を受けてきた国。
しかし、土壌は豊かで、オーストリアの食料庫だった国。
との同級生の、Mさんは、ブダペスト在住であり、先週の土曜日NHKの地球ラジオにひょっこり出ており、いくつか、ハンガリーの著作を翻訳しているが、彼によると、ハンガリーは、東京都と同じほどの人口ながら、ノーベル賞受賞者は、山ほどいるし、オリンピックの成績も凄いというが確かにそうだ。
とペコの結婚三〇周年記念で、ブダペストヒルトンホテルに泊まったのが、今でも忘れがたい。ここのヒルトンホテルは、数あるヒルトンホテルの中でもぴかいちである。といってもヒルトンで泊まったことがあるのは、ここだけである。何が素晴らしいかというと眺望が素晴らしい、ドナウの真珠と歌われる町並みがホテルの部屋から眼下に広がる。そして、遺跡を建物の中に取り込んだオペラ会場を持っている。
ハンガリーといえば、温泉でチェスをする光景が有名、その温泉が多いのがEGEL地方、そのEGEL地方は古くからワイン産地である。
ガル・チボールはイタリアの有名なワインメーカー「オルネイラ」で一〇年間つとめ、故郷のハンガリーに帰ってワイン造りを始めた。
そのシャルドネ、適度な黄金色、含み香は、スパイシー、適度な酸味、バニラ香もある。「ムルソー」を意識しているというのもうなずける。
グルジアワインといい、いわゆる東欧ワインは美味しい。
作り手は残念ながら事故死をしたというので、今後どうなるのだろうか。
ピノノワールが評判がいいようだが、果たして手に入るのか。
お祭りの酒
約400個の提灯をつけた重さ約10トンの山車がぶつかり合う「かっちゃ」が売りの、けんか山祭り。
我が家では、久しぶりに祭りの「ごっつぉ」が並んだ。
ペコぽこさんが、午前中に氷見の「姿鮮魚店」まで出掛けてきときとの魚類を仕入れてくる。お昼からしたごしらいがされ、夕方からぽこさん、ぺこさんのサポートで、みるみるうちにごちそうができあがってくる。
とは、玄関に花車の絵を飾り、座敷に「七福神」の掛け軸をかけてさっと掃除。
寒いので、まさかこの時期につけることはないと思っていた薪ストーブに火をつける。
さて、祭りのお酒はなんにしようかと思案しながら、おりからふっくら炊きあがったおこわをほおばる。黒豆艶々、お米がつるつるでうっまい。
まずは、シャンパンは、パリのリッツホテルのハウスワインが、先の旅行の土産物にあったので、これに。3年熟成のキューヴェーブリュット。キューヴェーは一番搾り、ブリュットは辛口。まずはこれで「あり乾杯」。果実風味の甘みを感じるが至って上品。
日本酒は、ジュンちゃんにヤフオクでとってもらった、「田酒特別純米」を角偉三郎の弟さん角こうじさんの魚の絵付き朱塗り杯で。
なんといっても、今日の主役はごっつぉで、皆さんあれやこれを取り分け「美味しい」を連発される。合間に漆の杯でつるりとお酒をいれる。
白ワインは、オーストリア「シュタードルマン」ツィアーファンドラークラシック。
今日の和食に、違和感はない。
オーストリアワインについては、ウィーンのもりさんにおおいに教えてもらいたい物だ。
途中、2度目の「かっちゃ」をみるために、若さん夫婦,M田さんご夫婦をかぶりつき席にご案内。「いやさー」「いやさー」「ガツン、ゴツン」の迫力を堪能して、再び家に戻って若さんのじいちゃん宅でとれたシジミ汁でひえきった体を温める。寒い一日だった。そして、お茶に12時をまたいで話の花が咲いた。
誤算は、各種ヨーロッパビールをバケツに氷を入れて冷やしていたが、一本も開かなかったことだった。
手塚治展(江戸東京博物館で6月21日まで)にいくそった。
おりから、大相撲の場所中なので、お相撲さんがからころ下駄音を響かせて歩く中、会場に入る。
幼少の頃から彼の人生を丹念に紹介してある。生誕80周年記念の特別展と銘打ち「未来へのメッセージ」との副題がつけられている。
漫画大好きな親の影響で、小学生時代から漫画を書き始め、その漫画が展示されているがうまいことうまいこと。昆虫採取、宝塚歌劇の観劇、ディズニーアニメ、中学時代に体験した戦争が素地となっている。
それと、祖父が医者であり、彼自身も医学博士である。
小学生の頃から昆虫採集に夢中になり、中学生時代には、自分の昆虫標本を図鑑にしているが、その細密画には、驚く。赤は、インクがなくて自分の血で色つけしたとか。
大好きな昆虫おさむしにちなんで、芸名は「おさむ」。そーいえば、学生時代昆虫そっくりな同級生のあだ名は「インセクト」だった。虫が好きで好きでたまらないという虫好きはたまに見かける。みんな顔つきが昆虫によく似てくる。
ひげ親父は、既に中学生の頃に原型が生まれていたことを知り、びっくり。
漫画作家としての作品はもちろん全部紹介されている。原画や直筆原稿がたくさん展示されているので、リアルである。
アニメ等も会場のあちこちに放映されている。子供ずれも多かったが、なぜか、団塊世代がやたら目立った。
あの黒縁の眼鏡にベレー帽で、机に5〜10センチの距離にかがんで、モーツアルトが楽譜を描くようなスピードで、描いているビデオも放映されている。
膨大な仕事量、駆け抜けた人生、「鉄腕アトム」のアニメを安く売りすぎたり、キャラクター商売の失敗で、倒産した後不死鳥のように立ち直り、「火の鳥」のように漫画に燃え尽きた。環境や、地球の未来にメッセージを残して。
享年と同い年のとは、いたずらに馬齢を重ねて、グビリグビリと泡盛をあおるのみ。
パソの周りに虫が飛ぶが今日は見逃そう。
久しぶりに東京西麻布の懐石割烹「庖正」を訪れた。
いまどき、東京にこんな店があるという驚き。
最近開店して30年近くとなり、初めて約12000円のコースを設けたという案内があった。ここへ初めて訪れたのは、20年前は間違いないが、その前何年遡るかは定かではない。いずれにしても、開店してまもなくの時期から通っていたということらしい。
コース料理については、かって田中康夫さんが、「みくに」等に対して激しく批判していた、ヨーロッパはコースではなくてアラカルトが当たり前だと。
コース料理は計算できるので材料が少なくてすみ、ロスが少ないので、経費が節約出来ることは間違いない。お客の方でも、いちいち選択しなくてもすむ。他方人の好みは様々なので、お客としては選択肢が多い方がいいというのも事実。
田中さんの怒りはごもっともだが、日本はなんといっても材料費がめちゃだかである。ヨーロッパは、今回訪れたシャモニーでさえ、というのはリゾート地なので、フランス一般と比較して物価高なのに、日本から訪れると食材が安く感じる。
フランスの農地やデンマークの農地はほんとに素晴らしい。国中がパッチワークの丘である。うっまいもんを安く豊富に手に入る国はそれだけで幸せである。
本日富山県の農村部、砺波の散居村を久しぶりに車で走った。田植えが済んだ直後、一部では麦秋。しかし今やあちこちの田んぼが住宅団地に変わり、あるいは田んぼの真ん中にパチンコ屋が出来ているなど寂しい風景だった。なんとか歯止めがかからないものか。
さて、庖正、相変わらず味もいいことはもちろんだが、量が半端ではない。
季節の煮物として、うど、破竹、空豆を頼んだところ、たとえば空豆だと、それこそ10本ぐらい殻を割って、豆を取り出しそのまま極上だしで煮物に。
すずきの椀盛りを立山の燗酒と交互にすする。これが何ともいい。
定番のオコゼの唐揚げに、青豆まんじゅうと進み、最後はこのこご飯と筍ご飯、富山ではくちこといっているこのこ。極上の上品な磯の香り。
漬け物は、驚くほど糠漬けがたっぷり。ちっちゃいなめこの赤だしも美味しい。
日本人に生まれてよかったとしみじみ感じた。
日本酒が、立山の本醸造しかないことが、嬉しいというべきか、寂しいというべきか。
会社の事務システムが変わり、
なかなか遊びに来れなくなりました。
手塚治展、行きたいなぁ〜。
> 会社の事務システムが変わり、
> なかなか遊びに来れなくなりました。
お忙しい中、ようこそ。
> 手塚治展、行きたいなぁ〜。
行って下さい。是非とも。
無理やんかすにでも出張の用事をひねり出して・・
度肝抜かれますよ。
素晴らしい天才です。
中学生で作った昆虫図鑑の絵にみとれました。
わずか15歳で日本産の全甲虫を網羅した手作り図鑑の作成を決意するってホントに驚きです!「あじゃぁ〜〜、すごぉ〜〜」と言いながら実物にみとれとったがいね。
フランス文学者の奥本大三郎虫博士によると手塚少年の育った宝塚・箕面(あっ、今日仕事で探していた所だ。)は、その昔、昆虫の宝庫だったそうです。
只今、「昆虫つれづれ草」小学館文庫 を読みながら、精密な絵を思い出してます。
