迷翻訳家登場/木村仁良の巻

 

一九七〇年代はニューヨークに住んでいた。七三年の夏から『ミステリマガジン』に「ニューヨーク便り」の連載を始めた(“研究家”デビューまでの経緯については、また別の機会に)。ニューヨークのミステリー・シーンや新刊、新しいミステリー映画について書いたのだが、連載は三年続き、あとで原稿を大幅に書き改めて、『ニューヨークのフリックを知ってるかい』(講談社絶版)という単行本にまとめた。
 
当時は翻訳学校などはなくて、ミステリーを翻訳する人は少なかった。英語を理解できるミステリー愛好家が翻訳をしていた古き良き時代だったような気がする。そういうわけで、先輩の小鷹信光氏のすすめで翻訳をすることになった。本名の木村二郎名義で初めて翻訳した短編は、エドワード・D・ホックの怪盗ニック・ヴェルヴェットもの「カッコウ時計」だった(『ミステリマガジン』七三年十二月号訳載)。
 
そのあと、『ミステリマガジン』に短編を翻訳したり、小鷹氏の下訳を何作かやったが、木村二郎名義で初めて翻訳した長編は、ヴィクター・B・ミラーの刑事コジャックもの『殺人教室』(七六年刊)だった。早川書房発行のハヤカワ・ブックスという珍しい新書判である。その「あとがき」を書いたところが、締め切りに間に合わず、『殺人教室』には誰の「あとがき」もなくて、友人の石田善彦氏の訳した『ダイナマイト療法』のほうの巻末に載ったのである。
 
いちおう翻訳家なので、自分の書いたオリジナル中短編小説を“木村仁良訳”として発表する“お遊び”もできた。『ミステリマガジン』九〇年二月号“訳載”の「ヴェニスを見て死ね」を初めとする“ジェイスン・ウッド”作のジョー・ヴェニスものである。あとで早川書房より単行本にまとめるときには、著者名を木村二郎にした。今度は違う“訳者名”をでっちあげて、こういう“お遊び”をもう一度楽もうと企んでいる(“作者”デビューまでの経緯については、また別の機会に)。
 
一番新しい翻訳書であるリチャード・スタークの『悪党パーカー/エンジェル』(ハヤカワ・ミステリ文庫、九九年四月刊)は、悪党パーカーのなんと二十三年ぶりの復帰作で、原題の Comeback をそのままカタカナにしてほしかった。ちょうどそのときに、メル・ギブソンが『人狩り』を映画化した『ペイバック』(リー・マーヴィン主演の『殺しの分け前/ポイント・ブランク』のリメイク)が日本公開されるというので、二か月で翻訳することになった。そして、自分でも驚いたことに、締め切り日よりも数日早くできあがってしまったのだ。
 
この次には、ビル・プロンジーニの名無しの探偵もの長編二十二作目が来年春に講談社文庫より刊行される予定である。このシリーズはアメリカではほぼ毎年一作発表されているのに、日本では九〇年訳出の『報復』以来長編はずっと紹介されていなかったのだ。名無しの探偵が六十歳の誕生日を前にして、十年来付き合ってきた恋人とついに結婚するところから始まる、とだけ説明して、プロンジーニや名無しの探偵ものについては「巻末解説」のほうでしつこく書こう(またまた混乱させて申し訳ないが、訳者名は“木村二郎”になるような気がする)。
 
ただ今翻訳中の作品については、また別の機会に。
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これは日本推理作家協会の会報1999年10月号のために書いたもの。会員以外の方はたぶん読んでいないでしょうから、ここに再録しました。(ジロリンタン)

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