静岡地裁H11.4.22判例地方自治203号74頁
判例地方自治という判例雑誌がある。これは、判例時報や判例タイムズといったメジャーな判例雑誌とは違って、地方自治体関連の判例だけが掲載される雑誌で、弁護士の中でもほとんど知られていない。しかし、自治体職員や行政法学者の中ではメジャーな雑誌だから、いかに弁護士が行政事件を扱わないかがこれだけでもよく分かる。
ところで、今、弁護士会では行政事件訴訟法を改正すべく鋭意努力中だ。行政訴訟が活性化しないのは、行政訴訟の手続法が悪いからだ。とにかく、やれ原告適格がないとか、処分性がないとかいって、証拠調べもないままに訴えを却下される。要するに、訴訟の土俵にも上げてもらえない。だから、まず、原告適格や処分性といった訴訟要件を定めている行政事件訴訟法を改正して、せめて訴訟の土俵にあげてもらえるようにしようということをしている。
ところで、では、訴訟要件を拡大して訴訟の間口を広げると、行政の非違が是正され、市民の利益が守られるようになるのだろうか。
判例地方自治という雑誌から、最近ちょっと目に付いた事件を取り上げてみよう。
土地区画整理事業という市街地整備事業がある。自治体が直接行うこともあれば、地権者が土地区画整理組合を設立して組合が事業を行うこともある。どちらの場合も、まず土地区画整理事業の大枠を決める土地区画整理事業計画を作る。
ところが、自治体が事業施行者となる場合は、この事業計画を争うことは処分性がないとして判例上認められていないが、組合が施行者の場合は、組合設立認可処分を争うという形で事業計画を争うことが認められている。行政は、大きな事業を行おうとするときほど計画を作成して、その計画に基づいて諸施策を実施して行くから、区画整理事業を争うのであれば、まずこの事業計画を争うのが最も紛争解決に資するはずなのだが、判例は、事業計画は青写真にすぎないという。私たちが処分性を広げろと言っているのは、土地区画整理事業であれば、この事業計画を訴訟で争えるようにしようというものだ。
本件の場合は、組合施行だったから、事業計画の処分性は問題にならず、土俵にあげてもらえた。処分性拡大が認められたときにどうなるかをシュミレーションするにはちょうど良い。
本件では、静岡県天竜市が舞台であり、原告は、@土地区画整理事業施行地区は地震による液状化現象の発生可能性が高く、大規模災害発生のおそれがあるから、不認可事由である「市街地とするのに適当でない地域」にあたる、Aどうしても市街化するというのであれば、地盤改良等の液状化対策が不可欠なのにそれが定められていないから「災害の発生を防止するために必要な計画」が定められていない、B土地区画整理事業には莫大な費用がかかるところ、その費用の大半を保留地処分金により賄う(要するに区画整理事業で整備した土地を一部分譲してそれで賄うというもので、分かりやすく言えば、不動産分譲業者となろうということだ。)計画となっているから、「土地区画整理事業を遂行するために必要な経済的基礎が十分でない」という3点の理由を挙げて、本件土地区画整理事業計画は違法であると主張した。
東海大地震が予想される地域で、地震対策を十分にしないまま、莫大な費用をかけて市街地整備を行うのは、金の無駄遣いだし、何よりもそんないい加減な計画で自分の土地をとられる(通常30%程度は減歩という形で面積が減少する。そればかりか、場合によっては、建物を移転取り壊しされたり、農耕地が奪われたりする)のは、耐えられない。原告が主張することは、まことにもっともなことだ。
ところが、裁判所(静岡地裁H11.4.22判例地方自治203号74頁)は、土地区画整理法は、液状化発生のおそれは土地区画整理事業を行うにあたっての支障とは規定していないし、液状化対策を実施するようにも求めていないから、液状化対策を欠いても違法ではないし、保留地処分金の金額は不動産鑑定士の鑑定評価に基づいて路線価方式で決定しているから適正だし、液状化対策費用を見込む必要もないし、不動産市況が低迷していて保留地が予定通り全部売却できるかどうかは関係ないと言って(言い回りは分かりやすいように大分脚色した)、原告の主張をことごとく排斥した。
この判決は、土地区画整理法の解釈としては「正しい」し、裁判内容としても他の事例と比較して「常識的」なものだが、市民感覚からすると、誰が考えても、極めて非常識なものだ。市民があまりにも非常識だと思う結果を出すことに裁判官が何の疑問も感じていないとすれば、こんな裁判制度は(裁判官も含めて)なくした方が良い。
こうやって見てくると、行政訴訟改革は、行政事件訴訟法を改正して、訴訟の間口を広げることだけでは完結しない。土地区画整理法を改正するか、それとも法律の「非常識」を市民の「常識」で補い、液状化への配慮・対策の不備は法の欠缺(けんけつ=欠落)であるとして、液状化対策を欠いた事業計画は違法であると判断するだけの気概のある裁判官制度を作る必要がある。
この気概ある裁判官制度こそが法曹一元裁判官(弁護士を10年以上経験した者からのみ、市民の参加する裁判官選考委員会の推薦を得て裁判官を採用する制度 もっとも、日弁連は、裁判官以外の法律実務の経験が10年以上であれば、弁護士に限る必要はない、要するに検察官の経験が10年以上でも良いという意見だ。私には、信じられないばかげた法曹一元の理解だ)であるし、参審制度(一般市民が裁判官の一人として審理裁判に加わる制度)である。
(00/11/19記)
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