「アトム」「火の鳥」「ブラックジャック」と読み直したくなりました。
たまちゃんが大きくなったら、一緒に読むのが楽しみ、楽しみ♪
ラ・スピノナ バローロ2001
前回の冬期オリンピックが開かれたトリノのあるイタリアピエモンテ州。
さきほど訪れたシャモニーモンブランの背中よりやや下の山岳後背地。
イタリアを代表する赤ワインの産地バローロとバルバレスコがある。
バローロは、イタリアワインの王様と呼ばれるのに対して、バルバレスコは、イタリアワインの女王と呼ばれる。
バルバレスコの上等ワインは、かって、サムさんに紹介してもらった沖縄名護市の看板のないイタリアン「クッチーナ」で、出してもらった。マスターがいかにもおとましそうに出してくれたのが記憶に残っている。
ピエモンテには、もう一つドルチェット・ダルバというワインがある。
日本のイタリアレストランでよく出てくる。
ダルバとは、ゴヤで有名なアルバ公爵夫人の領地である。
さてスピノナは、イタリアの猟犬をそのまま銘柄にしたというベルッティー家のワイン。犬のラベルが特徴的である。1950年から続く蔵元。「ワインにその情熱と愛情が感じられる数少ない秀逸な作り手」として定評がある。
スピノナのバルバレスコは、かってお酒評論家の稲垣真美の「ほんもののワイン探し」の冒頭に「バルバレスコをしっていますか」というタイトルで、この蔵元の訪問記が載せられていたことが記憶に残っている。
彼は、この当時1500円くらいのワインが、フランスの超高級ワインに匹敵するのだと紹介していた。このバルバレスコが神の滴に出てきたという説もあるが確認していない。出てきても決しておかしくはない。
稲垣真美氏は、その後著した「ワインの常識」(岩波新書)が、数々間違っているとして、日本のワインの権威山本博氏から「ワインの常識の非常識」を書かれてしまったが、そのことはスピノナの素晴らしさを減じる物ではない。
スピノナはバルバレスコやダルバが有名だが、バローロも優れている。
葡萄は、バルバレスコと同じネッビオーロ種。
香りがまことに素晴らしい。
グラスを揺らすとフワーンと香りが沸き立つ。
味は、やや渋いが、極上ピノノワールに匹敵する透明感溢れる味。
これくらいのワインになると、ただ飲んで美味しいというのではなくて、いろいろ感じさせられる物があり、幸せな気分になれるのです。
はじめまして^0^富山にお嫁に来たばかりで、主人が富山の出身なので
富山の郷土料理が、少しでもヤスコさんのレシピを拝見して、近づけたらと思います。
すごく素敵なHPに出会えて、嬉しくて^^拝見させていただいてます。
> はじめまして^0^富山にお嫁に来たばかりで、主人が富山の出身なので
> 富山の郷土料理が、少しでもヤスコさんのレシピを拝見して、近づけたらと思います。
> すごく素敵なHPに出会えて、嬉しくて^^拝見させていただいてます。
ようこそ、いらっしゃいませ。
富山はとってもいいとこですよ。
お魚が美味しくて、お酒が美味しくて・・、
あっ、しまった、我が家のとじぃさんと管理人ぽこさんの好物をつい並べ立てしもたがいね。
お米も水も山菜も豊富です。ほんとにいいとこですちゃ(=よ)。
ぺこばぁさん(わたしのことです)の大好物、地のいちごも一番美味しい時やがいね(=なのですよ)。
富山の暮らしを楽しんで下はれか(=くださいね)♪
木曜日、大好きな藤沢周平さんの「三屋清左衛門残日録ー夕映えの人」俳優座を観た。
どんだけ好きかというと、神田の古本屋さん巡りで「海坂書房」(ペコが買いあさってしまったという訳ではなくて残念ながら閉店)という看板を見つけたぺこは、吸い寄せられるように店内へ入り込み、買い込んでしまった持ちきれない本の山は宅配を手配し、すぐに読みたい一冊を手にしてそのまま「さぼうる」さんでコーヒー飲みながら読みふけっているといった具合。
いわずとしれた「海坂藩」は周平さんの時代小説の舞台になっている所で、故郷の山形
の庄内藩を思わせます。勿論地図もありです。
武士の世界を描く時代小説といっても、周平さん描く登場人物は、男の友情に厚く、女性は逞しく気働きが行き届いている。武士の時代といっても登場人物は家庭的でもあって情に厚く、作家の人を見る目が実に温かくユーモアがある。読み終わると心がほのぼの暖かくなる。落語を聞いたみたいだし、ゆたんぽのようにやさしいぬくもりがある。
舞台には富山のお酒や「鱈汁」「あかかぶ」などが登場したりして笑いを誘っていた。
舞台が冬なので、かぶらずしやら、鰯の糠漬けなども思い出されておなかがなっていた。
さて、いつもの仲間で演劇を見終わった処でなだれ込んだのが、小さい洋風居酒屋「K cappa」さん。
おなかをすかせたシルバーご一行は、先客のたけどんご一行様を追い出すように入れ替わりカウンターを陣取るやいなや、目の前に並べられたご馳走をあれもこれもと注文。仕事を早めに切り上げ、プールで泳いで歩いて会場に駆けつけたと・ぺこは、実はめまいがする程におなかがぺこぺこだったのだ!
突き出しのカクテキに始まって、イカ焼き、茄子のピリ辛煮、焼きおにぎり、アスパラとポーチドエッグ、キッシュ等々、鉢に盛られていたご馳走を全てぺろりと食べ尽くし飲んで留まるところを知らないおしゃべりに花が咲く。
スゥイーツのパテシエ修行を積んだ若いおかみさんは、お菓子作りが得意でデザートもバラエティーにとんでいる。カウンターに座る前から、甘い物に目がないタッチオさんの流し目の先をみれば、そこにはケーキの入った籠があったのだが、出されたかわいいデザートに口元がほころび、すっかり平らげてしまった後にも、お連れさんは「明日のお茶のお供に・・」としっかりお土産も忘れない。
我々の残日の日々は、かくしてあたふたと過ぎゆくのでした。
との老後の理想と考えていた残日録の三屋清左衛門、しかし今回の俳優座の演劇は、やや生々しくて、こんなしょわしきない残日録はいささか考え物。
藤沢周平さんの原作は、もっと上品な香気が漂っていたと思うのだが。
舞台の作りは、時代劇ながら現代的な抽象的な空間である。これは、ウィーンのオペラ座やフォルクスオーパーの舞台にも共通する。
三屋清左衛門は、50代半ばで隠居して、釣りの日常ながら、たまに藩の重要事に呼び出されて見事解決。その後は、町の小料理屋の女将と、ほのかな交情を交わす。
いわば、藤沢周平さんの願望状況。
他方、池波正太郎さんの願望は、ご存じ「剣客商売」の秋山小兵衛。白髪頭の粋な小男、おはるという若いかみさんに膝枕で、耳掃除をしてもらっているが、いざ事件となると快刀乱麻の腕前。
劇後のκでの会話。そんな状況は、現実にはありえんから、偉大な作家さん達が夢見て書いとっがでないがけという女性陣の発言で、ちょん。
最近めっきりテニスの腕を上げたという噂の高い京の駄ら仏さん、かたや何故か最近テニスコートに足繁く通い、自称「うまなった」と鼻の高いたけどん。
たけどんが入ったダブルスメンバーは、なんと昨年度毎日選手権45歳女子シングルス優勝者に、全日本ベテラン選手権45歳女子ダブルスファイナリストに、富山県女子ダブルス1位または2位のO嬢。その顔ぶれを見たクラブメンバーのサウスポーYサンがおもわず「あんた大丈夫け」と声をかけたそうな。たけどんは、そんなことで臆するようなたまじゃないがいちゃ。ゲームの中でどんな挙動をしていたかはいまだ報告がない。
はたして、何回球にさわったことか。
とは、スキーに明け暮れていたおかげで、今やテニス界の世捨て人というか、捨てられ人、たまにコートに顔を出しても、妙齢の女子プレーヤーにぼこぼこにされてしまうていたらく。こんなんじゃ床の間に新品ラケットを飾っている最終セーフティネットのせり人サンにもぼこぼこにされるかも。
かたやクラブには、元立教大学テニス部キャプテンが転勤族で新加入してきたり、親会社の本社機能が東京から高岡に移ったおかげで、東京でプレーをしていた新戦力が加入したりと多士済々の状況である。
皆さん一度ラケット担いで遊びに来られ。
> 最近めっきりテニスの腕を上げたという噂の高い京の駄ら仏さん、かたや何故か最近テニスコートに足繁く通い、自称「うまなった」と鼻の高いたけどん。
いやあ〜高岡までわたくしめのテニスの上達の噂が広がっていたとは、、、!!
恥ずかしいから云うてあんまりひろめんように頼んどいたがいけど、、、??
> 皆さん一度ラケット担いで遊びに来られ。
とさんいつでも呼んでくだはれ。
すっとんでいきますよ。
そやけどもしそうしたら、噂と現実のギャップが大きく開いていることに、、、、。
どうしましょう??
