「ウェストレイクはお好き?」

Do You Like Westlake?


 そのバーはマンハッタンのアッパー・ウェスト・サイドにあって、名前を〈D・E・Wバー&グリル〉といった。おれはそこのカウンターでカンパル&ソーダを飲んでいた。右のほうでは、常連客三人がヒゲの正しい剃り方について真剣に議論を闘わせていた。

 左隣のスツールに腰かけて、シーヴァス・リーガルをストレートでちびりちびり飲んでいる男がおれに話しかけてきた。「あんた、ドナルド・E・ウェストレイクを待ってるんだって?」

 おれはうなずいた。

「おれもそうなんだよ。じつは、ウェストレイクって野郎がおれの名前を無断で使ったらしいんで、苦情を申し立ててやろうと思ってね」

「それで、あんたの名前は?」

「ディダムズ、ジョン・ディダムズだ」

「ディダムズだって?」
「ああ。ウェールズ地方の名前なんだ」
「なるほど。ドードマンダーが短編『悪党どもが多すぎる』で使った偽名だな」

「その短編はまだ読んだことがないんだが、どうもそうらしい。あんたはウェストレイクについて詳しいようだな。こいつはどんな小説を書いてやがるんだい?」
「八〇年代にはいってからは、八二年刊の Kahawa を書いた。イディ・アミンがまだウガンダの大統領をしていた時代に、コーヒー豆を積んだ列車が乗っ取られるという話で、超長編なので、おれは放り投げちまった」

「それで、何メートル飛んだんだ?」

「おいおい、砲丸投げじゃないんだぞ。八五年刊の High Adventure は南米が舞台のケイパーものだが、これも超長編なので、読んでない」

「ケイパーで味付けしてある小説なのか?」

「ケイパーという植物もあるが、強奪のこともケイパーというんだ。八七年には、女房のアビー・ウェストレイクと一緒に『アルカード城の殺人』(扶桑社ミステリー)と High JInx という変わった本を書いている」

「どうい変わってるんだい?」
「〈マーダー・インク〉の初代店主ディリス・ウィンがニューヨーク州北部にある〈モーホーク・マウンテン・ハウス〉で毎年一回、〈ミステリー・ウィークエンド〉というミステリー・ゲームを催していたんだが、七年目に、ウェストレイクと女房のアビーがその後を引き継いだ。そのときのシナリオを活字にしたんだな」

「〈マーダー・インク〉というのは殺人結社なのかい?」

「いや、マンハッタンの有名なミステリー専門書店だ。それで、八八年刊の『嘘じゃないんだ』(ミステリアス・プレス文庫)はスキャンダル新聞の編集部が舞台の業界ものだ」

「スキャンダル新聞というと、スーパーマーケット・タブロイドと呼ばれる《ナショナル・エンクワイアラー》みたいなやつかい? “あたしは宇宙人の子供を宿した”というような記事が載っている?」

「紙名は《ウィークリー・ギャラクシー》に変えてあるが、中身は《エンクワイアラー》にそっくりだ。そして、八九年刊の『聖なる怪物』(文春文庫)はハリウッドの業界ものだ。主人公のジャック・パインは有名俳優だが、成功するためには他人を踏み台にしてきたような男だ。芸能記者がパインにインタヴューして、酔っ払った支離滅裂のパインが成功までの経緯を回想するという構成だ」

「それで、あんたがさっき言っていたドートマンダーってのは、映画の《ホット・ロック》に出てきたやつだろう? ロバート・レッドフォードが主演だったかな?」

「そうだ。それはジョン・ドートマンダー・シリーズの一作目だ。八三年刊のシリーズ五作目『逃げ出した秘宝』(ミステリアス・プレス文庫)も映画化されて、《ホワイ・ミー?》というタイトルで九〇年に公開された。ウェストレイク自身が脚色している。ドートマンダーが宝石屋に忍び込んで、ルビーを盗んだところ、これがなんとトルコの国宝だった。それで、ドートマンダーはトルコ政府、ギリシャのゲリラ、FBI、ニューヨーク市警、マフィアから追われるはめになるという話だな」

「あんた、ペイパーバック版の裏表紙の宣伝文句を読んでるだけじゃないか!」

「ずっと昔に読んだから、内容を忘れちまったんだよ。それで、八五年刊の六作目『天から降ってきた泥棒』ミステリアス・プレス文庫)では、ドートマンダーが女修道院に忍び込んだところを見つかって、神の使いだと思われる。そこの修道院の若い尼僧が父親にさらわれたので、連れ戻してほしいと依頼されるという話だ」 「またペイパーバック版の宣伝文句を読んでるぞ」

「それで、九〇年刊のシリーズ七作目 Drowned Hopes では……」

「おいおい、また宣伝文句を読むのかい?」

「ハードカヴァー版は四〇〇頁強の長さなので、まだ読んでないんだ。宣伝文句を読むと、ドートマンダーのムショ仲間がやって来て、かなり昔に埋めた七十万ドルを取り戻したいという。ところが、その七十万ドルは現在、ダムの貯水湖の下に眠っているので、ダムを爆破して、金と取り戻そうとムショ仲間のトムは考えている。爆破すると、まわりの住民に迷惑が及ぶので、ドートマンダーはほかの方法を何度も試してみすという話……らしい」

 ディダムズは五杯目のシーヴァス・リーガルを飲み干して、酔眼で腕時計を見た。

 おれは自分の腕時計を見て、カンパリ&ソーダを飲み干した。「今晩、ウェストレイクは来そうにないな」そう言って、スツールからおりた。

「あんたの名前は何と言ったっけ?」ディダムズが背後で尋ねた。

「ジョン・ドートマンダーだ。おれもあんたと同じ用件で来たんだよ」おれは、ぽかんと口をあけたままのディダムズに一瞥をくれて、そのバーを出た。


 これは木村二郎が『ミステリマガジン』一九九〇年九月号に寄稿した似非エッセイの改訂版である。同号にウェストレイクのエドガー賞受賞作の短編「悪党どもが多すぎる」が訳載された。ちなみに、寄稿者は1992年に入院したときに、超長編の The Drowned Hopes を病床で読む時間がやっとできたのだ。これも2021年刊の会話型式によるエッセイ集『おれってハードボイルド探偵なの?』に収録したかったエッセイなのだが、3年前には見つからなかった原稿を最近になってやっと見つけたのだ。(ジロリンタン、2024年5月吉日)

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