「北日本新聞」平成9年4月21日(月)社会2面
【こころ支え合う(76):癒し求めて(人間関係のトラブル軽減)】
一週間の集中内観を終えた五十代の男性は、晴れ晴れとした表情をしていた。今は病気になってよかったとさえ思える。「今日が第二の人生のスタートだ。」大山町の山あいにある北陸内観研修所を後にし、家路を急いだ。
神経症だったこの男性は、何でも完ぺきにやらないと気が済まなかった。周囲にも完ぺきを求め、職場でのトラブルが続いた。心理療法の内観を受けたのは、主治医の勧めがあったからだ。退院は間近だが「考え方を変えないと完治しないのでは」と男性自身も感じていた。
午前五時半から午後九時までびょうぶに囲まれた部屋の隅に座る。一〜二時間に一回の面接以外口をきかない。家族や知人を思い浮かべて「世話になったこと、して返したこと、迷惑を掛けたこと」の三点を調べる。
浄土真宗の修行法をもとに考案された内観は、過去の自分を念入りに調べる。身勝手さや他人からの恩恵に気付くことで、自己認識が根本的に変わる。宗教色が除かれ、心理療法や自己啓発法に用いられている。
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男性は最初「妻に世話になったことも迷惑を掛けたこともない」と繰り返した。「夫は外で仕事をし、家事や育児は妻がするのが当たり前」と考えていた。
変化が表れたのは三日目だった。「嫌なら会社を辞めてもいいのよ」。病の苦しみを打ち明けた時、妻のこのひと言で楽になったことを思い出した。「私も人と話していると、顔が赤くなるようで怖いの」。妻が病に共感してくれた時、どんなにうれしかったか。
「なんて薄情な夫だったんだろう。一人で頑張ってきたと思い上がり、妻を大切にしてこなかった」。男性は涙で顔をくしゃくしゃにして、面接で長島正博所長(49)に思いをぶつけた。
妻だけでなく、周りのすべての人のおかげで生きてこれたことに気付いた。「我の強い性格が人間関係のストレスを招き寄せていた」。男性は病気を客観的に見られるようになった。
昭和六十年に開設された北陸内観研修所は、全国から年間約三百人が訪れる。そのうち、六十人ほどが心の病の患者だ。医師や臨床心理士が、治療の一環として勧めるケースが多い。
富山市民病院精神科も週一回、院内で内観を行っている。効果のあった患者には、北陸内観研修所を紹介する。アルコール依存症を中心に、軽いうつ病、神経症、摂食障害の患者が研修所を訪れている。
「患者のほとんどは、人間関係のトラブルを抱えている。人間関係がスムーズになれば、ストレスが減り、病は軽くなるはずだ」。吉本博昭部長は内観の効果に注目する。
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北陸内観研修所を訪れるのは患者だけではない。医師の勧めで家族が内観をすることも多い。
摂食障害の二十一歳の女性の母親は、娘といっしょにやって来た。「仕事にかまけて育児に熱心でなかった。娘には、しゅうとめとの仲を取り持たせる役割をさせていた」。内観を終えた母親は、仕事を家庭に持ち込まず、家庭を大切にする決意をした。
大勢の患者を面接してきた長島所長は、親との葛藤を抱え、親を恨んでいる患者が多いとの印象を持つ。「親子関係が人間関係の基本。基本がしっかりむしていないと、他人との円満な関係をつくれない。薬では解決できない問題だ」。現代を生きる人々は癒しの場を求めている。