『HEAVEN』 静屋宗子
天野家のリビング。
時計の針はまだ9時を回ったばかり。
普段はあまり家に居つかない神無だが、父親が夜に家を空ける日は決まって家に居た。
そう、今夜は神無と双魔の2人きりなのだ。
風呂上り。濡れた髪をタオルで拭きながら、神無は見下ろしていた。
「…無防備に寝ていやがる…。人の気も知らねえで…」
本を持ったままソファで眠りこけている双魔の顔を見て、神無が呟く。
そっと柔らかな髪に触れようと手を伸ばす。
「ぅ…ううん」
ビクゥ。神無は慌てて手を引いた。
「…は、れ?…寝ちゃってたのか…。あ、神無、どうしたの?」
「何でもない。風呂入って寝ろ」
不自然に固まった手を下ろして、神無は何事もなかったかのように、部屋を出ようとする。
その手を双魔が掴んだ。
「…ッ?!」
過敏に反応してしまった自分に神無は舌打ちする。
「ねえ、神無…あのビデオテープはどうしたの?」
「何だ」
悪友が半ば強引に、押し付けていったモノだ。
『面白いから見ろよ』と内容も知らないまま渡されたものの、見る気もないので、何となくテーブルの上に置きっぱなしにしていた。
「……ぼくも見たいな〜…なんて…ダメ?」
ラベルにはタイトルが書いてある。神無には聞き馴染みのない単語だが、オカルトマニアの双魔にはわかるらしい。
「とにかく風呂入れ、ビデオは後だ」
「いいの?!うん、すぐ入ってくるから待っててね」
と双魔は慌ててソファから降りようとして、当然のように転げ落ちた。
ゴン、と派手な音が響く。
「はう〜」
「……ドジ」
双魔は風呂に入るまでにあと2回は転ぶのである。
*
「…っくしゅッ!」
ここは神無の部屋。
双魔は入るなり、一つ大きなクシャミをした。
「寒いのか…?」
いつもより短めの入浴を済ませた双魔。
髪はきちんと乾かしてあるが、素肌の上に直に着ている綿のパジャマは少し薄手だ。
ちなみに神無はTシャツにスウェットパンツ。
「平気!」
双魔はきょときょとと部屋を見渡し、落ち着けそうなポジションを探す。
大きなクッションを見付け、それを抱えた。
フローリングの床に、ベッド、TV、コンポ。
殺風景にも見える広々とした部屋。
双魔はごくたまに入るが、落ち着かないから、とすぐに自分の部屋に戻ってしまう。
自室にもTVはあるが、神無の程、画面は大きくないし、ほとんどゲーム用と化している。
映画なんかのビデオは神無の部屋で見る方が格段にいい。
テープをデッキにセットしている神無の背中に双魔が話しかけた。
「ねえ、神無、どうしてお父さんの居ない日は怒らないの?」
「お前怒鳴られたいのか?」
双魔の素朴な疑問に、神無の表情が途端に不機嫌になる。
「ち、違うよ、そんなんじゃなくって〜」
双魔は慌ててクッションを盾にした。
「…つまらない事言ってると…」
拳を握り締めて睨む神無。
「ひ〜ん、神無ぁ、ごめんなさ〜い」
何とか神無のご機嫌を取り、ビデオを見始めたのはいいが、双魔は話が進むに連れて、神無のやや斜め後ろにじりじりと下がっていく。
効果音の大きな場面では神無のシャツを握り締める。
不気味なイラストの入った本や何かをごっそり読んでいるくせに、こういうところもある。
(…ガキ…)
神無はしばらくの間は画面を見ていたが、イマイチ話に入り込めないでいた。
「双魔」
「……………ん?なに?」
神無の呼びかけにズレたタイミングで双魔が応えた。
ビデオに集中していたらしい。応えはしたが、視線は画面に向いたままだ。
「お前、今日も泣いてただろ」
というよりも、泣き顔を見ない日の方が少ない気もする。
