小学校や中学校の社会の授業で、日本は三権分立だと習う。行政に対するチェックアンドバランスを実現するのが、行政訴訟の役割だ。日本国憲法の根幹に関わる制度だ。ところが、日本では、行政訴訟はほとんど全くと言ってよいほど、機能していない。要するに、よほどのことがない限り、裁判所は行政のしたことを違法だとは判決しない。その原因には、いろいろある。詳しいことは、『日本の行政訴訟の現状と課題』という論文にまとめてみたから、興味のある人は読んで欲しい。行政事件訴訟法の欠陥・・・、裁判官が行政法を知らない・・・、行政の判断どおりにしておけばまずは無難だ・・・、行政訴訟の場で政策論争(行政処分が適法かどうかではなく、政策が適切か不当かを論じる)を挑むものが多い・・・、等々。
そもそも、行政が適法かどうかの基準となる法律を国会ではなく、行政自身が作っている(たとえば、都市計画法は建設省が作るから、建設省自身が都市行政を進めるのに支障となるような条項を盛り込むはずがない)から、裁判所が違法だと言おうとしても、裁判所が拠って立つ基準が存在しない。
加えて、裁判官も行政法を知らなければ、弁護士はそれ以上に行政法を知らない。そもそも「行政法」という行政の基本法が存在せず、雑多で無限にある諸法規の集合体が「行政法」だから、そうたやすく勉強できるものでもない。最近では、司法試験科目からも「行政法」は削除されたから、なおのこと、行政法を勉強しようという動機付にかける。
かくして、私は、一応、大学時代に「行政法T・U」を履修し、司法試験科目で「行政法」を選択したが、実際に行政事件をどの程度扱ったかというと、それほどの数はない。しかし、それでも、一般の弁護士に比べると、行政事件を扱った件数は多い方だと思う。以下に私が係わった行政訴訟の概略を記してみよう。
東京時代
その次に、東京で経験したのが、土浦の方の土地区画整理事業の仮換地指定取消請求事件だった。大場民男先生の教科書や羽生照子先生の弁護士会での講演録を読みながら、土浦まで通った。簡易ガス事業の事件の経験を生かして、審査請求で事件を終えた。要するに、伝家の宝刀である訴訟を振りかざしながら、審査請求を傍らに行政とネゴをして、仮換地指定の変更や付け保留地をとる。ベストではなかったにせよ、依頼者には喜んでもらえる結果となったと自負している。
その次に経験したのが、埼玉県八潮市での諸事件だった。住民監査請求(子供の出生率が減少しているのに、何年も前の計画に従って、小学校増設のための用地先行取得の是非、市有地を団地住民が長年にわたって駐車場代わりに使用しているのに使用料を徴収しない不作為の是非)や、住民訴訟がいかに機能しない制度なのかを知らされた。監査請求で請求人代理人として監査委員の前で意見陳述をしたが、監査委員はうなづいて私の意見を聴いていたから、少しは請求に応えた結果を出すのかなと思っていたら、監査対象財務行為には何も問題はないという。(その後、福井に移ってからも、監査請求をいろいろしたが、鯖江市と武生市では監査委員は機能していると思ったが、福井県、福井市、勝山市では全然だめだ。)
でも、八潮市では、固定資産税過払金取戻請求事件で、原告の請求が裁判所で肯定された。この事件は、日本列島改造のころ、地価高騰への国民の不満を解消するため。居住用の土地について固定資産税の軽減措置をとった。固定資産税は、所得税のような申告課税制度ではなく、行政が課税処分をする制度だから、行政が自ら減税をしなければならなかったのだが、大半の自治体では、住民から軽減措置の申告があったものに限り、税額を軽減していた。八潮市でもご多分にもれなかった。ところが、あるとき、居住用の固定資産税の軽減措置をとっていなかったことが判明した。八潮市は、過去5年分に限り、固定資産税の過払分を返還した。それ以前の分も返還するように求めて、損害賠償・不当利得返還請求をしたのがこの事件だった。今、振り返ってみると、このときは、訴訟関係者が行政関連訴訟の訴訟要件論にあまり深入りせずに、実体で審理・判断をしてくれたから、何とか勝訴したものの、今のように緻密な訴訟要件論を振りかざされていれば、どうなったか分からない。薄氷ものだ。
バブル時代の遺物の土地ミニ保有税の事件も2件ほど扱った。依頼者の主張に十分に理由はあると思ったが、訴訟では敗訴だった。でも、1件は、こちらから主張したわけではないのに、都税事務所が勝手に数百万円の税額の減額更正決定をしてくれた。もっとも、それでも、依頼者は支払える金額ではなかったが。
東京を離れる前に最後に受けたのが、府中市の葬祭場建設問題だった。旧米軍基地を利用した府中市の公園内に、都市計画を変更して、老人保健施設に併設して葬祭場を作るという。入所・利用していた高齢者からは、あまりに無神経な葬祭場計画に異論が続出した。府中市では、この葬祭場建設問題に端を発して、多数の市民が、いわゆる嫌忌施設を建築する際には付近住民の同意を得るべきだとする条例の制定を求める直接請求運動を起こした。その条例案の審議をする市議会を傍聴に行ったが、「このような条例は憲法の議会制民主主義を否定するものだ」という議員発言が相次いだのには、開いた口がしまらなかった。憲法の理念が何であるのか、どうして今地方分権が求められているのか、議会制民主主義が形骸化しているからこそ、直接請求に基づく住民自治が求められているのではないか(同じ思いは、福井県高浜町で原発の是非を問う住民投票を求める条例請求に対して、町長が同じ発言をしたときにも感じた)。条例が否決され、最後は、都市計画の変更決定をどう争うか、市民総掛かりで意見書を提出したりしようとしたが、結局は、葬祭場の設置を認める都市計画変更決定が出された。
