今年の3月末から1週間ほど、パリ・ロンドンへ行って来ました。
パリでは、お決まりのコースですが、ルーブル博物館、オルセー美術館を訪ね、ちょうどイースターの時期だったので、ノートルダム寺院のイースターミサに少し顔を出し、市内観光バスに乗り込みました。
ところで、ノートルダム寺院のあるシテ島にパリの裁判所があることをご存じですか?実は、サント・シャペル寺院の隣が裁判所パレ・ド・ジュスティスで、サント・シャペルと入口は同じなのです。
そのパリの裁判所では、刑事事件は陪審裁判が行われています。ただし、パリの陪審制は、映画でおなじみのアメリカの陪審裁判とは異なり、裁判官3人に陪審員9名が一緒に法壇に並ぶという、参審型です。
もしパリを訪れるのが平日であれば、陪審法廷を見学できるかもしれません。ブルボン王朝時代の宮廷の一室で、緋の衣をまとった裁判長によって繰り広げられる公判はまさにミサのようであり、その周りを取り巻くようにして座る9人の素人陪審員は、革命によって権力を奪取したフランス革命期の市民のようです。
パリからロンドンへは、ユーロスターで行きました。広々と広がる穀倉地帯を抜けると、知らぬ間にユーロトンネルに入り、イギリスに入ったとたんに列車の速度が落ち、のんびりと牧場を過ぎていきます。街中に入り、左手にビッグベンが見えると、もう終着駅ウォータールー駅です。
市内観光バスでウエストミンスター寺院やビッグベンを観光し、そこからセントポール寺院へ向かう途中、バスはフリートストリートを通り、現地ガイドが右手にウエディングケーキ型の建物があることを紹介していましたが、私は、それとは反対の左側をずっと見ていました。ストランド・オールドウィッチ・フリートストリートと走る途中に、王宮型の立派な王立裁判所(民事)があるのです(左写真)。
また、セントポール寺院の後ろあたりにオールドベイリー(刑事裁判所)があります。イギリスでは、今も、法廷弁護士(バリスター)は、馬のしっぽの毛でできたかつら(ウィッグ)をかぶっています。先日、イギリスの選挙で労働党が勝利しましたが、その奥さんがバリスターで、労働党勝利を伝えるニュースで裁判所前で車からかつらをかぶって降りてくる奥さんが映っていました。
イギリスは、法曹一元(裁判官は弁護士経験者から任命する制度)の国ですから、裁判官もバリスターであり、当然、かつらをかぶっています。中には、緋の衣をまとっている裁判官(ハイコートジャッジ)や、黒の法服に赤のたすきをかけている裁判官(サーキットジャッジ)もいます。パリといい、ロンドンといい、中世風の出で立ちをいまだに裁判官はまとっているのです。イギリスの刑事裁判は、もちろん、アメリカ風の陪審裁判です。 ハリソン・フォード主演の『今そこにある危機』でも、その法廷風景の一角が映っていましたね。
ところで、陪審裁判の裁判官ですが、イギリスは法曹一元の国ですから、バリスター経験者が裁判官になっているのは当然のことですが、中には、バリスターとして訴訟事件を扱いながら、パートタイムとして裁判官を務めている人がいるのです。それが一人や二人ではなく、1250人(平成5年1月時点)もいるのです。それに対して、フルタイムの裁判官は587人ですから、2倍強もパートタイム裁判官がいることになります。フルタイムの裁判官は、こうしたパートタイム裁判官の経験を経て任命されていくのです。
ロンドンで買い物をする人は、リージェントストリートに行かれることと思います。私も、市内観光バスの終点はいぎりす屋で、そこで買い物をしてから、リージェントストリートぶらをしました。ところで、有名百貨店リバティの向かい側に裁判所があるのをご存じでしょうか?裁判所と言っても、ガイドブックには「警察裁判所」などと書かれていますが、正式には、治安判事裁判所マジストレートコートと言い、そこにあるのは、通りの名前をとってマルボロ通り治安判事裁判所です(写真右 何気ないアパートメントの玄関造り。知る人ぞ知るという感じです)。
そういった治安判事裁判所では何をするのかというと、飲食店営業の許可等の他、刑事事件の90%以上を処理しているのです。しかも、そこの裁判官は、治安判事と言って、素人裁判官、一般市民の中から選ばれるパートタイム裁判官なのです。イギリス全土には、そのような治安判事が3万人以上いるのです。
イギリスでは、日本のように裁判官を官僚裁判官が独占するのではなく、法曹一元、弁護士からのパートタイム裁判官、治安判事といった市民層、民間に求められています。そして、刑事裁判では、無罪を争う事件については、12人の素人陪審員が有罪無罪を判断しています。司法における「官治から自治へ」のモデルがここにあるような気がします。