『翻訳者の横顔/第47回』おれの名前は何だっけ?


木村二郎&木村仁良&????

1949年大阪府生まれ。ペイス大学社会学部卒業。英米文学翻訳家、作家、ミステリ研究家。訳書に『怪盗ニックを盗め』ホック(早川書房刊)、『幻影』プロンジーニ(講談社文庫)他多数。

「ジロリンタン、電話に出えへんさかいに、直接来たで」

「おお、速河出版に勤める関西弁の下手な女性編集者か。今はけちなコラム書きで本当に忙しいんだ。用がなかったら、帰ってくれよ」

「用があるさかいに、わざわざこんな汚い仕事部屋に来たんやんか。うちの雑誌で《翻訳屋の横顔》を連載してるんやけど、今度はジロリンタンに登場してもらおかなと思たんや」

「出てくれる翻訳家がほかにいないから、おれに目をつけたんだな。おれの横顔はこのページの左上にある写真を見ればわかるし、その下に略歴が書いてある。それだけで充分だろ?」

「そんなこと言わんといて。そや、ジロリンタンが訳者名として木村二郎名義にしたり、木村仁良名義にしたりしてるけど、どこがどうちゃうのんか説明してくれへん?」

「うん、おれ自身も混乱するほど、ややこしい。十五年ほど前に、一身上の都合で木村仁良という双子の弟をでっちあげて、ドナルド・E・ウェストレイクの『ニューヨーク編集者物語』(扶桑社ミステリー)を翻訳したのが、この混乱の始まりだ」

「一身上の都合っちゅうのは、借金取りかヤアさまから逃げてたんとちゃうんかいな?」

「とにかく、仁良名義で翻訳したりコラムを書いたりしていたが、一九九四年に短篇集『ヴェニスを見て死ね』(早川書房)を出すときに、木村二郎名義にした。というわけで、小説のときは木村二郎名義で、翻訳とコラム執筆のときは木村仁良名義と使い分けてたんだが、長生きはしてみるもんだね」

「養老年金をもろたんかいな」

「そうじゃない。ロジャー・L・サイモンの『誓いの渚』(講談社文庫)を出すときに、担当編集者が訳者名を木村二郎にしてしまったのだ。それで、解説者の名義を木村仁良にした。そのあとから、二郎が訳者のときは仁良が解説を書き、仁良が訳者のときは二郎が解説を書くことになったんだ。ウェストレイクの『二役は大変!』(ミステリアス・プレス文庫)では、二郎と仁良の二人があとがきを書いてるぞ」

「ややこしゅうて、脳ミソが腸捻転起こすわ。巷の噂やけど、ジロリンタンはほかにも秘密のペンネームがあるんやてな」

「うーん、かつてジョー・ヴェニスものの中短篇を『ミステリマガジン』に発表したときは、ジェイスン・ウッド作、木村仁良訳にしていた。ほかにも、カタカナ名前で短篇を発表したことがあるが、そのときの訳者名は教えられないな」

「そんなイケズ言わんと教えてえな。教えへんと、みんなにあのことをばらしたるで」

「あのことって何だ?」

「『探偵稼業はやめられへんなあ』を匿名で編纂したことや」

「『探偵稼業はやめられない』(光文社文庫)だよ。いちおう『ジャーロ』傑作短編アンソロジーということになっているがね。しかし、それをばらされるのはまずいな。教えるから黙っててくれよ。じつは、あのときに使った訳者名は……」 //



[ジロリンタンから一言] ---- この「対話」は『ミステリマガジン』2003年11月号掲載の『翻訳者の横顔』のために書いた原稿です。じつはこの前にも別の原稿があったのですが、自分では気に入らなくて、まったく違う概念で書き換えました。ボツにした初めの原稿も読みたいという奇特な方はここをクリックしてください。

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