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「波止場」


午後五時ちょうどに街灯がともる。
小刻みに明滅しながら、
雪の湿り気と重みをドサッと振り払う。
何気ない毎日を歩いてきて、
ある日、波止場に行き着いた。
そんな感じで、僕は立ち止まる。

Repeat after me,'ra''ra''ra'...

この街灯の下に出会った僕の現在。
光ではなく、音が波のように流れ出す。
あれは光じゃない。
あれは音だ。
あれは乳白色の音だ。
街灯の音が僕の心臓と同期していく。

Repeat after me,'ra''ra''ra'...

胸腔をアンプとして増幅される街灯の音。
僕の心臓は空気と共振したまま、
大地の波打ちと重なる。
大地が波打っている。
空気と混ざり合いながら、
波止場にいる僕に叩きつけてくる。

Repeat after me,'ra''ra''ra'...

波の飛沫から顔を逸らして身をよじると、
音の波から取り残された暗黒の山が、
魚の鱗みたいな明滅を繰り返す。
明かりは僕を押し戻し、
暗闇は僕を引きずり込もうとする。
音の波の中で、光もまた、僕の心臓になる。

Repeat after me,'ra''ra''ra'...

音の心臓も、光の心臓も、僕が、僕に、
波打ち、渦巻き、引き寄せる。
ここは今日の最後にある、凍てつく波止場の端っこだから、
船もいない、見送る人もいない、釣り糸も垂らされていない。
僕が待っているものも、僕を待っている人も、何もいない。
打たれるに任せ、巻かれるに任せ、引かれるに任せよう。

Repeat after me,'ra''ra''ra'...
Repeat after me,'ra''ra''ra'...
Repeat after me,'ra''ra''ra'...

幽霊船のように、静かな雪が降り直してる。
心臓を差し出して、僕は歩き出していた。
明日が泣きながら、波を翻訳し始めた。

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