(03/11/3)
(04/1/2付記)
この事件は、私自身としては、一連の新聞報道から推察されるところでは解任やむなしという感じがしているし、民間会社の社長解任の例からすると、問答無用で総会決議で解任されるほどだし、どうして行政手続法所定の聴聞手続がとられるのか違和感があるが、この事件を通して、行政手続法なり、聴聞手続なりが世間の耳目を浴びたのは注目すべきことだ。ここでは、全くの門外漢の立場から、純粋に行政手続の観点から疑問に感じたことを記してみよう。
行政手続法によると、名宛人の地位を剥奪する不利益処分をしようとするときは、聴聞手続をとらなければならない。聴聞手続をしようとするときは、「聴聞を行うべき期日までに相当な期間」をおいて、名宛人に対し不利益処分の原因となる事実等を書面により通知しなければならない。聴聞期日においては、期日の冒頭に、予定される不利益処分の内容、根拠法令の条項、その原因となるべき事実を行政庁の職員が説明をし、それに対して当事者は意見を述べ、証拠書類等を提出し、行政庁の職員に対して質問をすることが出来る。聴聞手続は原則非公開で行われ、行政庁が公開することを相当と認めたときにのみ公開することが出来る。公開聴聞が異例だという報道もあったが、法は公開聴聞も予定しているのであって、別に特異な措置ということではない。本件の場合は、単に国交省が公開を相当と認めたということだ。 次に、解任理由。聴聞通知書記載の理由が全く分からないが、聴聞手続冒頭の行政庁の説明を新聞記事から拾うと、@債務超過の財務諸表を入手したとの新聞報道に対する適切な対応を怠り、8月までその存在を確認できず、国会やマスコミなどに一方的な見解に基づく対応に終始。A公団外における居場所を秘書以外の者に知らせず、理事でも秘書を通じないと外出中は連絡がとれない不自然な組織運営。B一連の対応は公団に対する国民の信頼を著しく損ね、公団の円滑な運営に重大な支障をもたらす。(以上朝日新聞から。どうも今回の報道については、朝日新聞が一番不正確に感じた)というものであったという。毎日新聞紙や読売新聞では、さらに、尚友会館での会合についての新聞報道に対して不誠実な答弁を繰り返したとあった。解任理由という解任手続の根本が各紙によって異なるというのは、いかにも手続が(それとも、国交省の広報が)ずさんという感じがする。また、毎日新聞の記事では、解任理由について、事前に書面で通知されたのとは異なる説明がなされたように伺える発言を総裁側代理人がしていた。もし事前の書面による理由通知が不十分であったのであれば、聴聞手続そのものがずさんで、聴聞期日を続行する必要があったのではないかとも思われる。 解任理由は、てっきり「虚偽の財務諸表を公表した」というものになるのかと思っていたが、そうではなく、新聞報道に対する適切な対応をしなかったという点に後退していた。これは、多くの人がおやっと思ったことだろう。おそらくは、内容が虚偽かどうかという解任理由を持ち出すと、財務の観点から論争が紛糾することが予想される(財務内容をチェックするために準備期間をもっと寄こせとか、会計基準もないのに虚偽かどうかの判断もできないとか)ため、短期に聴聞を終了させるために、あえて論争の余地のない、マスコミに対する対応に争点を絞ったのだろう。しかし、民間会社であれば、マスコミに対する対応のまずさは、それ自体解任理由となろうが、公益団体の場合はどうであろうか。それが総裁としての適格性欠如の理由となるのだろうか。 新聞報道で見る限り、解任理由が極めて抽象的に感じる。これは、道路公団法の解任理由が極めて抽象的だから、具体的な解任理由もこの程度で足りるということだろうか。 聴聞手続の中で、総裁側代理人は、解任の基準は何かと問うていた。その指摘は正当だ。しかし、行政手続法では、不利益処分についてはその基準を定めることを求めている(但し、努力規定になっているが)。代理人は、解任処分の基準を事前に確認しなかったのだろうか。確認していれば、基準がないことについて行政手続法違反だという指摘が出来たろうに、と思う。 