何はともあれ一回みんなで集まって「とさんカップ」やりたいものですね。
> > こんなんじゃ床の間に新品ラケットを飾っている最終セーフティネットのせり人サンにもぼこぼこにされるかも。
おほほほ・・・、床の間のラケット、どうにもじゃまで、神さん棚に奉納しました。笑。
でも、
でも、
実は少しだけ、妻と二人でコソ練しました。
ほんの数回ですが・・・。
ヘタクソ二人ではなかなか練習になりませんが・・・。
まあ、10年計画と言う事で・・・。
> 何はともあれ一回みんなで集まって「とさんカップ」やりたいものですね。
そんな時は、迷惑でしょうがエントリーしておいてくだはれ。
恥ずかしけれど、行きますちゃ。
日曜日
40数年来の知人が久しぶりに高岡を訪れた。
若かりし頃シェークスピア劇の面白さを知るきっかけを作ってくれた青年劇場の古参メンバーの一人せんちゃん。といっても古希を迎える先輩なのだが、ちっとも歳を感じさせない若さのせいで、昔から親しみをこめて「せんちゃん」。
多くを語らなくても気の知れた仲間とは楽しい時間が持てます。
青年劇場は、知る人ゾ知る。関東大震災後ドイツに留学していた子爵土方与志が帰国して小山内薫氏と立ち上げた「築地小劇場」を引き継ぎ、新劇界のパイオニア達によって立ち上げられた劇団なのです。今を遡ること40数年、富山に訪れた劇団のバスやトラックに書かれた「秋田雨雀、土方与志・・・青年劇場」の文字に、早トチリの人が、「秋田から来た土方と青年団の旅芸人?」ごくろうさまなと、遠来の労を慰められて貰ったいう笑い話で盛り上がったこともあった程の少数劇団だったのです。
県内は勿論、全国津津うらうらに及ぶ演劇公演を精力的にこなす劇団のせっこう隊として富山にやってきた劇団員と共に、まだウラ若かったぺこどんは、「世の中には、こんな楽しいお芝居あんっがいよ。観んだら損っすっがいね〜」劇団を紹介する宣伝隊と共に、実に無邪気に得意な方言で寝食忘れてあちこち飛び回ったのでした。勿論、とさんも一緒に協力してくれました。
劇団の人達と一緒に宣伝チラシを駅前や高校の門前、繁華街で配りました。
受け取ってくれそうな人と歩みの速度を合わせながら、決して前には立ちはだからずに、軽く会釈しながら「富山にも、こんな楽しいお芝居がやってくるんですよ〜」と声かけて手にとって貰うという鮮やかさに、「わたしも、わたしも」すっかりそのきになって、新顔の劇団員みたいな顔をしていたのです。
寒風吹きすさぶ駅前でダンボールに一杯用意したチラシを配りおえ、年配の劇団員さんと洟をすすりながら手を取り合って喜んだのです。
それからというもの、いらない○○金のティッシュといえども、なんとなく無下には断れない人となったのでした。
相当年期の入った劇団バスに乗り、県境の辺りまで宣伝隊と共に出かけた折、ちょうど峠に差し掛かった辺りでボンネットから白い煙が吹き出し、「こりゃ、たいへんじゃ〜〜」と言いながら近くの農家へ走り込み、親切なおじさんにやかんの水を貸して貰って無事峠を走り降りたことも今となっては楽しい思い出です。
突然のハプニングもなんのその、今見てきたばかりの漁港のセリ人さん達の威勢のいいかけ声を真似てセリ声が車内を飛び交い、誰もめげてはいないのです。
劇団の力強い後援者となって県内に高校演劇の舞台を沢山実現して下さった今は亡きお寺の住職さんが、大きなお寺をお宿としても提供して下さっていたのです。
漁港で買ってきたばかりのお魚を持ち込み、檀家の皆さんの協力であっというまに料理された新鮮な魚をつつき皆で盛り上がり、車座になって夜の更けるのも忘れて芝居の楽しさを語り合っていた処、「お嬢さんが、こんなに遅くなってはいけません!」と父とも知己だった住職さんの厳しい叱責が飛び、劇団の人達と一緒に居住まいを正し一斉に正座で「キョーツケー!」、大慌てで家路についたこともありました。いい時代だったなぁと懐かしく思い出します。
さて、その後の青年劇場は、、ラジオドラマ「ヤン坊ニン坊トン坊」本格的人形劇「ブーフーウー」の作家として、日本を代表する喜劇作者としても名高い飯沢匡(戦後アサヒグラフの編集長として原爆投下後の惨状を世界に発信したことでも有名な偉大なジャーナリストでもあります)大先生の作品「多すぎた札束」を上演したことで一躍脚光を浴び、最近ではジェームス三木、高橋正圀、小山内美江子という蒼々たるメンバーの作品の数々を上演する程にどんどん、どんどん大きくなったのです。めでたし、めでたし。
高校演劇を精力的にこなしている劇団ですから、皆さんの中にもどこかで舞台に接し、胸躍らせた青春があったかもしれませんね。これからも日本中の善男善女の心を刺激し続けて欲しいと切に願っているのです。
ペガサス・ベイ
ペガサス・ベイの2007シャルドネとピノノワールを試飲した。
ラベルは、もちろんペガサスの絵。
ペガサスベイは、今春からヴィレッジセラーズの取り扱いワインとなった。
ニュージーランド南島の太平洋に近いワイパラ・ヴァレーのワイナリー。
ワイパラ・ヴァレーといってもぴんとこないが、カンタベリー地区と聞くと、とたんにラグビーが思い浮かぶ。
かのアタ・ランギなどともに、家族経営ブティックワイナリー12の集まりのメンバー。安全な農薬を最低限使用というサステナブル栽培や、アロマティック発酵は自然にまかせるなどあらゆる過程で人間の介在は最小限にしているという。
さて、お味は、いずれも、大量生産品ではないブティックワインの味わい。
このへんの、シャルドネ最高峰は、ルーインエステートであるが、それに匹敵し、かたやピノはアタランギであるが、それに匹敵する。いずれも開栓直後からのめるから嬉しい。
いわば、ぶどうの心はぶどうに聴け、ということか。そういわれると今回のフレンチオープン女子シングルスで優勝したクズネッツォワのインタビューを思い出した。
彼女は、北京オリンピックで簡単に負けて、テニスを続けるかどうか迷ったとき、フェデラーと話す機会が出来て、フェデラーから「自分の心の声を聴きなさい」というアドヴァイスをもらってテニスを続けることにしたという。
ワインやお酒の心の声を聞けるようになりたいものだ。
今週は、疲れ果ててようやく週末にたどり着いたが、花金の本日、午後から、半ドンにさせてもらい、3人で富山の「てるてる亭」へ出掛けて志の輔落語を堪能した。
てるてる亭は、一年前に富山中央通りの元映画館を改装した寄席。座席数は、約260席。今日は一周年記念会。富山に寄席なんて一年も続くがかいねと懸念されたのが、見事に一周年を迎えた。今日も当初、夜一公演の予定が余りの人気に昼の部が追加されたが、これも満員。
さて、志の輔さんのご登場。のっけから、禁煙してほしいランキング一位の話題から始まる。あんた声が商売の落語家やから、煙草やめたほーがいいがでないがけと親切心でいってくれる人と、おまえ健康番組の司会しとっがになーんしとっがいと叱りつける人がいるとか、愛煙家の苦労を一くさり、煙草は確かに他人に迷惑をかけるけど、これほどまでの煙草バッシンッグに見られる今の風潮はおかしいんじゃないかとちくりと釘を刺す。
第二幕は、富山県滑川出身の室井滋さんが着物姿で登場し、舞台で、ご対談。
富山県出身の芸能人といえば、柴田理恵とか、かっては、日本昆虫記の左姉妹とか。いずれも、独特の富山県らしさがあるかもしれない。
一幕は、一番、好きかもしれないという「だくだく」という題の長屋物語を語った志の輔さん、2部では、なんと裁判員制度発足を枕にして、森鴎外の「高瀬舟」を語り聴かせた。安楽死問題と、知足が、テーマ。漢検親子に「知足」なんて教えてもらいたくないとすらりとのたまう。
最後に抽選会。1800円也の志の輔樽酒が50個ほかサイン本など進呈という、250人中3人だからなんかあたるやろと高をくくっていたら、見事に全て外れ、うーんぺこさんの神通力も薄れてきたか。
かくなる上は、自らの手で、美味しいお酒をゲットするしかないと、まずは、高岡のプールにとって返して一泳ぎして美味しい酒、食事受け入れ体制を万全に整えて、寿司貫へ。飲んだ、食った。うまかった。疲れたとき、温泉も効くが、酢飯も、体にじーんと効く。
>> 最後に抽選会。1800円也の志の輔樽酒が50個ほかサイン本など進呈という、250人中3人だからなんかあたるやろと高をくくっていたら、見事に全て外れ、うーんぺこさんの神通力も薄れてきたか。
あっちゃ、とさん、ちごがいね。
開場入りして一番に目に飛び込んできた「こも樽」
記念に、とさんやぽこさんがこよなく愛するお酒なので、直ぐにチェック、チェック。
「ありゃ〜、こりゃあかん。こうても喜ばれんわ。純米でないわ。アル添やわ」と諦めたがいぜ。
ここのところ、入手困難な1周年記念落語会のチケットをうりこさんが確保してくれて以来、心待ちにしながら、検索でお気に入りした「ぴーぴんぐしのすけ」を読みふけっておりました。
ttp://meiboku.exblog.jp/
志の輔さんの時事問題に関する鋭い切り口と、見識の広さに感心することしきりなので、折角の記念のお酒も是非拘って欲しかったのですが、残念。
それにしても、志の輔さんのサイン本はほしかったなぁ〜
こんな時には、「あたった、つ・も・り」
娘の高校へ運動会を観に行きました。
娘が「今年は最後の年なので。是非観に来て欲しい!」と言ったので、
せり人妻は有休をとって朝から、僕は仕事を終えて昼から行きました。
毎年の事ながら、信じられないくらい父兄や近所の人達の見学が多い。
見ものは、伝統の「青年体操」と「応援合戦」。
モー娘も、悪化し再手術を控えた膝の足を引きずりながらも、
約1ヶ月練習したそうで、応援合戦では悲願の優勝を果たしておりました。
「青年体操」はネットで探せば、毎年どこかで流れているので、
一度御覧になってください。
昨日を最後に、とさんの母校へ行く事はなくなると思います。
(自分の母校みたい顔して歩いとったがに、笑)
スキーの時から、色々楽しませてくれる娘です。
後はいよいよ受験の体勢かと喜んでいたら、
「放送部と文芸部の活動はまだ続ける!」と、
言うておりました、ジャンジャン!
> 娘の高校へ運動会を観に行きました。
朝、出掛けるとき、二つの高校の運動会傍を通り、風が強いけど、立て看板大丈夫かねといいながら、通り過ぎました。
ほんまに、大丈夫やったがけ。
人生、ここまで経験してもう一回、高校までもどられりゃどんなに愉しかりょ。
雁木純米生原酒 活性にごり
が、爆発した。今夜は、八ヶ岳のAさんやら、京のDさんやらあちこちから電話が入り、口直しに、表記のお酒を試してみっまいかと栓を開けたところ、大爆発。
一升瓶の口をあわわわと、手でふさいでみてもどうしようもない。殆ど半分が吹き出してしまった。こんなみっともない格好は誰にもみられたくないわ。それ以上にほんまに、おっとましい。
吹きこぼれたお酒をそのままにしておいたら、明日は、ペコ&ぽこのなんこそいわるっし、必死で、拭いたがいね。
せめて、身体がつるつるになるかと思って、吹きこぼれたお酒を身体中に塗りたくってみるが、殆ど焼け石に水という物。
よくよくみると確かに「開栓時噴き出し注意!」と赤字で書いてある。しかし、吹き出して来たお酒をどうすればいいのか。
正確には、常温で開けたら、大変なことになりまっせでしょうがいね。
残ったお酒を飲んでみたら、これがまたうっまいから余計はがしいがやちゃ。
山口県のお酒はなかなかあなどれんちゃ。
> 朝、出掛けるとき、二つの高校の運動会傍を通り、風が強いけど、立て看板大丈夫かねといいながら、通り過ぎました。
>
> ほんまに、大丈夫やったがけ。
>
氷見線側の1−2はひんま前に、1−2はひんますぎに崩壊しとったですちゃ、笑。
体育館側の1−理数は午後自主撤去しとったがいね。
> 人生、ここまで経験してもう一回、高校までもどられりゃどんなに愉しかりょ。
ほんまにそう思いますちゃ。
とりあえず、はき倒したい先生二人ほどおったし、
こくりたい女の子が5人ほどおりました・・・笑。
当日の競技の事ですが、偶然やったと思うけど、
各学年とも妙に足の速い奴が理数科に多かった・・・。
> 吹きこぼれたお酒をそのままにしておいたら、明日は、ペコ&ぽこのなんこそいわるっし、必死で、拭いたがいね。
いっぱいやった筈の一升瓶、からっぽになっとって、
片付けようおもて、瓶持って置き場に運び出したら
手ぇ、にちゃにちゃするから「なんじゃろ?」とおもたがいね。
なんやら、床もべちょべちょしとって
「梅雨にしても、ちょっこへんや?」とおもとった。
なんなん、仕方もなんない。
もうちょっと、しかしかと ふかれまんっ!
