大切なもの、護りたいもの(前編)
 リュケイオンでのことも一段落つき、久々の日常が戻ってきた。
 破損した部分も教授と若先生に直してもらい、元通りだ。
 けれどもまだ何も終わっていない。始まったばかりである。
 なのに、私自身の想いにすら決着はついていない。変わらない唯一の恋心に。
「パルス、いるー?小包届いたって。
 私、今、忙しいから代わりに出てよー」
 この声の主はクリス。教授の押しかけ助手、らしい。
「シグナルがいるだろう」
「シグナル、今、ちびなのよー。他のみんなもいろいろねー」
「わかった。ハンコは?」
「んー。たしか棚の上だったと思うけど」
「わかった」
 そう言って立ち上がる。ハンコを押して小包を受け取った。
(シグナル宛?なんでまた。
 まあいい、私には関係ない。
 後で信彦に大きくしてもらってから渡せばいい)

     ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「ぼく宛に?」
「ああ、ただ差出人の名前がない。 何かあっては困るからな。
 注意しておけ。ただでさえ、ゴタゴタしているんだからな」
 そう、もしクエーサーがらみだったら一大事だ。
「わかってるよ。後で開けてみる」
「くれぐれも問題を起こすなよ」
「わかってるってばっっ!」
 そう言って部屋を出ていった。
(まったく、正直な奴だ。すぐに怒るのだからな)

 そっと小包を開けてみる。
 何かあってもすぐに対処できるように慎重に。
 中から出てきたのは小さなビンとメモの紙。
「何だこりゃ。貴方の望み叶えます?」
(願い、か。今のぼくの願いはたった1つだけ。
 ただ1人、大事なあの人だけに振り向いて欲しい)
 もどかしさに戸惑い続けた。
 だからこそ藁にも縋る思いでそのビンの中身を飲み干した。
 その日は異変は起こらなかった。

     ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「パールスーッ」
 後ろから抱きつかれる。
(バカな。今まで何の気配もなかった。普段はああでもやはり戦闘型ロボットだな。才能もかなりあるのでは?
 いや、今はそんなことより)
「シグナル?」
 何かが違うような気がして振り向いた。
 確かにそこにシグナルはいた。
 ただし、いつもと違う雰囲気を纏って。
「パルス、好きだよ」
 そう言って更に抱きしめる。
「シ……シグナル………? おまえどこか変だぞ……」
 何より挑発しないで欲しかった。
 最近はケンカをしている最中にすらヤバくなるというのに。だからケンカをすることすら避けていた。
 まあ、カルマが怖かったとか、後の掃除が嫌だというのも理由の1つだが、そんなものよりこっちの問題の方が深刻だった。なにせ、すぐ、押し倒してしまいそうになるのだから。そう、想いは確実に成長し続けていた。
「愛してる」
 背伸びをしてキスをしてくる。煽るようなキス。
 行為を伴う甘い言が欲望に火を付けようとする。
 でもこれが普段のシグナルでないことぐらいよくわかっていた。
(シグナルが欲しくてたまらない。 でも……本当に欲しいのはその心。
 そう、誰よりも大事にしたいからこそ)
 だからこそ平気で、いや、むしろ嫌そうな顔をして研究室に飛び込んだ。
「教授、若先生!シグナルが何か変なんです。戻して下さい!!」

     ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「媚薬のようなもんじゃろう」
「媚……薬……?!」
 思わず呟いていた。
「多分な。何がどうなってこう作用したのかはわからんが、そうじゃと思う。なぜかは知らんが、実際パルスにせまっておったしな。
 とりあえずシグナルはこのまま眠らせておく。
 ただ……どうやってこれを直すかじゃが………」
「バグが電脳まで進んだわけじゃあ……なさそうですね。
 コードと合体させればどうにかなりませんか?」
「いや……それで、もし直らなかったらせまられた相手の方が危ない。
 無理じゃ」
「当然だ。俺様は嫌だぞ。大体、こんなことになったのはシグナルにつけ入られる隙があったからだろうが。
 また、妙なことを言われるとたまらん。俺様は電脳空間に避難させてもらうからな」
 そう言って潜入していく。
 だがきっとオラクルに手伝いをさせられているだろう。リュケイオン騒ぎの後処理はまだ随分とかかりそうだった。
 そして当事者でもあるカルマは普段は電脳空間と現実空間を行ったり来たりしている。
 そのカルマはこの騒ぎで現実空間に戻ってきていた。
「じゃあ、どーせだから誰かに抱かせちゃうのはどうです?オラトリオあたりならいいんじゃないのかな」
 更に続ける。が、
「じょーだん。シグナルが女ならまだしも、俺がヤローが嫌いなのは知ってることでしょう。
 俺も師匠と電脳空間行かせてもらいますわ。
 体、頼みます」
 そう言ってコードに続いて潜入していく。
「じゃあ他の……パルスならどうです?さっき、せまっていたらしいですし」
「わ……っ、若先生!」
「正信!おまえまじめに考えとるんか!
 第一、好きな相手じゃないとどうにもならん」
「わからないんですか?」
(そうだ。シグナルに大事な人がいるのは当然だろう。だけど……渡したくない。シグナルを誰にも渡したくないんだ。それが私のわがままだろうと……。
 シグナルの好きな人なんか聞きたくない)
「わしらが作るのは感情プログラムの基礎だけじゃ。心までは作れんよ。
 どこを調べたってそんなもんはわからん」
「そうですか……。じゃあ、一体どうすればいいんです?この状態じゃいくらロボット心理学者をやっているみのるさんでも無理だと思いますし」
と、言ってもそのみのるさんは、今はクリスと買い物に出ていていないが。
「……あの……つけ入る隙があったかどうかはわかりませんが……何かあったのは確かだと思います。パルス君は何か思い当たることはありませんか?」
「さすがカルマは僕の『兄』だけあるね。いいことを言う。そーゆーわけでパルス、心当たりある?」
「そう、ですね。昨日シグナル宛に小包が届いてましたから、多分それだと。差出人の名前がなかったですし」
 それ以外の心当たりは私にはなかった。
 普段のシグナルと何一つ変わらなかった。
(あれほど気をつけろと言ったのに)
 その小包を探したが、結局は何一つわからなかった。
「仕方なかろう。とりあえず様子を見ることにする」

     ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「ねぇ、シグナル、ちゃんと元に戻るよね」
 不安そうに聞いてくる信彦。
「すぐに元に戻ると思ってた。ボクらは邪魔になると思って、フラッグと席を外してたんだけど……」
「うちらに出来ることない、思てたんや。こないなことならうちらもおるんやった」
「過ぎたことを今更言ってもどうにもなりません。
 それよりもあの差出人が誰なのかわかれば……。
 シグナル君をああいう状態にして得する人は……」
 カルマの声を遮るように、
「郵便でーす」
 と、声がした。
「うちがとってくる」
「あ、ボクも」
 何かしていないと気が済まないのだろう。
 フラッグとハーモニーが取りにいった。
「ねぇ、教授宛になってるけど、どうしようか。
 今、大変なのに」
 しばらく考え込む。
(こんな時に。いや、しかし……)
「教授のところへ持っていってくれ。
 もしかしたら今回の件に関係あるかもしれない。
 みんなも一緒に」

 来たばかりの手紙を教授が読み上げる。
『そちらのシグナル君は、今、大変な状態になっていないかね。直して欲しければ《MIRA》の情報を全て教えるのだな。
       梅小路 星磨呂』
「私に妙なプログラムを入れた梅干博士か。
 まさかまだ懲りていなかったのか。」
「ホント懲りてなかったんやな。
 うちを作ったとはいえ、随分アホやないか」
 呆れる私達にカルマが言う。
「どうしますか?正信さん、教授」
 しばらく考え込む。が、口を開く。
「《MIRA》はわし自身にもわからんことが多い。しかし、そう言ったところで納得しないだろう。
 どうにかして、シグナルを直せたらいいんじゃがの。
 せめてね何が作用しているかわかればなぁ」
「………………………」
 長い沈黙が降りる。
「……うまくいくかどうかはわかりません。失敗すればもっと悪くなるかもしれません。
 ですが、一応、人間と変わらない処置をしてみます。
 人間用の媚薬の薬を作ってみます。と、言っても中和剤ですけどね。
 とりあえず、作ってみようと思います」
 教授がしばらく考え込む。
 しばらくして、
「他に方法はないじゃろう」
と、言った。
「お願いします。若先生」
 出ていこうとする正信にカルマが声を掛ける。
「あ、正信さん、もしよければ、お手伝いします」
「いや、カルマは電脳空間でオラトリオ達を手伝ってくれないか?
 父さんに手伝ってもらうよ」
 そして、それぞれが自分の持ち場に着いた。


 長かったので前後編に分けました
 とりあえず、前編はいいんですけど…… 後編かなりやばいです…
 お覚悟のほどをどうぞ(爆)
 というわけで、後編をどうぞ

後編
  (裏)