『分都型合併』の研究(上)

―対面型情報ネットワークと分都型合併―

財団法人北陸経済研究所

情報開発部長 兼地域開発調査部 向井文雄

はじめに

市町村合併が全国で進行しつつあるが、合併で周辺部となる地域の不安、つまり「中心―周辺問題」が合併のあり方に大きな影響を与えている。昨年起きたいくつかの法定協議会解散の事実上の原因は、新市役所の所在地問題にあると考えられるが、その背景もこの周辺にある。

現在の合併構想の多くは、行財政の効率化を主目的とするため、大都市とベッドタウンのような機能分担関係がない組み合わせが多く、複数の中心を持つ「多核型都市構造」になるケースが多い。このため、この問題は一層重要となっており、合併推進には、これにまつわる不安や不満を解消する方策が不可欠である。従来、そうした方策は、端的に言えば代償としてのハコモノづくりなど周辺地域振興策以外はないと考えられ、過去の合併でもそうした対応がなされてきた。

(注目すべき行政拠点の「ローカル機能」)

合併の現実的な促進策を考えるためには、問題の背景として(これまで注目されていなかった)行政拠点が近隣地域に与える影響に着目する必要がある。

行政が住民に提供するサービスの多くは公平、均等にというユニバーサル性が求められる。合併により、こうしたサービスの多くは向上・効率化する。

しかし、これとは別に(あるいは重なりあって)役所が立地する周辺に局所的に与える反射的な便益等(「ローカル機能」)がある。これは、役所等の所在地との距離によって及ぼす便益に差が生じるものであり、これが上記の中心―周辺問題等の原因になっていると考えられるのである。この意味では、役所の存在は、単なる地域の「シンボル」という問題ではない。このことは多核型都市構造を持つことになる合併で、特に重要な問題になると考えられる。

(選択肢のひとつとしての分都型合併)

こうした点に着目して、既存の市町村制度の枠組みの中で、合併後にも各地域振興のための地域の企画機能や執行機能を各地域の分庁舎に残すと同時に、効率化をも同時に図る分都型合併」の可能性を研究(し提案)する。ここで分都型合併とは、統合後の市役所等の機能を合併前の旧市町村の庁舎等に分散配置(単なる支所ではなく)する合併のあり方である。そして、分庁舎間の密接な情報連携を、対面型(対話型)の情報ネットワークシステムを導入すること等で確保し、事務の効率化、行財政の効率化を図りながら、同時に地域振興機能(≒ローカル機能)を地域に置くことをねらうものである。

(「分都型合併論」の位置づけ)

分散庁舎の例としては北上市や西東京市等、構想としては富山県砺波地区のクラスター方式がある。こうした実態や構想に対する本研究の位置づけは次のとおりである。

@ 合併の交渉段階等で周辺地区を納得させるために選択されることの多い分散庁舎方式や権限の大きな支所方式に、理論的根拠を与える

たしかに合併する直前までは、周辺部となる旧市町村の交渉力は強い。周辺側には、合併しないという選択がありうるのであるから、これは当然である。したがって、その交渉力を背景に(理論的な裏付けはなくても)分散庁舎や権限の大きい支所の設置などの合意なされることが多い。しかし、合併してしまえば、事務の効率性という正当な理論の前には、合併時点の力関係だけを背景にした(分散庁舎や強力な支所設置の)合意は、それがいかにバラ色のものであったにしろ、説得力を持たない。効率性論と比較考量してバランスを判断できる別の理論が必要なのである。このために、ここでは行政の「反射的利益」に着目した。

A テレビ会議システムなどを中心とした対面型情報ネットワークの(将来的な)利用によって、分散の非効率を低減する方法案を提示する。これは、国の電子政府構想、電子自治体化推進施策とも整合的である。

また、市町村の内部に「住民自治組織」を置く全国町村会の提案(全国町村会(2003))や、西尾勝地方制度調査会副会長のいわゆる西尾私案(西尾勝(2002))の「内部団体」等の「新自治組織」構想との関係については、同様の問題認識を持つ点で方向性として大きな差はない。その関係はおおむね次のとおりである。

