平成ウソップ物語第3話

「アジア同時不況はなぜ起きた?」

「なんてこった!」太郎は今朝の新聞1面を見て、驚嘆した。
タイ、インドネシア、韓国などアジア新興国の為替がほとんど同時に下落してしまったのだ。
太郎はまだ起ききっていないからだをひきずるようにご隠居の所に走った。
「ご隠居!大変だ!大変だ!」まるでガラッパチの様に騒いでいると、なんと源吉がさきに来ていた。
「源吉さん、なんであんたがここに?」太郎は呼吸を整えながら聞いた。
「元受けのゼネコンの紹介で、インドネシアに出稼ぎにいく段取りをしてたら、今朝の電話で仕事が中止になったって連絡がはいッたんだよお...そんで、アジア同時為替暴落がなんで起きたかぐらい知っておかなきゃ気が済まなくなったって訳よ」。
「なんだなんだ、ゼイゼイいってるのと、しょぼくれてるのが朝から騒騒しいてんだ。
今日のニュースを見て、二人が来るだろうとは思ってたんだが、源吉の仕事がなくなったのはかわいそうだな。まあ中にはいってお茶でも飲もうや」。ご隠居はうなだれる源吉をなぐさめながら、客間に通した。

 

<香港株式市場の凋落>

「まずはちょっと溯って香港の株式市場が暴落したのを二人は知ってるだろうね。ことの発端はあれなんじゃ........」。ご隠居は昆布茶をすすりながらなにやら大学ノートを広げ、話を続けた。
「香港がアジアの金融市場の中心地になってる理由はなあ、香港ドルが、<ドルペック制>という制度にあるからなんだ。太郎は学校で金本位制というのを習っただろう、香港は1983年に中国とイギリスの返還交渉が難航したときの経済混乱以来、米ドル本位制ともいえるこの制度をとっているのじゃ。だから東京がどんなに巨大になろうが、アジアの中のドル市場である香港が金融の中心地であったんじゃ」。
「でも香港は返還後もドルペック制度を守っていたんじゃ?」太郎が聞き返した。
「ああそうとも、香港ドルはなんの変化も無いように見えるさ、しかし中国という国がうちだした<一国二制度>というものの信頼性がまたたくまに無くなったのが、この暴落の引き金になっているんじゃ」。
「中国になんの関係があるんでしょうか?」
「中国が人口12億人の巨大市場と言われて2、3年たつが、その実態が今見えてきたということじゃ。ヤオハンの倒産、ホルクスワーゲンの不振など中国に進出した企業で成功したものはおらん。何故か!巨大市場そのものが存在しなかったんじゃよ」。
「新聞やテレビがいってたのはウソだったんで?」源吉はメディア信仰型人間なので、その手の情報を信じやすい人間だ。そのため裏側からの情報には弱い所が有る。
「中国の国民1人当たりの平均年収は約8万円だよ、源さん。それに12億掛けてごらん」。
「ええとお、12億掛ける8万円は、96にゼロが.......億が8個に万が4個で96兆円ですね」。太郎が暗算で応えた。
「日本の国内総生産が500兆円だから、5分の1にも満たない。九州と四国があるかないかの規模の市場に世界中がお祭り騒ぎしておったんじゃ。まあふたをあけたらこんなもん........チャンチャンってとこかのう」。
「それとアジア暴落となんの関係があるんですか?」。
「まあまあそう急ぎなさんな。中国は自分の姿を大きく見せて海外資本(特に日本)を
自国の産業開発に動員した。そして、本当に巨大なローコスト生産拠点となったんだよ。こんどの大暴落がG7会議の前に起こったのを気付いておるかな? そこで江沢民が非公式に自国通貨の一方的切り下げをにおわせたんじゃ。通貨を切り下げて対ドル安になれば中国製品の国際競争力は飛躍的にアップする。しかし問題は香港との関係なんだなあ」。
「やっと香港まで来たんで.......」源吉ははがゆいやら、じれったいやらで表情が無茶苦茶になった顔でうなった。
「自国通貨切り下げで中国本体は輸出好調で万万歳だが、返還後の香港の基盤も、実は中国なんじゃ。為替(通貨)というものは、国家という担保があって初めて通用するが、今の香港ドルは中国が始めた<一国二制度>の中でのもう一つの<中国元>なんだよ」。
「ははああん、なんか解り掛けてきましたぜ。みんなが段々薄ら寒くなってきたってことですね。もしかしたら香港に突っ込んである自分の金が目減りしたらどうしようと恐くなったんだ」。
「源吉さんもわかってきたかい。ようするに世界のファンドマネージャ達が自分のもってるのは金塊じゃなくて導火線が短くなった爆弾だってことに気づきはじめたってことさ。
<香港では充分儲けたし、ここらで利益確定の意味からも安全なニューヨークに資金を移動しとこう>というマインドが一斉に働いたってことなんじゃ。