それにしても、行政手続法では、「当該事案についてした調査の結果に係る調書その他の当該不利益処分の原因となる事実を証する資料の閲覧」を求めることができるのだが、代理人は、その閲覧を求めたのだろうか。新聞紙上では、資料に基づく質問がなかったように思われる。それとも、閲覧を拒否されたのだろうか。閲覧の許否があれば、それ自身行政手続法違反の処分ということになろう。 ところで、総裁側の代理人は、解任が懲戒処分なのか、分限処分なのかにこだわっていたようだが、総裁は公務員じゃないし、道路公団法にはその区別はないから、全く的外れとしか思われない。こういう的外れの質問をすると、代理人の主張の説得力が全体として失われてしまう。それとも、国交省を攪乱させるために、あえて予想もしない、この論点にこだわったのだろうか。だとすると、極めて高等な戦術だったということになる。 それにしても、延々9時間の聴聞というのは、良く国交省側も応じたものだ。私がこれまで経験した聴聞手続は、自動車運転免許取消処分、風俗営業停止処分、それと産業廃棄物処理業許可取消処分の聴聞だけであるが、せいぜい1時間程度のものだった。私のやり方が下手だったのだろう。これからは、藤井総裁解任劇を例に引いて、長時間聴聞をやってみたいものだ。 2003年12月に緊急出版された日経BP社『藤井治芳伝−道路膨張の戦後史−』を読んでみた。 ここからは、藤井氏の弁解しか分からないが、これだけを見ていると、藤井氏の弁解は一貫している。確かに収録されている国会での藤井氏の答弁を読むと、本当に官僚答弁だなと思わされるが、それは何も藤井氏に限ったことではなく、常日頃いつも腹立たしく思う官僚答弁の域を出るものではない。 幻の財務諸表にしても、朝日新聞の記事が出てすぐに経理部長や企画部長、総務部長などの幹部が集まって確認したが、そのような財務諸表は作っていないということを確認した、その後国会で幻の財務諸表の資料が配られたのでそれを幹部に見せたが見たことがないということだった、それでも調べが足りないんじゃないかということでさらに調べさせたら、プロジェクトチームの職員が経理課の若い人に計算を依頼したことがあり、それが幻の財務諸表というものだった、しかしそれは公団として正式に確定したものでもないから幻の財務諸表というものは存在しないと答弁したという。公団には、それまで公会計しかなく、民間企業の会計基準はなかったし、財務諸表を作成するには資産評価をしなければならないが、インターチェンジ一つ評価するにしても、今までそれを価格で評価してこなかったのだから、一つ一つ値付けしなければならないし、減価償却基準も作成しなければならない。そのために企業会計審議会会長を座長に招いて基準作りをしていたという。そのような過程で勉強会の一つの試算として作成されたものが幻の財務諸表であったのだろう。もしかすると、それは大幅な債務超過を示すものであっただけに、幹部職員には上げられず、日の目を見なかったのかもしれない。一つの組織体・「お役所」である公団を前提として考えれば、その長たる総裁がそのような職員の1試算を関知しないのは、それが良いか悪いかは別にすれば、当然のことだろう。しかも、国会答弁というのは、公団の各部が書いた原案を国交省道路局や大臣官房、場合によっては他の3公団と事前調整して、大臣答弁、道路局長答弁と総裁答弁を全部整備したうえでレクが来てそれに従って答弁をするというのだから、国会答弁や幻の財務諸表への対応が解任理由に当たるとは思われない。 この幻の財務諸表への対応にしても、その他の問題にしても、藤井氏に向けられた批判の大元は、公団の体質(それは国交省の体質を引き継いだにすぎない)に由来する(財務諸表を作るとか、別納割引制度の是正ということに最大限に抵抗していたのは、藤井氏ではなく、組織体としての公団だった)。さらに、本四連絡公団の大赤字にしても、元々事務局案では1本の橋の計画しかなかったものを、徳島の三木武夫、香川の大平正芳、広島の宮沢喜一を背景とする自民党道路調査会が無理矢理政治的に3本の橋にしたことに起因する。藤井氏は、これらの根源的な問題から国民の目をそらすスケープゴートにしか過ぎなかったのではないかという思いを一層強くした。(04.01.02記) |