@ 地方制度との関連では、「内部団体」等の「新自治組織」構想が市町村の2層制化を可能にする制度改革を意図するのに対して、「分都型合併」は、現行制度を所与として可能な対応を考えていくものである。しかし、住民自治との関係では「地域審議会」との連携を想定しており、地域審議会等の機能や位置づけを強めることで、「新自治組織」構想に近づくことになる。「分都型合併」の枠組みはこうした選択を排除するものではないため、新自治組織制度の創設は、「分都型合併」の選択肢を広げることになる。

A 住民自治と団体自治の関連では、「分都型合併」は、行政組織が地域に与えている事実上の影響に着目し、行政組織やその立地のあり方の検討を重視する。この点で、実用主義的な視点に立つものであり、わが国の現状に立脚して、団体自治を支える行政組織のあり方を重視するものである。この意味で、住民自治の視点から観念的、理論的に新たな制度を導こうとする「新自治組織」構想とは、相補う関係にあると考える。

B 具体的な基準を示す枠組みとして、「分都型合併」は、合併に係わる地域のニーズという現実的課題から出発する。すなわち、合併前の旧市町村の行政組織が地域で果たしてきた機能から出発して、その地域企画機能、執行機能や窓口機能等の意義を検討し、どのような機能が地域に置かれるべきかの検討を重視する。また、市町村の内部構造に関しては、地域(合併前の旧市町村)の歴史や風土、地域内の構造、地域間の関係を踏まえた議論の視点を持っている。

これに対して「新自治組織」構想は、(市町村の権能の一部を割いて内部団体に与える形で)一つの理念型としての新しい市町村の形を提示するものであり、市町村内部の構造に関しても、住民自治の視点から適正な人口や面積を抽象的な「量」として観念的にとらえるものと考えられる。

すなわち、「新自治組織」構想は、大規模自治体での住民自治の担保という抽象度の高い視点で摘出されたものであることから、どのような機能や権能を内部団体等に与えるべきかについては、具体的な基準・ガイドラインを直接的に示すことができない。「分都型合併」論は、そうした具体的な基準等の基礎となる視点を提供すると考える。この意味で両者は補完的な関係にあると考える。

 

「分都型合併」は、周辺部となる地域の不安を低減させることで、代償措置としての周辺地区での過度なハコモノづくり等を抑制するとともに、地域の個性や文化を守りながら、同時に行財政の効率的な運営を可能とすることを目指すものである。もちろん、この方式は、すべての合併に適するものではなく、主に、合併でできる新市町村が、複数の中心のある多核型都市構造を持つことになる合併の場合に、選択肢の一つとなると考える。特に、従来の方式では困難と考えられがちだった、中心核がかなり離れている市町村間の合併を可能にすることもできると考える。

なお、もちろんデメリットもある。特に、地域間競争を視野に置いて、合併で一極集中型の都市構造を早急に形成しようとする場合などには適しない。慎重な選択が重要である。

 

以下、この回では、多核型都市構造と地域振興の視点から市役所等の機能について整理し、次回で、「分都型合併」のあり方と、その効率確保にかかわる情報通信システムのあり方について整理する。

(なお、これは平成14年11月末に発行された「地方公共団体の『分都型合併』の研究」(『北陸経済研究』平成14年12月号)を加筆修正したものである。

 

1 市町村合併の現状

地方分権や少子高齢化に伴う行政能力強化の要請や、国・地方の財政悪化による行財政効率化の要請を背景に、全国で市町村の合併が強力に進められている。

(1) 市町村合併の歴史と現状

過去を振り返ると、明治以降、図表1のように2つの大合併の時期があり、その理由も、今回と同様に、市町村の機能・役割強化の必要性によるものであった。明治の大合併では戸籍事務や小学校に関する事務が、昭和の大合併では地方自治法の制定に伴って新制中学校の設置や消防などの機能が市町村の役割とされた。

しかし、2回の大合併を経た今日でも、図表2のように市町村の規模には大きな格差があり、小規模団体も多い。

(2) 市町村合併への取り組み状況

こうした現状を踏まえて、市町村の自主的な合併を促すため、平成11年の地方分権一括法により、住民発議制度の拡充など、合併協議会の設置の促進策、合併推進のための財政措置等の拡充、地域審議会の設置など合併を円滑に促進するための、市町村合併特例法(「市町村の合併の特例に関する法律」(昭和40年法律第6号))の改正が行われている。現在、時限立法であるこの法律の期限(平成17年3月)に向けて合併の協議が各地で続けられている。

