サム・ホーソーン医師の診断書(その2)

(エドワード・D・ホック『サム・ホーソーンの事件簿』解説)

サム・ホーソーンの事件簿2  正直言って、ホーソーンもの第一短編集『サム・ホーソーンの事件簿I』に寄せられた作者エドワード・D・ホックの「序文」と「サム・ホーソーン医師の略歴」とマーヴィン・ラックマンの「事件年表」、そして、ホックのノンシリーズ短編集『夜はわが友』(いずれも創元推理文庫)に添えられたフランシス・M・ネヴィンズの「序文」を読んでいただくと、ホーソーンとホックについて、ほかに書くことはほとんどない。つまり、『サム・ホーソーンの事件簿I』と『夜はわが友』を買ってくださいね、と暗にお願いしているわけだ。

 本書は日本で独自に編纂されたサム・ホーソーンもの第二短編集である。と言っても、ただ十三編目から二十四編目までを並べただけである。日本で二〇〇〇年に訳出された第一短編集のほうは、『IN☆POCKET』(講談社文庫)主催の作家が選ぶ文庫翻訳ミステリーの部で第2位に、『週刊文春』主催の二〇〇〇年傑作ミステリー海外部門で第3位に、『2001本格ミステリー・ベスト10』(原書房)の海外部門で第2位に輝き、多くの実作者の方々にお誉めをいただいた。そのおかげで、版を重ねている。

 本書は日本で独自に編纂されているが、かりに英語のタイトルをつけるならば、Diagnosis: Impossible 2 -- More Problems of Dr. Sam Hawthorne ということになるだろうか。少し長すぎるので、『ミッション:インポッシブル2』に倣って、D:I-2(ディー・アイ・トゥー)と呼んでくださっても結構である。『サム・ホーソーンの事件簿I』の原書の出版元クリッペン&ランドルーの刊行予定リストを見ると、ホーソーンもの第二短編集も含まれているのだが、刊行されるのはたぶん二〇〇四年で、タイトルや収録作品数は本書と異なるかもしれない。

 本書にはホーソーンもの十二編のほかに、レオポルド警部ものの「長方形の部屋」をボーナスとして付け加えた。この作品の原題は The Oblong Room といって、《ザ・セイント・ミステリー・マガジン》一九六七年七月号に掲載され、アメリカ探偵作家クラブよりエドガー短編賞を受賞した。受賞をきっかけに、ホックはエドガー賞授賞式を舞台にした長編小説『大鴉殺人事件』(ハヤカワ・ミステリ)を書くことになり、執筆活動に専念するのである。この短編はレオポルドもの十七編目であり、日本では石川喬司編の『37の短篇(短篇傑作集)』(早川書房、一九七三年)で初めて紹介されたが、本書では新訳を収めた。アメリカではアンソニー・バウチャー編の Best Detective Stories of the Year 1968 や、ハンス・ステファン・サンテッスン編の Mirror, Mirror, Fatal Mirror (1973)『現代アメリカ推理小説傑作選3』(立風書房)、ビル・プロンジーニ編の The Edgar Winners (1980)『エドガー賞全集(下)』(ハヤカワ・ミステリ文庫)、プロンジーニとバリー・N・マルツバーグとマーティン・H・グリーンバーグ共編の The Arbor House Treasury of Horror and the Supernatural (1981) 、プロンジーニとグリーンバーグとチャールズ・G・ウォー共編の The Mystery Hall of Fame (1984)、ホックのレオポルドもの短編集 Leoplold's Way (1985) などに収録され、《コンパニオン》七一年七月号や《エラリー・クイーンズ・ミステリー・マガジン》九二年二月号に再録された。最近ある国で起こった事件を連想させる内容である。

 第一短編集に添えられた「サム・ホーソーン医師略歴」に補足させていただくと、最近の作品では、ノースモントの町にアナベル・クリスティーという美人獣医がやってきて、サム先生は真剣に交際を始める。一九四〇年にはヨーロッパで戦争が始まり、二人目の看護婦メリー・ベストは従軍看護婦として、海軍に入隊するが、そのかわりに、夫を戦争に送り出したエイプリルが息子サミーを連れて、サム先生の看護婦として戻ってくる。

 ホック自身は、二〇〇〇年にアメリカ私立探偵作家クラブより功労賞ともいうべき「ジ・アイ」賞を、二〇〇一年にはアメリカ探偵作家クラブより同じく功労賞ともいうべきグランド・マスター賞(巨匠賞)を、バウチャーコンより功労賞(ライフ・アチーヴメント賞)を受賞した。

 ホーソーンものの面白い作品はまだまだ残っているので、第三短編集を出せるように切に祈っている。

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 それでは、サム・ホーソーン医師の事件年表を更新しておこう。

 サム・ホーソーン医師の回想話はすべて最初に《エラリー・クイーンズ・ミステリー・マガジン》(EQMM)に掲載された。事件が起こった日付は[]内に記されている。

[註=完全チェックリストを見たい方は、現物の巻末を参照してください。]