 

<自由市場のないアジアと中国、不備な日本>

「でも、商売繁盛のアジアからなんで逃げなきゃならないんですか?このまま出資していても良かったわけでしょう」。
「太郎や、アジア、中国という国達には結局自由な市場、競争というものが無かったからなんだよ。一部の金持ちや政治家がらみの事業家たちが資本を独占していて、新規の民間企業が生まれる余地がないんだな。経済の裾野が狭いからいつまで立っても内需というものが大きくならない。輸出にばっかりたよってるから中国にあんなことされると途端に評価が下がって通貨暴落ってことになるんじゃ」。
「そういや俺の出稼ぎもODAがらみの仕事だったなあ。大方スハルト系列会社の下請けなんだろうけど」。源吉は自分のことにあてはめ、いささか納得したようだ。
「金持ちがどんなに金を持ってても、絶対多数の庶民が貧乏じゃ国内の景気は良くならない。日本からのODAで公共事業をしても、本来の需要と供給に基づいてないから国全体が豊かにならない。おいしいところは日本企業と政治家企業が持っていくからなあ。日本みたいに国民総預金額が1200兆円になるような<ストック>もないし、国内総生産も低いからフローが少ない」。
「ご隠居、その<ストック>と<フロー>ってのは初耳なんですけど.........」。
「ああすまないね源さん。簡単に言うと、先祖代代の名家で大地主で大きい屋敷も持ってるけど今は勤め人で、給料20万円で生活してるって人はストックが一杯あるけどフローが少ない。またじいさんの代からの勤め人だけど一流会社の部長で給料は年間1千万円超えるけど借家ずまいという人は逆ってことさ」。
「日本やアメリカからの借金で建てた生産施設はあるけど、国民は貧乏で極端なストック不足だったんですね」。太郎がなるほどとばかりうなずいた。
「二人ともわかってきたようだねえ。さっきもいったとおり通貨とは国家という担保があって成立するんだ。企業と銀行の関係でも、担保不足になった企業がどんなに返済成績が良くったって銀行は融資しない。それと同じことが起こった.......いや、その企業の中身を観たら、役員たちが会社の利益を独占していたのがばれちゃった状態なんだな」。
「もっと言うと、国内の市場は完全に官僚と政治家にコントロールされてて、儲かる頃になると法律を変えて企業が儲からないようにする(国家に利益配分するように仕組む)。
国際資本はそういったアジア、中国の体制が直るんじゃないかと思って投資したんだが、とうとう我慢の限界がきたってことじゃないかな」。ご隠居はながい話を昆布茶で締めくくった。
「これからは、アジア、中国、日本から逃げていった資本が益々ニューヨークに帰っていって、ニューヨークは絶好調ってことですね」。太郎はなにか悔しそうにご隠居に言った。
「ところがそこにも面白いというか、恐ろしいというか..........アメリカも正直どうしようか?って思ってるのが現状なんじゃから、やっぱり面白いのおお」。
「ええ? どうしてなんで」源吉と太郎はまるでわからんといった顔で、ご隠居の顔を伺った。

第四話につづく

 

作 者
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高峰 朗  square@quartz.ocn.ne.jp
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