ドートマンダー、逃走中

(『逃げだした秘宝』解説)

逃げだした秘宝  

当り前のことだが、本書は Why Me (Viking, 1983) の日本語訳である。不運な泥棒ジョン・ドートマンダーものの長編第五作であり、いろいろな事情で順番は逆になったが、九七年にミステリアス・プレス文庫から刊行された『天から降ってきた泥棒』(原書は八五年刊)の前作に当たる。『天から〜』の第四十七章に、フランシス・X・マローニー警視正が「ある事件でヘマを犯し、大追跡中の犯人を……」という記述があるが、この「ある事件」というのが本書のルビー盗難事件のことなのだ。  
今回はドートマンダーがほとんど一人で動きまわるが、いつもの仲間たちも登場している。ドートマンダーと仲間たちについては、『天から〜』の解説で紹介したので、なるべく買って、そちらのほうを読んでいただければ幸いである。それでは愛想がないので、本書で言及されるほかの作品について簡単に説明しよう。  
第九章に登場する故買屋アーニーに以前に会った方もおられるだろう。ドートマンダーものの短篇「雑貨特売市」(『ミステリマガジン』九五年十一月号)で、アーニーはドートマンダーから古代ローマ時代のコインを買っている。  
第十一章で、「(タイニー・バルチャーは)また出てきたのか?」とドートマンダーが言うと、「結局、ゴリラは訴えを起こさなかったんだ」とスタン・マーチが答える。これは、七七年刊の前作『悪党たちのジャムセッション』(角川文庫)の後半で、バルチャーがゴリラを殴って刑務所に逆戻りしたことを指している。  
第十六章で、「あの絵のすり換え以来、会ってないな」とタイニーが言うが、同じく前作の『悪党たちの〜』でドートマンダーたちと一緒に名画をすり換えたことを指している。そして、「あのあとで、またトラブルがあったそうだな」とタイニーが言うが、そのトラブルについては、残念ながらお教えできないので、絶版の『悪党たちの〜』を古本屋で捜すか、親切な友人から借りるかして、ぜひ読んでいただきたい。  
第二十章で、「おまえは去年テレビ窃盗容疑で逮捕されたぞ」と刑事が言うが、同じく『悪党たちの〜』の幕開けにドートマンダーがテレビ泥棒で逮捕されたことを指している。そのあと、どこからともなく弁護士が現われ、ドートマンダーを無罪放免にして、名画のすり換えを依頼するわけだ。
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突然だが、本書は映画化されている。七○年刊のドートマンダーものの一作目『ホット・ロック』の映画版(七二年公開)では、ロバート・レッドフォードがハンサムなドートマンダーを演じた(最近深夜に観た吹替版では「ドルトマンダー」と呼ばれていた)。七二年刊の二作目『強盗プロフェッショナル』の映画版『悪の天才たち』(七四年公開)ではジョージ・C・スコットが年配の「バランタイン」を演じた。七四年刊の三作目『ジミー・ザ・キッド』(三作とも角川文庫)の映画版(八三年公開。日本では劇場未公開)ではポール・ルマットが頼りないドートマンダーを演じた。そして、八三年刊の本書の映画版『ホワイ・ミー?』(八九年公開)では、クリストファー・ランバート(フランス人なので、ランベール?)が活動的な「ルネ・オーガスティン・カーディナル」(通称ガス)を演じている。  
この『ホワイ・ミー?』はジーン・クインターノ監督で、ウェストレイク自身とレナード・マーズ・ジュニアが共同脚本を担当している。これはアメリカでは公開されなかったらしいし、レナード・モルティンの Movie & Video Guide にも載っていない(日本では一週間ほど劇場公開されたらしい)。このヴィデオを手に入れようと、この解説子はニューヨークのヴィデオ屋をいくつかまわったが、見つからなかった。そのかわり、『あなたに逢いたくて』(原作はウェストレイクの『二役は大変!』ミステリアス・プレス文庫刊)と The Glitter Dome(原作はジョゼフ・ウォンボーの『ハリウッドの殺人』早川書房刊)を買ってしまった。あるヴィデオ・レンタル屋で見つけたが、売り物ではないと言って売ってくれなかった。そして、ついにインターネット上のCD屋で中古の Why Me を見つけたので、ダシール・ハメット原作の新品『ガラスの鍵』(アラン・ラッド主演のほう)と一緒に購入した。  
