『予期せぬ来訪者』二〇一一年文庫版あとがき

サイモン・アークの事件簿3 文庫版あとがき

 『ヴェニスを見て死ね』の単行本版は早川書房より一九九四年五月に刊行された。文庫版では、単行本版に収録しなかった第八話と第九話と書き下ろしの短いエピソードが加わっている。すると、作品集としては分厚くなるので、再構成して、『ヴェニスを見て死ね』と『予期せぬ来訪者』の二分冊とした。ご了承いただきたい。

 上巻『ヴェニスを見て死ね』の第一話から第五話については、その巻末にほとんどそのまま再録した単行本版あとがきのほうを参照していただきたい。

 下巻『予期せぬ来訪者』では、改めて第六話と第七話、そして単行本版には収録しなかった第八話と第九話について簡潔に紹介しよう。

 第六話「秘密の崇拝者」----なぜかヴェニスの登場が一年に一回になってしまった。もちろん、作者自身の責任なのだが、これは九二年夏に入院していたときに考えたプロットである。有名人にまとわりつく「ストーキング事件」が話題になっていた頃だったので、苦しまぎれに、こんな話をでっちあげたのだろう。

 第七話「ダイナマイト・ガイ」----九三年の前半に執筆したもので、日付がはっきりしている。世界貿易センター爆破事件があったのは、九三年二月二十六日のことだった。その容疑者四人は、一年後の九四年三月に有罪になっている。ストーリーの中身が地味なので、幕開けだけでも派手にしたかったのだろう。ブルックリン地域殺人課からマンハッタン・サウス署に移ったアンジェラ・パランボ警部補が再登場する。この中編を書いたあとに、サブプロットによく似た現実の“出来事”が二件起こっているが、残念ながら、そのネタを明かすことはできない。

 第八話「東は東」----単行本版が刊行される時期に合わせて、《ミステリマガジン》に発表した作品である。ヴェニスの母親が日本人だということを「プロローグ」でも記したので、初めて日本人が絡む作品になった。ヴェニスは日本語を話せないが、耳では理解できることが明かされた。

 インタールード「予期せぬ来訪者」----これは文庫版書き下ろしの短い間奏(インタールード)である。九〇年代後半に、この場面を織り込んだヴェニスものの作品を書こうと何度も試みたが、何度も挫折してしまった。作者が二〇〇五年に引っ越しをしたときに、もとの原稿を紛失してしまったが、この文庫版を刊行するにあたり、この場面はぜひとも必要だと判断して、改めて書いたのである。十年以上前の原稿よりも雰囲気が甘ったるくなっているかもしれない。

 第九話「孤独な逃亡者」----《ミステリマガジン》が〈現代日本ミステリ作家25人作品集〉と称して、九五年十一月臨時増刊号を刊行するにあたり、当時の編集長・竹内祐一氏が作者に作品寄稿を依頼した。この作品は“ジェイスン・ウッド”ではなく、初めて“木村二郎”名義で発表した。

 このあと、作者は別のペンネームで中短編小説をときどき発表しているが、ほとんどは翻訳やエッセイの執筆、ウェブページ作成やブログ管理に時間を費やしていて、創作のほうにあまり力を注いでいなかった。このたび、単行本版から十七年ぶりに文庫版を出すにあたって、二〇一〇年代のニューヨークを舞台にしたヴェニスもの短編を東京創元社刊《ミステリーズ!》にしばしば発表させていただいているので、そちらのほうも読んでいただければ幸いである。

 この文庫版を刊行するにあたって、とくに下記の方にお世話になった。まず、東京創元社の桂島浩輔氏は他社の単行本を文庫化するために、いろいろと手を尽してくださった。そして、筆者の翻訳本の担当者でもある同社編集部の宮澤正之氏は、本書の文庫化にも大いに協力してくださった。最後に、ローレンス・ブロック氏とパトリシア・ホック夫人(エドワード・D・ホック氏の未亡人)は単行本の「ブラーブ」(推薦文)を文庫本でも使う許可をくださった。

 九〇年代にジョー・ヴェニスを応援してくださった読者の皆様にはもちろんのこと、この文庫版で初めてヴェニスに出会う読者の皆様方にも感謝したい。

木村二郎

(ジェイスン・ウッド)
二〇一一年十月

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『予期せぬ来訪者』初出一覧

        秘密の崇拝者       《ミステリマガジン》一九九三年四月号
ダイナマイト・ガイ    早川書房刊『ヴェニスを見て死ね』(一九九四年/書き下ろし)
東は東          《ミステリマガジン》一九九四年六月号
予期せぬ来訪者      書き下ろし
孤独な逃亡者       《ミステリマガジン》一九九五年十一月臨時増刊号
             〈現代日本ミステリ作家25人作品集〉



これは木村二郎のジョー・ヴェニスもの短編集『予期せぬ来訪者』(創元推理文庫、二〇一一年十一月刊、税込714円)の巻末に添えられた「文庫版著者あとがき」である。本書には早川書房より一九九四年に刊行された単行本『ヴェニスを見て死ね』に収録された7編のうちの2編のほか、単行本未収録の2編と短いエピソード1編が収録されている。同時刊行の文庫版『ヴェニスを見て死ね』のほうには5編収録されている。(ジロリンタン、2012年12月吉日)

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