「えええ?…見てたの…?でもでも、痛かったんだもん、脛、思いっきり当たったんだよ」
移動教室で教材運びを命じられた双魔は、視界を遮る程の大荷物を抱えて、廊下で大コケした。
ちょうど廊下に置いてあったゴミ箱が弁慶の泣き所にヒットしたのだ。痣にもなっている。
「……知らん…」
「ええ?違うの?じゃ、教室の扉に指挟んだヤツ?」
ふうううう…と大きく神無はため息をついた。
「……また絡まれたんだろ?あの3人」
「う、うん…最近、しつこいんだ…あいつら」
それほど持ってもいない小遣いを巻き上げにくるのだ。
神無が傍に居る時には近寄りもしないが、双魔が一人だと決まって絡んでくる。
しかもお金を渡そうが渡すまいが、殴る蹴る、は変わらない。
新しく出た魔術読本欲しかったのにな…、などと零す。
「お前がへなへなやってるからだ、ガツンとやっちまえ!」
神無は双魔の目の前に拳を突き出した。
ケンカ慣れした硬い拳。双魔は思わず、頭を抱えて縮こまった。
「む、ムリだよ〜そんなの〜…神無みたいに強くないもん」
(本ばっかり読んでてケンカが強くなるやつなんかいねえよ…)
どう見比べても、とても双子とは思えない。
双魔の細い腕と神無の逞しい腕。
顔こそ、同じとは言われるものの、印象は全く違う。
「同じ親から同じ日に生まれてきてるんだ。俺に出来て、お前に出来ないことはない」
神無は双魔が絡まれていても、助けない。
いちいち助けに入っていては、目が離せなくなる。
双魔の為になるわけがない。
との考えからだ。
それでも神無の存在自体が周囲への牽制になっていることは確かだ。
しかし、双魔は知る由もない。
双魔は生傷が絶えない。というのも、生来のドジっぷりがそのほとんどの原因である。
走ればコケル、歩けば壁に当たる…。
加えてチンピラにしょっちゅう殴られているのである。プラス神無にも。
いい加減打たれ強いのは確かであった。
「ムチャ言わないでよ〜…それに、ぼく…人なんか殴れないよ」
「オレは人に殴られる方がイヤだ」
「ぼくだってイヤだよ…殴られるの…痛いもん」
「当たり前だ」
殴られるのが好きだと言い出すよりはマシか。
「痛いの嫌いだよ…気持ちいいのは好きだけど」
「はあ?」
神無は双魔のセリフに固まる。
「気持ちいいのはみんな好きでしょ?」
「例えば?」
神無は双魔の答えを期待して問う。
「あ、あのね、ぼく、この間、薬味先輩に肩を揉んでもらったんだけどすっごく気持ちよかったよ〜」
視力の弱い双魔は変な姿勢で長時間本を読んでいるせいか、最近、肩こりに悩まされていた。
なるほど、凝っている人間にしかわからない心地よさだ。
神無は脱力する。
(肩揉みかよ……双魔らしいっていえばらしいか)
「…揉んでやろうか?」
その時、双魔がやっと画面から神無に視線を移した。
「え?ホントに?神無が?…ど」
(どうしたの?めずらしいこともあるんだね)と言いかけて、双魔は口を噤んだ。
そんなことを言ったが最後、神無は機嫌を損ねて、双魔を即刻、部屋からたたき出すに違いない。
期待に満ち溢れた双魔の瞳。神無は一瞬脳裏を過った良からぬ感情を抑え込む。
「前に来いよ…揉んでやるから」
喜んで神無の前に座る。
ビデオ見ながら肩揉んでもらえるなんて幸せだ〜と双魔はニコニコしている。
が、
「い、いたぁい!神無、力入れ過ぎだよぅ」
とイキナリの泣きべそ。
「お前がひ弱過ぎ」
(薄い肩…壊れそうだ)
神無は手加減して肩を揉み始めた。大した力も入れていないのに、双魔はリラックスしているらしい。
(結構難しいな…力入れないってのは…)
「うは〜、気持ちいい…幸せ〜」
双魔はほんわかした表情で、神無のマッサージを受けている。
