本山経常費の御依頼

本山(真宗大谷派・東本願寺)・教務所より2005年度(7月1日〜6月30日)の本山経常費・教区費について御依頼がきておりますので、御志納賜りますようお願い申し上げます。
なお、相続講金は、真宗本廟(東本願寺)須弥壇収骨・院号法名の積立金として扱われます。

 御門徒1戸総御依頼額8,700円

  内 訳   相続講金 8,500円(同朋会員志 500円)
          教区費     200円

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注意:

不思議なことですが、本山の御依頼は全国一律ではないそうです。
三河・北陸の御依頼額が高いと言われています。
ちなみに、京都教区の機関紙「京都教区通信」によれば、
ご門徒一戸あたり¥4,600〜¥4,800の御依頼のようです。
同じ真宗大谷派の門徒であるのに、
京都教区と能登教区の門徒では、
1.8倍もの差が付けられているのは どうしてなんでしょうねぇ?

日豊教区では、3,600円だという噂もあります。

また、御依頼や懇志、志納という言葉を使っていますが、
実際には強制的な義務金のようなものです。
正覚寺は毎年100〜200万円を上納しています。
でも、今年でいうなら
2,235,500円(8,500円×263戸分)満額を上納しなければ、
本山に非協力的で、無能な奴というような感じに、
白い目で見られたり、何かといじめられます。
例えば、得度(お坊さんになる儀式)をさせない、
住職交代を認めない、坊守を認めない・・・など、
さすがに指を詰めろとはいいませんが・・・。

能登でいうなら、門徒3戸分25,500円で完納となり、
得度を受ける権利を取得できる寺もあります。
しかし、正覚寺は2,235,500円納めなければ完納とならず、
得度の権利を取得することができません。
阿弥陀さんのお弟子になるためのハードルの高さが寺によって違うんです。
不合理だとは思いませんか?
2000年度に正覚寺は約20万円の賦課金(義務金)と、
約200万円の経常費(懇志金)を本山へ上納しましたが、
下記の蓮如上人
御遠忌志の問題もあって、
息子たちの得度が許可されませんでした。
ちなみに息子たちは、やむなく、
坊守(妻)の実家である光琳寺さんに僧籍を置いていただく格好で得度をしました。

それは、1円〜2,235,499円という正覚寺門徒の尊い懇志は、
真宗大谷派では0円に等しいということでもあります。
2,235,500円耳を揃えなければ、本山は未完納というレッテルを貼ります。
25,500円納入した住職には完納証という賞状と記念品で感謝の意を表わすのに、
200万円という大金を納入しても、正覚寺は未完納寺院であり、
感謝されないばかりではなく、
逆に宗派(本山)に対して十分な貢献ができなかった寺であるという
マイナスのレッテルが貼られます。

1998年に勤められた蓮如上人五百回忌御遠忌法要の懇志金は、
正覚寺は約260〜70万円を上納しました。
しかし、まだ200万円余り不足だと、
その200万円が本山に対する借金として残っています。
御遠忌までの平成6年度〜9年度までは懇志金としての勧募であったのですが、
御遠忌という事業が終わったとたんの平成10年に義務金とされてしまったのです。
まるで詐欺同様じゃぁありませんか?
同じ260万円を上納しても、
超過完納として本山からご褒美に記念の袈裟が下付されたお寺もあります。
でも、一方の正覚寺住職は、罪人扱いで、肩身の狭い思いをさせられています。

過疎、不景気という厳しい現実の中で、
寺の収入の減少は、
生活を切り詰めたりアルバイトをしたりしてしのいでいくことができます。
しかし、本山の懇志金は押し付けられるものですから
住職の努力の限度を超えてしまっています。
いくら一生懸命御門徒にお願いをしても、
過疎でどんどん門徒戸数が減少しているのですから、
無理なものは無理、不可能なものは不可能です。
その無理・不可能を可能にして来い、
何をしてでも耳を揃えて取り立てて来いというのが本山です。
本山にとっては末寺の住職なんて上納金の取り立て屋でしかありません。
門徒から上納金をせびり取る、
取り立ての上手な住職が良い住職で、
金集めの下手な住職は無能な落ちこぼれでしかありません。

戦後も50年以上になるのに、
明治11年頃の石川県への申告なる門徒戸数
(正覚寺は352戸×80%=282戸:昭和47年に一律20%減)を押しつけてきます。
正覚寺は正直に実数を申告してしまったのでしょう。
同組(ブロック)の同じような規模のお寺と比較して、
とても不公平・不平等だと感じています。
真宗大谷派では、正直が罪とされ、
百年余りもの間、毎年大きな罰金が科せられているようなものです。

正覚寺16代住職であった順照師は、明治13年から7年間、正覚寺を留守にして、
本山の開教師として九州へ赴任していました。
住職が不在であったために、多くのご門徒が他寺のご門徒へと代わられたようです。
明治11年の申告では352戸となっている門徒数が、
明治末〜大正期の門信徒名簿では300戸足らずしか数えることができません。
昭和49年発行の輪島市史の資料では260戸と記されています。
明治13年(1880年)から1世紀以上の時間が経っています。
120年という長い年月は、全寺院が同じ歩みをしたわけではないはずで、
それぞれの寺にそれぞれの歴史があるはずです。
蓮如上人御遠忌のテーマは「バラバラでいっしょ」でした。
しかし、それは単なる上辺だけのスローガンでしかなく、
真宗大谷派の実態は、各々の差異を認めない教団です。

お国の税金でさえ毎年自己申告制なのに、
本山の上納金制度は、自己申告を一切認めません。
暴力団の上納金制度のほうが、
民主的で合理的なのではないかと想像しています。
ヤクザ以下の(ヤクザ屋さんごめんなさい)
こんなおかしな制度を続けるようなら、
真宗大谷派に将来はないのではないかと憂えています。

一般社会から遊離した、世間の常識が通用しない世界が、
真宗大谷派なのだと宣言しているようなものだと思います。

親鸞聖人の教えや蓮如上人の願いを受け継ぐ御同朋・御同行の教団として、
互いに信頼し、尊重しあえる教団であって欲しいと思います。
本山の上納金に悩み、苦しむ末寺住職の痛みすら理解できない教団が
どうして世の人々の心の闇を照らすことができるでしょうか?


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本山の御依頼を完納できない正覚寺に生れて、
正覚寺の住職にさせてもらって、感謝していることがあります。
それは、イジメられっ子の気持ちが理解できるようになったことです。
本山の御依頼を完納できない寺にペナルティがあるのは当然・・・、
正覚寺は気の毒だけど、自分の寺でなくてよかった・・・、
そこにイジメられっ子の孤立・孤独があります。
名古屋で、中学生が同級生から殴る蹴るの暴行を受けて、
5千万円を恐喝された事件がありましたが、
殴る蹴るという暴行こそ受けてはいませんが、
私も本山からイジメられて恐喝されているようなものです。
今までは泣き寝入りしてきましたが、
もうそろそろ経済的にも精神的にも我慢の限界がきています。
1994年(平成4年)に提出した御依頼門徒戸数削減の請願書(別記)は、私の御門徒に対する努力不足ということで却下されてしまいました。
2001年7月からの調停(別記)も、教務所長の全く話し合いに応じない態度により調停不調となりました。
まったく納得がいかないので、弁護士さんと相談して訴訟を起し裁判にしました。
 


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週刊新潮 | 北国新聞 | 寺門興隆
裁  判 | 御遠忌・修復懇志金 |  調  停
拝啓 宗務総長殿 | 質問状と回答
請願書(1994年)  | 近江第1組本山経常費調停

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