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 最後に、エドワード・D・ホックの最新作品集リストを挙げておこう。
[作品集リスト]
1 The Judges of Hades (1971)  オカルト探偵サイモン・アークもの中編五編収録
2 City of Brass (1971)  アークもの中編三編収録
3 The Spy and the Thief (1971)  暗号解読専門家ジェフリー・ランドもの短編七編と怪盗ニック・ヴェルヴェットもの七編短編収録
4 Enter the Thief (1976) 『怪盗ニック登場』(早川ポケット、日本で独自に編纂) 小鷹信光編、ヴェルヴェットもの短編十二編収録
5 The Thefts of Nick Velvet (1978)  ヴェルヴェットもの短編十三編収録(限定版には十四編収録)
6 Hoch's Dozen (1978) 『ホックと13人の仲間たち』(早川ポケット、日本で独自に編纂) 木村二郎編、ホックの創造した十三のシリーズからそれぞれ一編ずつ十三編収録
7 The Thief Strikes Again (1979) 『怪盗ニックを盗め』(早川ポケット、日本で独自に編纂) ヴェルヴェットもの短編十二編収録
8 Hoch's Locked Room (1981) 『密室への招待』(早川ポケット、日本で独自に編纂) ホックの密室ミステリー短編十二編収録
9 The Cases of Captain Leopold (1981) 『こちら殺人課!----レオポルド警部の事件簿』(講談社文庫、日本で独自に編纂) 風見潤編、レオポルド警部もの短編八編収録
10 The Adventures of the Thief (1983) 『怪盗ニックの事件簿』(早川ポケット、日本で独自に編纂) ヴェルヴェットもの短編十編収録
11 The Quest of Simon Ark (1985)  アークもの中短編九編収録
12 Leopold's Way (1985)  レオポルド警部もの短編十九編収録
13 Tales of Espionage (1989)  エレノア・サリヴァン&クリス・ドーバント共編、ホック作のランドもの短編八編とインターポルもの短編七編のほか、ロバート・エドワード・エッケルズ作のCIAもの短編八編と、ブライアン・ガーフィールド作のチャーリー・ダークもの短編八編も収録
14 The Spy Who Read Latin and Other Stories (1991)  ランドもの短編五編収録
15 The Night My Friend: Stories of Crime and Suspense (1991)『夜はわが友』(創元推理文庫) フランシス・M・ネヴンズ・ジュニア編、ノンシリーズ短編二十二編収録(日本版からは「長い墜落」を削除)
16 Diagnosis: Impossible -- The Problems of Dr. Sam Hawthorne (1996)『サム・ホーソーンの事件簿氈x(創元推理文庫) サム・ホーソーン医師もの短編十二編収録(日本版にはノンシリーズ短編「長い墜落」も併録)
17 The Ripper of Storyville and Other Ben Snow Tales (1997)  西部探偵ベン・スノウもの短編十四編収録(限定版にはほかにノンシリーズ短編一編も収録)
18 The Problem of the Leather Man and Other Stories (1999)『革服の男』(光文社文庫、日本で独自に編纂) 木村仁良編、『EQ』訳載のシリーズ作品を中心にした短編十二編収録
19 The Velvet Touch (2000)  ヴェルヴェットもの短編十四編収録(限定版にはほかに詐欺師ユリシーズ・バードもの短編一編も収録)
20 The Old Spies Club and Other Intrigues of Rand (2001) ジェフリー・ランドもの短編十五編収録(限定版にはほかにアンソニー・サーカス名義の諜報員チャールズ・スペイサーもの短編一編も収録)
21 The Night People (2001) ノンシリーズ短編二〇編収録
22 Diagnosis: Impossible 2 -- More Problems of Dr. Sam Hawthorne (2002)『サム・ホーソーンの事件簿』(創元推理文庫、日本で独自に編纂) サム・ホーソーン医師もの短編十二編とレオポルド警部もの短編「長方形の部屋」を収録
23 The Iron Angel and Other Tales of Michael Vlado (2002) ジプシー探偵ミハエル・ウラドもの短編収録
24 Hoch's Ladies (2003) ホックの創り出した女性キャラクター三人(ナンシー・トレンティーノ刑事とボディーガードのリビー・ノールズと百貨店バイヤーのスーザン・ホルト)が活躍する短編収録

[なお、作品集リストを作成するにあたり、前出の Edward D. Hoch Bibliography を参照させていただいた。]

二〇〇二年四月



これは木村二郎名義で翻訳したエドワード・D・ホックの『サム・ホーソーンの事件簿』(創元推理文庫、2002年5月刊、920円)の巻末解説であり、自称研究家の木村仁良が書いている。続編『サム・ホーソーンの事件簿3』が出せるように、皆様方の盛大なご声援をお願いします。(ジロリンタン、2002年5月吉日)

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