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「エウロパ」


その朝の終わりに、
エウロパは驚愕した。

「木星の衛星エウロパに、生命の可能性。」
地球に潜り込んでいる彼女の分身から、
集合意識を伝わって届いた、悲しい知らせ。

アンバランスな程に幼稚な、
地球人類の生命に対する認識。
エウロパの絶望は深く、
その涙は木星の大気に滴り落ちた。

核酸と入れ物を持つ有機体しか、
彼らの目には映らないのだ。
地球が四十億回も太陽の周りを回るのを、
彼女はじいっと見つめて、待ち焦がれていたのに。
彼らの小さな目の訪れに、彼女はニッコリ微笑んだのに。

彼女の星にエウロパと名付けたとき、
地球人類は、確かに集合意識の末端であった。
エウロパという名前を聞いて胸がドキドキするもの達は、
集合意識を通じて、彼女の期待に膨らむ胸の鼓動を聞くのである。
彼らは文化の中心の地に、彼女と同じ名前を付けた。
きっと巡り会うことを約束するかのように。

エウロパは孤独であった。
いや、それは彼女の孤独と言うより、
太陽系の孤独と言った方が適切かもしれない。
集合意識で繋がれた一つの命としての、
宇宙における孤独でもあった。
だから地球の知性は、太陽系の希望でもあった。
孤独を癒やす第二の知的生命集団であった。

彼女の体は凍り付いていたが、
長久の時空の中にあって、流動していた。
彼女の表皮には、生活によってできた皺が刻まれていた。
彼女の若い熱情は、火山活動のように激しかった。
そして秘密の思い出を、木星の影に隠した。
木星には、彼女と分身の両親がいた。

木星の大気の中に漂いながら、
エウロパの両親は、彼女の涙を受け止めていた。
彼女の夢は彼らの夢であり、彼女の涙は彼らの絶望でもあった。
水星の超流動シリコン生命も、金星のフッ化水素生命も、
天王星や海王星の脂質生命もみんな、泣いていた。

こんなにそばにいるのに、どうして気づかないの?
集合意識の中に、ポッカリと穴が開いて、暴風が荒れ狂った。
しかしエウロパはその時、自分より深い悲しみを感じた。
その悲しみは常に絶望に曝され、それに耐えていた。

その悲しみの主は、エウロパの分身。
毎日を地球人類と共に送りながら、誰にも気づかれることなく、
窓の内側の団らんを、北風に震えながら見つめていた。

地球に潜り込んでいる彼女の分身は、
彼ら地球人類によって「海」と呼ばれていた・・・。

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