『おれって本当にハードボイルド探偵なの?』電子書籍版の前口上


おれって本当にハードボイルド探偵なの?  関西弁の下手な速河出版の女性編集者がおれの仕事場にやって来たのは、『おれって本当にハードボイルド探偵なの?』電子書籍版の配信が開始された翌日のことだった。

「なあ、ジロリンタン、『おれハド』を読んだで」

「おいおい、ちゃんと『おれって本当にハードボイルド探偵なの?』と正式なタイトルで呼んでくれよ」

「正式の長いタイトルを言(ゆ)うてたら、日が暮れてしまうわ」

「まるで落語の《寿限無》だね」

「これは五年前にゴミシューシュー・プレスから電書で出た『おれは名探偵』に付録をつけて分厚うしただけとちゃうのん?」

「ゴミシューシュー・プレスじゃなくて、ちゃんとガムシュー・プレスと呼んでくれよ。『おれは名探偵』増補改訂版を会話形式によるミステリー・エッセイ集を第一巻としたら、第二巻として販売しようと予定していた「おれって本当にハードボイルド探偵なの?」やほかのエッセイを集めて合本にしたんだ」

「へええ、表題作の「おれハド」には、わてみたいな美人の女性編集者が登場してるなあ。わての許可なしに、個人的な会話を公表したんちゃうか?」

「まだちゃんとタイトルを言えないのかよ。“美人”とはどこにも書いてなかったはずだけどな。まあ、きみみたいな女性編集者を無断で登場させたことは認めるが、本当のモデルはほかにいるんだよ」

「ええっ! わて以外にも体型のすらっとした見目麗しい女性がおるっちゅうのん? わての双子の姉妹みたいな人やなあ。ほんでも、わて、こんなアホみたいなこと、言(ゆ)えへんで。それに、ミステリー・エッセイ集の中には知らん作家
の名前が四、五人おるなあ」

「エッセイ集では、おれの分身である仁良が翻訳した本の解説とか、ほかのところで書いたエッセイを厳選した。ミステリーの巻末解説とかエッセイはたくさん書いたけど、会話形式のエッセイは思っていたよりも少なかったよ」

「なんで有名とちゃう作家の文庫本も取りあげたんや?」

「有名でない作家の本でも、自分の解説には必死に知恵を絞って考えたオチもあって、気に入っているから、収録したんだ」

「ほんでも、ときどき登場する“おれ”っちゅうむさ苦しい野暮なおっさんは、ジロリンタンがモデルかいな?」

「どこにも“むさ苦しい”とか“野暮な”とか書いてないのに、勝手に想像するなよ。エッセイに登場する複数の“おれ”は、“二郎”とか“ジロリンタン”と明記したある人物以外、この本の著者とは別人だ。本書の会話に参加する氏名不詳の“おれたち”は取材記者だったり、企業コンサルタントだったり、探偵だったりする」

「「おれは名探偵」に登場する自称ミステリー研究家のジェイスン・ウッドは、あとのエッセイに登場する解説屋のジェイスン・ウッドと同じおっさんかいな? それに、かつてジョー・ヴェニスものの小説を書いていたと噂される作家と同一人物なん?」

「本書に登場する「おれは名探偵」の研究家と、巻末解説屋とはたぶん同一人物だろうが、ジョー・ヴェニスものの作家は同名異人だろうね」

「簡単に字数を稼げるさかいに、ジロリンタンは会話形式のエッセイを書いてるんとちゃうのん?」

「うーん、そういうときもあるが、研究発表みたいな真面目な解説や雑文を書いても、興味を持って読んでもらえないから、読みやすい会話形式を取り入れたのかもしれないね」

「そやなあ、読みやすいけど、あとに何にも残れへんわ」

「まあ、それはそれでいいんだ。読んでるときだけでも、日常の悩みや苦しみを忘れて、楽しんでくれればいいんだから」

「このほかにも会話形式のエッセイはあれへんのん?」

「ほかにも見つけたんだが、独り言に近かったり、ミステリーの話題が少なかったりして、結局ボツにした。じつのところ、内容を覚えている収録したい会話形式のエッセイは、ほかにもあるはずなのだが、初出原稿やコピーが見つからないので、仕方なくあきらめたよ。そのうちに見つかるだろう」

「見つかるんは、たぶんジロリンタンが死んだあとやろな」

「おいおい、嬉しそうに笑いながら言うなよ。見つけたいのは、ある男がバーにいると、女性が隣にすわって、隻腕探偵ダン・フォーチューンのことをいろいろと尋ねるというエッセイと、また別の男がバーにいると、知らない男がやって来て、泥棒のジョン・ドートマンダーの居所を知らないかと尋ねるエッセイだ。ここに収録した『ミステリマガジン』掲載の二編は、松坂健さんと彼の司書さんに見つけてもらった。感謝だね」

「そやそや、訊きたいことがあったわ。「ドリンキング・ディック」に登場する老探偵って、名前ははっきり書いてへんけど、もしかして……」

「しいっ! 本名は公表しないほうがいい。面白味が薄れるだろっ」

 その女性編集者がおれの耳元でささやいた。「ロバート・ミッチャムやろ」

 それでは、皆様方、巻末の奥付までこの『おれハド』……ではなく、『おれって本当にハードボイルド探偵なの?』をごゆっくりとご笑読くださいますよう、よろしくお願い申しあげまする〜! あっ、日が暮れてしまった。

二〇二一年三月
木村二郎

電子書籍版(キンドル):税込880円
活字版(オンデマンド):税込1254円


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