山がある 季節は冬から春へと 移りゆきながら 山はもうしばらく 冬を生き続けている ダイヤモンドダストの舞う 深さ数百メートルの谷間 細い一本のケーブルにぶら下がって ロープウェイの整備を続ける男達 ちっぽけな命を風が弄んでいる 警備隊の熊と呼ばれた男が 今日を最後に山を下りる 命を守るために 最後まで山頂を極めることのない 誇り高きアルピニストの気概 山男達を優しく見つめる 一人の女性の眼差し 山に捧げられた暮らしの中で 男達の健康を管理する彼女の温もりは 厳冬にも負けない春風のミルク色 山がある 大きな大きな山がある 冬の風が春の平野に向けて ゴゴオ、ゴゴオと吹き下ろす その唸り声に虫達も目を覚ます ああ、真っ白な稜線が 青い青い空を渡る あの大空の一本道は 男と女が命を懸けて繋いだ 人の想いのカンドウに違いない 幾世代の子供達が 笑いながら駆け抜ける道 恋人達が腰掛けて憩う雄山の峰 あの峰は静かに天を目指し 限りのないことを示す 素朴な想いの束だけが 力強く無限である 裾野は広々と両手を広げている 苦しければ真っ直ぐでなくても良いから 僕は素朴に誰かを想い続けていたい