県21億円カラ出張問題とは何だったのか

平成9年12月3日の記者会見で、岡崎長俊福井県監査委員事務局長は、平成7年2月の監査委員事務局の秋田県への出張がカラ出張であることを認めた。同月3日付県民福井新聞の報道によれば、当初、この秋田出張についても、監査委員事務局幹部はカラ出張であることを否定していたが、ようやく、12月3日の記者会見で公式にカラ出張の事実を認めた。そして、翌4日、林田恒正総務部長は、すべての県職員について平成6〜8年度の出張旅費に不正支出がなかったかどうか調査することを明らかにした。

 平成10年2月23日及び3月10日、県旅費調査委員会は、平成6年度ないし9年度(4月〜12月)において、合計2,162,030,384円に上るカラ出張(公務出張の事実がないのに旅費として支出されたもの。県はこれを「事務処理上不適切な支出」と称しています)があったことが判明しました。驚くべき金額です。

 平成10年1月31日、私たちの活動は、このカラ出張問題の追及から始まりました。当初は情報公開請求をして、その結果について定例会で報告し、討論を重ねました。

 そして、平成10年8月17日、オンブズマン会員を含む65名で、カラ出張のうち県に未返還の「公務遂行上の経費に充てた額」1,693,958,660円の返還を県知事個人に求める住民監査請求を提起しました。県に対する追及運動はここから本格化し始めました。

 それ以降、今日に至るまで、私たちは、この17億円返還住民訴訟に続く第二の住民訴訟として国庫清算返還金支出差止・返還住民訴訟を提起したり、カラ出張関連の文書の公開を求めるカラ出張裏帳簿情報公開訴訟や、カラ出張備品管理簿情報公開訴訟を提起してきました。

 私たちの活動の結果、まずは県管理職等で構成する旅費返還会(会長西川一誠副知事)から県に対し、平成10年6月1日、469,478,420円が返還されました。県はそれ以上の追加返還を職員には求めないと言い続けていましたが、平成11年9月9日、さらに149,939,963円が追加返還されました。

 この県と県民の攻防を年表風に次頁にまとめてみました。

 この攻防の過程を通して見えてきたのは、徹底してカラ出張の実態を隠し通そうとする県と、それを透明にしようとする県民の攻防でした。そして、もう一つ明らかになったのが、知事は、カラ出張問題について6ヶ月間の50%減給(給料は月130万円)処分を受け、減給分390万円を県に返還しただけで、それ以外に何らの責任もとっていないということです。

 カラ出張は、全国どこの都道府県でもありました。あってはならないことですが、常態化していたのが実態でした。ですから、福井県にカラ出張があっても、別に特段問題視されることはないかもしれません。それは硬直化した予算制度の問題であって、県職員がカラ出張で浮いたお金で飲み食いをしたり、私的に使っていたわけではない。カラ出張のお金で、必要な備品や図書を購入したり、行政執行の潤滑油にしていたのであって、県民のための行政運営に役立てていた。それなのに、どうしてそんなに「カラ出張、カラ出張」と、過去のあら探しばかりしたがるのか。

 きっと、これが県、そして県職員の方々の考え方でしょう。

 しかし、県民には、そうは見えません。カラ出張は、たった3年半で21億円もの巨額のお金なのです。県民一人当たりの金額にすると、カラ出張の規模としては日本一になります。そして、他の都道府県では、国庫補助金の返還額は職員からの返還金でまかなっていたのに、福井ではそれができていないのです。この金額の大きさを、県、そして県職員はまず自覚すべきです。

 その次に、県、県職員は、県民に対し、カラ出張の実態を明らかにすべきです。本当に「公務遂行上の経費に充てた」のであれば、それを明らかにすべきです。江戸時代ではないのですから、概略の数字だけを言って、後は県を信用しろという時代ではありません。もし「公務遂行上の経費に充てた」ものだが、その証明をしろと言われてもできないというのであれば、そのことを率直に県民に伝えるべきです。逆に、私的に費消していた部分があるのであれば、それは正直に申告すべきです。業務上横領または詐欺にあたる刑法上の犯罪行為をしているからです。そして、カラ出張を予算制度のせいにするのであれば、硬直化した予算制度のために必要な経費が支出できなかったという事情を具体的に分かりやすく県民に説明すべきです。これが行政のアカウンタビリティというものです。そうすれば、県民も理解するはずです。

 そうして、これらの事態を改善するために、どこをどう改善すれば良いのか、県職員だけでなく、県民とも率直に意見交換すべきです。お金を返還すれば良いという問題ではありません。旅費返還会にしても、職員の中で返還の範囲及び方法について議論をしたのでしょうか。どうして実際にカラ出張の違法支出をした者でない職員までも返還しなければならないのか、内部で議論されたのでしょうか。

 今日は、地方分権の時代です。地方自治法が改正され、機関委任事務が廃止されるなどして、地方分権の動きは強まっています。介護保険制度にしても、地方自治を前提にして成り立っています。地方分権のためには、行政に対する住民意思の吸い上げが必要不可欠です。行政に対して住民が「参加」するだけではなく、行政と住民とが「対話」をすることによって、行政を住民が担っていく必要があるのです。特にこのことは、地方議会の形骸化が著しく、行政に対するチェック機能と住民意思の吸い上げが不十分となっている今日こそ求められています。プルサーマル住民投票条例に対する高浜町議会の「民意を反映するのは議会である。住民投票は議会制民主主義にそぐわない」という対応を見るにつけ、そのことを強く実感します。

