サイモン・アーク再登場

(エドワード・D・ホック『サイモン・アークの事件簿2』解説)

サイモン・アークの事件簿2  お蔭様で、二〇〇八年刊の『サイモン・アークの事件簿I』は、『IN★POCKET』(講談社文庫)主催の文庫翻訳ミステリー・ベスト10のランキングで、作家部門第三位、読者部門第九位、総合部門第七位に輝き、『本格ミステリ・ベスト10』(原書房)の海外ランキングでは第五位だった。『サム・ホーソーンの事件簿』と同じく、実作者や読者の皆さんのご支援に感謝したい。

 本書も作者エドワード・D・ホックの自薦作品を収録している。第一巻では、年代ごとに一、二編ずつ選択したが、第二巻では、長い中編なので通常の中短編集には収録しにくい「真鍮の街」を中心に据えた。結果として、五〇年代から二編、(六〇年代からはなく)七〇年代から一編、八〇年代から二編、九〇年代から二編、二〇〇〇年代から一編で、合計八編になった。

「真鍮の街」は五九年九月刊の The Saint Mystery Library No. 4 というペイパーバック・サイズのアンソロジーに収録された。編纂者は《ザ・セイント》ものの作者であるレスリー・チャタリスで、ほかにクレイグ・ライスの中編「怯えた百万長者」(《ザ・セイント・マガジン》からの再録)とジョン・W・ジェイクスの短編 The Nine Guilty Nannies が収められた。

「真鍮の街」は中編として長すぎるので、たぶん《ザ・セイント・マガジン》に掲載できなかったのだろうが、アークものとして珍しく、ワトソン役の「わたし」の過去の興味深い一端が明らかになる。ホックの住んでいたニューヨーク州ローチェスターも、ベイン・シティーのように、一業界一企業で成り立っている街で、コダック本社の所在地として有名である。

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 この解説子は一九八五年刊のアークもの短編集 The Quests of Simon Ark の序文(ホックによる)を読み直して、驚いた。序文には、「死者の村」(第一巻に収録)の地名“ギダズ”(Gidaz) が“ザディーグ”(Zadig) の逆綴りだということがちゃんと書いてあったのだ。これを二年前に読んでいたら、訳者は Gidaz の発音をホックに尋ねなくてもよかったのだ。

 そして、「死者の村」を書いた経緯も記してあった。「死者の村」は《フェイマス・ディテクティヴ・ストーリーズ》一九五五年十二月号に掲載されたアークもの第一編であり、ホックの初めて売れた短編でもある。五五年九月二十六日に発売されたとき、ホックは二十五歳だった。

 五三年の夏、ホックはデイトの相手と一緒にニューヨーク州ライの海水浴場へ行った。ロング・アイランド・サウンドに面したほかの港から観覧船が頻繁にやって来たのだが、何百人もの海水浴客が海に突き出した長い埠頭のほうへ向かうのが見えた。それはレミングの一群が死の行進をするようだった。誰も海に飛び込まなかったが、ホックは人々が崖から飛びおりる光景を想像した。そして、これまで書きためていた作品の中からサイモン・アークという風変わりなキャラクターを使うことに決めた。「死者の村」の原稿をいくつかのミステリー専門雑誌に送ったが、送り返されてきた。その題材が当時ではあまりにも異様だったからだろう。

 しかし、コロンビア出版発行の《フェイマス・ディテクティヴ・ストーリーズ》のロバート・A・W・ラウンズ編集長が買ってくれて、サイモン・アークものの作品をさらに求めた。ついに、ミステリー作家としてのホックが誕生したのである。ホックはそれ以前に書いた(「わたし」の登場しない)The Hoofs of Satan も《フェイマス・ディテクティヴ》に売り、それがアークもの第二編となった。そして、アークものを《フェイマス・ディテクティヴ》や《ダブル= アクション・ディテクティヴ》に発表しながらも、五九年からは《ザ・セイント・マガジン》にも発表し始めた。

 六〇年代にはいると、ホックは西部探偵ベン・スノウやレオポルド警部、暗号解読専門家ジェフリー・ランドなどの新しいキャラクターも創造し、アークものを六〇年代後半には発表しなくなった。  七一年には《リージャー・ブックス》からペイパーバック版で二冊の中短編集(The Judges of Hades と City of Brass)を刊行したが、七〇年前半にはアークもの短編を二編しか発表していない(そのうち一編は第一巻収録の「霧の中の埋葬」)。

 ホックによると、《エラリー・クイーンズ・ミステリー・マガジン》(EQMM)の編集責任者だったフレッド・ダネイ(エラリー・クイーンの一人)はアークの人物設定を好まなかったようだが、ついに七八年、m「切り裂きジャックの秘宝」でアークはEQMMに初登場した。それ以後、アークもののオカルト的要素は弱まり、不可能犯罪的要素が強まった。そして、アークはEQMMのほか、その姉妹誌である《ヒッチコック・マガジン》、《エスピオナージュ》、いくつかのオリジナル・アンソロジーで活躍するようになった。

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 前記の序文を読んだあと、この解説子は最近ふと見つけた五九年発表のアークもの第十四編 Street of Screams を(何年かぶりに)再読して、面白い発見をした。アークが二千年以上も生きているという信じられない人物設定の“真相”を突きとめたのだ。その中編には、百年以上も生きているらしい人物が登場するのだが、アークは自分と同じように、その人物も「永久に生きるという呪いを神にかけられている」と説明する。アークにとって、長生きをしていることは神の恩恵ではなく、呪いなのだ。

 第一巻でも書いたように、ホックは生前にアーク短編集三巻分の自薦作品を挙げてくれた。第三巻も刊行できるように、読者の皆さんのご支援を賜われば幸いである。

 それでは、最後にサイモン・アーク・シリーズのチェックリストを挙げておこう。
[註=完全チェックリストを見たい方は、現物の巻末を参照してください。]

二〇一〇年十一月



これは木村二郎名義で翻訳したエドワード・D・ホックの『サイモン・アークの事件簿2』(創元推理文庫、2010年12月刊、税込1050円)の巻末解説であり、自称研究家の木村仁良が書いている。続編『サイモン・アークの事件簿3』を2011年に無事に出せるように、皆様方の盛大なご声援をお願いします。(ジロリンタン、2010年12月吉日)

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