都市計画変更決定と言えば、私が住んでいた練馬区に環8(都市計画道路)を整備する計画があり、それに対して1区民として、住民説明会に出席したり、アセスに意見書を提出したり、公聴会で意見表明をしたりした。練馬中学校の敷地に環8が入り、それも中学校のそばに交差点が設置されるような計画であり、授業への騒音・影響は計り知れないと思われた。常識的に考えて、教育環境への配慮が全くないような計画であった。しかし、今の都市計画システムでは、住民の意見は反映されないという実態を、1住民として実感した。その後、この都市計画変更が修正されのか、確かめる前に、東京を離れた。
そう言えば、受任はしなかったものの、第二次か第三次かは忘れたが、横田基地訴訟の事務局長をしてもらえないかとの打診を受けたこともあった。
福井に移ってから後、行政事件に本格的に係わり始めた。主だったものをとりあえず書き並べてみる。
1.福井空港を考える会関係
@空港建設調査事務所食糧費住民訴訟
(福井空港建設調査事務所が多額の食糧費を使って、地元住民対策のために繰り返し酒食を提供していたのに対する住民訴訟)
A坂井町下水道接続奨励金差止住民訴訟
(空港対策のために町が空港周辺につき早期に下水道管を敷設したが、下水道が敷設されると地権者は下水道受益者負担金を納付しなければならないところ、町は、空港関連事業として空港周辺4集落についてのみ下水道受益者負担金の90%相当額を補助する下水道接続奨励金を支出することとしたが、その条件として、区長を通して、または区長がいない集落(集落の中には区長が空港賛成取りまとめの役割を担わされているとして区長を置くことを返上したところがあった。)では住民の過半数が、町に対して要望書を出すことが条件とされた。ところが、その要望書には「空港関連事業として奨励金を要望する」との記載があったために、空港反対派切り崩しであるとして奨励金支出差止の住民訴訟を提起した)
B財団法人空港周辺整備基金住民訴訟・同情報公開訴訟、BJAS就航確約書情報公開訴訟
福井空港拡張反対運動の一環とし、当初は、八十島弁護士が1人でやっておられたのを、途中から私もお手伝いした事件の数々だ。空港拡張整備事業の問題と思われる行政活動に、考えられる限りの訴訟を提起した。個々の訴訟に勝訴の展望はなかったが、行政活動に法的異議を申し立て、法的対話の場を設けること自体に意義があった。戦線を広げすぎて、一時はどうなるかとも思ったが、最終的には空港拡張整備事業は中止した。整備基金の延長を違法とする判決が出たことも、一つの大きな要因だったと思う。
2.市民オンブズマン福井関係
@17億円カラ出張返還住民訴訟、Aカラ出張取りまとめ文書・備品管理台帳情報公開訴訟、B東京事務所カラハイヤー住民訴訟、C知事・勝山市長訪欧旅費返還住民訴訟
3.食肉流通センター建設反対住民運動(三国町)
4.ドコモ中継基地建設反対住民運動(開発)
5.産業廃棄物中間処理場建設反対住民運動(三尾野町) 産業廃棄物処理施設建築確認申請添付図書情報公開訴訟
6.魚あら処理施設建設差止訴訟、同住民訴訟(川西)
7.産業廃棄物処理業許可取消処分取消訴訟、一般廃棄物処理委託契約解除等損害賠償請求訴訟
8.福井県職員地位確認訴訟(昇格差別)
1.土地区画整理仮換地指定処分取消訴訟(石川県津幡町)
2.下水道事業に伴うし尿処理業者の下水処理施設維持管理契約締結義務確認等訴訟(長崎県外海町)
3.京都大学任期制教員の再任拒否処分取消・地位確認訴訟
(大学教員任期法が平成9年に制定され、平成10年に最初の任期付教授が京都大学に誕生した。ところが、平成15年、世界的にも通用する立派な研究業績をあげ、学会設立等社会貢献をしていたのに再任を拒否された。再任拒否処分取消、再任処分義務づけ、地位確認(任期のない地位の確認と、再任された地位の確認)の訴訟を提起している。現在大阪高裁係属中)
4.家屋不動産取得税・固定資産登録価格取消訴訟
(競売で建物を135万円で買い受けたのに、不動産取得税・固定資産税は1800万円の評価になっていたので、その取消訴訟。最近の判例で土地の固定資産評価額は鑑定評価額となってきたが、家屋評価額はまだ実勢価格を反映しない固定資産評価基準のままだ。)
その他、談合には、私個人としては基本的に反対だが、談合をめぐる刑事事件を受けたことがあった。そのときに、建設談合の実態を知るとともに、その必要性合理性も一定限度あることも知った。その後、建設業者が行政から不当に競争入札指名を一定期間停止されたことについて業者から相談を受けて、改めて調査したところ、入札指名停止「処分」が法令上確たる根拠がなく、しかも訴訟では争えないことを知ったのはショックだった。
(2000/9/30記、2005/8/16追記)