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「歌うたい(その3)- 四季夭折 -」07


かけがえなき星と呼ばれる星々が銀河浸潤五千億あり

生命の現象世界と閉鎖空間の往復書簡が吾と結びたり

回転と振動が排水口に僕らの熱湯と共に吸い込まれていく

ふるさとの幻を見る潮風に河辺の少女が振り返りおり

暮らすほどくだらぬものになっていく 大地の上で 天空の下で

君去りて吾より堅く閉じられし蛇口に笑顔滴りて落つ

残り香を持ち去られぬよう換気扇と冷房止める夏の日の午後

夏去りて歯ブラシ二本一人部屋

ふと見れば転がる如きことなどにガラス細工は砕け散るなり

他人より達し難きを夢と言い信ずるものを明日と言うなり


     夏空に妙にさっぱりしてるのは諦められることを知ったから

     夜に発つときに置きたきものがあり想い残せるオンボロ自転車

     Yシャツの第一ボタン夏空に耐えて外さぬ吾のボトムライン

     病みあけて入道雲を見つけたり 八月末の控えめなのを

     天然の色と力と夏の風が日差しに乗りて吾に向かい来

     大風の呉羽の山のボール空 鳥はひととき水中花なり

     緑色のペンキの上に薄緑の蛙一匹汗を流せり

     毎日がこんなに深き青ならば皆このままで良いのかも知れない

     窓と戸を開け放つまま水道を使えば吾は渓流にいる

     慎んで楽しむことと心から楽しむことを同じにしたい


山中に風は立ちたり滝や瀬や竹の会話を肴に歩む

悪夢とて新たな朝の展開にびっしょり濡れて微笑み浮かびぬ

朝と夜一歩ずつ進む淋しさが明日の木々をさざめかせていく

紋白が鰯雲から木の葉よりわずか激しく舞い降りにけり

蝉が舞い空に満ちたる時雨かな 僕らの夏が終わらむと降る

立ち昇り天を統べたる初日かな

揺れながら机と布団と台所 君残すべき跡を探しぬ

「わかってない」と涙す君の淋しさを刻みて君をもう一度見たい

君去りて寝息もなくばこれほどに換気扇のみ独り寝の耳

ズンズンと雪と鉄骨とがうず高く働く人を忘れ伸びゆく

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