富山県大沢野町の新総合健康福祉・地域福祉計画

(「大沢野町総合地域福祉計画」について))

要約


 大沢野町総合地域福祉計画は、社会福祉法の改正によって位置づけられた「地域福祉計画」に向けて従来の計画を改定すると同時に、健康福祉に関する総合的な計画の性格を併せ持つ計画として策定された。こうした従来にない計画づくりを志向したことで、この計画は、策定の基本的な考え方、構成、盛り込まれた施策面で、多くの特色を持つ計画となったと考える。
 特色としては、指針性の重視横割りと縦割り計画の統合コミュニティ福祉圏の設定福祉委員・健康委員制度予防と早期対応の重視効率性の視点の明示などがあげられる。

はじめに
 富山県上新川郡大沢野町は、人口22,875人(平成15年4月)、面積74.66平方キロメートルの町である。町は、富山市の南部に隣接し、近年は、そのベッドタウンとして人口が増加を続けている。

 大沢野町は、町の取組み、町社会福祉協議会、地区社会福祉協議会の活動などから地域福祉では先進的な町として知られており、平成5年には富山県内市町村に先駆けて地域福祉計画を策定している。

 町の人口は増加しているが、3世代同居世帯が高齢世帯と若年世帯に分かれること等により核家族化が急速に進行している。平成2年?12年の10年間だけで、一般世帯に占める単独世帯と、核家族世帯の比率は、63.4%から71.4%に上昇しているのである。単独・核家族世帯では、従来家庭内の3世代が分担してきた子育てや介護の力が低下し、こうしたかつての家庭の機能を社会全体で支える必要性が高まってきている。家族形態の変化が、いわゆる「介護の社会化」「保育の社会化」を避けられないものにしているのである。

 町では、今回、国の社会福祉法の全面改正を受けて地域福祉計画の改定が企図され、平成15年3月に「大沢野町総合地域福祉計画」が策定された。当研究所は、平成13年度及び14年度の2か年にわたり、その策定に関与させていただいたので、その概要を紹介したい。

(1)計画の概要と位置づけ

 この計画は、地域福祉計画であると同時に健康福祉に関する総合的な計画の性格を併せ持つ計画である。

 策定にあたって予想された困難は、第一に、全面改正後の社会福祉法に位置づけられた地域福祉計画としては、参考にできる先行事例がほぼない状態から開始せざるを得なかったこと、すなわち多くの市町村の地域福祉計画の先駆けとなる計画となったことがある。第二に、大沢野町の方針によって、この計画が、「地域福祉計画」だけでなく、「障害者福祉計画」「高齢者保健福祉計画」「児童育成計画」「健康づくり計画」「母子保健計画」の性格を併せ持つ総合的な健康福祉に関する計画となったことにあった。

 この計画の直接の目的は、既存地域福祉計画を社会福祉法の改正にあわせて改訂することにあったが、同時に関連する5つの部門別計画を改定あるいは新規に策定し、総合的な計画として分野間の施策の整合性を保つことが企図されたのである。このことは、この計画に、狭義の地域福祉計画とは異なる性格を与えることになり、それは、計画の構成をはじめ様々な点に大きな影響を与え、この計画を際だった特色を持つものにすることになったと考える。

(2)策定経過の概要

 策定の経過としては、大沢野町健康福祉課を事務局とする「大沢野町総合地域福祉計画策定協議会」(加藤安信会長)、庁内検討組織として「総合地域福祉計画策定委員会」及び関係課の実務担当者による「総合地域福祉計画策定プロジェクトチーム」が設置され、検討、協議が進められた。策定にあたっては各分野について幅広く町民アンケートを実施している。アンケートの対象者数は、各分野をあわせて延べ7,215人に達し、計算上は町内のほとんどの世帯が何らかの分野のアンケートの対象となった。また、策定にあたり町の関係部局や関係団体などのヒアリングが幅広く実施され、平成14年10月には、計画づくりの一環として「大沢野町地域福祉町民フォーラム」を開催している。

 「大沢野町総合地域福祉計画」は、地域福祉計画としても、また総合的な健康福祉に関する計画としても、全国的にみても際だつ特色を有する計画の一つとなったと考える。本稿では、計画の特色を、@策定の基本的な考え方の特色、A計画の構成上の特色、B実施する政策面の特色に分けて紹介する。

