骨まで愛した泥棒

(ドナルド・E・ウェストレイク『骨まで盗んで』解説)

骨まで盗んで  本書 Don't Ask(一九九三年刊)は不運な泥棒ジョン・ドートマンダーもの長篇第八作であり、九〇年刊の Drowned Hopes と九六年刊の『最高の悪運』(ミステリアス・プレス文庫)とのあいだに位置する。

 まず、献辞ページを見ていただこう。

  本書を畏怖と賞賛をこめて、
  ロバート・レッドフォードとジョージ・C・スコットと
  ポール・ルマットとクリストファー・ランバートに捧げる。
  その全員がドートマンダーを演じるなんて、誰が想像しただろうか?

 七〇年刊のドートマンダーもの長篇第一作『ホット・ロック』の同名映画(七二年公開)ではロバート・レッドフォードが、七二年刊の第二作『強盗プロフェッショナル』の映画版《悪の天才たち・銀行略奪大作戦》(七四年公開。日本ではTV放映のみ)ではジョージ・C・スコットが(映画では“バランタイン”)、七四年刊の第三作『ジミー・ザ・キッド』(以上の三作とも角川文庫刊)の同名映画(八三年公開。日本では劇場未公開)ではポール・ルマットが、八三年刊の第五作『逃げだした秘宝』(ミステリアス・プレス文庫)の映画版《ホワイ・ミー?》(八十九年公開。アメリカでは未公開)ではクリストファー・ランバートが(映画では“ルネ・オーガスティン・カーディナル”、通称ガス)それぞれドートマンダーを演じた。
 本書が刊行されたあと、第九作『最高の悪運』の映画版 What's the Worst That Could Happen? が二〇〇一年にアメリカで公開された(日本未公開)。人気黒人俳優マーティン・ローレンス(《ビッグ・ママ・ハウス》)がドートマンダーに(映画では“ケヴィン・キャファリー”)、ダニー・デヴィートがマックス・フェアバンクスに扮している。監督はサム・ワイスマン、脚本はマシュー・チャップマン。この解説子はDVD版を観た。傑作とは呼べないが、駄作とは呼べない出来だった(〇一年に公開された話題作の中でも、これよりひどい作品がいくつもあったぞ)。

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 ドートマンダーもののレギュラーについては、八五年刊の第六作『天から降ってきた泥棒』(ミステリアス・プレス文庫)の巻末解説で紹介されているので、“準レギュラー”を紹介しながら、お節介な注釈を付け加えよう。

 第4章で登場するJ・C・テイラーは『天から降ってきた泥棒』でドートマンダーたちが知り合った“女性実業家”で、のちにタイニーと同居するようになる。「つまりアヴァロン作戦のときのみんなを家に入れるのよ」とJ・Cが言うが、その“アヴァロン作戦”とは、『天から〜』でドートマンダーたちが〈アヴァロン・ステイト銀行タワー〉から若い修道女を救出する作戦のことを指す。

 第5章に、「このあいだ、ドートマンダーはニューヨーク州北部で貯水池の絡むちょっとした仕事に関わったのだが、ほとんど貯水池の中にいたのだ」という箇所があるが、これは前作 Drowned Hopes でドートマンダーたちがダムの貯水池に沈んだ大金を捜したときのことだ。

 第8章で、タグボートからヴォツコイェク大使館のドックにおりたドートマンダーは、フラデツ・クラロフツ大使に呼びとめられて、握手をしながら、「ディダムズです」と名乗る。ドートマンダーが“ディダムズ”という偽名を初めて名乗ったのは、《プレイボーイ誌》八九年八月号に掲載されたエドガー賞受賞作「悪党どもが多すぎる」の中でだった。今ではローレンス・ブロック編『巨匠の選択』(ハヤカワ・ミステリ)に収録されているので、“ディダムズ”の謂れを知ることができる。

 第19章で、ケルプはニューヨーク市警のバーナード・クレマツキー刑事に会う。「おまえはある男の情報を知りたがったな」とクレマツキーはケルプに言う。その“ある男”とは、レオ・ゼインのことで、七七年刊の第四作『悪党たちのジャムセッション』(角川文庫)でドートマンダーたちの命を狙う殺し屋である。このあとでも、クレマツキーは『最高の悪運』にも登場し、ケルプから情報を聞き出している。

 第23章で、ケルプは「陽気に飛び跳ねているヘラジカの柄がはいったスキー・マスクを弄びながら、マディスン・アヴェニューのスポーツ用品店でそれを買ったことを」思い出す。ケルプが〈スリート&ヒート・スポーツ・ショップ〉でドートマンダーと一緒にそのスキー・マスクを買ったのは『逃げだした秘宝』の中でだった。

 第39章で、「〈OJ〉の奥の部屋が以前にこれほどいっぱいになったのは、仲間の誰が〈ビザンチンの炎〉を盗んだのか突きとめようとしていたときだった」とあるが、もちろん、これは『逃げだした秘宝』のルビー盗難事件のことを指している。ジム・オハラやフレッド&セルマ・ラーツ、ガス・ブロック、ラルフ・デムロフスキー、ラルフ・ウィンズロウは『最高の悪運』でもドートマンダーに力を貸す準レギュラーだ。ただ、デムロフスキーの相棒ハリー・マトロックは今回が初登場かもしれない。つまり、本書には『最高の悪運』と同じように、ドートマンダー一家が勢揃いするのである。

