もちろん そんなことは わかっていたさ 初めからね 国道沿いの花屋の 弾け飛びそうなビニールハウスが 夏の亡骸を打ち返して 久しぶりに汗ばんだシャツが 風が秋風であると告げる 震えるような言葉達に出会った それは僕の今までとそしてこれからを バッサリと切り落としていた あまりにも本物であるようなそれは ギラギラとしていて 芸術とか才能とかそういうものと 僕との間に横たわっている怪物に見える だけどどこかしら心地よさがあった 31%の濁った戸惑いの後ろの 解放されていくあの奇妙な喪失 そういえば 蝉の声が減っている ひとつずつこうやって終わっていく そういうことなんだろうと思う 刻み込まれた今年の夏は 最後の抵抗を試みようとして 僕の自動車の中に突然 あの匂いを注ぎ込んだ リンゴ酒あるいはアップルジャム 本当は梨のすえたような酸っぱい匂いの方が ここに相応しいのかも知れないけれど こんなに甘ったるい爽やかさも ビニールハウスの曲面鏡に映してみるといい たくさんの言葉達を飼い慣らすこと そいつらを相応しい場所にくたばらせること そういうのともちょっと違うような もっと新鮮でサラサラした 夏の打ち下ろした群は 僕よりも僕の影に向けられていた そして黒い水たまりは砂のように沈み始める 僕の大好きな「地上」の中に落ち込んでいく 詰まり気味だった排水口から 氷水が勢い良く吸い込まれていく ギョロギョロギョロギョロ あの感じだ その現象は地球を突き抜けると 今度は宇宙に向かってめくれ返っていく 真っ黒だからストッキングのようだと笑った 僕は めくれ上がった真っ黒の一番底の平面にいた それはエレベータの自由落下の時よりも もっとべったりと潰されていて 今年の夏は終わりだと告げる どこまで宇宙に突き刺さっただろう 終点は以外にあっけなく訪れて そこには何枚かの写真が置かれている そのうちの一枚を無造作に拾い上げ ビニールハウスが火をつけると それは無限面に一致した 僕は歌っていた ビニールハウスのキラキラした ひとつの花も見えない虚空に合わせて それからリンゴ酒あるいはアップルジャムの 溺れたくなる快楽の匂いとの 踊るようなハーモニー あの言葉達は 作り上げられている 豊かな子ども達の パズル遊びに似ている それは素晴らしい天上の作為で 僕の周りにぽつんと置かれているには いっこうに構わないと思う だけれどもそれ以上踏み込んではいけない それは絶対に僕とは異質なものだから 恐れていることは認めるけれど 僕の嗜好品のひとつであればそれでいい 花の見えないビニールハウスと リンゴ酒あるいはアップルジャムの匂い そういうものの類であればいいのだ 国道沿いの花屋は ビニールハウスだけを残して 遥か昔に消え去っている 僕の中を吹っ飛んでいったものは 純粋さだったのだろうか それとも歌舞伎の奴だろうか 入道雲を見上げてみると 僕の見ている雲の形は君であり 君の見ているそれは僕であり 二人で笑い合い口づけるためだけの ちょっとしたお伽噺だけれど 人が見つめるもの達は それぞれの形を持っていて それでも確かに雲はある あの言葉達が降り注いできた天上と 僕が沈み込んでいった真っ黒な最底面とを 枯れかけた夏草の線でつないでみれば 高気圧と忍び寄る台風の狭間にある 一本の等圧線になるようなドライブ日和 そいつらをガラガラと引きずりながら こういう天気のいい日曜日には 結婚式を挙げるのがいい 「もちろん そんなことは わかっていたさ 初めからね」