1 策定の基本的考え方の特色

 策定にあたって「基本的考え方」を置く計画は少なくないが、計画の内容にそれを反映させることは意外に難しい。「基本的考え方」を形式的に取り上げてはいても、それが具体的な計画の内容にどのように反映されているのかが見えないものも多い。いわゆるお題目になりがちなのである。

 この計画では、策定にあたって以下の4つの基本的考え方を方針として定めた。

(1) 利用者主体の計画に(提供者の計画であるよりも利用者の計画に)

(2) 町民との協働の計画に(福祉関係者の計画であるよりも町民との協働の計画に)

(3) 指針とビジョンを重視した計画に(将来の変化に対応できる計画に)

(4) 大沢野町の総合行政推進の中で効率的な健康福祉活動を推進する計画に

(1)計画内容への直接的反映(直接的対応)

 上記のうちBを除く「基本的考え方」は、いずれも計画の3つの柱やその下の9つの中項目レベルに反映されている(タイトル自身もそれらを反映している)。その対応関係は次のとおりである(図1参照)

 (1)の「利用者主体」については、基本計画の3つの柱の第一「1 健康と安心のまちづくり 〜利用者中心に支える健康福祉のまち〜」に、中でも「2 利用者主体の健康福祉サービスの推進」の項に反映されている。

 また、(2)の「町民との協働」については3つの柱の第三「3 参加と協働のまちづくり 〜みんなで支えあう健康福祉のまち〜」などを中心に反映されている。

 さらに(4)の「効率的な健康福祉」については、9つの中項目の一つである「総合的、効果的なサービスの推進」を中心に反映されている。


(2)計画のあり方全体への反映

 上記の(3)「指針とビジョンを重視した計画に」については、他の3点とは異なり、明確に計画のどれかの項目と対応関係はなく、計画全体に反映されている。すなわちBは、この計画の記述のあり方全体に大きな影響を与えている。

ア 多様な計画の対象期間やレベル

 「計画」についての一般のイメージは、目に触れる機会が多いこともあって、進行計画や実施計画的な、具体的事業名や年次の予定等を列挙したものだろう。

 しかし、一般に「計画」と呼ばれるものには様々なレベルが存在する。対象とする期間でみれば、短期計画から長期の計画まである。また、具体的な実施事項のスケジュールを定めるような「進行計画」やイベントの「運営計画」などのような具体的な計画から、どのような事業をいつ頃どれくらいの費用を使って実施するかを整理した「事業計画」や「実施計画」、そして全体的な方向性や方針までを示す「基本計画」、「基本構想」のようなものまで様々である。求められる計画の内容や形式も、こうした計画の性格によって異なる。

イ 長期計画における将来の環境変化への対応

 一般に、2、3年の短期的な計画では、項目の列挙、箇条書きが中心であってもよいかもしれない。なぜなら、2、3年の計画であれば、状況の変化も少ない。また、計画の実施期間中はまだ関係者の異動は少ない。それらの関係者は、策定の考え方や背景を十分に理解している。計画の中にあらためて考え方などの説明を詳しく記述する必要がない場合が多い。

 しかし、10年程度の「長期の計画」では、時間の経過により必然的に生じる、財政状況の変化や住民や議会などのニーズなどの変化がある。先進団体の新しい魅力ある事業が紹介されることもある。こうしたときに、計画の内容が事業の列挙を中心にシンプルに記述され、「考え方」が十分に記述されていないときには、その計画は、取り巻く状況の変化とともに、実態からずれた計画として徐々に重要性を失い「陳腐化」し、次の改定までかえりみられない存在になるという経過をたどる。策定時点で行われた考え方の整理などは、時間の経過や関係者の異動とともに失われてしまうからである。計画策定後に生じる新たな変化への対応は、そのときどきの先進市町村の動きへの追随や流行などに頼らざるをえなくなる(もちろん、これが全面的に意味がないというわけではない)。

 したがって、計画は、その性格がより長期計画に近いほど、避けることのできない環境やニーズの変化にたえうる「指針性」が必要になる。長期の計画では、計画の考え方、方向性、様々な事業の選択や重み付けの理由等を計画の中に記述し、後代に残す必要が高いのである。

ウ 基本計画では幅広い対象者の理解

 こうしたことについては、計画の階層からみた、実施計画と「基本計画」の関係でも同じである。実施計画の関係者が、施策の実施主体を中心に、ある程度限定されており、関係者間で考え方の擦り合わせが容易であるのに対して、基本計画に関連する人々や団体は、実施主体だけでなく、広い範囲に分散する。こうした人々の間で、計画策定に密接にかかわり、策定の基本的な考え方や背景を共有できる人々や団体は限られている。このため、共有できない人々に計画の意味や有用性はなかなか伝わらないことになる。

