昨日の夜の僕からのTEL 君は嬉しそうにはしゃいでたけど 僕には受話器の向こうの 君の顔が見える 夢を叶えるために 疲れ切ってやつれたその頬に 心の中で謝っていた 僕のわがままだって 君のためにかけたんじゃ ホントはないんだ 僕の寂しさを埋めるため それなのに君は 歌を唄ってくれた 懐かしい2人だけの歌 こんなに細い電話線から 君がどんどん溢れてくる メゾソプラノの優しい響き フルコーラスで10分以上 歌詞はただ僕の心を駆け抜ける 一筋の風となって いつか作った童話の世界へ 僕を誘なっていった ”少年と少女の丘には 大きな風車がありました 少女がニコニコしながら言いました 「この風車は世界の真ん中にあるのよ。 そして、世界中の風を起こしてるの。」 少年はワクワクして言いました 「じゃあ、新聞を頭の上にのっければ、 ここで話したことが世界中で聴けるんだ。」 少年と少女は日が暮れるまで 風車を眺めていました 何かを誓い合うように ある日少女は遠くへ行ってしまいました でも2人には風車と風と新聞があるから 寂しくなんかありません 来る日も来る日も少年は 風に想いを乗せました 夕方になると少女は 少年の方から吹く風に向かって 頭に新聞をのっけて 少年の声を聴きました 雨が降っても雪が降っても 風車は風を起こし続けてくれました ところがその日 突然風車が止まってしまったのです 世界から風が消え 少女はただ少年のいる方を向いて 立ちつくすだけ 少年は何とか風車を回そうと 軸によじ登って 羽を手で押してみました 一生懸命力を込めると風車は少しだけ回って 小さな小さなそよ風が 少女の元にとどきました それから毎日少年は 風車を回し続けました 一生懸命力を込めるうちに やがてその手は羽から離れなくなり 身体は軸に溶け込んで 少年は風車になりました そして絶えることなく 小さな小さなそよ風を少女に送り続けました 少女は必死に耳を澄まして そよ風の歌を聴きました でもその歌は日に日に微かになっていきます 歌が聞こえなくなった日に 少女は大人になりました それから何年もの時が過ぎて 一人の少女がたくさんの風を連れて 風車の丘にやってきました 風車はやっぱり少しずつ 小さな小さなそよ風を起こし続けていましたが 見知らぬ少女と風を見て ぴくりと振るえて止まりました 「やっと会えたね、パパ。」 少女がはにかみながら言いました 「この風は、ママがパパからもらった風よ。」 少女の言葉にうなずいて 少女が持ってきてくれた風で 一回り回転すると 風車はそれきり動かなくなりました 少年は最後の一回りが起こした 新しい風に乗って 大人の翼を一杯に広げて 大空に舞い上がりました 少女は翼の行く末を 眩しそうに見つめ続けていました” 君の歌が終わって 満たされた僕の心から 寂しさと童話が消え去っていく こんなにも温かい ただ温かい君の歌が 僕の風車を力強く回す 疲れの中から絞り出された 君の真心を 今度は僕が守ってあげる 風を生み出し続けながら 君の翼を大空へ押し上げるんだ もう切るねと言ってから TELを切るその時までの ほんの数秒間 お互いの沈黙を聴く いつの間にか雷が鳴っていた 全然気付かなかったねと 笑い合って受話器を置いた いつか君の疲れを癒す そんな歌が唄いたい 懐かしい2人だけの歌を 口ずさんでみた