図表3は、合併の協議状況であるが、合併に向けて具体的なスケジュールが進行している段階である「法定協議会」参加市町村の数が、最近の9か月間で3倍以上に増加するなどさらに加速している。

 (3) 合併の必要性と効果

地方制度調査会答申「市町村の合併に関する答申」(1998)は、市町村合併の必要性や効果をつぎのように示している。

まず、必要性については、@地方分権を十分に活かすための個々の市町村の自立の必要性、A少子高齢社会の到来に伴うサービスの高度化、多様化への対応、B厳しい財政状況の中での効率的、効果的な行政の展開の必要性である。そして、こうした要請に応えるためには、市町村が行財政基盤の強化、人材育成・確保等の体制整備、行政の効率化を図ることが重要であるとしている。

また、市町村合併の効果としては、@各種の行政サービスの享受や公共施設の利用等が広域的に可能となり住民の利便性が向上すること、A専任の職員や組織の設置等が可能となり高度かつ多様な施策が展開できること、B行政サービスの内容が充実するとともに安定的に提供できること、C広域的な視点に立ったまちづくりの展開が可能になること、D行政組織の合理化や公共施設の広域的な配置の調整等により限られた資源の有効活用が図られること、などの効果が期待されるとしている。自治省行政局長の私的研究会である市町村合併研究会の「市町村合併研究会報告書」(1999)では、こうした点に加え、住民の生活圏の拡大に対応した広域行政の必要性などをあげている。

なお、効率性からみた市町村の適正規模については、全国の市の歳出の統計分析からみた吉村弘氏(『最適都市規模と市町村』(1999))の30万人弱(ただし、町村を加えた全市町村でみると約17.5万人が最適規模)、人口規模、可住地面積と人口一人あたり歳出額の相関からみた斉藤精一郎氏など(『日本再編計画』(1996))の15万人以上、宮城県の「みやぎ新しいまち・未来づくり構想調査研究報告書」(1999)の17万人前後などの結果がある。

 (4) 市町村合併の障害

しかし、合併には様々な障害がある。地方制度調査会答申では、@合併の必要性やメリットが個別・具体の事例において明らかになりにくい場合があること、A合併後の市町村内の中心部と周辺部で地域格差が生じたり、歴史や文化への愛着や地域への連帯感が薄れるといった懸念があること、B住民の意見の施策への反映やきめ細かなサービスの提供ができにくくなるという懸念があること、C関係市町村間の行政サービスの水準や住民負担の格差の調整が難しいことや財政状況に著しい格差がある場合のあること、D合併に伴い新しい行財政需要が生ずることや一定期間経過後交付税が減少することなどがあるとしている。こうした認識を踏まえて、国では、様々な合併支援策を講じている。

この論考では、このうち主にAを中心にBを含めて対応を検討していくことになる。

 

2 多核型都市構造と地域振興

(1) 多くの合併は多核型都市構造を生み出す

従来の市町村の都市構造は、中心にオフィス街や中心商店街などの中心市街地があり、それを取り巻く形で住宅地や農村地域が広がっているのが普通である。しかし、多くの合併市町村の地域構造は、これとは異なったものになる。

もちろん、これは、その市町村が置かれている環境によって異なる。政令市以上の大都市が周辺の隣接する市町村を合併する場合、大都市と周辺市町村の関係は、都心部・中心市街地と衛星都市やベッドタウンなどの形で機能分担が行われ、既に一体的な機能地域をなしていることが多い。この場合、実質的な都市の地域構造は、合併前後で大きくは変化しない。県庁所在地等の中核市クラスとその隣接市町村の合併もそれに準ずると考えられる。

これに対して、現在進められている多くの合併構想は、主に行財政基盤の強化を目的に行われているため、地域間に明確な機能分担関係がない場合が多い。

片柳勉氏(2002)は、合併参加市町村の人口首位市町村と2位市町村の関係に着目し、そのDID(人口集中地区)人口比が4倍未満(注1)の場合を「合体」、4倍以上を「編入」(ここでの合体、編入は合併の法的な形式を表す用語ではなく、事実上の関係を表している。)とし、また、両市町村のDIDがつながっている合併を「近接型」、離れている場合を「遠隔型」として(人口を加味した指数(注2)で15を境界に区分(図表4))、合併による地域構造の変化を分析している。

