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「歌うたい(その3)- 四季夭折 -」08


下り坂巻きてぞ舞いぬ雪虫が道より生いて突き上がりけり

朝青く骨木の林 夜のうちに雪ん子どもに喰われおったか

雪粒の余りに多き点々に天から地まで灰色となる

抑え切れぬ情念さえも朱き頬に埋めて立ちぬ雪少女達

走るほど雪だるまとなる自動車達がいじらしくある道の真ん中

それからと一言ありて十秒の沈黙ありてまた吹雪来る

雪原に小雨の穴やポツリポツリ 積もり直しの雪に変わりぬ

雪が降る 雷雨の如く打ちつけてか弱き人をかき消しにけり

三角目 団子っ鼻に口一字 何を怒るや今雪だるま

ありがとう はにかみ頬を染めにける少女の冬の一言の花


     輝けば照り返し合う立山の雪三畳に光り積もりて

     馴染みかけし某氏の剖検に立ち会ったと医学徒二人うつむき話せり

     雪解けに自転車乗りはうずうずと虫に劣らず頃合いを観る

     今の世は一日の内に三百と六十五日を感ずるものかな

     遺言を残さん時は幾人に相応しき言葉を贈れるだろう

     陽に会いて隠れにけるは立山の春の形の蒼き稜線

     トンネルは迷いし旅の叫び声が突き抜けていく追いかけてくる

     くも糸を素肌に着けて初夏の朝明けの幕を自転車で引く

     吹き上がる熱風だにも打ち水となせるや天は虹をあらわす

     鳥だにも雲や羨む理は知らず渇ける夏に虹は架かりぬ


青空と雲の境をハエ歩む九月半ばの車校の出窓

今昔を詠む人はあり船尾人の志なき舵も白波は立つ

未来染むる赤子の紅き手のひらに握らるる如き透明な筆

ちいぽけな人が声を震わせ天地を揺する生命の力 人ゆえに

ひとつひとつ掬いて零す 坂登る車輪の軸の心しなれば

別れ来て九月と書けば白浜にすなおと読める秋の夕暮れ

風邪ひいて寝た夜の静けさ

寝覚めれば親の声瞬く留守録と散る雪の沢 光見つめり

ルームミラーに光の波が押し寄せる信号待ちの車にひとり

厳しさに萎んでしまう心根が許せないのだ洗濯機回す

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