昨晩、たけどんから電話があり、明朝9時から八ヶ岳のAさんとシングルスの決着をつけるから立ち会いに来てくれとのこと。
どうもこんな電話昨晩酔っぱらってあちこちにしていたらしいが、忠実にテニスコートに現れたのは、とのみ。2年連続立山山頂滑降を案内してもらった恩義だった。
最近は、一週間のうち4日は、テニスをしているとか、富山県最強ママさんプレーヤーにシングルスで勝ったとか(しかしてその内実は、4−0からスタートして30ハンディ、ということは、4ポイントさえ取れば勝利)、鼻高々。
前回こてんぱんにやられたAさんに仇討ちしたいと意欲万マン。
さて、テニスコートにゆくと、たけどん昨日飲み過ぎたとか、身体のバランスが悪いとか、ぐずぐず言っている。こんなことでは、行く末が案じられる。
結果は、いうまでもなく、その後、とは、ダブルスに登場して、落ち込み大魔王に勝利を献上しなければならないハメになってしまった。
いやあ〜とさん、先日来踏んだり蹴ったりですね。
一昨晩とさんに電話した後早速たけどんに電話してみると
案の定Kで八ヶ岳のAと盛り上がってました。
今から京都から高岡まで出て来いとかテニスをしに来いとか酔っぱらいの言動。
おおよそ翌日の行く末が見えていました。
真面目なとさんが馬鹿を見たということのようですね。
しかしこれに懲りずにこの駄ラ仏が行った時にはお相手してくださいませ。
それにしても活性にごり酒の爆発、もったいなかったですね。
ひとくち飲みたかったです。
しかしこぼれた酒をからだにぬり込んだくだりには思わず笑いました!!!
本日は、年に一回のドラ・デイ。
中日ドラゴンズが、年に一回、金沢・富山にやってくる日なのだ。
昨日は、金沢で守護神岩瀬が延長10回でよもやの失点をして、ホークスに交流戦優勝を献上してしまった。
ホークス4連敗許すマジと仕事を5時に切り上げて、富山へ向かう。時間帯がラッシュなうえに、球場へ向かう車が重なって(?)、富山に近づくと渋滞気味。あんたらっちゃ、みんな野球けと声をかけたくなる。
その昔、テニスの試合に通った岩瀬運動公園経由の道を、ワープしたつもりが、球場を目の前にしてこちらもなかなか進まない。どうもその理由は、昨年駐車場でオープンしていた球場横の運転免許センターがクローズしていたせいらしい。途中至る所に路上駐車禁止の立て看を建てるなら、こんな時こそ、広い駐車場をちゃんとオープンして欲しい。
赤い棒を持っているおっさんが、済生会病院に行けと指示する。とにかくペコさんをおろして、済生会病院へ。ところが、ここも、駐車場入り口は全て赤い棒のおっさんにガードされており、遠く離れた道路に路駐しろという指示。ほとんど切れそうになるが、切れたってどうにもなるわけじゃなし、そのへんに止めて延々と球場に向かって歩く。
球場に近づくと、球場からどっと歓声が沸く。わー何あったがい。どうも、ブランコがホームランもどきのヒットを打ったようだ。本日一番の当たりを見逃した。慌てて球場に入ると和田が内野安打で2点目。しかし、その後は、淡々とした投手戦が続く。
今日は、小笠原につきる。球の切れが抜群だった。どうしてホークスが強いのかと思うくらいの出来映えだった。
球場で、面白いのはファール風景。時折、ヒュイーンとうなりを上げて内野席に飛び込んでくる。子供達がグローブを持って待ち構えている。しかし、ボールは殆ど、大人達の手に。地団駄踏んで悔しがる子供達。
親子ずれで野球を楽しむ風景を眺めているのはなかなかいいもんだ。
ここのところ、きうりの糠漬けの味がとっても美味しく漬かっている。
しゃきしゃき、さくさく、どれだけでも食べられる。
気がつくと鉢いっぱいの漬け物をぺろり♪
温度と湿気のなせる技かなぁ〜
今春ウィーンで大変お世話になったもりさん三重奏コンサートがやってくる。
予定は以下の通り。
7月10日 鹿児島市 かごしま県民交流センター午後7時
ハイドン没後200年記念
メンバーは、チェロが奥様のとっこちゃん、ピアノが由香さん。
メンバー結成10年目
7月29日 岐阜県可児市文化創造センター 午後7時
お近くの人は是非どうぞ、ウィーンの響きが堪能できます。
> ここのところ、きうりの糠漬けの味がとっても美味しく漬かっている。
>
> しゃきしゃき、さくさく、どれだけでも食べられる。
> 気がつくと鉢いっぱいの漬け物をぺろり♪
>
> 温度と湿気のなせる技かなぁ〜
今頃は、終盤のハウス物、出回り始めの露地物と、年間通じて一番量の多い時期です。
糠漬けでも、サラダでも、もろ味噌つけても、炒めてもいいので、
でかいと食べてくだはれ。
もう少しして、ハウス物が終了したら、一時値が上がりますよ。
今のうちやよ!!
> 今頃は、終盤のハウス物、出回り始めの露地物と、年間通じて一番量の多い時期です。
セリ人さん、ほっとな情報ありがとさん。
仕入れ担当ぽこさんが佐武スーパーさんで買って来てくれた「地物・無農薬」のキウリです。
あんまり、おいしくて
「総菜屋さんでっきっよ。売ったら行列できそうやなぁ〜」
と、言ってしまうのですが、
これって、
子供たちが小さい頃、美味しい物を作った時の褒め言葉として、決まって言ってくれたのが、このセリフでした。
「かぁさん、お店屋さんでっきっよ♪」
でも、これもまた決まり事のように
「店主休養のため(張り切りすぎ)、しばらく閉店のやむなきに至りました」となるのは必須、と言われてこの話は終わるのでした。
この時期限定の蟻の大襲来、古屋の宿命、京の駄ら仏さんとこや、フランネルさんちを思わず心配してしまう。
朝のうちは、ペコさんがとにかく箒で庭にはきださんまいけというので、休日恒例のプールご出勤前の一仕事ということで、蟻さん蟻さん鬼は外と箒で庭にはき出す。
はき出してもはき出しても、あちこちから蟻がわいてくる。
本日は、なんといっても映画「剣岳点の記」を見る予定なので、蟻退治もそこそこにプールへ出掛ける。プール、居酒蕎麦、映画をこなして、家に戻るとぽこさんが蟻と格闘したらしく、部屋の中に掃除機や殺虫剤が残っている。しかもその傍には、蟻さんが運動会をしている。
夕食後、腹ごなしに掃除機をかけて蟻さんを吸い込むが次々にわいてくる。とてもかなわない。
孫のたまちゃん大好きなビギンのオリオンビールのコマーシャルソングじゃないけれど蟻完敗。
お久しぶりです。こちらは暑い毎日です。
うちの息子もきゅうりのぬか漬けが大好きで、洗ってまな板にのせておくと、
いつの間にかなくなっています。
あれ〜?と探すと息子がまるごとかじっていて、結局全部食べられてしまいます。
うちは昼に漬けて夜食べるというパターンですが、最近忙しくて昼に家にいることがほとんど無く、なかなかぬか漬けが食べられません(泣)
いい時期なのに、かき混ぜるだけなんてもったいないです。
いよいよ冬春タイプやハウス物が終了しました。
でも・・、
しかし・・・、
価格低迷のままです・・・。
家庭菜園の影響か?
今度の雨で、価格の浮上なるか?
担当者は、どっさい期待しとっちゃ。
> お久しぶりです。こちらは暑い毎日です。
> うちの息子もきゅうりのぬか漬けが大好きで、洗ってまな板にのせておくと、
> いつの間にかなくなっています。
のりぃさん、お久しぶりです。
うちの孫ちゃんも、ばぁばににたのでしょうか、つけもの大好き。
きうりもたくあんも大好物ときています。
先日も一緒に食事に出掛けた先で梅茶漬けの大きな梅をまるごと一人でぺろり。
梅干しも漬けがいがあります。
今年は10キロ漬け込みます。
おいしく食べて貰えるのは作り手にとって楽しみでもありです。
今日は太きうりの酢のもんが美味しく、鉢をかかえてどっさり食べました。
歳とともに、暑さ寒さの厳しさが身体に応えるのですが、太ききうりの美味しさは、暑さの中でこそと思うと夏もまたよし。こも季節になると、きうりの粕和えも、毎日食べ続けてもあきるということがありません。
今日はお弁当の後に、ぽこさんがふかしていたとうもろこしを、「やっぱし、なつやなぁ〜。これこれ」とか言いながら、はふはふつまみぐいしていたばぁばです。
小さい頃遊んだ遊びに大股か、小股か、駆け足かがあった。
それになぞらえて、ロォジェか庖正か松翁か。
久しぶりの花のお江戸。仕事ですよ、京の駄ら仏さん。
当日予約で、お昼にフレンチのロォジェがとれた。
ホテルのコンシェルジェが、奇跡ですと興奮気味だった。
行ってみると、満席であり、ピンポイント的に、キャンセル席をゲットしたよう。相かわらずのペコさんの強運。どこへ行くにもぺこさんと一緒に行くに限る。
ペコさんと行くと晴天と幸運が約束され、連れて行かないと悪天と不幸が、あな恐ろしや。
ロォジェのお昼は、夜の約半額でO.K。スタッフは約45人であり、厨房には、約15人とそれにパティスリーが6人という。電話が全くかからないあさってのミシュラン3星レストランもあるが、ロォジェは、とても感じがいい。
ロォジェや水谷は、かかっている手間を考えると、まことに、リーズナブルであり、これが銀座価格とは思えないくらいだ。
最近、「北陸中日」に、鮨の水谷の大将のインタビュー記事が載っていたが、かっては、銀座に出店するのが一流の証で、商売人の夢だったという、従って今や、居酒屋チェーン店やカラオケボックスが出てくるのが悲しいという。「手抜きをしない、サボらない」のがモットーとか、確かにこれが職人道と納得。
ロォジェでは、野菜中心にメニューを選択する。この時期のホワイトアスパラや、グリーンピースのスープ等が、美術品のように盛りつけられて出てくる。
頭の半分では、綺麗、美味しい、もう半分の頭では、醤油、昆布、鰹出汁の庖正や松翁の味がぐるぐる廻って、どうしようもない気分になる。日本人にとっては、一体どちらが幸せなのかと考え込んでしまう。
ロォジエで今回びっくりしたのは、ヴィレッジセラーズのワインがかなりロォジェに進出していることだった。
これは、日常的に飲んでいるので、まーそれ以外と言うことで、お願いしましたが。
ネロ・イブリオ
シチリアの赤ワイン。
大宮のイタリアン「ラ・フォルトゥーナ」で飲んだ赤ワイン。
実は、この店天下に名だたる大宮ナンギンの端っこにあったのだ。
先週浦和に野暮用があって出掛けた。ちょうど大宮にいる姪っ子が秋に結婚式を挙げるというので、姪っ子とその彼氏と、姪っ子両親を大宮へ呼び出した。
どっか、いいとこないかと聞くが、居酒屋しかわかんないというので、勝手に駅近くのイタリアンを選択した。日帰りなので、駅近くが必須条件だった。
暮れなずむ夕暮れ、ナンギンを通って店に向かう。
ちょうどキャバクラや居酒屋の通りは戦闘開始時刻、あちこちから、おにーちゃんやおねーちゃんが通りに出てきて、通行人を誘う、当方は、幸か不幸か、ペコさんと、貫禄たっぷりな妹付きなので、誰も誘ってくれない。
お店に着いて、デインジャラスな通りを歩いてきましたというと思わず苦笑される。
お店は意外とこじんまりしているが、それだけに、どの料理も丁寧に作られていた。
