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「トルソー」


友達よ
君はトルソーだ

君の両手は
陽光に影を作らぬほど
澄み切って純粋だが
影を作らぬが故に
冷えた両手は
何も作らず
誰も救わず
汚されることを嫌って
背中に隠されている

君には顔もなく
そして瞳もなく
だから哀しくても
涙さえ見せない
だから嬉しくても
笑顔さえ浮かばない

君の胸は愛憎にまみれて
落ち着いた影を投げ出している
そこだけが午後の陽射しに
ポッカリと口を開けた
トンネルの入り口
耳を澄ますと
寂しげに風が吹き抜ける

友達よ
目を閉じて君を想うとき
優しい日溜まりの中
君に胸は見えず
無愛想な顔と心許なげな両手が
恥ずかしそうに床の一隅を向いている

独りでいることの絶望を知りながら
独りであることの安らぎを断ち切れず
独りでしかいられぬことに失望し
叫びたくとも声は出せず
歩き出そうにも足が見つからず
怒りに振り上げる拳も持たず
ただ心だけが彷徨い

そう、心だけが彷徨い

黒ずんだカンバスの上
滴り落ちた無機質な白色の点
そんな風に置き去りになっている君
その幻の手を包み込んで
温もりを与えたい
君の虚空の顔を胸に抱き寄せ
涙を搾り取り
笑顔に変わるまで
ギュッと力を込めていたい

この顔や、両手や両足を切り落として
君に与えることは意味がないけれど
せめていくらかの肉を千切り取り
君のあるべきところを補うことができたら
これから絶え間なき痛みで生み出される
君の新しい現実体の一部となれたなら

友達よ
君はトルソーだ
それはそれで芸術的だが
生きている人間の一部でしかない
両手がなければ
無遠慮な手を差し出されることもないけれど
両足がなければ
無理矢理に歩かされることもないけれど
顔がなければ
偽笑を強いられることもないけれど
瞳がなければ
耳がなければ
声がなければ
そして
心がなければ

君が元からそういう姿なのか
誰かに切断されてしまったのか
いまさら過去を問うつもりはない
顔と両手と両足を
これから君が生み出すんだ
それは想像を絶する苦闘かも知れない
しかし生の苦闘を越えられないなら
君は未完のままで崩れ去るだけの
ただの真っ白な人形でしかない
そうやって崩れ去るだけなら
君には何の意味もなくなる

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