『マーリーとスクープ』電子書籍版の解説
本書『マーリーとスクープ』(Marleigh and Scoope) は二〇一四年と一五年に短編一編ずつ自主出版されたニューヨークの女性探偵フィリス・マーリーもの短編三編と“ほぼ固茹で”探偵サム・スクープもの短編四編を収録した合体版である。それでは、収録作品について一編ずつ説明しよう。
冒頭を飾る「大いなる銃撃」(The Big Shoot) は、二〇一〇年に書いた女性探偵フィリス・マーリーものの実際の第一編だ。つまり、《ミステリーズ!》二〇一三年二月号掲載の「偶然の殺人者」で世間に初登場したときよりも前に、彼女は存在したわけだ。じつは、ある有名な探偵小説のパロディーを書くつもりで、フィリス・マーリーを創りあげた。たぶん、ジョー・ヴェニス復活第一編「永遠の恋人」(《ミステリーズ!》二〇一〇年十二月掲載、東京創元社刊『残酷なチョコレート』収録)よりも先に書いたと思う。それに、ヴェニスものの「ツインクル、ツインクル」(『残酷なチョコレート』初出)には、フィリスが登場する初期ヴァージョンもあったのだ。
初稿では、作者の正体を隠すために、“レイチェル・キャンデル”(燭屋麗[しょくや・れい]訳)という女性的なペンネームも考えていた。この幻の“第一編”が一人称で書かれていることに注意していただければ幸いである。もともとマーリーものは一人称で書いていたのだが、ヴェニスものと混同しないように、「偶然の殺人者」では何度も書き直す課程で三人称記述に変更した。
第二編「偶然の殺人者」(The Accidental Murderer) は、《ミステリーズ!》二〇一三年二月号に掲載され、マーリーが初めて世間に顔見せした作品である。二〇一二年暮れには英米のミステリー業界に匿名の書評者が現われ、“ソック・パペット”という言葉がよく使われたので、その状況をヒントに本編を書いた。
第三編「ダニエルという名の橇」(No Sled Named Daniel) は、「偶然の殺人者」に続く作品として二〇一三年初頭に書いた。私立探偵ものには似合わないダイイング・メッセージを“マッガフィン”(狂言回し?)に使っている。しかも、橇のジョークを使うなんて、もってのほかである! ミステリー作家とファンが交流するミステリー・コンヴェンションを舞台にしているので、ジョー・ヴェニスのほか、「偶然の殺人者」に登場したタラ・ドノヴァンやジェイク・ヘイウッドも顔を出してくれるし、ほかの楽屋オチも用意してある。
このあと、マーリーはヴェニスもの中編「厄介な古傷」(《ミステリマガジン》[HMM]二〇一九年九月号掲載、電子書籍版『逃亡者と古傷』に収録)に副主人公として登場する。
さて、“ほぼ固茹で”探偵サム・スクープもの短編第一編「初夏」(Early Summer) は、ハミルトン・ダッシャー名義(鍬井治訳)で《ミステリマガジン》一九九九年一月号に発表した。もちろん、ロバート・B・パーカーの探偵“ノー・ファースト・ネイム”・スペンサーもののパロディーである。主人公サム・スクープという名前もあの名探偵の名前に当然よく似ている。それに、世を忍ぶ仮の名前“ハミルトン・ダッシャー”もある有名作家の名前を思い出させる。
スクープもの第二編「晩春」(Last Spring) は、ハミルトン・ダッシャー名義(鍬井治訳)で《ミステリマガジン》二〇一〇年五月号に発表した。「初夏」に続くロバート・B・パーカーの探偵スペンサーもののパロディーなので、本書の掲載順を先にした。二〇一〇年一月にパーカーが亡くなったので、急遽、HMM二〇一〇年五月号でパーカー追悼特集を組むことになり、「初夏」の前日譚を書いたのだ。スクープがスペンサーにどことなく似ているシェリーと出会うというエピソードだが、雑誌掲載時にこの作品を読んだ方のほとんどが結末を作者の意図とは違うふうに解釈していたので、結末を書き換えた。
ちなみに、本編は状況設定がパーカーの二作品とよく似ているが、展開はかなり異なっているはずである。パロディーなので、軽い気持ちで“笑読”していただければ幸いだ。ハミルトン・ダッシャー(鍬井治訳)の正体が木村二郎であることを公表するのは、二〇一四年八月に本編の電子書籍版を自主出版したときが初めてだった。
スクープもの第三編「フ**クのF」(F Is for F**k) は、《ミステリマガジン》一九九九年九月号にハミルトン・ダッシャー名義(鍬井治訳)で発表した。もちろん、スー・グラフトンの人気の高い女性探偵キンジー・ミルホーンもののパロディーで、スクープが女性探偵リンジー・ヒルマインを殺した犯人を追うエピソードだ。しかも、もう一人の有名な女性探偵も友情出演してくれる。ちなみに、《シスターズ・イン・クライム》(SinC)は、ミステリ界における女性作家の地位を向上させる目的で、一九八九年にサラ・パレツキーを始めとする女性作家たちが創立した実在の団体である。
スクープもの第四編「たった一つの死にざま」(Only One Way to Die) で、ダッシャーはなんとローレンス・ブロックのマット・スカダーもののパロディーに挑戦している。スクープがスカダーにどことなく似ているナット・スキャッターを殺した犯人を追うというエピソードである。
スクープものの続編は書くかどうか疑問だが、マーリーものの続編は書く可能性が大いにある。(木村二郎)
二〇二一年一月
初出一覧
「大いなる銃撃」:キンドル版電子書籍 自主出版(二〇一四年八月)
「偶然の殺人者」:《ミステリーズ!》二〇一三年二月号
「ダニエルという名の橇」:キンドル版電子書籍 自主出版(二〇一四年八月)
「初夏」:《ミステリマガジン》一九九九年一月号
「晩春」:《ミステリマガジン》二〇一〇年五月号
「フ**クのF」:《ミステリマガジン》一九九九年九月号
「たった一つの死にざま」:キンドル版電子書籍 自主出版(二〇一四年八月)
電子書籍版:税込880円
活字版(オンデマンド):税込1694円
日本版ホームページへ
国際版ホームページへ