 すなわち、より基本計画に近いほど、広い範囲の人々に分かりやすい「指針性」を持つ必要があるのである。

エ 策定時の事業・施策の重みづけ

 計画が「指針」の体系であり、その指針の具体的な現れとして施策が説明されるような構造を計画が持っているとき、指針は、様々な事業にそれぞれ異なった重みを与えることになる。指針の選び方によって、これまで重視されてきたある事業の重要性が減じられ、逆に軽視されてきた事業の重要性を増すこともある。また、指針の重みづけや組み合わせは、従来気づかれていなかった潜在的ニーズの発掘で、新しい事業が企画される契機ともなる。例えば、この計画では、新たな福祉委員・健康委員制度等の創設、また、必ずしもニーズが多くない可能性がある24時間ホームヘルプサービスの重視、3世代同居の支援検討、予防の重視等々が位置づけられている。

 こうした「指針」が有効に機能していないとき、新規事業は、流行や先進市町村の事例の評判に頼るということになる。しかし、それは、必ずしも自市町村の環境や状況に適するとは限らないのである。

オ 指針性を高めるための説明的記述の役割

 このように、策定に直接関われない未来の担当者や現在の関係者が、新たな変化への対応や変化に応じた新たな施策などを判断、評価する際の基準にできるような指針性を持つところに、長期計画や基本計画の重要な存在意義があるのである。

 この「指針」を、計画策定の中心メンバーだけでなく、幅広い関係者や住民、将来の担当者にもわかりやすく伝えるには、ある程度詳しい「説明」が必要である。分かりやすくするためには、ストーリー性や体系性も重要である。それらの指針や考え方の重要性を印象づけるためには、くり返し、強調などの形で記述がなされる必要がある。なぜなら、基本計画や長期計画は、この策定に直接かかわらない幅広い人々を「説得」しなければならないからである。

 当計画は、以上のような考え方から、一見して記述の多い、繰り返しの多い、ある意味で冗長ともいえる計画になっているのである。

逆に、シンプルに説明を少なくし、最小限の項目名等を列挙することを中心とする構成は、一見すっきりしていて分かりやすい。しかし、ではなぜそうした施策が選択されているのかが関係者以外の人々には伝わらない。計画が、項目の箇条書きの列挙であり、シンプルで一見わかりやすい形式とは、実は、実行計画や進行計画といった下位の計画あるいは短期の計画にふさわしい形式なのである。

 すなわち「指針とビジョンを重視した計画」という基本的考え方は、この計画が「基本計画」であり長期の計画であるという目的を果たすために必要な視点であり、そのためには「説明の多い」計画となる必要がある。これは、この計画の特徴の一つである。

3 計画の構成上の特色

 構成上の特色としては、(1)総合的な健康福祉計画でありかつ地域福祉計画であること、(2)ビジョンを分かりやすく伝える未来像を序章で提示したことの2点がある。

(1)総合的健康福祉計画かつ地域福祉計画

 冒頭でも述べたように、この計画の一見してわかる特色は、地域福祉計画であると同時に、健康づくり計画、母子保健計画、児童育成計画、高齢者保健福祉計画、障害者福祉計画の性格を持つ総合的な健康福祉計画であることである。

 これを一つの一体的な計画にすることは必ずしも容易ではないと考えられたが、@地域福祉の視点を核に共通横割りの総合的計画として基本計画編を整理したこと、A健康を「予防と早期対応」をキーとして統合したこと、B計画の構成を横割りの基本計画編プラス縦割りの部門計画編の構成とするという3点により、統合することができたと考えている。

ア 総合健康福祉計画と地域福祉計画の統合

 福祉に関する部門別計画は、障害者、高齢者、児童のように「対象者ごとの」専門的計画である。母子保健に関する計画も対象者ごとの計画といえる。しかし、これらを単純にホッチキスするだけでは、この計画を一体的な計画とすることはできない。一方、地域福祉は、利用者・対象者を焦点とした計画ではなく、地域内のボランティア等による福祉の推進であるという点で、「供給」のあり方に焦点をあてるものであり、地域福祉の視点で供給される支援やサービスは、高齢者や障害者といった対象者にとらわれずに共通して提供できるものである。これは、地域福祉が部門を超えた共通的、横断的性格を持っていることを意味する。このため、健康福祉に関する総合的計画を一体的な計画とするために、地域福祉の視点を中心とする構成としたのである。