明るい、明るい姪っ子の彼氏八丈島君は、相変わらず明るい。姪っ子が好きでたまらないという感じで、きっと旨くやってくれるだろう。
大学は、何学部だったっけと聞くと「ラクロス部」と答える。大学4年間は、ラクロスで青春していたようだ。
さて、シャンパン、白ワインと進んで、赤ワインに進んだ。
美味しそうな赤ワインが並んでいるが、あえて、シチリアワイン「ネロ・イブリオ」を選択。シチリア産葡萄「ネロ・ダーヴォラ」100%という。
これが、また秀逸。複雑ないろんな果実の味がする。
「モンタルチーノ」的味わいである。シチリアワイン侮るなかれ。
さて、大宮には、ナンギンよりもっとデインジャラスなホクギンがアルという。
ほくぎんは、富山では、北銀だが、大宮のそれは、北銀座。南銀座と言い、北銀座と言い、お江戸の銀座の模倣であり、どこか寂しい。
もっとも、高岡にも、水上銀座があった。
地名は、もっと意味があるのではないか。最近東京に出掛けて、羽田から京急線に乗ると「青物横町」とか、それこそ、大江戸八百八町時代の即物的な名前が次々出てくるので愉しい。
職人の町高岡には、「大工町」とか、「大鋸屋町」とか、いろいろありましたが、少しずつ合併されつつあります。町名は、残すべきよき日本の伝統だと思います。
> 先日も一緒に食事に出掛けた先で梅茶漬けの大きな梅をまるごと一人でぺろり。
凄いですね!うちの息子はおにぎりにちょっとだけ入れた梅さえ、ひょ〜っと言います。
先日実家(愛知)へ帰ったときに、久しぶりにクロウリに出会い、懐かしくて買って帰り、早速ぬか漬けにして食べました。
私はクロウリやマクワウリなどの瓜の漬物が大好きなんですが、
東京の八百屋にはクロウリは出ないのです。
私の近所に出ないだけかもしれませんが。。。
ワケギも東京に来てから出会ったことがありません。
地物を食べるのが良いとはいいますが、生まれ育った場所の野菜も無性に食べたくなるときがあります。
赤しそも安く売っていたので1キロ買ってかえり(葉だけで1キロなんと200円)今年も紫蘇ジュースを作りました。
実家の畑の紫蘇は、一足違いで兄一家にとられてしまったので(笑)
夏はやっぱり紫蘇ジュースですね!我が家ではクエン酸をたっぷり入れて、すっぱい味で飲むのが好きです。
あと2日で夏休み。
夏休み初日の連休は、神津島へ行ってきま〜す。
本日7時過ぎに、ペコさんと小矢部川沿いの堤防道を通って、仕事帰りにプールに向かうと、左手には、夕焼けの二上山、右手には、大きな虹が出て、その中にすっぽりと夕日に紫色に染まった立山、剣が、おさまっていた。
しばし、見とれる。絶景かな、絶景かな。みなさんにお裾分けしたい光景である。
さて、のりぃさん、神津島とはうらやましい。
今年は、沖縄がとれていないので、いっそ八丈島にと思い立ったものの、飛行機が全くポコペンである。東京がらみは、どこも、大変なのか?
> 本日7時過ぎに、ペコさんと小矢部川沿いの堤防道を通って、仕事帰りにプールに向かうと、左手には、夕焼けの二上山、右手には、大きな虹が出て、その中にすっぽりと夕日に紫色に染まった立山、剣が、おさまっていた。
>
四季折々に見られる立山連峰。
あぁ、富山県に生まれてよかったと思われる瞬間です。
でも、登らんけど。
俺は、見とっだけでいいわ。
笑。
今年のX−Alpusが始まりました。
扇澤 郁さんが登場しています。
ttp://www.redbullxalps.com/index.aspx
応援よろしくお願いします。
毎日がわくわく愉しくなります♪
シャモニーの春休みを思いだすなぁ〜。
先週金曜日は、富山「てるてる亭」で、志の輔ライブ。
志の輔さん、お昼は、高岡市民会館で、1000人相手にして、夜は、富山で250人相手にお席をこなしたのでした。
志の輔さん、昔は2回転んともなかったけど、最近は、こんなパターンは疲れるわとのたまう。それでも、きっちり、現代もんと古典を2席演じる。
古典は、「大名房五郎」という演題。
圓生のもちねたであり、約20年前からたのんで、許可をもらったという。
それこそ現代に通じる話だった。
最近は、朝方どっと雨が振って、日中は曇りという毎日。それでも、立山連峰のスカイラインが、平野部からみえて、梅雨開けが近いかと期待する。
そんななか、いつもの、高岡総合プールへ出掛けると本日は「富山県中学水泳選手権」
男子1500M自由形の優勝タイムは、16分55秒。これってかっての石川県輪島出身のオリンピック銀メダリスト山中毅をかなり超えているのではないか。
最近は、プールで、23歳の若者と、50M自由形を1分15秒サイクルで、10本こなすのが日課になっている。
さらに、3連休最終日の本日は、22歳の大学年生のテニス同好会の若者と約一時間テニスラリーの相手をしてもらった。今日は、涼しい風が吹いて、快適だった。
すぐそこまで、梅雨開けが来ているような気がするのだが。
SASOさんと一緒に地図を読み、全てを総合的に判断しながら
ヨーロッパの渓谷を自分の脚で歩き、
風をとらえて鳥のようにヨーロッパの峰々をこえる。
なんて過酷でかつ夢溢れる冒険レースでしょうか!♪
今日の様子がごらんになれますよ。
ttp://www.redbullxalps.com/index.aspx
みまさんも一緒にお楽しみ下さい。
ぐーぐるあーす って凄い!!
ばぁばも鳥になったように俯瞰しながら応援できるなんて!
目が離せんがいね!!!
とみじぃさんの誕生会は柳家小三治さんの独演会
まくらの話は、親交のあったフランク永井さんを忍んで得意の唄を披露しながら満場の聴衆を引きつけ、爆笑や拍手でセリフがきこえなくなることもしばしば。
「有楽町であいましょう」といえば、ガード下の狭い狭い食堂で食べたなぁ〜と懐かしむのも歳のせいなのでしょうが、回りも頷きながら笑っている。ふふふっ♪
出し物は、何度聞いても可笑しい「小言念仏」と「野ざらし」
念仏が、ただ朝の習慣になってありがたみはないのだが
昔の大家族の織りなす仏間の日常が描かれていて、実に懐かしい。
「朝のおつゆの実はなんにしよう?」と思案しているところへ
ちょうど、どじょうやさんの売り声が聞こえてきたりして・・・
いいんだなぁ〜、これが。
ぽっく、ぽっく、ぽっく、ぽっく なんとものどかというか
調子のよいもくぎょうの音が、会場全体を仏間に設えてしまう。
暮らしの中にどっしりと大黒柱があり、
口うるさいけれど暮らしのあれこれに目配り気配りするがんこじぃさまがいて
家族がゆきかう息遣いのする仏間の様子が、絶妙の間で語られ笑いを誘う。。
小三治さんのおはこのひとつ。
笑いすぎて顎の緩んだまま、T田さんお勧めのレストランになだれ込んでのお誕生会だったのだ。
昨日Tださんにお世話になった、金沢の隠れ家イタリアン「アラベロ」。
アラベロは、イタリア語で、樹木の樹。本家は、石川県と富山県の県境の山の中にあり、最近、金沢中心街の片町周辺に進出してきた。
といっても、こじんまりした隠れ家的お店。カウンターは、欅の一枚板、テーブルも欅の細工物。カウンターの後ろに、クッキングスペースと、炭火焼きスペースがあって、料理の手の内が丸見えである。
昨日は、あいにくマスターがぎっくり腰を起こして急遽ピンチヒッターが登場。秋からイタリア北部に料理修業に出掛けるという、市川染五郎似のナイスガイ。
やや、肉類が多かったのであるが、次々に手早く、マイルドなイタリアンを提供してくれる。イタリア修業で、どう変わるか楽しみ、楽しみ。
毎年恒例の(ただし、昨年から)、との誕生日日帰り登山。
昨年は、映画「点の記」で、評判の剣岳早月尾根日帰り。
今年は、富山平野からみて、いかにも、峻険な剣岳とは対照的にゆったりした山容の薬師岳を選んだ。
昨年は、単独行。今年は、高校の同級生であり、今は横浜在のとっちゃんが同行。
彼は、かっては、プールや海で泳いでばかりいて山のイメージはなかったのだが、最近にわかに山に目覚めて、関東周辺の山々を歩き回っているということを今年の年賀状で知り、関東より、あんたのいた富山にこんなにいい山があるよと知ってもらいたいと同行したのでした。
しかし、梅雨前線がまだ、日本列島から離れず、富山は梅雨開け前。前日の山の天気予報は、午後は、雨か雷雨。やめた方がいいかなと思ったものの、彼は、既に富山県入り。ひどけりゃ、どっかで引き返せばいいわととにかく出発。
朝5時に富山のホテルへ迎えに行き、登山口の折立へ向かう。
有峰林道が、6時開門なので、まずは、有峰ゲートを目指す。
一番乗りかと思いきや、コンクリート建造物を積んだトラックがゲートに乗り付けている。先に行かせてくれりゃいいがにと言っていると、いざ、開門になるとトラックはぐねぐねの山道をビュンビュン飛ばして、あっという間にぶっちぎられる。
今回は、このコースは何回も経験しているとが案内役だったはず。
ところが、のっけから、以下の出来事があって、信頼喪失。
とっちゃん、事前準備で、入念な情報収集してきた。
折立直前の車の中、「とさん、この辺チャ、カモシカや熊が多いがでないがけ、大丈夫か」。「なーんじゃまないちゃ、カモシカは、出てきても人間に危害チャ加えんちゃ、熊は、日中は、人間の前に出てこんちゃ」といった、舌の根の乾かないうちに、目の前を小熊が横切る。とも、かって、剣岳周辺の雪渓で、熊に遭遇したことあがるけれど、こんな目の前でみたことがない。ほんまに、いくそった。あの熊を探し出して、主演男優賞をあげたいくらいな見事なタイミングだった。
鈴は一個でいいかろうといっていたのに、とっちゃんもにわかに、鈴を取り出して二人とも、ザックに鈴をつけて鳴り物入りで、出発。
一番の心配だった天気。ところが、中間点の太郎小屋に近づくと、雲が晴れて薬師岳が全容を表す。
さらに、薬師岳を目指す途中次第に雲が払われてきて、槍や穂高までみえてくる。
向かいには、赤牛や水晶岳、野口五郎岳などがくっきり姿を現す。
昔、家族で、高天原や黒部源流を歩き回ったことが懐かしく思い出される。
二人の日頃の行いがいいのか、単に悪運が強いだけなのか、前日は、もっとひどい状況を予想していただけに、なんとラッキーなのか。
このコースは、とにかく広々として、伸びやかな草原が広がるコース。段だらの登りがどこまでも続く。折りから、高山植物が最盛期、餓鬼の田んぼがあちこちに。とっちゃんは、きょときょとになって、撮影に余念がない。
往復約20キロのコースをなんとかこなして、下山口にある亀ヶ谷温泉で汗を流して、ぺこさんの待つ寿司貫へ直行。
山の反省をしながら、美味しいお寿司に舌鼓をうったのでした。
大変ご無沙汰してしまいました。
みなさんおかわりないことと思います。
時々覗かせていただくこのページによるとと&ぺこさんは相変わらず
そして人知れずミシュランの秘密調査員をしておいでのようで羨ましい限りです。
> しばし、見とれる。絶景かな、絶景かな。みなさんにお裾分けしたい光景である。
いやあほんま、富山を離れて久しくなりましたが帰郷するたんびに富山がよく見えてきます。
あの立山、剣を高岡、富山のあっちこっちにいて仰ぎ見れることそのものがすごい!!!
