怒りの再追跡

(リチャード・スターク『悪党パーカー/電子の要塞』解説)

電子の要塞

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 二〇〇一年刊の本書、『悪党パーカー/電子の要塞』(原題は Firebreak)は、悪党パーカーもの二十作目で、二十三年ぶりの復帰後四作目に当たる。原題の「ファイアブレイク」とは、直訳すると「防火帯」という意味で、山火事や野火の延焼を防ぐために作った空き地のことである。

 ある意味で、本書は一九六九年刊の十二作目『怒りの追跡』の後日談とも考えられる。しかし、本書の第一部第十一章でパーカーが『怒りの追跡』の顛末を簡潔にまとめてくれているので、『怒りの追跡』を先に読む必要はない(ちなみに、ハヤカワ・ポケット・ミステリ版の『怒りの追跡』は絶版なので入手困難であり、原書のほうもフォーセット/ゴールド・メダル版で出たきりで、再刊されておらず、入手困難である)。

 本書には、『怒りの追跡』に登場したポール・ブロックとマット・ローゼンスタインとパム・ソガーティーが再登場する。パムによると、六九年刊の『怒りの追跡』の出来事は、〇一年刊の本書の数年前のことらしい。クレアとの会話で言及されるジョージ・アールは、『怒りの追跡』のあとで七二年刊の十五作目『掠奪軍団』にも登場するが、ある理由で本書には顔を出さない。

 悪党パーカーものの古くからのファンにとっては懐かしい名前が、本書でいくつか言及される。ラリー・ロイドが刑務所で知り合ったというオットー・メインザーは(第一部第二章)、六七年刊の九作目『裏切りのコイン』に登場した(ちなみに、『裏切りのコイン』の中でパーカーは初めてクレアに出会ったのだ)。 「以前に、来てほしくない男たちがクレアの家にはいってきたことがある」(第一部第九章)のは、七一年刊の十三作目『死神が見ている』の中でのことだった。

 そして、パーカーが毛皮屋にはいって、プロとして襲撃計画を頭の中で考えたときに頭に浮かんだノエル・ケイ・ブラッセルは、前出の『掠奪軍団』や九八年刊の十八作目『ターゲット』で仲間として登場する。  今回、パーカーと一緒に強盗を働くフランク・エルキンズとラルフ・ウィスだが、七四年刊の十六作目『殺戮の月』ではパーカー一味に混じって地方の犯罪組織と対決する。

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 スタークはパーカーの直接的な描写をしないが、第三者にパーカーの特徴を述べさせている。第二部第三章で、アーサー・ヘンブリッジがパーカーの特徴を説明する。「大男で、逞しくて毛深い。ぴたっと張りついた茶色の髪。とくに長い腕と大きい手と浮き出た静脈のことを言っていた」

 第三部第二章では、パム・ソガーティーが通りで目撃したパーカーの特徴を再確認している。「顔を大きくて骨張り、目は冷たくて無関心で、あごの輪郭は岩のようだ」

 じつのところ、スタークは六二年刊の一作目『人狩り』で、パーカーの身体的特徴をこう描写している。

「……広い平らな肩をした、大きくて毛深いからだから、袖が短く見えるほどの長い腕が垂れている。……ごっそりそげ落ちたコンクリートのかたまりのような顔に、ひび割れした瑪瑙のような眼がついている。……」(小鷹信光訳)

 そして、六三年刊の二作目『逃亡の顔』では、顔を整形してもらい、左記のような顔になる。時間を超越したパーカーの現在の顔もそのままだろう。

「……長くて細い鼻、平べったい頬、唇の薄い口、そして突き出た顎。眉の下の肉はすこし盛り上り、そのため眉はひたいからいくぶんとび出た感じだ。……ひびのはいった縞めのうに似た冷たくて厳しい目」(青木秀夫訳)

 しかし、顔を変えても、前出の『掠奪軍団』では、ダニエル・カーニーという私立探偵に正体がばれる(じつは、ジョー・ゴアズのカーニー探偵事務所もの長篇『死の蒸発』[角川文庫]にパーカーが同じ場面で登場するのだ)。カーニーはパーカーの仕草や体型で勘づいたのだろう。

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 リチャード・スタークは、もちろん、ドナルド・E・ウェストレイクのペンネームの一つである。ウェストレイクは〇一年にドートマンダーものの Bad News を、〇二年に Put a Lid on Me と The Scared Stiff(ジャドスン・ジャック・カーマイクル名義)を、〇三年に Money for Nothing を、〇四年にドートマンダーもの長篇 The Road to Ruin とドートマンダーもの短篇集 Thieves' Dozen を、〇五年にこれまたドートマンダーものの Watch Your Back! を発表しながら、パーカーものも執筆するという多芸多才な多作家である。

 〇五年一月には、八九年刊のハリウッド風刺小説『聖なる怪物』(文春文庫)がついに日本でも紹介された。

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 悪党パーカーものの新しい映画化は、九九年に公開されたメル・ギブソン主演の《ペイバック》ぐらいのものである(主人公の名前はパーカーではなく“ポーター”で、原作は一作目『人狩り』)。ちなみに、一度目の映画化は六七年公開の《殺しの分け前/ポイント・ブランク》で、リー・マーヴィンが“ウォーカー”を好演した。

