平成ウソップ物語第2話

「劣後ローンてなんだ!」

   
正月気分も薄らぎ、新聞は不況不況と騒ぎ立て続ける中で太郎はどうしても町のご隠居に聞きたいことがあったので、横丁をぶらぶらと歩いていた。
「なんだ太郎じゃないか? 首をコリコリ傾げて、寝違えたのかい?」。と後ろから源吉の大声がした。いつもは仕事で忙しい源吉も不景気で今日は仕事にあぶれたらしい。
「源吉さん、俺ああどうしても分からん言葉があるとそればっかり考える癖があって、自分でもどうしようもないんだ。今もご隠居の所にいってご講釈を聞こうとしてるんで」。
「なんだ、また太郎の分からん病か...。で、今度はなにが分からねえんだ?」。
「実は、昨日のテレビニュースでキャスターが言ってた劣後ローンて言葉なんですよ。
たいてい漢字の言葉ってのは読むと意味の60%ぐらいは分かるんだが、こいつはぜんぜん分からねえもんで、昨日の夜のニュースからこっち眠れないんですよ」。太郎は赤くなった両目をこすりながら、源吉に言った。
「れつごろーん? 感じからして借金の一種だろうが、漢字からすると劣った後の借金ってことになるわなあ」。源吉はまったく見当もつかないらしく、さっきの太郎と同様に首をコリコリ傾げてしまった。
「おいおい、町内の若いもん二人が朝から首コリコリじゃよそ者の噂になっちゃうよ」。
「あっご隠居さん、実はそっちに行く途中だったんですよ」。
「おお..その分じゃまた太郎の分からん病の再発だな。まあ立ち話もなんだ、源吉さんも暇なんならおいでよ。おいしいかどうか知らねえが羊羹があるからね」。 

ご隠居と呼ばれるこの老人は、一昔前は大手の保険会社の役員だったらしく知識は多岐に渡っていた。
細君とは訳あって離婚しており、今は町はずれの一軒家に年の頃は四十過ぎのなかなかの二号さんと「同棲」している。(ムフフフ)
3人がご隠居の家につくと、その二号さんがお迎えに出てきた。
「あらまあ、お散歩に出てったと思ったら若い衆二人も連れてもどってどうしたんです。将棋をさすんなら一人あまっちゃうし、麻雀じゃ一人足りないじゃありませんか」。
彼女は意外な若者二人の訪問にまんざらではないようで、さっそくお茶の準備に奥に向った。

(作者:ちょっと作風がかわってきたので、無理矢理もどします)

「で、私に聞きたいことってのはなんだい」。
「実は、劣後ローンって言葉の意味が全然わからねえんです」。太郎は道々源吉に話した仔細をご隠居に繰り返し聞かせた。
「ずいぶんむずかしい言葉につまづいたもんだなあ。じゃそのまえにBIS基準という言葉からやさしく教えてあげるとしよう」。ご隠居はそう言うとポケットから愛飲のウイスキーを取り出し、さっと一飲みすると素早くポケットにもどした。
「ご隠居、酒はお医者に止められてるって聞いてますぜ。いいんですか」。源吉が意地悪げに言った。
「あれには内緒にしといてよ。ええとBIS基準だったね....二人は大相撲知ってるねもちろん」。ご隠居はちょっとした狼狽を見せ、しかし素早く平静を取り戻した。
「大相撲で、幕下、十両、幕内、三役、横綱があるように、銀行にもそういったランキングがあったほうが便利じゃないかってことになったんだな。で、スイスやドイツのほうで資本金と株式運用含み益、貸倒れ引当金なんかを自己資本として、貸出し総金額を分母に計算した結果が8%だったら幕内、それ以下だったら幕下ってことにしたんだ」。
「ヨーロッパやアメリカじゃ銀行の信用度が詳しく公開されてるってことはテレビでいってましたね」。太郎が口をはさんだ。
「もちろん、預金者の為でもあるし、投資家の為でもあるんだ。日本ではBISを満たせなくなった銀行が出始めたのは92年頃のバブル崩壊って言葉がでてきたころじゃないかな...で、国は92年度中にはBISをクリアしとけよ、と銀行に通達したんだが、なかなかできるもんじゃない」。ご隠居はウイスキーをゴクリと飲み話を続けた。
「バブル中は銀行の持ってる株の含み益が大きく、不動産関係の担保力もあったから強気強気で貸出してたんだが、まずは株価急落で含み益が減少、つぎに住専からの利払いが滞ってきた。今の不況のスタート地点だな」。
「そんな以前から銀行の経営状態が悪くなってたとはしらなかった。新聞やテレビじゃ、ほんの去年ぐらいからしか報道されてなかったじゃないですか」。太郎はおおきくかぶりを振りながら感心したように言った。
「それからは住専、信用組合の違法貸出し、銀行自体の違法決算(大和銀行海外支店での大型欠損金隠匿事件など)なんかと金融スキャンダルの連続だったわな。そのスキャンダルのたんびに銀行預金の金利は落ちる一方だったじゃろ。国は銀行の預金金利を下げて、利益体質を強化するぐらいで大丈夫と、たかをくくってたんじゃ」。
「それでも駄目だった?」。
「全然駄目! 預金金利とともに貸出金利もさがって銀行の運用成績をじわじわ下げはじめたのさ。銀行はボロ儲けしている見せ掛けの姿の裏で、必死に資金調達に駆けずりまわってたんだよ。はじめはアメリカなんかの銀行から都合つけてたんだが、向こうもジャパンプレミアムなんて奴をつけてきやがった(こっちが悪いいんじゃが)。さあ、そこで登場するのが劣後ローンなんだ」。
「いよいよ真打登場ですね」源吉がうなずく。
「劣後ローンをそのまま説明すると、銀行が倒産したとき、ローンの返済を他の借金よりも後まわしする{劣後特約}を付けてする無担保貸付..ってところなんだ」。
「もっと簡単に....」。
「つまりじゃ、銀行が倒産したときにもしかしたら返せません。返せるとしたら1番後回しでも結構ですねと言った約束が付いてるってことさ。だからBISでももらった金と同じって意味で、自己資本に勘定されるって訳さ」。
「初期の劣後ローンの借り主は都銀で、貸し主は生命保険会社だったんじゃ。だが今は劣後ローンを使ってない銀行はないじゃろうて。いまの貸し主はリース会社などのノンバンク(サラ金ももしかしたら)が主役だね」。
「銀行は日銀からお金を借りれるんじゃ?」太郎は学校で習ったとおりにご隠居に聞いた。
「太郎、今の公定歩合は0.5%じゃぞ、そして一般的な中小企業が借り入れる金利はだいたい3%未満(実際には信用保証協会保証料が控除され銀行の取り分はもっと小さくなる)が相場なんじゃ。企業は資金不足から借金したいのはやまやまだが、高金利では経営がくるしくなる。だから資金の需給バランスの中で金利は低く押さえられるから、銀行の収益率は悪くなる。さっきも言ったじゃろう」。
「金利収入がない銀行は、不良債権の処理財源がないから短期の資金調達に走る。アジア企業株や、アメリカ株式市場なんかで最後の勝負をするんじゃが、これにも負けた者は破綻するしかないじゃろうて....」。ご隠居は言い終わると長い一服をつけ、庭の隅っこを凝視していた。

第三話に続く
 

作 者
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高峰 朗  square@quartz.ocn.ne.jp
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