不眠とアルコールについて 


 最初は眠りに誘い、後には不眠を起こすアルコール 

睡眠薬代わりからアルコール依存症に
 あなたが、アルコールを最初に口にした時を思い出していただくと、飲酒後に眠くなったり、よく眠れた経験があると思います。こんな記憶や人から「眠れないのなら一杯酒でも飲んだら。」という勧めで、睡眠薬の代用としてアルコールを使用した経験は、多くの方に見受けられると思います。そんな経験から、睡眠薬としてアルコールを飲んでいる内に、アルコール依存症になった方も少なくありません。「三交代で、昼間なかなか眠れなくて、つい一杯やっていました。」などと言われる方が多いのです。
 不 眠   →   飲 酒 

アルコールの催眠作用について
 アルコールを飲むとどうして眠くなるのでしょうか。アルコールが消化器から吸収され、その一部が脳に達し、脳幹網様体賦活系というところに働きます。アルコールは、人を覚醒させる働きのある脳幹網様体賦活系を抑制しますので眠くなり、これが催眠作用と呼ばれるものです。
 もう少し詳しくみてみますと、アルコールによって入眠しやすくなります(難しく言うと入眠潜時の短縮)。また、眠ってしまいますと、深い睡眠が多くなり(stage3,4の出現の増大)よく眠れたという感じがでやすくなります。一方、夢と深い関係のあるレム睡眠は飲酒量によってその出現が異なり、少量であれば睡眠の前半は出現率が低くなり、後半はかえって多くなります。多く飲むと、レム睡眠はアルコールによって抑制されます。このように、アルコールを飲むことによって、単に眠りやすいというだけでなく、睡眠の質が変わることに注目する必要があります。

飲み続けると不眠の出現
 アルコールを少量でも毎日、晩酌や睡眠薬代わりに飲んでいますとどうなるでしょうか。人の体は、アルコールによる脳の抑制が続きますと、何とかしてその抑制を少なくするように働きます。それが耐性の増加という現象です。この耐性が認められるようになったとき、風邪をひいたり、職場の当直であったりなど、何らかの理由で飲酒できないことが発生することがあります。そうしますと、日頃はアルコールによって脳幹網様体賦活系を抑制していたものが働くなります。その時、1から数日の一過性の不眠が認められます。もちろん、不眠の程度は1日当たりの飲酒量が多いほどひどくなります。このような不眠が出現するようになった場合、悪夢を訴える人が多くなります。
 では、飲み続ければ不眠を回避できるかという事になりますが、残念ながら耐性という現象が出現するかぎり、以前より飲酒量を増さなければ不眠が出現します。量を増やせばしばらくは眠れますが、耐性が出現して不眠が出現します。このように、アルコールの量を増やすと、不眠のイタチゴッコをずっと続けることは不可能となり、飲んでいてもいつも不眠症という事態がいつかは生じることになります。アルコール飲酒が、睡眠薬の役割を果たせなくなるのです。
 アルコール依存症になりますと、この不眠の程度がさらにひどくなり、深い睡眠にほとんど入れなくなり、夜中に何回も目を覚ます中途覚醒が多くなります。アルコール飲酒が睡眠薬の役割を果たせにくいことがわかっていても、以前のような深い睡眠を求めて、見果てぬ夢を追い続けることになり、アルコール依存症がますます悪くなる悪循環のパターンに入ってしまいます。
 飲 酒   →   不 眠 

一睡もできない振戦せん妄
 アルコール依存症が進行すると、一日中飲み続けたり、大量のアルコールを一日のある時期に飲酒するという状態の中で、体の病気で入院したり、飲み過ぎのため苦しく飲めないなどで、飲酒が中断した後、離脱症状(禁断症状)が出現します。2〜3日ほど眠れない夜が続いた後、離脱症状としての振戦せん妄を認める人がいます。振戦せん妄が出現すると、自分のいる場所や時間もあいまいとなり、虫などの小動物が見えたりして、一生懸命それをとろうとしたり、突然興奮したりして、周囲が対応に苦慮します。このような時期は、2〜3日続き、よく眠る時期(終末睡眠)が出現し、その翌朝に目覚めたときは意識ははっきりしており、振戦せん妄から回復します。