もみもみもみもみもみもみ…
すると。
突然、ビデオの画像が乱れ、肌色のコントラストになった。
ノイズの走る画面がやがてクリアになるにつれて、音声も入るようになった。
「ああん、ああ、あ、…アン」
と。
双魔はビクリ、と身を強張らせた。
「…ヤロー…裏ビデオダビングしやがったのか…」
(面白いビデオだっつーから何かと思えば…)
「か、か、神無ぁ…」
双魔はスピーカーから流れてくる女の声と、見たこともない映像で、頭はパニック状態。
双魔はぎゅううっと目を閉じてうつむいてしまった。
「しょうがねえな…双魔、見るか?」
「そそそそそそんなの、みみみみみみ見れないよう!!!」
ブンブンブンと首を振って断った。
「真っ赤な顔して…ガキだな」
神無は双魔の顔を覗きこんだ。胸に触れたら、きっとドキドキしているに違いない。
「神無だって同じ年じゃないか〜」
「そういうんじゃねえよ…バカ」
人差し指で軽く小突く。
「と、止めようよ〜…テープ…」
ボリュームを絞っていないので、神無と会話していても声が耳に入ってくる。
「勉強の為に見とけば?」
意地悪く笑う神無。
「なななな、何のだよう!」
「SEX」
ボッ、と一気に双魔の顔色が赤さを増した。
「ひ〜ん、神無のバカぁ」
部屋を出ようと立ち上がる双魔を神無は引き止めた。神無は軽く引いたつもりだが、双魔は大きくバランスを崩して、神無の身体の上に倒れ込んだ。
抱っこ状態。
「何だよ〜神無、ぼくをからかって〜」
目は閉じたまま、耳まで塞いだ双魔を抱いた神無は自分の身体の変化に気付いた。
(…………限界か……ったく…)
双魔の尻が自分の腰の辺りに乗っている。
顎の下には双魔の頭。シャンプーの香りが残っている。
自分の髪も同じ香りの筈なのに、双魔のそれは甘く感じる。
意識すれば、尚更、一部へと血液が集まっていく。
するり、と神無は双魔の腰に手を伸ばした。
「?…神無?」
双魔はやっと目を開け、神無を見た。
不細工な眼鏡の奥に潤みがちな双魔の目が見える。
神無は双魔の眼鏡を外して、顔を近づけた。
「…え?…何…?」
双魔の唇に神無の唇が重なる。
柔らかくて暖かい。神無は双魔の唇を舌でなぞり、そのまま、開きかけた口へと滑り込ませる。双魔の舌に絡ませ、探る。
「う…!ン…ンン!!」
双魔は慌てて身を捩るが、神無は離すつもりもなく口付けを更に深くした。
2人の重なった口元から双魔の顎へと飲み込み切れない唾液が伝い降りている。
「うううッ、…ン」
ドンドンと神無の胸を拳で叩くが、双魔の力では神無の身体を押し退けることなど到底不可能である。
神無はそのまま、双魔の身体をクッションの上に寝かせ、双魔の脚の間に自分の腰を入れ、体重をかけて押さえ込む。こうなってしまうと、双魔にはどう対応していいのか、さっぱりわからない。
神無はたっぷりと時間をかけて、双魔とのキスを堪能した。
「んは!」
やっと解放された口元を、双魔は右手で隠した。口の端から伝っている2人分の唾液をぬぐう。心臓の音が身体中に響いている。
(どうしようどうしようどうしよう…すごくドキドキしてる…)
神無の顔は眼鏡を外されたせいで、少しぼやけて見えている。
(酔ってるの?…でも、お酒の匂いはしてない…どういうつもりなんだろう…)
神無がよく風呂上りにビールを飲んでいるのを双魔は何度も見ている。
「気持ちイイの好きなんだろ?」
焦点の合っていない双魔の瞳を見る。
(気持ちよかったからこんなにドキドキするんだろうか…)
「……普通、兄弟で…こん…なこと…しないよ」
(普通しないのに、神無はどうして?)