 なお、健康づくりも対象者別ではなく、サービス供給の視点からの施策であることから、後述の「予防」等の視点から計画の横断的な一体性を補強する役割を果たすことになった。

イ 健康計画と福祉計画の統合

 また、一体的な計画づくりに関しては、特に健康と福祉の間の整合性について当初はかなりの困難を予想していた。これについては、健康福祉全体の中で、健康に密接にかかわる「予防・早期対応」の視点を重視するという選択を通じて健康と福祉の関連を整理することができた(もっとも、これは、ある意味で常識的な線に落ち着いたと見ることもできる)。

 一方で、「健康委員」制度導入の検討に見られるように、健康づくりに(地域福祉と同じように)地域単位での推進の視点を盛り込むこともできたのである。

ウ 全体としては横割り計画プラス縦割り計画

 従来の福祉の計画づくりの流れで地域福祉計画等を作る場合、高齢者等の部門計画が別にあり、それらとは別に地域福祉計画や福祉に関する基本的な計画をつくることになる。「地域福祉計画」に関して国や全国社会福祉協議会などが提示している構成のイメージも、従来の部門別計画が既に存在しているという前提の上で、別の新しい種類の計画を一つ追加するという考え方のものであった。

 しかし、大沢野町では、地域福祉計画の改訂に併せて、高齢者等の部門別計画も含めた総合的な健康福祉計画をつくろうとしたのである。


 このように各部門計画としての性格を含み、かつ総合的な健康福祉に関する計画であると同時に地域福祉計画の性格も持つ計画としては、モデルがなかったのである。

 こうした総合的計画を作るもっとも容易な選択は、各部門計画や地域福祉計画をそれぞれ全国の事例や国のガイドラインに従って個別につくり、それを単純に合体するやり方だった(これを俗称で「ホッチキス計画」ともいう)。

 一方、例えば高齢者計画と障害者計画などには、バリアフリーなどの共通の環境づくり、あるいはノーマライゼーションなどの共通の考え方や、効率性の視点からサービスの共用などを推進していくという観点で、部門を横断した総合的な計画をつくる意味がある。しかし、すべてを横断的・横割り的な計画とすれば、高齢者や障害者福祉など各分野に特有の専門的部分が埋没し見えなくなってしまう。各部門の福祉は、共通な部分もあると同時に、専門的な施策が不可欠の部分もあるのである。

 そこで、健康福祉に関する共通の総合的な計画部分を地域福祉の視点を中心に横割り的な「基本構想・基本計画編」としてビジョンを示すものとし、それに基づいて分野別の内容を「部門計画編」として整理することにした。つまり、基本計画の全体的なビジョンを部門計画編で各部門別に落としこむとともに、それと各分野特有の内容を統合したものである。

(2)未来の町の健康福祉像を示すビジョン

 構成上のもう一つの特色は、計画が目指す大沢野町の健康福祉像をビジョンとして理解しやすくするために、計画の冒頭に、「序章」として「大沢野太郎」さんの家族の目を通して町の健康福祉の10年後の未来像を仮想的に描いた点である。

3 実施する施策面の特色

 この計画の施策面での特色は、@在宅福祉の重視、A地域福祉とサービスの総合化、B福祉の文化とコミュニティ福祉圏、C福祉委員、健康委員制度、D予防等の早期対応の重視、E効率性の視点の4項目である。

(1)特色1:在宅福祉の重視

 在宅福祉の重視は、もちろん、「地域福祉計画」としては当然のことである。しかし、特養など入所施設のニーズが高い現状の中で、「総合福祉計画」としても在宅福祉を重視した点は一歩踏み込んだものと考える。

ア 福祉の理念的な趨勢の視点

 スウェーデンでは、かつて入所施設の全廃を国会が決議したこともある(もちろん、入所施設には専門的な介護サービスの面で重要な役割があり、全廃は難しい)。もちろん、在宅福祉の重視は、世界的に見ると自然な流れである。ノーマライゼーションの理念は、障害者も障害のない人も同じように社会の一員として社会活動に参加し、自立して生活することのできる社会を目指す理念であるが、こうした見方からは、在宅で暮らせることを第一とする在宅福祉こそ本来の福祉のあり方ということになる。

