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「アイス・ドール」


こころに浮かぶ
スープの湯気みたいな
街のことを忘れると
成年の晩鐘が鳴る

黒猫を連れて
街角を歩く
真っ白な少女
アイス・ドール

風はワニの目であり
空はよく笑い、よく泣いた
日々の暮らしと等身大の
雪が街に降り積もった

誰もが幸せだった
ただ一つ
アイス・ドールさえいなければ
彼女はただ街角を歩くだけ
体の芯が痺れるような
微笑みを浮かべて
それがたまらなく不愉快だった
不道徳を見透かされるようで

遠くの国から押し寄せる
アマリリスの閉ざされた調べ
甘やかな恐怖の話題も人々にとっては
彼女と黒猫に比べれば楽しかった

季節は戦う時を知り
巡ることを止められず
しかし人々は目を閉じて
愚鈍に食を重ねた

悪戯な神々の最新モード
天上から落ちこぼれた成熟のサンプル
軍楽隊のマーチが響きわたる中で
空には伝書鳩の群が放たれた

パンケーキの街は
次々と空襲に曝され
今や廃墟と化していた
防空壕は一つ

弱々しい人々の
無表情な制止を振り切って
彼女は穴から飛び出した
あの街角を守りたくて

壕の中には一時の安らぎ
みんながいつも願ってたことだった
アイス・ドールさえいなければ
残された黒猫も放り出され

大好きな街角を汚す
情報という灰色の個体の
蛮行に涙し、怒りの拳を震わせ
彼女は全身を空に突き上げた

降り注ぐカラカラの砂は
彼女の真っ白な体に滑り込んだ
肩に触れれば、肩が崩れ落ち
胸に触れれば、胸が崩れ落ち

澄みきった瞳と真っ直ぐな唇
決して負けないことを知っていたから
彼女は剛胆なこころで空を仰いで
砕身の微笑みを浮かべた

むしろ彼女は枠をなくし
空よりも無限に広がっていったけれど
壕の中で怯える人々にしてみれば
望み通りに消え去っただけで

最後に残された両腕と笑顔で
おかしな癖のついた街、彼女の街を
包み込むようにお辞儀をしてから
黒猫と一緒に消えた一つの時代

無機質な声が
廃墟となった街を洗い流している
これからは夜の闇に生きるので
これは狼の洗礼の儀式らしい

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