「富山」とはよく云ったもので本当に山に恵まれているなあと今さら感心します。
それに加えて富山湾を持つとはけしからん!!!他県の者からしたら羨ましい限りですぞ。
豊な山と海をもってそれを日常的に当たり前に享受していることが許せない程よだれもんです。
この駄ラ仏、京の山でひもじい暮らしをしています。せめて富山に行った時には贅沢三昧したいと
夢想しています。
そういえば先日あのOたけどんが姉とふたりテニスラケットを持って越畑に現れましたぞ!!
高岡でもう勝てる相手がいなくなったらしく弱いものを求めてこちらまで来たようです。
生憎の雨でその想いもとげれずでしたが、相変わらずの毒舌でここいらの連中を抱腹絶倒させて
帰っていかれました。いやあなかなかの人物ですわ!!!!!
郁さんが飛んだ。
今年のX−ALPS、既に10人の選手がリタイアして、最下位の19位、20位を低迷していた郁さんが、晩方帰ってくると今日は飛びに飛んで、一気に10位に浮上してまだ飛んでいる。
3日前に、郁さんの大飛躍を祈念して薬師岳の如来様にお祈りしてきた甲斐があった。
X−ALPSの掲示板にこれからは、薬師如来のご加護がありますと投稿したばかりだった。昨年は、誤って阪神を吹き飛ばしたとの念力、今年は、是非郁さんを再びモナコへ飛ばしたい。
子細に見ると、郁さんは、一位の選手のアルプスの南側のコース。郁さんの当面のライバル達は、2位の選手のアルプスの北側のコースを進んでいる。選手達の駆け引きやコース取りが興味津々。いよいよ後半、マッターホルンや、モンブランにさしかかる。
皆さん応援よろしくお願いいたします。
京の駄ラ仏さん、O君との勝負に一喜一憂している場合じゃないがいね。
ぺこさんのとへの今年の誕生日プレゼントは、伊達公子選手のコーチ「小浦武志のプロフェッショナルテニス理論」全8巻。
「一般プレーヤーとプロとの違い、それは、身体を機能的に使えているか、いないか。」 そのっさんらちあいてにして、情念や怨念や執念だけはたらかせている場合じゃありませんぞ。
> ぺこさんのとへの今年の誕生日プレゼントは、伊達公子選手のコーチ「小浦武志のプロフェッショナルテニス理論」全8巻。
>
> 「一般プレーヤーとプロとの違い、それは、身体を機能的に使えているか、いないか。」 そのっさんらちあいてにして、情念や怨念や執念だけはたらかせている場合じゃありませんぞ。
いやあ〜まいったな!!!
とさんに「テニス理論全8巻」
これはまさしく鬼に金棒ですわあ。太刀打ちできません。
たとえその全8巻借りたとしてもこの駄ラ仏理解も出来ずからだも動きません。
やはり執念でいくよりしょうがないかも。
祭っつりは、いかにあるべきか。
我が伏木の最大の売りは、5月15日のけんか山。それこそ、おそれおおくも秩父のなんとか祭りとか、岸和田だんじり祭りに匹敵すると思っている。
ところが最近このお祭り、あちこちに出前出張されるようになった。
昨年は、金沢の香林坊まで、山車はトラックで、観客はバスで運ばれて一夜のけんか山を金沢へ運んだ。
さすがに、けんかやまは伏木の狭い町中でかっちゃするから映えるんであって、あんな広い道で、やっても山車がみすぼらしかったという。
昨日は、伏木港開港110周年記念で、山車が伏木港に勢揃いした。
我が家の祭っつりきちがいは、言わずもがなとだけれど、何故か孫のたまちゃんがおまつり大好きと来ている。
そこで急遽京都から凸助一家を呼び出した。
おりから、埼玉から妹一家も休日1000円で、来襲。
伏木港の岸壁に午前10時に山車6台が。さすがに周囲は白々とした雰囲気。
海上保安庁の「えちご」が観覧自由で、たまちゃんと乗船する。
アトラクションは、いろいろ。のけぞる物もあったが、秀逸だったのは、消防団の、はしご演技。要するに出初め式でやるやつ。
子供の頃はとてつもなく高く感じたはしごが低くみえる。
いまや、女性の演技者も登場する。
やんやの喝采でした。
でもやっぱ、お祭りは、決められた日時に、決められた場所でおこなうもんだたしみじみ感じた。
本日約一ヶ月ぶりにテニスコートにいった。
この間の小浦ビデオ鑑賞の効果はいかにと楽しみだった。
わーお、体が動く。フォアハンドはばっちり。
特に効果があったのは、ボレーとスマッシュ。ガツンと打てる。
京の駄ら仏さんに見せても効果はないと思うけど、もしかして効果があったらこりゃー大変なことになるから見せられん。
楽天野村監督のお言葉、「人間的成長なくして、技術的成長なし」
あっちゃ、どっちもたりんがいね。
> 京の駄ら仏さんに見せても効果はないと思うけど、もしかして効果があったらこりゃー大変なことになるから見せられん。
なあ〜んそんなもん見んでも上達しとんがいぜ!!
先日もちょっと上級者のグループに入れてもらってやったら、そりゃうまくいくこと。
まるで自分がうまくなったように錯覚してしもうたがいね。
やっぱうまい人は人間もできとんがかもしれん!!!
ご無沙汰しております、かおりです。
とさん、薬師岳日帰りとか早月尾根剱岳日帰りとか・・・
うぅーん。ご健脚ぶりに唸ってしまいました。
私は昨日、薬師日帰りを企てましたが薬師岳山荘手前で時間オーバー。
頂上へ行けずとも十分楽しく素晴らしかったけれど、やはり未練は残り、
雲間から顔を出した山頂をちらちらと見ながらとぼとぼ引き返しました。
時間がなくなったのは有峰林道無料デイの渋滞で出発時間が遅れたためだ!
と心の中で言い訳しておりましたが、
帰ってみると体力は1グラムも残っておらずバタンきゅーでした。いやはや。
1年間鍛えたら、来年のお誕生日登山に参加立候補できるかしら!?
遅ればせながらお誕生日おめでとうございます♪
> でもやっぱ、お祭りは、決められた日時に、決められた場所でおこなうもんだたしみじみ感じた。
はい、まったく同感です。
お祭りがイベントになってしまうとあいそんなーいわぁ・・。
> 私は昨日、薬師日帰りを企てましたが薬師岳山荘手前で時間オーバー。
それは、残念というか、すばらしいというか。
薬師岳山荘は、ほとんど頂上直下じゃないですか。あと、頂上まで50分。あの小屋のぜんざいとかアンミツがそそられます。
ちなみにとは、頂上の帰りに、ぜんざいを食べ、下山の元気を貰いました。
山のぼりは、頂上を踏むだけが目的じゃない、といいたいものだが。
でも、特にとのような団塊の世代は、この辺はこだわるという悪しき習性が、競争競争で追い立てられてきたために染み付いている。
剣岳点の記に出ていたガイドの宮本金作の金作谷カールが、スキーヤーにとっては誘惑的に広がってました。国の特別天然記念物の薬師岳カール。
山登りは、ちょっとしたコツがあって、日帰り登頂を目指すときは、イーブンペースで、かなりまじめに時間配分をする必要があります。登りは、できるだけ細かいステップで、5センチ、10センチ単位で、上る。最近は、ストックを併用して、腕力の支えも借ります。との場合は、標高差100Mを15分が目標です、というか、目標でした。
下りは、適度な着地地点を次々見つけて、いかに足を運ぶかがポイント。
薬師岳は、段だらのぼりに、段だらくだりなので、いかに、リズミカルに駆け下りてこれるか。
とは、三角点から下の、急な下りは、ストックを使わないで、両手をフリーにして、木につかまったり、岩に手をかけて降ります。
しかし、早月尾根が、数段厳しい。
でも、なんといっても太郎小屋から先のエリアが北アルプスど真ん中。
雲の平、高天原、黒部源流、水晶岳、黒部五郎岳。三叉蓮華などなど。
まさしく、この世の桃源郷が広がっています。夏もいいし、紅葉の時期もいいし。
今回薬師に一緒に行ったとっちゃんは、薬師岳から見えた、赤牛岳に魅了されて来年はあそこに行きたいといっているが、赤牛はちょっこ遠いがやけど。
来年の誕生日登山は、まったく未定ですが、参加大歓迎です。
論理的な登山方法に目からウロコです!!