イ 本人の意志の視点

 現実には、高齢者についてみると、特別養護老人ホーム等の施設への入所希望は非常に多い。しかし、これには、在宅での介護が家族に大きな負担をかける、さらにはそれが家族間の人間関係にも大きな影響を与えるという認識が大きく影響していることが、この計画のために行ったアンケートからも推測できる。

 介護や支援が必要な本人からみれば、やはり、住み慣れた家、家具、家族、自然、隣近所や家族の人間関係の中で暮らしたいという思いが強いのは当然だろう。施設への入所は、こうした長年なじんできた環境から切り離されることを意味する。また、従来の入所施設は、管理的な効率性から、画一的な管理が優勢であったことは否めない。このことを考えれば、在宅福祉には重要な意義があるといえる。

ウ コストの視点

 もう一つの問題としてコストの問題がある。特別養護老人ホームや老健施設などの入所施設の多い地域ほど介護保険料が高くなっているように、施設サービスのコストが極めて高いという問題もある。

エ 施設福祉と在宅福祉

 施設入所ニーズの高さは、在宅介護サービスの水準が高くなかったために生じたことであると考えられる。かつては高齢者や障害者の福祉とは入所施設で行われるものであり、わが国の在宅福祉サービスの位置づけは低かったのである。在宅福祉サービスへの取り組みが本格的に進められだしたのは、平成元年に策定された国の『高齢者保健福祉十か年戦略(ゴールドプラン)」あたりからである。従来、在宅介護の選択は家族の大きな負担を意味したのである。

 施設入所前の段階では、家族の介護負担が極めて高いが、施設に入所すると家族の負担はほとんどなくなる。この落差が大きく、入所施設中心の福祉システムではその中間がなかったのである。しかし、家族も社会も適度の負担を行うという選択があってよいはずである。重い負担にはたえられなくても、公的な在宅介護サービスによって負担が軽減されれば家族も介護を支えることは可能なはずである。

 これまでは在宅サービスの水準が低かったために、施設入所と在宅介護の選択は、家族の負担から見るとオール・オア・ナッシングの関係になっていたのである。

オ 在宅福祉の重視と入所施設の役割

 以上のような検討の結果、大沢野町では、町全体の健康福祉施策の基本的な方向として、「在宅福祉」サービスの推進を中心的な課題としたのである。

 もちろん、入所施設が今後も専門的な介護において重要な役割を果たしていくことは当然であり、また在宅福祉、地域福祉を支援する拠点としての役割も期待される。一方施設でも、より在宅での生活に近い居住環境、人間関係づくりに向けて、「居室の個室化」や日常の生活管理やケアを少人数単位で行う「ユニットケア」の導入などを推進していくことにしている。

(2)特色2:地域福祉とサービスの総合化

 在宅福祉の重視は@「地域福祉」の推進と「行政の福祉化」への配慮、及びA「サービスの総合化」を必要とする。

ア 地域福祉の重視と行政の福祉化

 在宅福祉では、要介護、要支援の高齢者や障害者などが地域で生活することになる。「施設福祉」の時代には、様々な問題は施設の内部で総合的に解決されるから、福祉や介護は、行政では福祉部門、福祉サービスで言えば入所施設のみで対応する問題だったのである。

 ところが「在宅福祉」では、地域に要介護、要支援の高齢者や障害者などが生活するから、介護の専門職員だけが対応すればよい問題ではなく、必然的に地域住民などもかかわることになる。また、在宅介護サービスの場合、専門的な職員が常時、要介護の高齢者や障害者に張りつくことは難しいから、家族や地域が可能な範囲で補完的に支援する必要が生じる。この結果として、地域住民が中心となって福祉を支える「地域福祉」の推進が必要になるのである。

 また、行政では福祉部門だけが対応するのではなく、あらゆる行政部門が、例えば道路や公共施設のバリアフリー化、イベントなどの開催の企画に際しての障害のある人への配慮等、それぞれの担当分野で福祉の視点を加味していく必要が生じる。それが「行政の福祉化」である。もちろん、行政の福祉化といっても大きな負担を意味するわけではない。ほんの少しずつの配慮が(ただし、従来は無関係だった分野まで幅広く)必要になるということである。

イ サービスの総合化

 平成2年の福祉8法改正等から社会福祉基礎構造改革へと続いてきた改革によって、利用者の選択性の向上に向けた供給主体の多元化、サービスの質の向上や透明性の向上に向けてサービス事業者の新規参入促進等が図られてきたこともあり、在宅サービスは、多様な事業者が供給する。この結果、在宅福祉では、入所施設とは異なり、福祉サービスが事業者ごとにバラバラに行われる可能性がある。