 そのあと、六三年刊の二作目『逃亡の顔』や前出の『ターゲット』の映画化オプション権が売れたという話は耳にはいってきているが、実際に映画化されるところまでは進行していない。

 もっとも有力な話は、六七年刊の十作目『標的はイーグル』のTVドラマ化である。アレグザンダー・イグノン脚色、スティーヴ・ノリントン監督で、FXネットワークが制作するという企画が持ちあがっている。超人気番組の《24》のようなシリーズ構成で、強奪の計画を中心にストーリーが一時間ごとに進んでいくのかもしれないが、まだ企画の段階であり、主演俳優も決まっていない。

 スタークは本書のあとも悪党パーカーものを書き続けていて、〇二年に二十一作目の Breakout(パーカーが拘置所から脱獄する)、〇四年十一月に二十二作目の Nobody Runs Forever を発表した。二十二作目のタイトル(永遠に逃げまわるやつなんていない)はこのシリーズの終焉を暗示しているように聞こえるが、心配は無用である。スタークはパーカーものの次作を目下執筆中なのである。

 本書を読んで、ブロックやローゼンスタイン、パム、ジョージ・アールについてもっとお知りになりたい方は、ポケミス版の『怒りの追跡』を古本屋かネット・オークションで捜していただければ幸いである。

二〇〇五年一月


リチャード・スターク著作リスト
●悪党パーカーもの(☆は俳優強盗グロフィールドが共演する作品)
The Hunter (1962)『悪党パーカー/人狩り』小鷹信光訳/ハヤカワ・ミステリ文庫
The Man with the Getaway Face (1963)『悪党パーカー/逃亡の顔』青木秀夫訳/ハヤカワ・ミステリ
The Outfit (1963)『悪党パーカー/犯罪組織』片岡義男訳/ハヤカワ・ミステリ文庫
The Mourner (1963)『悪党パーカー/弔いの像』片岡義男訳/ハヤカワ・ミステリ文庫
The Score (1964)☆『悪党パーカー/襲撃』小鷹信光訳/ハヤカワ・ミステリ文庫
The Jugger (1965)『悪党パーカー/死者の遺産』笹村光史訳/ハヤカワ・ミステリ文庫
The Seventh (1966)『汚れた7人』小菅正夫訳/角川文庫
The Handle (1966)☆『カジノ島壊滅作戦』小鷹信光訳/角川文庫
The Rare Coin Score (1967)『悪党パーカー/裏切りのコイン』大久保寛訳/ハヤカワ・ミステリ
The Green Eagle Score (1967)『悪党パーカー/標的はイーグル』木村二郎訳/ハヤカワ・ミステリ
The Black Ice Score (1968)『悪党パーカー/漆黒のダイヤ』木村二郎訳/ハヤカワ・ミステリ
The Sour Lemon Score (1969)『悪党パーカー/怒りの追跡』池上冬樹訳/ハヤカワ・ミステリ
Deadly Edge (1971)『悪党パーカー/死神が見ている』桐山洋一訳/角川文庫
Slayground(1971)『悪党パーカー/殺人遊園地』石田善彦訳/ハヤカワ・ミステリ
Plunder Squad (1972)『悪党パーカー/掠奪軍団』汀一弘訳/ハヤカワ・ミステリ
Butcher's Moon (1974)☆『悪党パーカー/殺戮の月』宮脇孝雄訳/ハヤカワ・ミステリ
Comeback (1997)『悪党パーカー/エンジェル』木村仁良訳/ハヤカワ・ミステリ文庫
Backflash (1998)『悪党パーカー/ターゲット』小鷹信光訳/ハヤカワ・ミステリ文庫
Flashfire (2000)『悪党パーカー/地獄の分け前』小鷹信光訳/ハヤカワ・ミステリ文庫
Firebreak (2001)『悪党パーカー/電子の要塞』木村二郎訳/ハヤカワ・ミステリ文庫 本書
Breakout (2002)
Nobody Runs Forever (2004)

●俳優強盗アラン・グロフィールドもの
The Damsel (1967)『俳優強盗と嘘つき娘』名和立行訳/ハヤカワ・ミステリ
The Dame (1969)『俳優強盗と悩める処女』沢万里子訳/ハヤカワ・ミステリ
The Blackbird (1969)『黒い国から来た女』石田善彦訳/ハヤカワ・ミステリ
Lemons Never Die (1971)『レモンは嘘をつかない』沢万里子訳/ハヤカワ・ミステリ



これは木村二郎名義で翻訳したリチャード・スタークの『悪党パーカー/電子の要塞』(ハヤカワ・ミステリ文庫、2005年2月刊、798円)の巻末解説であり、自称ミステリー研究家の木村仁良が書いている。ここまで読んでくださった方は、本書を購入してくださいますよね? ねっねっねっ?(ジロリンタン、2005年2月吉日)

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