断酒継続中の睡眠
 断酒を誓ってアルコールを断っても、すぐには良い睡眠はとれません。断酒して数週間後の睡眠を調べた結果では、深い睡眠の出現率が低く、眠りが浅く、目覚めやすいという結果がでています。この睡眠障害の程度と、大脳皮質の萎縮の程度と関連するとも言われており、アルコールによって脳がこわされる時に、睡眠を調節している機構も被害を受けるようです。
 どれだけの期間、断酒を継続すれば元の睡眠に戻るか、はっきりしたデータがありません。断酒3カ月ぐらいで良く眠れるようになりましたという人もいますが、1年ぐらい都合が悪いという方もアルコール外来で見受けられます。個人差がありますが、断酒を継続しておれば、次第に眠りやすくなるのは確かといえます。

アルコール依存症者の不眠に対する治療
 アルコール依存症者には不眠がつきものです。特に、急に飲酒をストップしたり節酒後に不眠を生ずることは珍しくありません。
 治療はどうするかといいますと、ベンゾジアゼピン系の睡眠導入剤を使用し、睡眠をとってもらうようにします。安定して睡眠がとれるようになった後、短時間型の睡眠導入剤が使用されておれば、長時間型睡眠導入剤に切り替え、時間をかけながら減量を試みます。この方法は、アルコール摂取をやめたり睡眠導入剤の切り替えに伴う不快さをできるだけ少なくするやり方です。医師の中には、アルコール依存から一時的に睡眠剤依存になることを嫌う医師もいますが、私は周囲に依存という現象はたくさんあり、睡眠剤依存だけに目くじらをたてる必要はなく、薬物を使用してもしっかり睡眠をとり、自己を見つめ、自己変革に励んでいただきたいと考えています。睡眠剤をやめるのに少し時間がかかってもいいのではと思っています。
 アルコール依存   →   睡眠剤依存   →   依存のない世界 













































 睡眠薬(睡眠導入剤)について 



 ストレスの多い現代社会で、「眠れない」というのはつらいものです。いろいろ工夫しても眠れなくなると睡眠薬のお世話になることがあります。
 睡眠薬には、いろんな種類があります。しかし、現在は医師から処方される睡眠薬は、脳の中のベンゾジアゼピン受容体に結合して、睡眠をもたらすお薬がほとんどです。まれに、バルビツール酸系(イソミタール)や尿素系(ブロバリン)の睡眠薬が処方されることがありますが、このお薬は効き目がすぐに弱まる欠点や依存(薬に頼ってしまい、なかなか薬を止めがたくなること)が強いので、使用されることがまれとなっています。
 以下に、睡眠薬として処方されたことがあるかたなら、自分がどんなお薬をもらっているのか参考になるように表を示します。このベンゾジアゼピン系の睡眠薬は、その薬物の効果の長さにより4種類に分類されています。効果が短い薬は、寝付きが悪いときに、効果が長い薬は、熟眠感が得られないことなどを目標にして処方されています。
 ただ、アルコ−ルとの関係に注目してみますと、アルコ−ルを睡眠薬の代わりに使用しますとベンゾジアゼピン系の睡眠薬の効果が弱まります。特に、アルコ−ルと睡眠薬を同時に使用することは、厳につつしむことが必要です。

 
商品名
一般名
剤型
使用量
超短時間作用型
ハルシオン トリアゾラム 錠 0.125,0.25mg 0.125〜0.5mg
短時間作用型
リスミー 塩酸リルマザホン 錠 1,2mg 1〜2mg
 
