ナチスといえば必ず引き合いに出されるバンドである彼らは、1986年発表のこの曲によってメジャー・デヴュー・アルバムの配給を Columbia から拒否されるという経緯を持っている。
この曲はアウシュヴィッツ強制収容所の医師ジョセフ・メンゲルが行ったといわれる残虐な所業について歌われている。
また、彼らは DIVINE INTERVENTION アルバムの
において恐怖の象徴であるヒトラー親衛隊について歌っている。しかしながら、これらの楽曲のみで彼らがナチスに傾倒しているというのは早計である。彼らは社会的、政治的な暗部について描写することが中心のバンドであり、 中国の天安門事件、パナマ危機などの話題も扱っていることから、これらの楽曲もその姿勢の現れであると思われる。
その他、
などがある。
やはり彼らの母国であるドイツのバンドも影響は免れない。多くのバンドが否の立場から曲を書いている。ドイツのバンドの多くは自由、反戦を根底に持っているためだ。
ヴェテラン・ヘヴィメタル・バンドの彼らは具体的な名称は出してはいないが、彼らのバックボーンを考えればドイツ軍と思われる軍隊の描写をしている。
あらゆる戦争とその恐怖をテーマにした本作で彼らはアウシュヴィッツ収容所の絶望的な状況を描いている。
この曲では、現在のネオナチについて歌っているようだ。
パワーメタル・バンドの彼らはこの曲において支配者「H」氏のことについて歌っている。「H」氏が誰を示すのかは言わずもがなであろう。また、ドイツ出身のバンドに顕著に見られる傾向ではあるが、彼らも一貫して戦争には反対の姿勢を示している。
ヒトラーの行いに対する憤りと不満を歌っている。
第二次大戦下の状況を歌っているようだ。
これもネオナチについての不安を歌っている。
これらはナチスとその周辺について表現したものだが、ナチスだけが人間の悪の象徴というわけではない。中世ヨーロッパでは魔女狩りにより何の罪もない人々が死に至り、チンギス・ハンは首の山を積み上げた。アメリカ大陸ではネイティヴ・アメリカンの人々が虐殺され、日本軍のアジアでの非道ぶりは言語に尽くし難い。サラエボでは民族同士が争い、民族浄化の呪いが付き纏う。世界の暗黒面を覗き込むとき、人々にはもはや絶望と悲哀しか残されてはいないのだろうか。
彼らはこの曲で、ナチス・ドイツの手から多くのユダヤ人の命を救った日本人外交官、杉原千畝について歌っている。絶望的な状況での唯一の希望をテーマに感動的な曲を創り上げている。
さて、これらのバンドはナチス関連の事柄を表現しているが、総て親ナチなのか?答えは否だ。ナチスに関する曲があるという理由でその思想まで規定できるはずがない。
ヘヴィメタルも然り、だ。