「外国なら家族同士でしてる」
「…神…無みたいな…キ、キスしないよぅ」
双魔は酸欠気味なのか、呼吸が荒い。初めて熱烈なキスをされれば、無理もなかった。
「外国の人だって、チュってするだけじゃないか〜」
そんなキスだってしたことなかったのに。
「バカ、そんなんで満足できるかよ」
起き上がろうとする双魔を神無は許さない。
「はう」
双魔はクッションの上で、自分の上に覆い被さっている神無をぼーっと見詰めるしかできなかった。
「だって、だって…ぼくも神無も男だし…」
「だから何だ、双魔が欲しくて抱いちゃいけないのか?」
「…ふえ?」
強く言われると、本当にどこがいけないのだろうと思えてしまう。
まだ、ディープキスから醒めていない双魔には、考えがまとまらない。
「双魔はイヤなのか?オレが」
神無の問いに双魔は頭をブンブンと左右に振ることで答えた。
「なら、構わない」
神無は行為を再開しようとした。
「待ってよ!神無!!」
双魔には珍しく強い口調に、神無は思わず、双魔の瞳を凝視した。
「…何だ」
もう今すぐにでも入れたいと思っているのに。
双魔がコレ以上じらすなら、神無は自分を抑えられる自信がなかった。
「…神無はぼくと…その…した後に、謝ったり、しない?」
双魔はやっと聞き取れるほどの声で言った。
まだ、あのテープは回っている。自分たち以外の嬌声がスピーカーから流れている。
「謝るんだったら、ぼく、神無としたくない」
双魔自身、神無がしようとしている行為には漠然としたイメージしか持っていない。
ただ、性的なことだ、という認識だけなのだ。
そういうことを初めてする時にはそれなりの覚悟が必要だ。
そういう覚悟の上で「ゴメン」と謝られてしまっては立ち直れない。
臆病な双魔なりの言葉だった。
「…謝ったりしねえよ」
(生意気なことも言うんだな…)
「…ぅ…じゃ…いいよ…」
顔を横に背ける。双魔は顔の熱さで、自分でも真っ赤になっているのがわかった。
覚悟を決めた途端、身体の緊張が高まる。
「双魔」
ビクリ、と身を硬くする双魔に、神無は優しくキスをする。
神無はリモコンを取って、TVの電源を消した。
「お前の声、聞かせろよ」
双魔の耳元で囁く。吐息が耳に吹き込まれ、双魔の背にゾクリと痺れが走る。
右手は双魔のパジャマの裾から入り込み、脇腹から胸へと這い登る。
「…ぅあ、く…くすぐったいよ…」
「ここもか?」
神無の指は双魔の胸の突起に触れた。
つ、と指の腹で擦っただけで、それはツンと硬くなった。
「やッ…」
神無の唇は双魔の唇を塞ぎ、指は小さな突起を摘んだり、撫でたりし、左手は双魔の頭を優しく抱え、柔らかい髪の感触を楽しんでいる。
小さく震えながら、時々、ピクン、と反応する双魔に、神無は堪らなく欲情していた。
性急に奪いたくなる衝動を抑えながら行為を続ける。
「はあ、はあっ」
双魔はまだキスの呼吸に慣れず、神無が唇を離すと、大きく息を吐いた。
パジャマの中から手を出す。ボタンを外す為だ。
その間、首筋にキスを繰り返す。
「ん、…いたッ!」
目をキツク閉じる双魔の白い首筋には赤い刻印。2、3日は消えなさそうな。
神無の吸い上げたいくつもの跡。
明らかに見える場所に付けてしまった印。
誰かに見られても構わない。所有の印なのだから。
双魔のパジャマはボタンを外されて、左右に開かれた。
不意に涼しい空気が双魔の胸をなぞる。両方の突起が硬く尖っている。
神無はその片方に口を、もう片方に指を添える。
「ふ、…ん…」
逃げるように身体を捩る双魔を、軽く引き寄せ、愛撫を続ける。
舌先で転がし、指でこねる。
かつてそんな刺激を受けたことのないそこは、顕著な反応を示す。
未知の領域への不安で、小動物のように怯える双魔の様は、
神無に『傷付けたくない』というのと、『めちゃくちゃにしてやりたい』という二つの感情を起こさせた。
ずっと抑え込んできた思い。自覚してからは辛かった。
感情を誤魔化す為にわざと辛く当たったこともある。
でも今は、腕の中に双魔がいる。
愛しくてたまらない。
これからは誤魔化さなくていい。
焦る必要などない。
これから何度でも抱けるのだから、不用意に傷付けることはない。
ゆっくりと愛していく。
*
目が合った。
潤んだ瞳。滲んだ涙に一瞬、不安になる。
「双魔、オレが怖いか?」
双魔は横に首を振った。
「いいのか?」
「うん…神無がぼくのこと好きなら…平気」
神無は双魔の脚を開かせ、その奥へと指を伸ばす。
ふと思い立ち、ベッドの下に手を伸ばす。
トレイを引き出すと、そこには消毒薬や包帯が入っている。
ケンカの傷を自分で処置する為の救急セットだ。
神無はその中から、クリームを取り出し、指に塗る。
「力抜けよ、双魔」
そう囁いて神無は双魔の秘処に指を挿し入れた。
「…あッ…」
双魔は目をぎゅっと瞑ったまま、神無にしがみ付いている。
滑らかに指が動くようになると双魔の呼吸は次第に早まって行く。
「…かん、な…」
次に双魔に己を埋める。しかし、指のようには入っていかない。
神無は双魔の唇を貪る。
やがて緊張の解れた双魔から、余計な力が抜け深く繋がった。
快感に酔いしれながら、二人の甘い夜は更けていく。
(裏)