 こうしたサービスを統合化するために、介護保険制度ではケアマネージャー制度が導入されている。しかし、制度にのらない地域の福祉活動、ボランティア活動なども、今後の地域福祉の進展に伴ってウエイトを高めていくと考えられる。こうした非制度的なサービスを含めた「サービスの総合化」を利用者一人一人を中心に組み立てていくという視点をさらに重視していく必要がある。

(3)特色3:福祉の文化とコミュニティ福祉圏

 先に述べたように、在宅福祉では、専門的な介護職員が在宅で常時見守るわけにはいかない。このため、見守る家族を支える仕組みとして、地域福祉(地域のボランティア活動)の役割が重要になる。地域福祉では、専門的な介護サービスは専門的な職員が行い、見守り、声がけや配食サービス、買い物支援や外出支援のような比較的軽度の補完的支援を地域の福祉活動やボランティアに期待することになる。こうした活動を支えるため、@ボランティア活動への参加意識の醸成(福祉の文化の醸成)とAそれを支える体制の形成(コミュニティ福祉圏)を推進することにしたのである。

ア 福祉の文化の醸成

 こうしたボランティア的な活動は、参加者が少ないと、特定のボランティアに過度の負担がかかってしまう傾向がある。幅広い地域住民が参加することで参加者の数を増やし、一人一人の負担を薄くしていくことが重要である。

 このため、計画の3つの柱のうちの一つを「参加と協働のまちづくり」とし、町に「福祉の文化」を醸成していくことで町民の幅広い参加を進めていくことにしている。

イ コミュニティ福祉圏

 住民参加による地域福祉活動を効果的に支援するため、在宅の高齢者や障害者に近い「地区社会福祉協議会」の区域(おおむね小学校の通学区域)を「コミュニティ福祉圏」とし、これを地域福祉推進の単位とすることにした。このコミュニティ福祉圏では、「顔の見える」地域内で地区社協を中心に様々な活動を行う地域団体やボランティアなどが互いに連携しながら、地域の福祉を自らの手で支えていくことにしている。こうした住民の活動やネットワークは、同時に新しいコミュニティ(地域福祉コミュニティ)づくりにも寄与するものと考えている。

 そして、町全体を町域福祉圏とし、そこに属する専門的健康福祉サービス機関や施設が、コミュニティ福祉圏では対応できない専門的サービスを提供するとともに、コミュニティ福祉圏の活動を支援していくものとした。

(4)特色4:福祉委員・健康委員制度
 コミュニティ福祉圏の活動には、住民の幅広い参加が必要である。しかし、当面は、ただちに十分な住民の参加が得られるとは限らない。その促進については、中長期的な視野で進めていく必要がある。

 したがって、地域福祉の充実は喫緊の課題ではあるが、当分の間、地域福祉に期待される活動の量に比べれば、現在の民生委員・児童委員や地区社会福祉協議会などの人的資源は、十分ではなく過小である。

  こうしたことから、おおむね町内会(集落)を単位に選任される「福祉委員」「健康委員」制度の導入を提案している。福祉委員、健康委員は、将来的には地域福祉活動の核となることが期待されるとともに、地域住民の自発的なボランティアが広範に広がる前の(当面の)段階では、地域福祉の実働部隊としての役割が期待される(もちろん、過度の負担を期待してはならないと考える)。

ア 福祉委員

 福祉委員は、従来の「高齢福祉推進員」を発展的に解消し、活動の範囲を福祉全般に拡充するものである。民生委員・児童委員との関係の第一は、配置される密度の違いである。拡充させていくべき地域福祉ニーズにきめ細かに対応するには、現在の民生委員・児童委員の数では絶対数が足りないと考えられるのである。第二は、第一を反映して、こうした高い密度を活かしてより具体的な地域福祉活動が実践できることである。第三は、配置の密度から自然に町内会や集落を単位に活動が行われると考えられ、町内会や集落を単位とする他の様々な活動と密接な連携を保ち、集落を巻き込みながら活動することが期待されることである。

イ 健康委員

 健康委員は、次に述べる「特色5:予防と早期対応」の重視に関係する。

 アンケートでは、高齢者などの健康づくり教室(このほか、イベント、生涯スポーツ・生涯学習などへの参加においても同様)などへの参加の理由として、地域の身近な友人・知人の勧誘が高い割合を占めている。