なるほど、今まではやみくもに登るだけだった・・・。
薬師岳は、たおやかというかなんというか、やさしく抱きしめて
くれるような雰囲気があって、とても気に入りました。
次回は金作谷カールを見られるようにがんばります。
そして、太郎小屋から右方向の道もいっそう気になります。
この世の桃源郷とはどんな所なのか・・・ぜひともこの目で見てみたい。
北アルプスに魅了されたこの1か月あまり、「いつかは高天原」が合言葉なのです。
来年のお誕生日登山にはどこでも(赤牛までも!?)ついていけるように、
しっかりトレーニングに励みまーす。
この世の桃源郷、高天原。
高天原は、古事記以来神様の住むところ、日本中に数箇所あれど、自然景観では、薬師岳裏側のここが一番と確信しています。決して合言葉を裏切らないかと思います。
薬師岳裏側は、急峻に切り立っており、その下の高天原から望むと、黒っぽく男性的に見える。その下にニッコウキスゲやワタスゲが一面に広がる草原が高天原。
かたや薬師岳、反対側に赤牛岳、水晶岳、三俣蓮華岳がそびえ、その真ん中を黒部川が流れ、その北側が高天原、南側が雲の平という構図。
槍穂高や、白馬岳、立山・剣岳などの稜線歩きとはまた違って、奥深い山のど真ん中を歩いていると実感します。高天原までは、雲の平経由と、黒部川沿いに直行するコースがあります。後者だと頑張れば(相当しんどいです)一日で到着可能です。
高天原の魅力を増すのが、高天原温泉。標高1900Mの野趣溢れる秘湯中の秘湯。
女性用は、小屋があります。
ここの温泉にじっくりつかって、上がりがけにビールを飲んでワタスゲが咲き誇る高原を目の前にしてお昼ねというのはなんともいえない贅沢なひと時です。
赤牛岳は、案外、ここの温泉沢から稜線まで直登してまたバックするというのが一番近いのかなと考えています。黒部川まで降りる読売新道は、いろんなブログで、相当しんどいと報告されています。
北アルプスに魅了されたこの一ヶ月あまりとは、どんな日々だったのかな。
それにしても、富山からだと、北アルプスの主要な山、槍・穂高を含めて、後立山連峰の山々のほとんどが、日帰り圏内という絶好のポジションにあるので、これを生かさない手はない。
しかし、山の一番いい瞬間は、朝日があがるときと、夕陽が沈むときにあるので、日帰りか、小屋どまりを選択するかは、悩ましいいところ。
京の駄ら仏さんのおねーたんが、本日高岡ロイヤルテニスクラブに来襲した。
しかも、最強の助っ人、S嬢を引き連れて。
実は今日から訳がわからないうちにお盆休みだった。そこで、いつもの休日モードでゆっくり起きると、本日は、7月、8月始まって以来という青空。
いよいよ夏本番か。
この間の長雨で家中がカビだらけなので、風呂場のすのこを外に干し、布団を干し、さらに暑さ対策で家中に簾をかけた。玄関は、ぽこさんが、朝顔を這わせているので、今年は簾がいらない。
しかるのち、プールに出かけて、一人一コースでゆったり泳ぎ、最近上達したと感じている背泳ぎは、ペコさんにまだだちかんといわれて、とりあえず、居酒へそば食べに行く。
そこへ、おねーたんが、S嬢と居酒へ顔を出した。これから、たけどんとテニスすっがやけど、ちょっこおくるっから、ぺこさんでんわしてくれんけ。
布団やらなにやら、かたずけて、そんならおらもとロイヤルに向かう。
S嬢は、一試合した後、腰が痛いと後は棄権。
たけどん、だっかおらんかと、探してきたのが、県45歳ナンバーワンのタカチャン。
かっかっかお前なーんつれてくんがい、といってもときすでに遅し。
たけどんと、最強ペアに立ち向かう。しかし、なぜか、二人とも、奇跡的なプレーをして、偶然勝利した。
これに味を占めたたけドンが、もう一人、おねーたんのパートナーを見つけてくる。これまた、高岡市体で、何回か優勝しているテッチャン登場。
この試合は、ほとんど、たけどんと信頼関係が崩壊寸前、他方おねーたんは、次々意味あるショットを連発。頭を越されるわ、横を抜かれるわ。
ほんまによくぞここまで回復されたもんだとうれしくなりました。
今日の午後から、今夏初めて梅雨明けと思えるような雲ひとつない青空。
強い日差しが照りつける。
いまや高岡名物の、美術館前の間島商店のじゅうたんアイスは、相変わらず黒山の人だかり。
夕方、ロイヤルテニスクラブに出かける。
立山連峰は、雲に隠れていたが、やがて雲が晴れて、紫色に輝きだす。
最初は、立山周辺、そのうち先日登った薬師岳が全容を現す。約10分間のショー。
本日山の上にいると、さぞかし感激の一瞬だろう。
梅雨明けとはいえ、すでにお盆。風は涼しくすでに秋の風情。
いまや、京の駄ら仏さんも上級者の仲間入りとの本人の申告、これは大変と、とは、小浦ビデオの復習に明け暮れる。
> いまや高岡名物の、美術館前の間島商店のじゅうたんアイスは、相変わらず黒山の人だかり。
ええ〜え、あのださ〜い間島に黒山の人だかり???信じられん。
ところでそのじゅうたんアイスとはなんですか??
> いまや、京の駄ら仏さんも上級者の仲間入りとの本人の申告、これは大変と、とは、小浦ビデオの復習に明け暮れる。
ちょちょっと待ってくだはれ!?!
誤解です。誤解。上級者の仲間入りなんぞととんでもない。
とさんもうしばらくは(?)安心ですちゃ。
> ちょちょっと待ってくだはれ!?!
> 誤解です。誤解。上級者の仲間入りなんぞととんでもない。
> とさんもうしばらくは(?)安心ですちゃ。
ごかいも、なんがいねも、なもない話でっそ。
それちゃ、もしかしてあんたら
めくそはなくそが・・・
というよりは、褒め殺ししあっとんがけ?
お盆休み中、毎晩、ビデオをみては、即実践と
籐の敷物がすりきりっがでなかろうかと心配なほどに
予習、復習、素振りに余念がなかったとさんなのですが・・・
お盆休みも後半になり、自信満々、小浦ビデオ効果をためさんとて
ダブルス北陸チャンピオン相手に果敢に挑戦したのですが
「ちょちょいのちょいで、相手にも、なもはや ならなんだ。しかたもなんない」
と、がっくり肩を落としてご帰還。
あとには、二の腕の前にも後ろにも、膏薬がべたっ!ぷぅ〜〜ん。
今年の天気みたいに、光が見えたかと思いきや・・・また、曇のむこうに・・・
「どうしてくれよか?」
で、おかげで??
梅干しばぁさんとしては、土用なんかとっくに過ぎてからの土用干しって?
如何なもんながか、はたしてどうなることやら
瓶を覗き込んで、ひたすら、今年の「梅干し」だけが、ひたすら心配なのであります。
> 今年の天気みたいに、光が見えたかと思いきや・・・また、曇のむこうに・・・
> 「どうしてくれよか?」
家政婦は、見た、聞いた、しゃべった。
試合の具合のみならず、膏薬まで。ビデオのごりやくではなくて、こうやくか。悔しい。
明けない夜はない、止まない雨はない、陽はまた昇るというものの、とのテニスに再び陽は昇るのか。梅雨明けは、果たしてくるのか。
京の駄ら仏さんのように、山の中にこもって虎の穴で修業に励まんといかんかもしれん。
それはともかく、間島のじゅうたんアイスとは、十段の渦が巻いたソフトクリームのこと、油断していたら、べちょっと首折れしてべたっと路上に落ちてしもがいね。
一個、100円だとか120円だとかで、人気がある。
我が家には、小豆アイスや前山のアイスもなかのほうが、素朴だが。
> 京の駄ら仏さんのように、山の中にこもって虎の穴で修業に励まんといかんかもしれん。
今年の虎はさっぱり!!早い時期からあきらめました。
野球観戦にも熱が入らず。
その分をテニスでなんとかならんもんかいとあがいておりますが
その虎の穴と同じくなかなか深くて這い上がれません。
月末の土日に粟巣野に行こうかなと思っておりますが、、、。
とさんもいかがですか?
> > いまや高岡名物の、美術館前の間島商店のじゅうたんアイスは、相変わらず黒山の人だかり。
>
> ええ〜え、あのださ〜い間島に黒山の人だかり???信じられん。
> ところでそのじゅうたんアイスとはなんですか??
>
ご無沙汰です。
久しぶりの書き込みが、間島のアイスの事になりました。
じゅうたんアイスとは、渦巻きのソフトクリームのことです。
その昔、間島の前の二つの高校の学生達が、作ってもらう時に、
「もうちょっと、もうちょっと。」とか「もう一段、もう一段・・」
とか、おばちゃんに頼んでいるうちに、渦巻きが10段位になった事から、
「10段アイス」と呼ばれるようになったと聞きました。
モー娘が、今月始めに膝の再手術をして、今も学校の送り迎え(夏休みなのに、
未だ引退してない文芸部の活動に行っております。他の3年生達は受験勉強に
行ってるがに・・泣)をしてる為、毎日通りますが、夏にもなると人は多いし、
違法駐車で走れんし、大体ソフトクリーム食べるがに、順番並ぶとは信じられん!
聞いただけで胸焼けしてくっわ。
とさんが言われるように、たまに道にぶちまけとるダラもおるし、笑。
でも、
(同じ値段で)3倍ジョッキとかのビールあったら並ぶかもしれんけど・・・。
失礼しました・・・。
こんにちは。
十数年前女子高生だったモノには、じゅうだんアイス=「青春のかほり」です!
甘い甘いソフトクリームですが、昔の記憶ととけあって、甘酸っぱい香りがするのです。
お盆休みに県外の友だちが2人遊びにきてくれて、
それぞれ一緒に立山へ行ってきました。
(各1泊で、かおり的最上級のおもてなし♪)
雨の中を室堂山に登ったり、かつての行者さまの居場所を訪ねたり、
雷鳥沢でキャンプしたりして、ますます立山が好きになりました。
夜明け前、月明かりの中を雷鳥沢から一の越へ向かって歩いていると
空にすうっとひとすじの流れ星。静かで美しくて幸せで、
なぜかしきりにフンザを思い出しました。
6月末の朝日岳をきっかけに、立山、薬師岳と登り、
富山の北アルプスに魅了されています。
その間に、白山、牛岳、二上山にも登って、山三昧!
立山縦走ルートから見る奥大日岳が格好良くて、
次は大日岳縦走したいなぁと思っています。
それから、薬師岳から見た黒岳も素敵だったなぁ。
いつかはきっと・・・。赤牛岳も!
