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「連〜最後の花嫁〜」


春の陽射しが肌を焦がし
ほのかな希望さえも貫いて消し去る
そんな夕方に
小さな小さな馬小屋の片隅で
ささやかな宴が催された
地球で最後の結婚式

ホントにささやかな
身内だけの式だったけれど
世界中の人々がそれを知っていた
みんなが祈るような気持ちで
この日を指折り数えつつ
心静かに待っていた

TV中継もない
電磁気の嵐が吹き荒れ
それどころではなかったから
自然の息吹を聞くことのできる人は
何もかもを既に捨て去っていた
世界中が静まり返っていた

年老いた花嫁の父は
監獄の中でその日を迎えた
半年も前に法律で禁止されていた
結婚式を
大切な娘のために
準備してやったという罪で

いつまでも明るいままの空には
狂おしい太陽の輝きよりももっと大きく
銀河の形をした印章が刻まれていた
あの大彗星から降り注ぐ光の粒
花嫁はそれさえも愛しげに
最後の草花で編んだブーケに添えて見せた

鳴らせる鐘はたったひとつ
花婿が宝物のトランペットを溶かして作った
小さなハンドベルが
半年前に生まれた最後の子供の手に握られて
カランカランと不格好な音を立てていた
不思議な温もりを感じる音色だった

世界中の
心の中で鐘が鳴る
今宵最期の
希望を込めて

どうか二人が
いつまでも幸せでありますように。
早く可愛い赤ちゃんが
二人に授かりますように。
そしてその子が
すくすくと育ちますように。

誰もが自分の未来図を
二人の行く末に託していた
望めるはずもない未来の幸せを
最後の花嫁の美しい涙に映しながら
滅び行く命の定めの確かさを
自分の涙に感じていた

仲人を務めた銀行家は
二人へのはなむけに預金通帳を送った
最初の項に生き残っている人間の数が記入されていた
「最初はまあ、こんなもんだが、お孫さんが生まれる頃には、
利子が付いて一財産になっているからね。」
みんな呆れながら涙を流して笑った

それから二人は
誓いの口づけを交わした
そこから永遠が始まるかのように
いつまでも離れることなく
さっきまで一面の笑顔だった参列者は
決意を込めた悲壮な眼差しで二人を見つめ続けた

そして数時間後
赤々と燃える春の夕方の陽射しとともに
ひとつの歴史が鮮やかに幕を閉じ
新しい時間流が溢れ出した
命はいつもゼロからの繰り返しなのか
それともこの想いは引き継がれていくものなのか

誰も、答えを知らない。

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