目次に戻る 前のページに戻る 次のページに進む


「眠る前の君に」


さあそこに寝転んで
僕と話をしよう

窓から外を見てごらん
意地らしく君の方へ
手を伸ばしていた幼木も
9年間の時を経て
今窓枠に顔を覗かせている
去年の台風の猛威に
地面に這い蹲った先端は
永遠の高みを目指して
助走を始めている

生命の樹を
産み落としたとき
宇宙はどんなふうにして
泣いたのだろうか
生命の産声は
可能性の溜まりに
響きわたったのだろうか
出生の証明は
百億光年の彼方を
駆け抜けているところだ

君の遺伝子が
情報体であることを
考えてごらん
そしてその核だけが
個体進化の熱情を脱ぎ捨てて
逆転写による修飾だけを受け入れて
伝えられていくことを
考えてごらん

宇宙を書き残す
それが君の仕事だ
あらゆる可能性の嵐渦の中で
生き残ることができなければならない
突然変異はイッカクの牙のように
特殊化して脆いけれど
ウイルスは時代を刻んで
緩やかな革新の風を
もたらしていく

そのウイルスは
宇宙の生き物として
時代を刻みつけるために
相応しいものだけを残すけれど
それだけでしかない
遺伝子よりも
確かな情報体を
君はもう手にしている

進化の頂点に立つ
尖塔の先の危うさと誇り
しかしそれは更なる
完全な情報体のための
土台となるものでしかない
君もゾウリムシ達も同じように
生命の樹のどの部分が欠けても
宇宙の全ては失われてしまうだろう
だから生き物の全てを愛して
君は詩を作る

神とは星のことだ
可能性の溜まりから生まれて
またそこへ溶け込んでいく
つまり生命のことだ
そして星もまた
喜怒哀楽と
生老病死を
圧倒的な規模で
繰り返していることを
覚えていて欲しい

もう眠いんだね
夢の最初に
素晴らしいものを
見せてあげよう

ほら見てごらん
君は星だ
そして星の中に
また無数の星が生まれる
感じてごらん
君の呼吸は星の瞬き
君の中の星々が
融合し分裂し

次に目覚めたとき
君はこの話を忘れて
精一杯に毎日の暮らしを
生き抜いていくだけ
それが宇宙を
巡らせていることを
遺伝子の最初の塩基対が
君に囁いて教えるから

目次に戻る 前のページに戻る 次のページに進む