子供たちが小さい頃
家で水着に着替え、上に簡単なムームーに麦わら帽子で自転車こいで海へ出かけました。
あの頃の浜には、砂浜や岩の間に小蟹、やどかり、小魚が沢山で、泳ぐというより波打ち際であかず遊んでいたことが思い出です。
泳ぎ終わって濡れた水着にまたムームーをはおって家へとって返すのです。
きこきこペダルをふんで帰る道は
熱く灼けたアスファルトが溶けるようでゆらゆらと熱気が立ち上り
昔の夏は、本気でしっかり暑かったきがします。
まるまると元気に育っただけあって後ろにのっけた凸さんはずっしり重いのです。
家までのちょうど中間点にあるのが、あいすくりんの前山さん。
身体も喉も着ている服までもしおっぽい処に更にぽたぽた汗が流れ・・
自転車を止めて、ほおばったアイスの味はこの上なく美味しく、心地よく喉を潤してくれたのです。
> お盆休みに県外の友だちが2人遊びにきてくれて、
> 雷鳥沢でキャンプしたりして、ますます立山が好きになりました。
キャンプしたんですか。それは、ことのほか楽しい。
我が家も、とペコが若いころ剣沢や白馬や尾瀬などで、キャンプをしましたが、山の中でのキャンプは、テント、食料など家族全体で、50KG位を運ばないといけないので、やはり若いうちです。
でも、自然との一体感があって、テントは気持ちがいい。お星様は、手の届くようなとこにあるし、山の霊気がひしひしと感じられます。
思わず、とペコがキャンプで、山歩きしていたころの写真を引っ張り出して、二人とも、当時の若さや精悍さ溢れた姿にため息が出ました。
> 夜明け前、月明かりの中を雷鳥沢から一の越へ向かって歩いていると
> 空にすうっとひとすじの流れ星。静かで美しくて幸せで、
> なぜかしきりにフンザを思い出しました。
フンザ懐かしい。パキスタンカシミール地方の桃源郷フンザ。杏の花咲くころ再び行ってみたい。
> 6月末の朝日岳をきっかけに、立山、薬師岳と登り、
> 富山の北アルプスに魅了されています。
朝日岳は、とにとってお気に入りの山。朝日、白馬周辺が、なんといっても高山植物の宝庫。蓮華温泉から朝日岳のコースの五輪尾根のあやめ、朝日岳と雪倉岳間の子桜が原の、白山子桜や、かれんな水芭蕉。このコースで見た透明なサンカヨウも忘れがたい。
富山県人ならば、平野部から見える海から一番近い朝日岳から始まり、岐阜の笠が岳位までの稜線は歩くべし。
一度歩くと、平野部での日々の生活が楽しくなります。おーあこ、歩いてきたがいといつでも感慨にふけれます。
とは、今年、低山の大品山へスキーで出かけただけで、つい大品山はどこかと探します。ほんまは、その上の鍬崎山までいっときゃよかったがいけど。
富山県の稜線の中で、難関は、毛勝山周辺と、立山、薬師間は、結構アップダウンがあるので、マーまー大変かなと思います。
せり人さんのように山登りなんかやるもんか、晴れた日に、下界から、ビール飲みながら、ながめていりゃいいという御仁もおられますので、どっちがいいのかと思いますが。
大日岳は、富山県人のためだけに取っておきたい山。
ここから眺める剣岳はヒマラヤ的なピラミッド、仙人池側からの裏剣はヨーロッパアルプス的だがやや臭いといってた登山家がいました。
いずれにしても、富山県は、ねまりうしを決め込むせり人さんにとっても、山歩き族にとっても、最高のポジションながいちゃ。
> あの頃の浜には、砂浜や岩の間に小蟹、やどかり、小魚が沢山で、泳ぐというより波打ち際であかず遊んでいたことが思い出です。
確かにいっぱいうごくものがいて楽しかったですね〜。
時代がだいぶん違い50年もっと以上前のこの駄ラ仏がご幼少の頃。
隣の家のおばちゃんがそこのおねえちゃん達を海に連れて行くついでにとなりのかわいいボンも
連れて行ってやろうということで国分の浜に連れて行ってもらったことがある。
美しいおねえさん二人に囲まれてしあわせに遊んだ記憶が鮮明に思い出されます。
遊び疲れてさあお昼にしようということになり出てきたお弁当!?!
この弁当、それこそ駄ラ仏生涯忘れられないものでした。
おばちゃんが渡してくれたアルミの弁当箱。てっきりおにぎりだとばかり思っていたので
最初から肩すかし。そしてそれ以上にびっくりしたのがなんとその中身。
弁当のふたをあけると真っ黒なものがごはんの上にのっかっている。
それが海苔だったらあたりまえでなんとも思わないのだけれど、、、。
海苔のかわりにのっていたのはなんとだし昆布!!!
ごはんにそれだけ!!!おかずらしいものといえば塩いか、それ以外なし。
しかしいったん食べ始めるとそのごはんのうまいことうまいこと。
いっきに言葉などなくパクついて食べた。
だし昆布のだしと塩気が灼熱の太陽によってちょうどうまいぐらいにごはんに味付けされたのだろう。
あのとき食べたごはんはほんとうに忘れがたい。
たぶん今同じようにやってみてもその感激には勝てないだろうと思う。
たとえ上等の羅臼昆布を使おうがなにしようが、、、。
しかしもう一度あれがたべたいなあ〜。
> 隣の家のおばちゃんがそこのおねえちゃん達を海に連れて行くついでにとなりのかわいいボンも
> 連れて行ってやろうということで国分の浜に連れて行ってもらったことがある。
> 美しいおねえさん二人に囲まれてしあわせに遊んだ記憶が鮮明に思い出されます。
そんな〜じだいもぉ あったねと〜♪
昨夜も、二人してアルバムめくりながら懐かしい山の写真の数々に見入ってました。
ほんとに、可愛くって若々しくて・・・
いえ、いえ、いまがどうだといってるんじゃないがいよ。
> 遊び疲れてさあお昼にしようということになり出てきたお弁当!?!
> この弁当、それこそ駄ラ仏生涯忘れられないものでした。
> 海苔のかわりにのっていたのはなんとだし昆布!!!
これについては、私にも、思い出すだけで唾をのみこんでしまう思い出が。
昔は、遊ぶにも通勤にも汽車を利用していました。
お腹を空かせて、これからもう一仕事、早くの出発で朝食代わりに
駅の立ち食いうどんをよく利用させて貰っていたのです。
ある日、くたくたになるほどの強行スキー山行から帰り、
とにかく、お腹はぺこぺこ喉はからからになって駅に帰り着き
「おばさん、サイダー一本。うどんは大盛りで、お願いします。」
と注文し、割り箸ぱちんと割って、いつでも食べる体制になってまっていたところ
先に目の前に座っていたおばさんのうどんが「いっちょうしあがりぃ〜」
ほっかほっかに湯気を上げてとどきました。
おばさんは、そのうどんの前にどぉ〜っと包みを置いたのです。
新聞紙にくるまれたそれは、開くと、正に黄色のアルマイトのドカベンでした。
やおら、蓋を開けたところ・・・
これが、なんと、ご飯の上に一面昆布を敷き詰めた真ん中に梅干しが一つというお弁当だったのです。
体重私の1、5倍はありそうな、たっぷりした身体に相応しく
おばさんのたべっぷりが、これまた見事!
ざっくざっくと箸でご飯を寄せると、がばっと口いっぱいにほうばる昆布かけご飯。
それはそれは美味しそうなたべっぷりなのです。
あのときの私は、うどんがやってくるまで、何度唾を飲み込んだかしれません。
今日は、2日連続の青空に入道雲。立山連峰の尾根に入道雲がもくもくわいていた。
しかし、風は秋の風。
今夏少なかったもの、青空に入道雲に西瓜のかぶりつき。だらりだらり汗かいて、がぶっと西瓜をかぶりつくのが夏の楽しみなのに、今年は一回もやってない。
ビールぐびぐびっ、ブファーもなかったなー。ビール大魔王せり人さんには、さびしい夏だったろう、まー冬でもグビーのせり人さんには関係ないか。
野菜は、トマトは割れるし、カボチャは大きくならないし、なにか変。
それでも、さすがにくたびれてきてペコさんは、連日、居酒そばで、季節限定のモロヘイヤ蕎麦で息をつないでいる。(注メニュー外のぺこさんの我侭料理)
今夏少なかったもの、ゴーヤチャンプルー。
今日お昼に今夏初めて出てきた。今までなら、既になんども食べて、元気を出していたのに。
そーいえば、今年は、泡盛の出番が少ない。ほとんど焼酎でまかなっている。
しかし、赤ワインは、いくら冷夏といえど、常温では飲みにくく、冷蔵庫で冷やしたほうが飲みやすい。
何よりも、熱帯夜がなくて、寝苦しい夜がなかったのが一番。
今日の日中は、初めて暑い日だった。
東龍純米大吟醸
先週金曜日ひょっこり、3年前我が家で、2週間の間というもの、連日3杯飯、いや5杯召飯を平らげていったズノ君が顔を出した。2週間で、5キロ太ったと豪語している。
本人曰く確信犯の如く昼時に顔を出したが、あいにく、豪華昼食ではなかったので、居酒へ繰り出した。
ズノ君といえば、これはまたラッキーな子で、我々が黒姫の「ふじおか」に出かけたところ、かねて聴いていたこの店に彼女とデートで入ってきて我々にご馳走になったという強運の持ち主。
さて、ズノ君がお土産に持ってきてくれた、お酒がこれ。
さすが、とにお酒の薫陶を受けただけはある。
名古屋市守山区東春酒造のお酒。江戸末期創業で、山廃仕込みの丁寧な造りを売りにしているという。
ラベルには、書道家の賛「酒あまた飲めど東龍ハ又格別 一杯又一杯 風味津々 美味陶然 自ら到る 桃源郷」
このお酒を飲みさえすれば桃源郷に行けるかどうかは?であるが、山廃が得意なだけに、きめ細かなのどごしがあり、果実風味もたっぷり、愛知のお酒としては意外と辛口で、飲みやすかった。山田錦精米歩合35%という、なるほど。
今夏は、焼酎ばかりで、日本酒は、1ヶ月ぶりだったので、ことのほかおいしかった。
すんません,お忙しい中,確信犯でお邪魔しまして…。
居酒,大変おいしく,ごちそうになりました!
ただ,前もって伺うことをお伝えしておけば,
やすこさまの手料理のおこぼれにもあずかれたのかなと,
そこは少しぬかったかなと…詰めがあまかったです,笑。
本来であれば,「空」というお酒をお持ちしようかと思ったのですが,
ちょっと手に入りませんでしたので,
本当に地元のお酒をお持ちしました。
今度は「ごちそうになりに行きます!」とご連絡してから
酒を携え,お伺いしたいと思います。
きちんと最後のご挨拶をできず,
ばたばたの出発となってしまい失礼しました。
ありがとうございました。