ここでは、片柳氏の分類のうち主に「遠隔合体型」(及びこれに準じて「遠隔編入型」)の合併を取り扱うことにする。これは、全国の大多数の合併に該当する(大都市圏でDIDが一体化している地域や、中核市・政令市とその隣接市町村との合併以外のもののほとんど)。

この遠隔合体型の合併によって新たにできる市町村は、従来の市町村と異なって、同一市町村内に複数の中心商店街等の中心がある「多核型都市構造」を持つことになる(注3)。

 (2) 多核型都市における中心―周辺問題

多核型都市構造が作られる合併では、それまで中心だった地区が、合併によって周辺地域となる可能性があることで、「中心と周辺問題」、それに伴う地域間格差拡大の可能性が重大な対立の原因となることが多い。

ア 福島県矢祭町の事例

平成13年10月に決議された福島県東白川郡矢祭町議会の「市町村合併をしない矢祭町宣言」では、「矢祭町は地理的にも辺境にあり、合併のもたらすマイナス点である地域間格差をもろに受け、過疎化が更に進むことは間違いなく」と述べている。また、『広報やまつり』(平成13年11月号)に掲載された根本良一矢祭町長の「市町村合併に対する基本的考え方」では、合併しない理由として、@合併より独自の町づくりを進めたい、A地域格差が生じる合併はしない、B昭和の大合併騒動の轍を踏まないの3点を掲げているが、このうちBはAに対する住民間の見解の相違が原因となって生じたと考えられるため、Aが根元的な原因として理解されていると考える。

すなわち合併により、政治行政機能が他の「町」に移転することで、周辺地域となる地元「町」の疲弊が意識されているのである。

イ 抵抗感の背景は周辺地域の振興問題

以上のような認識が、合併の障害となり、あるいは合意に当たっての代償措置として、周辺地区への過大なハコモノづくりが求められる原因になりがちである。合併特例債の多くが、合併による施設の集約化よりも、地域ごとのハコモノ等の建設に充てられる可能性もある。

こうしたことを踏まえ、合併時には「市町村建設計画」が策定できることになっている。しかし、10年の計画期間がすぎた後の保証への不安は解消されない。また、旧市町村ごとの区域に置くことができることになった「地域審議会」についても、実効性への不安は残る。これは制度の問題というよりも、運用に不安があるということだと考えられる。

合併の円滑な推進には、こうした点に配慮していくことが不可欠と考えられる。

(3) 行政のユニバーサル機能とローカル機能

矢祭町は、昭和の大合併で3つの村の合併により誕生したが、「主として役場の位置や合併後の村名をめぐって紛糾を重ね、3村長が激突し、談判が決裂し」最終的には2村は分村により合併に参加した(根本良一(2001))。

このように多くの合併では、役場・市役所の位置が最も重要な問題になっているのである。しかし、役場・市役所の立地に対する一般的な認識は、「地域のシンボルがなくなる」という程度、心理的な影響しかないという程度の認識が多い。これは事実だろうか。

ア ユニバーサル機能とローカル機能

市役所・町村役場((以下「役所」という)の立地の意味を考えるために、行政の機能を、地域に与えるインパクトの視点から2つに区分して考えることにする(図表5)。一つは、役所の位置に関係なく、地域や住民に等しく公平に提供できるサービス等の機能である。これを役所あるいは行政の「ユニバーサル機能」と呼んでいいだろう。これは、行政サービスにあまねく公式的に期待されている機能でもある。この機能は、合併が行われれば、効率化し、サービス水準が上昇すると考えられる。

これに対して、役所や施設との距離によって住民が受ける便益に差が生じるような機能を、役所の「ローカル機能」(局地機能)と呼ぶことにしよう。このローカル機能は、合併のあり様によって大きな影響を受ける。

ローカル機能は、さらに2つに区分することができる。第一は「立地依存機能」である。これは、市町村が設置する文化施設・体育施設等や役所庁舎が特定の地区に立地することによって、周辺地区に反射的に生ずる便益機能である。第二は、「政策依存機能」である。これは、行政が政策的に特定の地域を選定して実施する事務に関わる。例えば、特定の重点地区だけに関する振興施策、あるいは全域の中で一つの地区を住宅地とし、別の地区を中心商店街とするようなゾーニング計画等である。