 そして、「数年前のジム(・オハラ)との仕事は、ダウンタウンの屋上で終わった」というのは、『天から降ってきた泥棒』の第1章での出来事だった。オハラとは、そのあと《プレイボーイ誌》二〇〇〇年八月号に掲載された「芸術的な窃盗」(『ミステリマガジン』〇二年八月号訳載)でも共演している。

 第41章で、〈コンティネンタル探偵社〉の七人の警備員(ジョー・マリガン、フェントン、ガーフィールド、モリスン、ブロック、フォックス、ドレズナー)が現われる。「ある夜、七人は銀行をなくしたのだ」とあるが、これは『強盗プロフェッショナル』でドートマンダーたちに銀行をトレーラーごと盗まれたことを指す。そして、『悪党たちのジャムセッション』で「そのチームはイースト・サイド----裕福なイースト・サイド----のタウンハウスで金持ち男のパーティーを警備していたが」、ドートマンダーたちに侵入されたのだ。

 かつてのウェストレイクの文芸代理人ヘンリー・モリスン、ウェストレイクと Gangway を共作した作家仲間ブライアン・ガーフィールド(『狼よさらば』早川書房)、今をときめく超人気作家ローレンス・ブロックなど、ウェストレイクの親しい知り合いが名字を貸している。

 そのほか、ドートマンダーものをずっと読んでいる方には懐かしい架空の固有名詞がいくつか隠れている。もちろん、ドートマンダーものを初めて読む方も充分に本書を楽しめるはずである。

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 Dortmunder(ドートマンダー)は don't murder(殺すな)のアナグラム(綴り換え)でもある。ドートマンダーものでは、「殺すぞ」と威す場面は出てくるが、実際に人を殺す場面はないことにお気づきだろうか? 一方、リチャード・スターク名義の悪党パーカーものでは、パーカーは必要なら躊躇なく相手を殺す。ウェストレイク名義でも、九七年刊の話題作『斧』(文春文庫)や二〇〇〇年刊の The Hook(文春文庫近刊)の中で悲痛な殺害場面が出てくる。

 しかし、ウェストレイクがドートマンダーという名前を思いついたのは、そのアナグラムからではない。ドートマンダーとは、ドイツの街ドルトムントで製造されるビール、「ドルトムンダー」のことなのである(日本では、縮めて「ドルト」と呼ばれる)。ウェストレイクがドイツ・ビールを飲んでいるときに、ラベルに印刷されたその名前を見て、この不運な泥棒の名前にしたという。

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 ウェストレイクは〇一年にドートマンダーもの長篇第十作 Bad News を発表した。ドートマンダーたちがインディアンの骨を墓場から盗むという説明困難で複雑な話である。この映画版はミロシュ・フォーマンが監督し、ダグ・ライトが脚色するらしい(ドートマンダー役の俳優は未定)。〇二年刊のノンシリーズ Put the Lid on It では、けちな泥棒が大統領再選委員会の幹部に頼まれて、大統領側には不利な映像が映っているヴィデオ・テープを相手陣営から盗み出すために画策する。

 そのうえ、同じ〇二年にはジャドスン・ジャック・カーマイクル名義で The Scared Stiff という別のコミカル・ミステリも上梓した。リチャード・スターク名義では、〇一年に悪党パーカーもの復活第四弾 Firebreak を発表した。〇二年秋には第五弾 Breakout が刊行される。なんと、つかまったパーカーが脱獄するという話なのだ。

 九九年には、七七年刊『殺人はお好き?』(早川書房)に収録された中篇「トラヴェスティ」が A Slight Case of Murder としてアメリカのケーブルTV局で放映され、WOWOWでは《殺人初級講座/世の中そんなに甘くない?》として放映された(主演はウィリアム・メイシー)。

 ウェストレイクはアメリカ探偵作家クラブより三つのエドガー賞(長篇『我輩はカモである』[ミステリアス・プレス文庫]と短篇「悪党どもが多すぎる」と脚本《グリフターズ/詐欺師たち》)のほか、巨匠賞を受賞しているが、〇二年にはアメリカ脚本家同盟よりイアン・マクリラン・ハンター特別賞を受賞した。

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 本書では『ホット・ロック』でドートマンダーが(映画版ではロバート・レッドフォードが)つぶやいた例の有名な台詞が出てくる。さて、どこに出てくるのだろうか? この解説子には訊かないでくれ。それは読んでのお楽しみだ。

 二〇〇二年五月


〈ドートマンダーもの長篇リスト〉
@The Hot Rock (1970)『ホット・ロック』平井イサク訳/角川文庫
ABank Shot (1972)『強盗プロフェッショナル』渡辺栄一郎訳/角川文庫
BJimmy the Kid (1974)『ジミー・ザ・キッド』小菅正夫訳/角川文庫
CNobody's Perfect (1977)『悪党たちのジャムセッション』沢川進訳/角川文庫
DWhy Me (1983)『逃げだした秘宝』木村仁良訳/ミステリアス・プレス文庫
EGood Behavior (1985)『天から降ってきた泥棒』木村仁良訳/ミステリアス・プレス文庫
FDrowned Hopes (1990)
GDon't Ask (1993)『骨まで盗んで』木村仁良訳/ハヤカワ・ミステリ文庫 本書
HWhat's the Worst That Could Happen? (1996)『最高の悪運』木村仁良訳/ミステリアス・プレス文庫
IBad News (2001)
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これは木村仁良名義で翻訳したドナルド・E・ウェストレイクの『骨まで盗んで』(ハヤカワ・ミステリ文庫、2002年6月刊、円)の巻末解説であり、自称作家の木村二郎が書いている。(ジロリンタン、2002年6月吉日)

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