 こうしたことから、予防に向けた健診受診や健康づくり教室等への参加の勧誘、健康に関するさまざまな普及啓発活動等の役割が期待される。制度的には、岡山県で長い歴史を持つ「愛育委員」制度を参考にしたものである。

 健康委員と福祉委員の関係については、兼任しても良いのではないかという意見もある。一考に値すると考えるが、特定の人だけに負担を多く負わすことになれば、なり手がなくなるとも考えられる。こうしたボランティア的な役割は、住民が広く薄く分担すべきではないかとも考える。

 なお、健康委員のあり方については、町においてさらに検討が続けられていく予定である。

ウ 他の専門的ボランティアとの関係

 町には、すでに健康に関するボランティアグループが複数あり、町の施策との連携も図られてきている。こうした「健康ボランティア」と健康委員の違いは次のとおりである。まず第一に、健康ボランティアが町全体にわたって活動を行うことが期待されるのに対して、健康委員は主に町内会を単位に活動することが期待されることである。第二に、健康ボランティアが健康に関してより専門的な知識を持ち、その知識を活用した活動が期待されるのに対して、健康委員には、それほどの専門的知識は要求されないと考えられることである。もちろん、健康委員になったからには健康に関する知識の勉強は必要である。しかし、それが高いものである必要はない。一般の住民と大きく異なる専門的知識が要求されるとき、住民の幅広いボランティアへの参加は得られない。健康委員はこの意味で過度の専門的知識を期待しない方がよいと考える。

 これは福祉委員についても同様である。過度の専門的知識を要求することは、住民の参加を制約し、逆に知識のある専門的ボランティアの負担を重くすることになる。住民の幅広い参加を得るには、過度の専門性を求めず、誰もが簡単にできるものでなければならないと考える。

 もちろん、高い専門知識を持ったボランティアも必要である。そうした専門的ボランティアや専門家が、幅広いが専門的知識の少ない一般のボランティア参加者を支援する仕組みが作られればよいと考える。福祉や健康に対する専門的な知識を得たくなった人は、より専門的な福祉や健康のボランティアなどに参加できる道をつくればよいと考える。

 健康委員、福祉委員の選任については、地域や地区の選択にまかせられることになるが、以上のような位置づけを考えると、当面は町内会の役の一つという位置づけで選任してもかまわないとも考える。

(5)特色5:予防等の早期対応の重視

 5番目の大きな特色として、予防等の早期対応の重視が上げられる。医療分野ではこの予防や早期対応の重要性が知られているが、このことは、福祉でも同様である。

 例えば、痴呆や寝たきり対策において、健康面での早期の対応により、寝たきりや痴呆の進行を抑制することができれば、本人の生きがいのある生活、幸福に極めて意義があるし、家族の心配や介護負担も軽減できることになる。また、生きがいづくりも精神的な健康が身体的な健康につながる点で、予防・早期対応としての意味がある。さらに、健康づくり面だけでなく、生活支援などの面でも、早期対応が重要である。

 これを社会的なコストの視点から見ると、早期対応や予防は、一見問題の小さい人に資源を投入することであるから効率が悪いように見える。しかし、コスト負担は結局トータルでは小さく、効率性はむしろ高いと考えられる。また、地域福祉で、ボランティアや地域活動が担える分野は、まさにこうした予防的・早期対応的なものが多いのである。

 しかし、こうした予防や早期対応の重視が、要介護の高齢者等の介護サービスを重視しないということではあってはならない。予防、早期対応で効率化した部分を(重い)介護サービスの充実に投入すべきである。

(6)特色6:効率性の視点

 6番目の特色は、健康福祉サービスに効率性の視点を明示的に導入したことである。

 こうした視点は、福祉の関係者にはやはり抵抗感があるのは事実である。しかし、福祉の推進が住民すべてを巻き込む形で進められなければならないほど大きな課題になりつつある。こうした福祉のための取り組みが、住民の幅広い理解を得るためには、健康や福祉に対する理解を深めていく取り組みと同時に、健康福祉サービスを効率的に実施していく姿勢を示すことが重要である。また、現実的な問題として、財政などの様々な制約の下で、最大限の健康福祉サービスを提供して行くには、効率的、効果的なサービス実施の視点が欠かせない。