もちろん、これらの機能の違いは相対的なものであり、一つの事業やサービスが強弱を別にして両面を併せ持つと考えられる。

以下では、ユニバーサル機能は、「行政サービス」の当然の機能として比較的よく認知されているため、ローカル機能について考える。

イ ローカル機能のうち「立地依存機能」

ローカル機能の一つである「立地依存機能」は、役所等の施設に近い住民や地域ほど、得られる便益の水準が高いような機能をいう。その多くは、それらの地区の住民の権利ではなく事実上の利益であるという意味で「反射的利益」として理解できる。例えば、道路が建設されると、それに接する土地は価値が高くなる。逆に道路が廃止になると、土地の価値は低下する。この際に、道路に接していることを土地に付随する権利あるいは所有者の権利として認めると、行政は、補償請求の多発など調整困難な利害関係の中で事務ができなくなる。このため、それを「反射的利益」とみなし、権利として認めないというのがおおむねの反射的利益論の考え方である。

こうした反射的利益は、権利の主張として訴訟で争われる微妙なレベルだけでなく、事実上の利益としては、ハコモノやソフト事業にも幅広く普遍的に存在するのである。この意味で東京が政府機関や国の施設の立地によって巨大な反射的利益を得ていると言えると同時に、市町村の内部においても、同じような状況がある。

行政は、あたかもそうした利益が存在しないかのように事務を執行している(「せざるを得ない」)。したがって、合併に関する公式的、一般的な検討では、それは枠組みの外にあり顕在的な議論にはならなかったのである。

しかし、これに関連する問題が、現実には「周辺地区」住民に重要な問題だと認識されているなら、ここに光をあてない限り円滑な合併は進まない。もちろん、これは必ずしも個々の地域エゴに配慮すべきことを意味しない。この問題を視野に入れることで、こうした枠組みを包含した合併のあり方を検討することができると考える。

・ 「立地依存機能」の主な例

この立地依存機能にかかわる局所的な利益の主なものとしては、@行政サービスの窓口や施設への距離が近いことによる周辺住民のアクセスの利便、A役所の活動に伴う地元消費需要等、B役所等を訪れる人によって周辺地区に人が集まることによるにぎわいそれに伴う様々な店舗等の進出による利便性の向上等の生活環境の向上、Cにぎわいによる地価の上昇に伴う土地家屋等の資産価値の上昇どの利益―などがある(もちろん、混雑などのデメリットもある)

これらの便益は、@のように距離に応じて緩やかに減少するものもあれば、Bのように距離に応じて急速に減少するものもある。また、@については、モータリゼーションの発達に伴って、かつてよりも立地依存性を低下させてきた。今後も電子自治体、電子政府の推進により、よりユニバーサル性を高めていくと考えられる。しかし、AやBは今後も依然として立地依存機能としての性格を保っていくだろう。いずれにせよ、これに対して、施設から離れた地域は、そうした利益を受けられない。

・ 役所の消費等の経済機能 

役所は、事務の執行に応じて、印刷、文房具などの様々なオフィス活動に伴う消耗品や物品、設備の発注、外部委託を通じての対事業所サービス事業者への発注、建設事業者への発注などを通じて地域経済の中で主要なプレーヤーとなっている。また、職員の給与等を通じて市内での消費にも貢献している。合併によって、役所の主要部門が移転すれば、もちろん、現在の財政支出がすべて地域内を環流しているものでもなく、合併によってすべてが失われるわけでもないが、地域はこうした消費需要、中間サービス需要等の多くを失うことになる。

典型的な地方の小都市として人口約3.5万人の富山県小矢部市を見ると、直接の比較ができる数字ではないが、市の製造品出荷額等は約984億円(平成11年工業統計調査)であり、小売業年間販売額は約307億円(平成11年商業統計調査)である。これに対して市の平成13年度当初予算額は一般会計及び特別会計を合わせると約238億円(11年度は約230億円)に達する。すなわち、市の活動が地域経済に与える影響は無視できない水準にあると推定できる。

ウ ローカル機能のうち「政策依存機能」

ローカル機能の二つ目の「政策依存機能」は間接的であるがやはり立地に影響を受ける。これは、さらに2つに区分できる。

@ 地域の企画機能

第一は、「地域の企画機能」である。

地域の(振興に関する)企画機能は、その地域と密接に結びつき、継続的に関わり合いを持ちながら(この意味で「地域専門で」)行うのでなければ、その地域のニーズに応じた十分な企画はできない。地域の中にあることで日常的に当該地域と密接な相互作用があることが重要な意味を持つと考えられる