レンドルミン ブロチゾラム 錠 0.25mg 0.25mg
 
ロヒプノール フルニトラゼパム 錠 1,2mg 0.5〜2mg
 
ロラメット ロルメタゼパム 錠 1mg 1〜2mg
中間作用型
サイレース フルニトラゼパム 錠 1,2mg 0.5〜2mg
 
エリミン ニメタゼパム 錠 3,5mg 3〜5mg
 
ネルボン ニトラゼパム 錠 5,10mg 5〜10mg
 
ベンザリン ニトラゼパム 錠 5,10mg 5〜10mg
 
ユーロジン エスタゾラム 錠 1,2mg 1〜2mg
長時間作用型
ダルメート 塩酸フルラゼパム カプセル 10,15mg 10〜30mg
 
ベノジール 塩酸フルラゼパム カプセル 10,15mg 10〜30mg
 
ドラール クアゼパム 錠 15,20mg 15〜30mg

アモバン(ゾピクロン)というお薬も、ベンゾジアゼピン受容体に働いて薬の効き目がでますので、化学構造式が上記の薬と異なりますが、同じ種類の薬と考えて下さい。

注意:上記の分類はあくまで目安です。なぜならば、実際には同じ薬が処方されても人によって効果が異なります。何故なのか。それは、第一に薬物を代謝する能力が個人差があり、そのため血液中の薬の濃度に高低差が生じ、脳への働きが異なるためです。第二は、高齢になると代謝能力が低下することによる違いです。ですから自分が飲むと良い睡眠がとれる薬でも、お年寄りではふらついたり翌日の持ち越し効果があったりなどの副作用を認めることがあります。第三は、アルコールを常習飲酒している場合に、睡眠薬の効果が減少します。ストップすれば、時間がかかりますが効果は元にもどりやすくなります。第四は、他の薬を一緒に飲んでいる場合に、効果が強まったり、弱まったりする可能性があります。薬の代謝に深く関わる酵素のうちチトクロームP-450の作用がわかるようになってから問題にされるようになりました。処方した医師や薬局に不安でしたら確かめてください。













































 ハルシオンの副作用について 


 ハルシオンは、日本全国で一番よく処方されている薬物です。それは、この薬が早く体内で代謝されることによって、朝の目覚めがよかったり、持ち越し効果といって嫌な眠気が翌日まで残らない利点があります。そのため、使用量が多いのです。
 ところが、幅広く使用されますと、薬の副作用もわかってきました。それは、健忘という症状です。私が経験した最初の症例は、ある大学の教授で、妻から「夜間に起き出して物を食べたりいつもより上機嫌でおかしな事を話していたよ」と言われるが、その記憶がないんですよと言われたのが初めてです。以前より、この薬と同じような化学構造を持ったホリゾン(ジアゼパム)という注射を使ったときに、注射をした前後で記憶がなくなることが知られていました。それに近い現象かと思いましたが、まもなくハルシオンの健忘(記憶障害の一種)として知られるようになりました。この副作用により発売禁止になった国もあります。この健忘という副作用は、アルコ−ルを飲んでハルシオンを服用したときに起こりやすいこともわかっています。
 ではこの健忘という副作用はハルシオンだけの現象かと言いますとそうではありません。短時間作用型のベンゾジアゼピン系薬物で報告があります。しかし、臨床的にはハルシオンのように作用時間が短時間型に圧倒的に多いと考えられており、ハルシオンでこの副作用が出現したら、長時間作用型の睡眠導入剤に変更することによって、健忘を回避することも可能です。

(吉本 記)













































 ドラールの特徴について 


 ドラールは日本で発売された最も新しい睡眠薬です。単に最近発売されただけでなく、作用機序が従来のベンゾジアゼピン系の睡眠薬に比べて違いを持っている点です。
 ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、ベンゾジアゼピン受容体に作用することで催眠作用が認めます。ところが、ベンゾジアゼピン受容体には幾つかのサブタイプが知られており、その働きが異なると考えられています。このドラールは、従来のベンゾジアゼピン系睡眠薬がいろいろなベンゾジアゼピン受容体に作用するのに対して、ベンゾジアゼピン1受容体に選択的に作用するのです。動物実験では、鎮静催眠作用に比べて筋弛緩作用が弱いことが認められています。ただ、人ではその点は確認されていません。
 今後、このような選択的に作用するベンゾジアゼピン系睡眠薬や精神安定剤などが各メーカーから発売されていくことでしょう。しかし、ドラールにおいてもアルコールは併用注意であることは変わりなく、ドラールを使用したときは寝酒は避ける必要は従来の睡眠薬とかわりがありません。

(吉本 記)