ええっと、あれは二〇〇五年の夏のことだったかな(と、この解説子はバーボンを飲みながら、読者の皆さまに愚痴をこぼし始めた)。サム・ホーソーン医師もの第四短編集の翻訳原稿を担当編集者に渡してから、訳者はその編集者と第五短編集について話し合った。大半を占めるホーソーンものの部分は、四十九編目から六十編目までを収録すればいいだけだから、簡単に決まったよ。
さて、併録するボーナス作品を選ぶのが、いつもどおり楽しい苦労なのだ。ボーナス作品なのだから、多方面に及ぶホックの才能を示すためにも、訳者はなるべく不可能犯罪ものではない作品を選びたかったのだが、結局は密室ものの秀作「レオポルド警部の密室」に決まった。
「レオポルド警部の密室」は《エラリー・クイーンズ・ミステリー・マガジン》一九七一年十月号に掲載されたレオポルドもの二十九編目で、『ミステリマガジン』七二年四月号に「殺人犯レオポルド警部」というタイトルで訳載された。このあと、エラリー・クイーン編の Ellery Queen's Mystery Bag (1972) や、ジョー・ゴアズ&ビル・プロンジーニ共編の Tricks and Treats (1976)、アイザック・アシモフ他編の Tantalizing Locked Room Mysteries (1982)、ブライアン・ガーフィールド編の The Crime of My Life (1984)、ドナルド・E・ウェストレイク編の Murderous Scheme (1996) などのアンソロジーに収録された。
七六年刊の Tricks and Treats はアメリカ探偵作家クラブ(MWA)のアンソロジーで、日本では『現代アメリカ推理小説傑作線』(立風書房)として紹介され、本編は「密室のレオポルド警部」と改題された。八四年刊の The Crime of My Life もMWAアンソロジーで、歴代のMWA会長が自作の中でもっとも気に入った自作を選んでいる。つまり、ホック自身がもっとも気に入っている作品なんだよ。日本では『犯罪こそわが人生』(ハヤカワ文庫)として紹介された。
おっとっと、話が先に進みすぎたようだな(と、この解説子はトール・グラスにバーボンをなみなみと注いで、愚痴を続けた)。八一年に、〈ホック密室ミステリ自選集〉『密室への招待』(ハヤカワ・ミステリ)が日本で独自に編纂され、収録されているこの短編が本書の訳者の新訳で「レオポルド警部の密室」と改題された。そして、八四年刊の『犯罪こそわが人生』(ハヤカワ文庫版は八五年刊)に収録されるときに驚くほど大幅に改訳されたんだ。そのあとの八五年に、この短編や「長方形の部屋」(『サム・ホーソーンの事件簿』にボーナス作品として併録)も含む計十九編を収録したレオポルドもの短編集 Leopold's Way が刊行された。そのほか、七二年十一月十九日には、ロック・ハドソン主演のTV番組『署長マクミラン』の一エピソード Cop of the Year(邦題は「密室の銃声」)として放映もされたね。
本書収録の「知られざる扉の謎」で言及されるトマス・ウルフの一節は、『天使よ故郷を見よ』(大沢衛訳)の冒頭にあるが、新潮文庫版は現在絶版扱いらしい。「黄色い壁紙の謎」で言及されるシャーロット・パーキンズ・ギルマンの短編「黄色い壁紙」は、シンシア・アスキス他著『淑やかな悪夢----英米女流怪談集』(創元推理文庫)に収録されているので、怪談噺なのか女性意識の話なのかは、自分で判断していただきたい。
なお、原文ではプロット以外の細かい部分で矛盾点がいくつかあったのだが、訳者がホックの同意を得て書き改めている。ホックはこれから執筆する第七十一編で、ある矛盾点を合理的に説明するというので、次の短編集をお楽しみにしていただこうかな(と、この解説子は空っぽのバーボンびんを不思議そうな目で見つめた)。
前作の第四短編集のほうは、『IN★POCKET』(講談社文庫)主催の作家と読者が選ぶ文庫翻訳ミステリーの部でそれぞれ第二位に輝いた。第一、第二、第三短編集と同様に、実作者や読者の皆さまに称賛していただいたことに感謝したい(と、この解説子は空っぽのバーボンびんにお辞儀をした)。
* *
それでは、サム・ホーソーン医師の事件年表を更新しておこう。
[註=完全チェックリストを見たい方は、現物の巻末を参照してください。]
二〇〇六年五月