原作と映画版にはかなりの違いが見られるので、いちおう状況設定だけを説明しよう。まず、映画の舞台はニューヨークではなく、ロス・アンジェルスである。ランバートがドートマンダー(映画ではガス)を演じ、婚約者メイ(映画では一ヵ月遅れのジューン)の父親アンディー(映画ではクリストファー・ハイド演じるブルーノ・デイリー)と一緒に宝石店に忍び込む、という話に変わっている。映画ではマローニーがLA市警のマホーニーに変わり、J・T・ウォルシュが演じる。FBIの両捜査官はCIAのエイジェントに変わり、タイニーは黒人俳優が演じている。  
それに、九六年刊の九作目 What's the Worst That Could Happen? が映画化される可能性も高そうだ。
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献辞を贈られた人たちのうち数人について紹介しよう。ブライアン・ガーフィールドは『狼よさらば』や『ホップスコッチ』(いずれも早川書房)の原作者として有名で、七三年刊の Gangway をウェストレイクと共作している。  
アビー・アダムズはウェストレイクと七九年に結婚した三番目の奥さんで、彼女の編纂した八九年刊の An Uncommon Scold という女性の引用句集には、ウェストレイクが「まえがき」を寄せている。  
ジャスティン・スコットは『幻の漂流船』(二見文庫)などの海洋冒険サスペンスや、『ハードスケープ』(扶桑社ミステリー)などの素人探偵ものを発表している。ウェストレイクやローレンス・ブロックのすすめで雑誌編集者から作家に転向した。詳しくは絶版寸前の拙著『尋問・自供』(早川書房)をなるべく買って、収録インタヴューを参照にしていただければ、この解説子は感涙の池で溺死するかもしれない。  
ジョウン・リヴァーズはコメディエンヌであり、女性監督の草分け的な存在。ジョニー・カーソンの深夜トーク番組に何度か司会代理として出演したことがある。ウェストレイクとは映画の企画を何本か立てているが、実際に製作されたかどうかは不明。  
お断わりしておくと、本書は八三年発表の作品なので、現在の視点から見ると時代遅れの箇所がいくつかある。とくに、電話などの通信技術が驚くほどに「発達」し、現在では簡単に電話を転送できるが、当時は一部の人しか転送できなかった。そして、現代では携帯電話やポケット電話が当然のように普及しているが、当時は長距離トラック運転手たちが利用するシチズン・バンド(CB)と呼ばれる自動車無線が話題になり、CB用語集も刊行されるほどだった。
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九○年刊の七作目 Drowned Hopes では、ドートマンダーがかつての囚人仲間に脅かされて、人工湖の底に埋められた七十万ドルを回収しに行く。  
九三年刊の八作目 Don't Ask では、ドートマンダーたちがタイニー・バルチャーの遠い親戚に頼まれて、聖女フェルガーナの聖骨を盗みだすことになる。  
九六年刊の九作目 What's the Worst That Could Happen? では、ドートマンダーがメイの伯父の形見である指輪を奪われ、それを取り返すために仲間を集める。  
ウェストレイクは三年に一作ドートマンダーものの長編を発表することになっているので、九九年には十作目が刊行されることだろう。[編註=2001年のことになりそうだ。]  
九七年刊の新作 The Ax は、リストラで失業した中年男が同じ就職口を求めるライヴァルたちを次々に殺していくという、ウェストレイクとしては珍しいシリアス小説である。リチャード・スターク名義では、悪党パーカーものの復帰第二作 Backflash が九八年に刊行される。

一九九八年二月
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これは木村仁良名義で翻訳したドナルド・E・ウェストレイクの『逃げだした秘宝』(ハヤカワ・ミステリアス・プレス文庫、1998年3月刊、660円)の巻末解説であり、自称作家の木村二郎が書いている。翻訳タイトルがよくなかったことは、自分でも反省している。『泥棒は嘘つきの始まり』のほうがよかったかなあ? ウェストレイクのドートマンダーものの日本での運命が危ういので、ぜひとも本書をたくさん購入することをおすすめする。ただいま、What's the Worst That Could Happen?を翻訳中。仮の日本タイトルは『泥棒を見たらカモだと思え』(ちょっと長いな)。『泥棒は友を呼ぶ』はどうかな?(ジロリンタン、1999年11月28日)

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