 この計画に示す様々な取り組みが、効率性の視点からどのような意義を持つのかをあらためて整理すると次のとおりである。

ア 予防の重視、早期対応の重視

 予防活動や早期対応の重視は、本人や家族の負担の軽減はもちろんであるが、トータルの健康福祉コストを引き下げる効果がある。

イ 社会参加、文化・スポーツへの参加の推進

 社会参加、文化・スポーツなども、参加者本人の生きがいのある生活にとってはもちろん、精神的、肉体的な若さの維持が疾病や介護予防としての効果を持つことで、社会的なコストの軽減にも寄与すると考えられる。

ウ 在宅サービスの強化、家族介護者への配慮

 現在、施設サービスのコストは、1人あたりで在宅サービスの数倍に達している。この結果、大沢野町でも介護保険財政の大半が施設サービスに使われている。全国的に見ても、(先に述べたように)特養や老健施設などの入所施設の多い地域や市町村ほど介護保険料が高くなっている。施設サービスの供給の差が介護保険料の負担の大きさを決めている側面がある。

 施設への入所希望は現実に多いが、施設入所は、本人、家族にとって幸福ではない場合も多いと考えられる。在宅サービスの充実で、在宅での生活を安心して選択できるようになれば、本人や家族の幸福にとってはもちろん、社会的なコストを下げる効果があると考えられる。

 アンケートでも、在宅での介護については「家族の負担」の問題が上げられている。家族に過度の負担が生ずるものであれば、とても在宅での介護は支えきれない。しかし、公的な在宅サービスが基本的な部分をカバーすれば、家族も在宅での介護を安心して選択できると考えられる。

 したがって、在宅サービスの選択を促進するためには、家族介護者の負担を軽減するサービスを充実していく必要がある。在宅サービス、家族介護者の支援の充実は、在宅での介護の選択を増やし、結果的に、介護保険料等の社会的な負担の軽減に結びつくと考えられる。

エ 福祉のまちづくりの推進

 生活環境や情報などのバリアフリー、ユニバーサルデザインの推進は、高齢者などのいきいきとした生活にとってはもちろん、外出が容易になることで外出時の介護負担を減らすと同時に、本人の精神的、身体的な健康や活力を生むことで全体としての介護の必要性を減らすことで、社会的なコストを引き下げる効果があると考えられる。

オ 共助の心、ボランティア活動の支援

 町民の福祉意識の醸成、ボランティアの支援、地域福祉コミュニティの形成への取り組みは、少しずつの住民や地域の負担で、専門的なサービスを軽減する効果があると考えられる。

カ サービス資源の相互利用、サービス間の連携、総合化

 障害者福祉と高齢者福祉などの部門別サービスの相互利用、既存の施設の複合的利用、利用者を中心とする各種サービス間の連携や総合化、そのための情報の共有などによって、多様な質の高いサービスを作り出すことができると考えられる。また、健康福祉部門と学校との連携や、高齢者などの社会参加に関連する就労、生涯教育・スポーツなどに関連するさまざまな分野との連携は、効果的な健康福祉サービスに寄与する。

キ 競争の促進や福祉サービスの透明性の確保

 競争の促進やサービスの透明性の確保は、サービス提供者の競争を通じて、よりよいサービスを効果的に生み出していくと考えられる。

おわりに

 以上のようにこの計画は、地域福祉計画と総合的な健康福祉計画を合体させるという町の方針と進取の視点のもとで、「基本的考え方」、「構成」、「施策面」のそれぞれで多様な特色を持つ計画となったと考える。

 最後に、真摯な検討を進められた大沢野町総合地域福祉計画策定協議会委員、同策定委員会委員、同プロジェクトチーム委員、中斉町長さんや田中課長をはじめとする大沢野町健康福祉課の皆様、また大沢野町社会福祉協議会はじめ様々なご意見をいただいた町民の皆様にあらためて敬意を表したい。

客員研究員 向井文雄

【参考文献】

岡本祐三、鈴木祐司、NHK取材班『福祉で町がよみがえる』日本評論社、1998

大沢野町『大沢野町地域福祉計画』1993

大沢野町『大沢野町総合地域福祉計画』2003

大橋謙策『地域福祉論』日本放送出版協会、1995

定藤丈弘他編『社会福祉計画』有斐閣、1996

新湊市『新湊市障害者福祉計画』2001

富山県『富山県痴呆性高齢者総合支援対策指針』2001

富山県『高齢者生活意識調査』2003

富山県『富山県民福祉基本計画』2003

富山県21世紀の活力ある福祉社会研究会『21世紀の活力ある豊かな富山県づくりに向けて』1999

日本地域福祉学会編『地域福祉事典』中央法規、1997


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