 今回の県カラ出張問題は、この問題を通して、県と県民が対話をする絶好の機会であったと思います。明るい政策課題ではなかったにしても、カラ出張問題を通して県民がこれまでになく行政のあり方に強く関心を持つようになったのです。今なら、カラ出張問題をありのまま住民に明らかにするとともに、カラ出張を組まざるを得なかった事情について住民の理解を求めるならば、住民はそれを改善するための方策を行政とともに考えられるはずです。この経験は、行政と住民が対話をすることを学ぶ絶好のチャンスだったのです。

 私たちは、そう考えて、情報公開請求や住民監査請求という形で最初のアクションを起こしました。いわば私たちは握手をするための手を差し伸べたのです。ところが、県はそのことを理解せず、私たちの手を自分を攻撃する拳だと誤解して、これを振り払うのです。県は必要な情報公開もしないし、旅費調査委員会に外部委員を入れることもしませんでした。その結果は、県と県民の相互不信の相乗作用だけでした。そればかりか、今日、外部監査制度の導入など自治体における監査機能の専門化・独立化が要請されており、カラ出張問題でも、結果は監査請求棄却であったとしても、監査委員がその問題の中身に切り込んでいくことが期待されていたのに、現状の監査委員制度が全く機能を果たさないことを実証しただけに終わりました。

 形骸化した地方議会と、住民から断絶された独善的な行政を前提とする地方分権は、「地方自治の死」を意味します。

 市民オンブズマン組織の役割は、住民自身による町づくりのために、行政の情報を住民皆で共有しあい、行政の非難ではなく、行政と市民が対話をして、お互いの意志疎通をして、自分たちの住みやすい、公平な町づくりをしていくことです。そのために、情報公開請求と公開質問状・申入れと住民監査請求・住民訴訟を武器として、行政と議会を監視するのです。

 今からでも遅くないと思います。県が一日でも早くこのことに気づいて、私たちオンブズマンや県民との対話に臨んでくれるように願うものです。


福井県におけるカラ出張をめぐる県と県民の攻防

H9/12/3 監査委員事務局長 H7/2の監査委員事務局職員の秋田県出張がカラ出張であったことを記者会見の席上で認め陳謝

H9/12/4 総務部長 すべての県職員につきH6〜8年度の出張旅費に不正がなかったかどうか調査することを発表

H9/12/8 県 旅費調査委員会を設置し、知事部局全所属の旅費調査実施

H10/2/23 旅費調査委員会及び監査委員事務局旅費調査委員会による旅費調査結果の概要発表 H6〜8年度でカラ出張19億円判明

H10/3/10 旅費調査委員会 H9年度も12月までに約2億6000万円のカラ出張判明

H10/6/1 県旅費返還会 469,478,420円を県に返還

H10/8/17 市民オンブズマン福井 カラ出張17億円返還監査請求提起

H10/10/2 監査委員 請求の特定を欠くとの理由で監査請求却下

H10/10/29 市民オンブズマン福井 カラ出張17億円返還住民訴訟提起

H11/4/9 市民オンブズマン福井 旅費調査委員会の旅費調査裏付け資料の情報公開請求

H11/4/23 県知事 公文書不存在を理由に前記カラ出張資料非公開決定

H11/6/1 市民オンブズマン福井 前記カラ出張資料の情報公開訴訟提起

H11/6/23 県 6月補正予算案にカラ出張に係る国庫補助金5億5000万円返還を計上 しかし、県議会に提出された予算説明書にも何の説明もなし

H11/7/7 福井地裁 監査請求の対象が特定できていない等として住民訴訟却下

市民オンブズマン福井 不当判決抗議のビラ巻き。即日、控訴。

H11/7/8 県議会予算特別委員会 県は、備品管理台帳もカラ出張調査資料も提出拒否。

H11/7/9 県議会予算特別委員会 カラ出張問題をめぐり紛糾 13日に続行

H11/7/12 市民オンブズマン福井 県議会議員全員に国庫補助金返還補正予算凍結を求める要請書を提出するとともに、県民に本会議傍聴を呼びかける街頭活動

H11/7/14 県議会 カラ出張に係る国庫補助金5億5000万円返還を内容とする6月補正予算を議決し、他方、県民に対する積極的な情報公開と速やかな返還額の確定と県議会に対する適切な報告を求める付帯決議案ですら、県会自民党の反対により否決

     市民オンブズマン福井 国庫補助金返還についての抗議声明

H11/8/1 第6回全国市民オンブズマン神奈川大会「福井県カラ出張国庫返還金問題に関する決議」

H11/8/19 市民オンブズマン福井 県三輪総務部長との質疑・全国大会決議文執行

H11/8/24 カラ出張国庫精算金5億5000万円支出差止住民監査請求(請求者315名)

H11/7/30〜9/30 県 国庫へ国庫精算返還金545,550,930円支出

H11/9/  県9月補正予算 市町村負担金返還金66,840,927円支出決議

H11/9/9 県旅費返還会 149,939,963円追加返還

H11/10/8 県監査委員 監査請求却下通知

H11/11/5 カラ出張国庫精算金損害賠償住民訴訟提起