エピローグ

 木村は、山崎の手によってサーキットを全開走行しているR33の助手席で悪戦苦闘していた。身体の方はバケットシートと六点式シートベルトが支えてくれていたが、ヘルメットを被った頭は支える物が何もない。コーナーリングの度にかかる強烈な横Gに頭が振り回され、気分が悪くなっていた。バイクは基本的にバンクして旋回するので、これほどまでの強烈な横Gは経験したことがないのだ。その上、耐え難い程の強烈な排気音と振動が絶え間なく襲ってくる。だが横目で山崎の涼しげな表情を見てしまった木村は、バイク乗りらしい意地を張って決してギブアップしなかった。気が遠くなりかけた頃、予定周回数を終えたR33が、ようやくピットレーンに入ってホッとする。
 山崎は自チームのピット前でR33を停止させた。軽やかにR33から降りてヘルメットを脱ぐと、サイドミラーを見ながら軽く髪を整えた。
 這い出るようにR33から降りた木村は、目が回ってしっかりと立てない。軽い吐き気と耳鳴り、首の痛みを覚えた。おぼつかない手つきでヘルメットを脱ぐと、顔から血の気が引いているのが自分でも解かった。
「大丈夫、木村君?」
 山崎が声を掛けてきた途端、木村は無理矢理に背筋を延ばして胸を張り、口笛を吹いた。
「大丈夫に決まってんだろ。俺がこれくらいでへたばる訳がねえよ。山崎が言うほど大したモンじゃなかったよ」
「ふふふっ。その割には顔色が青いんじゃない? あんまり無理しないで横になった方がいいわよ」
「大したことねえって言ってるだろ!」
「あらそう、なら良いけど。私、セッティングの相談があるから、また後でね」
 離れていく山崎の後ろ姿を眺めながら木村は思った。
〈くそっ、このまま山崎と一緒になったら、俺はアイツに一生頭があがらねえぞ!〉
「山崎! 今度、俺のバイクと勝負だ!」
 木村の叫びを聞いた山崎が足を止めて振り返った。
「良いわよ。トワイライト・ランナーが相手してあげるわ」
 そう言って微笑みながら右手の親指を立てた。

 サーキットには爽やかな秋風が吹いている。
 山崎かおりをエースドライバーとし、木村哲雄をチーム監督とするトワイライト・ランナー・レーシングチームが活躍するのは、もう少し後の話である。
                                 
               完

 

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