また、職員が身近な地域で様々な形で地域活性化に関連する活動に関与していくことは、地域にオフィスがあってこそ容易になる。

・ 地域の企画機能が失われたA市B地区の例 

北陸のA市では、市長が、かつて事実上吸収合併したB地区について、地区振興のために何かしてやりたいと思うのだが、B地区からは現実的でかつよい提案が出てこないのだと嘆いておられるという話を伺ったことがある。

合併によって、この地区から町役場が失われ、その地域の振興について継続的、長期的、現実的な視野で考え、企画していく主体が消失したのである。

もちろん、地域活性化に関する意見やアイディアは行政のみが持つものではない。必要に応じて組織されるワーキング・グループや委員会、審議会や市民からの意見やアイディアは重要である。しかし、それを現実的な企画、すなわち説得力があると同時に実現可能であり、かつ当該地域を超えた市民全体の支持が得られるレベルの政策としてとりまとめるには、利用可能な制度や資金などの行政上の知識と地域振興に関する長期的、総合的な視野を持った人材と組織、つまり事務局の役割を果たす組織が必要なのである。従来、こうした役割を果たしてきたのは市役所であり町村役場だったのである。地域の企画機能を地域に置く意義は大きい。

A 広域(重点)調整機能

政策依存機能の第二は、「広域(重点)調整機能」である。

都市の発展、まちづくりにおける市町村行政の影響力は決して小さくない。役所やサービス施設の立地などの行政の投資計画や、土地区画整理事業は各地区の発展に直接的な影響を及ぼす傾向がある。特に多核型の都市構造を持つことになる合併では、こうした広域的な施設の立地や重点整備地域の決定権がどこにあるかが重要な問題になる傾向がある。

これに関連する地方公共団体の重要な(事実上の)機能の一つとして、地域の総合的な団体としての地域間の「利害調整機能」がある。

・ 合併による利害調整の枠組みの変動 

この利害調整機能が、合併によって大きく変動する。合併以前には市町村を超える利害調整機能がなかったところに、合併によって強力な(広域的)利害調整組織が誕生する。これによって、ハコモノなどのワンセット主義が排され、効率的行政が期待されるのである。これが広域(重点)調整機能の重要な意義である。

しかし、その一方で、従来は旧市町村ごとに行われていた(市町村を構成する)小さな地域の政策ニーズの調整機能が合併により消失し、一挙に合併後の大市町村レベルの広域調整にまで引き上げられることになる。前記の地方制度調査会答申が、合併の障害としてあげた「B住民の意見の施策への反映やきめ細かなサービスの提供ができにくくなる」とは、おおむねこうした点に関係する不安を意味すると考えられる。

・ 政治ベースから行政ベースへ 

もちろん、当然、大きな市町村でも、こうした調整は可能である。しかし、それは主に「行政による調整」が中心になる。小さな市町村では選挙で選ばれた首長や議員などの政治レベルであった調整課題の多くは、合併で誕生する大規模市町村では「行政ベースの課題」となる。すなわち大規模市町村化によって、地域的課題調整主体の政治ベースから行政ベースへの転換が生じると考えられるのである(このことが持つ意味はプラスの面もありマイナスの面もある)。

このように役割を増す行政組織については、例えば政府機関が東京という地域の影響を受けていないとは言えないように、地方公共団体の行政組織も、日常的に密接な相互作用のある周辺地域の影響を受ける傾向がある。「現地にいること」の意味は大きい。この意味で、行政機能が身近な地域にある意義はますます重要性を増すことになる。

(4) 重要性を増す役所のローカル機能

市町村の役割のなかで、目に見える直接的な「住民サービス」に対して、年々「地域振興」や地域の振興に関する企画機能への期待が大きくなりつつある。

・ モータリゼーションと過疎化

かつて、農業、商工業において自営業が大半を占めていた時代、日常生活も徒歩の行動圏に依存していた時代には、市町村の範囲と住民の生活圏には大きな隔たりがなかった。しかし、交通機関の発達、モータリゼーションによって、職と住の場の分離が生ずるとともに、消費の場も広域化してきた。この結果、市町村は、住民の生活のすべてをカバーする存在ではなくなり、市町村はかつての独立した圏域から、広域的な機能地域の中に組み込まれるようになったのである。

