『逃亡者と古傷』電子書籍版の解説
本書『逃亡者と古傷』(A Fugitive and Old Wounds) は、二〇二〇年七月に電子書籍版(横組み)として自主出版されたニューヨークの私立探偵ジョー・ヴェニスもの中編「厄介な古傷」(Old Wounds Always Make Trouble) とヴェニスもの書き下ろし中編「きのうの逃亡者はきょうも逃亡者」(Once a Fugitive, Always a Fugitive) の合本版である。
本書収録一編目「厄介な古傷」は《ミステリマガジン》二〇一九年九月号に掲載された。《ミステリマガジン》にヴェニスが最後に登場したのが、一九九四年十一月臨時増刊号掲載の「孤独な逃亡者」だから、なんと二十四年ぶりの“里帰り”ということになる。雑誌掲載時には、小さい活字で三段組が約六十頁続くというかなり読みづらい割り付けだったので、読む気を失ったり、読み続けられなかったりする方が多かったと聞き、フォント・サイズを調整できるように電子書籍化したかった。
それに、ヴェニスものが電子書籍になるのもこれが初めてだ。ヴェニスもの作品集はこれまでに『ヴェニスを見て死ね』(早川書房、一九九四年刊/単行本未収録の二編を加えて、二〇一一年に創元推理文庫より『ヴェニスを見て死ね』と『予期せぬ来訪者』の二分冊で再刊)と『残酷なチョコレート』(東京創元社、二〇一三年刊)が刊行されたが、二冊とも絶版になった。
本編にはそれまでのヴェニスものに登場した人物が多く顔を出しているので、絶版の活字版作品集をネットで購入していただければ幸いである。本編にはもう一人のシリーズ・キャラクターである女性探偵フィリス・マーリーも特別出演してくれているので、マーリーとヴェニスの交友関係が明らかになる。冒頭部はある有名作品にそっくりだが、もちろん故意である。
英語タイトルは推敲を重ねるたびに変わり、《ミステリマガジン》に提出したときも英語タイトルをつけたのだが、幸か不幸か、掲載時には英語タイトルは記されなかった。二〇二〇年になって単独で電子書籍版の表紙を作成していただく段階になって、最終的な英語タイトルを考えているときに、ピピッと頭に閃いたのだが、もっとよいタイトルはないだろうかと、まだ迷っているところだ。
もう一編の「きのうの逃亡者はきょうも逃亡者」は二〇一九年暮れ頃から書き始めて、二〇二〇年の新型コロナウイルス拡大騒ぎが起こる前に書きあげた。少し大袈裟だが、本書が本邦初公開である。「厄介な古傷」でも「きのうの逃亡者は〜」でも言及される日本人女性アーティストのミサ・ナガタは、『予期せぬ来訪者』収録の「東は東」に初めて登場し、『残酷なチョコレート』収録の「ドラゴン・タトゥーの女」や「血は水より危険」で言及されている。
最後になったが、一九九〇年代からずっとジョー・ヴェニスを応援してくださっている方々や、本書で初めてヴェニスの活躍を読んでくださる方々には、心から感謝する。(木村二郎)
二〇二〇年十一月
初出一覧
「厄介な古傷」:《ミステリマガジン》二〇一九年九月号
「きのうの逃亡者はきょうも逃亡者」:書き下ろし(二〇二〇年十二月)
電子書籍版:税込880円
活字版(オンデマンド):税込1518円
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