(04/4/6)

浅田農産事件


 京都府丹波町の浅田農産船井農場で高病原性鳥インフルエンザが発生した問題で、京都府警は3月31日、浅田農産(本社・兵庫県姫路市)の社長、同社員で元船井農場鶏舎責任者ら3人を家畜伝染病予防法(患畜の届け出義務)違反容疑で逮捕するとともに、本社など数カ所を家宅捜索した。この事件につき、同社代理人は、「難航していた大量の鶏の処分でようやく光明が見えてきた矢先だった。経営トップ不在のまま処分を進めるのは非常に難しい」、「浅田社長の身柄を拘束して自白をとらないと立件できないのか。農水大臣が立件に言及して以降、政治的な動きになっている」というコメントを発表している。

 ところで、私としては、浅田農産のしたことは責められるべきだし、行政的な規制や制裁が加えられるべきであるのは当然であるとしても、刑事罰を適用するために強制捜査に踏み切ったことには疑問がある。


 まず、強制捜査の前提となる家畜伝染病予防法の条文を紹介しよう。同法の目的は

(目的)
第1条 この法律は、家畜の伝染性疾病(寄生虫病を含む。以下同じ。)の発生を予防し、及びまん延を防止することにより、畜産の振興を図ることを目的とする。

というものだ。
そして、問題の強制捜査の根拠となる条文は次の通りだ。

(患畜等の届出義務)
第13条第1項 家畜が患畜又は疑似患畜となつたことを発見したときは、当該家畜を診断し、又はその死体を検案した獣医師(獣医師による診断又は検案を受けていない家畜又はその死体についてはその所有者)は、農林水産省令で定める手続に従い、遅滞なく、当該家畜又はその死体の所在地を管轄する都道府県知事にその旨を届け出なければならない。ただし、鉄道、軌道、自動車、船舶又は航空機により運送業者が運送中の家畜については、当該家畜の所有者がなすべき届出は、その者が遅滞なくその届出をすることができる場合を除き、運送業者がしなければならない。
第64条 次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
2.第13条第1項(第62条第1項において準用する場合を含む。)の規定に違反した所有者

 ここで注意すべきは、伝染病に罹患した家畜あるいはその疑いのある家畜の届出義務を課されているのは、第一次的には獣医師であるということだ。というのも、家畜伝染病に指定されているのは、鶏について「高原性鳥インフルエンザ」であるなどの特定の伝染病に限られており、その罹患またはそのおそれがあるかどうかを鑑別判断することができるのは専門的知見のある獣医師に限られているからである。その視点からすると、伝染病罹患の疑いというのも、漠然とした伝染病にかかっているかもしれないという一般的な疑いでは足りず、特定の指定伝染病に罹患していることの疑いであり、それも確定的な鑑別診断は遺伝子検査や病理検査をしない限り不可能であるから、その前の段階の、獣医師による疑いの診断の段階を言うと解するべきであろう。

 ところが、法は、獣医師による診断または検案を受けていない家畜については、第二次的に家畜の所有者に届出義務を課している。問題はここである。私は、この所有者の第二次的義務について刑事罰を科するのはおかしいと思う。というのは、前述の通り、家畜伝染病に罹患しているかどうかを鑑別判断できるのは獣医師しかできないのに、獣医師による診断または検案を受けていないときに(その中には診断または検案を受ける前の段階も含まれる)鑑別判断の能力を有しない家畜所有者に届出義務(それも刑罰による担保のある)を課すのは、その根拠を欠くという他はないと思うからである。


 とここまで書いてみたものの、ホームページにアップする前に捜査が進み、どうやら、社長らは腸炎ではなく鳥インフルエンザであることは分かっていたと供述を始めているらしい。

 しかし、弁護人的なうがった見方をするならば、取調官や被疑者が私が述べたような法律解釈が分かった上で取調べをしたり供述をしているとは思えないし、密室で連日長時間にわたって「おまえ、腸炎ではないかと思ったというが、薬を与えても治らないし、連日どんどん大量の鶏が死んでるのを見たら、今はやりの鳥インフルエンザではないかと疑うのが普通だし、そう思ってたんやろ。そやからこそ、報告数をわざと減らしたりいろいろ細工をしてたんやろ」と追及されれば、「その通りです」という供述にならざるを得ないだろう。

 しかし、もしその推測が正しければ、京都付近では未だに鳥インフルエンザの罹患例の報告はなかったことに照らしても、被疑者の自白する「鳥インフルエンザではないか」という疑いは、「今はやりの鳥インフルエンザではないか」という程度の疑いでしかない。したがって、他に、被疑者らに鳥インフルエンザ以外に同じような症状の出る病気がないということを知っていたというような特段の事情のない限り、被疑者らには「患畜又は疑似患畜」の故意はなかったというべきではないか。

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