サム・ホーソーン医師の診断書(その6)

(エドワード・D・ホック『サム・ホーソーンの事件簿6』解説)

サム・ホーソーンの事件簿6  エドワード・D・ホックの愛読者や、二〇〇八年十二月に刊行された『サイモン・アークの事件簿氈x(創元推理文庫)を読まれた方なら、もうご存知だろうが、ホックは二〇〇八年一月十七日にニューヨーク州ロチェスターの自宅で心臓発作のために亡くなった。七十七歳だった。

 本書は勝手につけた英語タイトル The Last Problems of Dr. Sam Hawthorne が示すとおり、『サム・ホーソーンの事件簿』シリーズの最終巻である。ホーソーンものの第六十一編から七十二編までのちょうど十二編を収録しているが、これまでの五巻とは異なり、ボーナス作品はあえて加えなかった。

 第五短編集の巻末解説では、「ホックはこれから執筆する第七十一編で、ある矛盾点を合理的に説明するというので、その“矛盾点”だけはあえてそのままにしてあるらしいよ」と書いてあるが、第七十一編である「夏の雪だるまの謎」(本書収録)ではその矛盾点を説明していない。ホックにeメールで問い合わせてみると、彼はそのことをすっかり忘れていたらしく、第七十三編で説明することを約束しながら、とうとう第七十三編を書きあげずに亡くなってしまった。

『ミステリーズ!』〇八年四月号掲載の「エドワード・D・ホックの私的翻訳史」によると、訳者がホックに教えてもらった「矛盾点の合理的説明」を本書の巻末で書き記すと約束しているので、実行しよう。では、訳者が見つけたという問題の矛盾点とは何だろう?

 第二十九編「防音を施した親子室」(第三短編集収録)にはこういう箇所がある。「シン・コーナーズがレンズ保安官の管轄外だということは二人とも知っていたが、逮捕しに行くわけではなかった」と。もちろん、シン・コーナーズ(シンの辻)という名前はエラリー・クイーンが書いた長編小説『ガラスの村』から借りたものだとホック自身が認めている。

 しかし、第五十六編「有害橋の第二の謎」(第五短編集収録)にはこう書いてある。「シン・コーナーズはノースモントの隣にあるが、そこにも医者はいるので、行くことはめったになかったね。そこの高校には郡全体から学生が通い、レンズ保安官の管轄もそこまで及んでいる」と。つまり、レンズは郡保安官なので、ノースモントやシン・コーナーズを含む郡全体が管轄区域なのだ。ねえ、ちょっと待ってくださいよ。隣町のシン・コーナーズはレンズ保安官の管轄外じゃなかったの、ミスター・ホック? 

 そして、第五十九編「園芸道具置場の謎」(同じく第五短編集収録)のこの箇所で訳者は困惑してしまった。「シン・コーナーズはノースモントよりも小さくて、隣の郡にある町だ」と。えっ、シン・コーナーズが隣の郡にあるって? どういうことなの、ミスター・ホック? この矛盾点に気づいたからって何の手柄にもならない。目敏[ルビ*めざと]い読者に悟られないように、この矛盾点をどうにかして“誤魔化”さなければならないのだ。

 それで、第五短編集翻訳終了時(〇六年十一月)に対処策をeメールでホックに仰いでみた。「郡の境界線が移動し、シン・コーナーズは今ではレンズ保安官の管轄内だ」というのが彼の返答だった。でも、「園芸道具置場の謎」では「隣の郡にある」と書いてあることについての説明はなかった。郡の境界線がもう一度移動して、またレンズ保安官の管轄外になったとホックが説明してくれたような気がするが、そういう内容のeメールはとうとう見つからなかった。

 でも、やっぱりシン・コーナーズはレンズ保安官の管轄内にあると考えたほうがしっくりとくる。第六十五編「対立候補が持つ丸太小屋の謎」(本書収録)ではレンズ保安官の対立候補がこう言う。「じつのところ、わたしはシン・コーナーズでその夜は過ごしましたよ。月曜日の朝にそこで朝食演説会があったもんでね」と。つまり、シン・コーナーズも保安官候補の選挙区内(つまり、管轄内)なのだ。この矛盾点はプロットにほとんど無関係なので、どうでもいいことなのだが、訳者としてはどうも心持ちが悪い。

 前作の第五短編集は『IN☆POCKET』(講談社)主催の文庫翻訳ミステリーベスト10のランキングで、作家の部第二位、読者の部第五位に輝いた。『ホーソーンの事件簿』シリーズを実作者や読者の皆さまに称賛していただいたことに改めて感謝したい。『ホーソーンの事件簿』シリーズは本書で完結するが、これからは『サイモン・アークの事件簿』シリーズのほうを応援していただければ幸いである。

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 それでは、サム・ホーソーン医師の事件年表を更新しておこう。
[註=完全チェックリストを見たい方は、現物の巻末を参照してください。]

二〇〇九年九月



これは木村二郎名義で翻訳したエドワード・D・ホックの『サム・ホーソーンの事件簿6』(創元推理文庫、2009年11月刊、1050円)の巻末解説であり、自称研究家の木村仁良が書いている。これからはオカルト探偵が活躍する『サイモン・アークの事件簿』シリーズを応援してください。(ジロリンタン、2009年11月吉日)

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