しかし、このモータリゼーションによる消費者の行動圏の拡大は、商店街間の広域的な競合をもたらし、同時に郊外型店舗の普及によって中心商店街の地盤沈下をもたらしている。この結果、それは「町」らしい環境を作り出してきた町の商業・サービス業に大きな影響を与え、中心市街地や中心商店街の活性化に対する市町村行政への期待を上昇させることになった。

また、一方で、地方では人口の社会移動を背景に過疎化が進行してきた。地域に人がいなくなり、地域の祭りすら危機に瀕し、地方の小都市や村が支えてきたわが国の多様な文化が失われつつある。

これらを背景として、特に地方の市町村においては、中心市街地活性化問題、商工業振興問題、人口問題、地域の活性化問題すなわち地域振興に関する様々な問題が、単なる定型的な行政サービスの維持、向上の問題を超えて、重要な課題となりつつある。

・ オフィス事業所としての役所

また、昭和50年代以降、都市の成長・発展において、オフィス活動を行う事業所の重要性がますます大きくなってきている。この間、製造事業所は、生産の効率化や経済のグローバル化にともなう空洞化の進行で雇用吸収力を失い、かわってホワイトカラーの増加を背景にオフィス活動を行う事業所が雇用を吸収してきた。この結果、多くの工業都市は成長力を失い、逆にいわゆる「札仙広福」の成長に見られるように、オフィス事業所の集積が都市成長の牽引力となる時代となっている。大多数の中小市町村では、役所は、最大級のオフィス活動を行う事業所なのである。

 

以上の諸点にかかわる変化は、役所のローカル機能の意義を強める方向に働いている。ユニバーサル機能と異なり、ローカル機能の及ぶ範囲は役所の立地地点に大きく規定される。したがって、多核型都市を形成する合併においては、どこに新たな役所庁舎を作るかが大きな問題になるのである。

 

以上の分析を踏まえて、次回では「分都型合併」の可能性とそのあり方を検討する。

 

1)人口比で4倍を区切りとする例については{片柳(2002)p.45}参照)

2) ルート( (首位市町村DID人口)×(2位市町村DID人口)/(DID間の距離の2乗) ) において、指数Fが15未満を遠隔型、15以上を近接型としている。事例に適用すると、ほぼ指数15以上では両市町村のDIDが互いに接する。

なお、人口の単位は人、距離はメートルである。

3)藤岡(1977)の「歴史的複核都市」についての分析がある。

 

【引用・参考文献】

岩崎美紀子『分権と連邦制』ぎょうせい、1998

片柳勉『市町村合併と都市地域構造』古今書院、2002

門嶋雄人「合併市町村を訪ねて」『北陸経済研究』平成14年6月号(2002)

小西砂千夫『市町村合併ノススメ』ぎょうせい、2000

斉藤精一郎他『日本再編計画』PHP研究所、1996

佐々木信夫『市町村合併』筑摩書房、2002

重森暁他『検証・市町村合併』自治体研究社、2002

市町村合併研究会「市町村合併研究会報告書」1999

市町村自治研究会編『Q&A市町村合併ハンドブック<第2次改訂版>』ぎょうせい、2002

全国町村会「町村の訴え〜町村自治の確立と地域の創造力の発揮〜」2003

25次地方制度調査会答申「市町村の合併に関する答申」1998

西尾勝『行政学の基礎概念』東京大学出版会、1990

西尾勝『行政学〔新版〕』有斐閣、2001

西尾勝「今後の基礎的自治体のあり方について(私案)」(平成14年11月1日開催の第27次地方制度調査会専門小委員会提出資料)(2002)

根本良一「市町村合併に対する基本的考え方」『広報やまつり』平成13年11月号(2001)

藤岡謙二郎『現代都市の歴史地理学的分析』古今書院、1977

堀江湛他『地方政府のガバナンスに関する研究』総合研究開発機構、1999

丸山康人編『自治・分権と市町村合併』イマジン出版、2001

向井文雄「地方公共団体の『分都型合併』の研究」『北陸経済研究』平成14年12月号(2002)

吉村弘『最適都市規模と市町村合併』東洋経済新報社、1999

ホームページ(総務省、全国町村会、矢祭町、砺波地域合併協議会)


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