悪党パーカーの帰還
(『悪党パーカー/エンジェル』解説)
一九九七年刊の本書、『悪党パーカー/エンジェル』(原題 Comeback)では、七四年刊のシリーズ十六作目『悪党パーカー/殺戮の月』(ハヤカワ・ミステリ)以来、二十三年ぶりに悪党パーカーが登場する。邦訳としては、六七年刊の十作目『悪党パーカー/標的はイーグル』がハヤカワ・ミステリで刊行されたのが八七年なので、十二年ぶりの翻訳ということになる。
この二十三年のあいだ、作者のリチャード・スタークこと、ドナルド・E・ウェストレイクはパーカーを見捨てていたわけではない。《ミステリマガジン》九七年七月号に訳載されたリー・サーヴァーとのインタヴュー記事を参照していただこう。
じつを言うと、ずいぶん前から書こうとしていたんだ……四回ほどね。だがどれも挫折に終わった。なぜだかわからないが、スタークはいなくなってしまったという気がしたよ。そして八九年に----〈グリフターズ〉の脚本を書いていたころに----もう一度執筆を試みて、こんどは半分----百二十四枚まで書けた。……(垣内雪江訳)
それを、九一年に当時ミステリアス・プレスの出版人だったオットー・ペンズラーに見せて、アドヴァイスを仰いだ。ペンズラーのアドヴァイスに従って、いろいろと書き直したが、その先へは進まなかった。そして、ドートマンダーものの長篇九作目 What's the Worst That Could Happen? (ミステリアス・プレス文庫近刊)を書き終えたあと、次に何を書こうかと迷っていた。
……妻は、あのパーカーものに目を通してみてはどうかと言った。わたしはその言葉 に従い、書きかけの原稿を読んでみた。「ちょっと待てよ、この先がどうなるかわ かるぞ! すくなくとも二章はつづけられる。やってみよう」そして、筆は進み、ついに本を完成させることができた。……(垣内雪江訳)
この「完成させることができた」本が本書なのである。そして、妻の忠告のおかげで、本書を完成させることができたので、「やってみなさいと言ってくれたアビーに」本書を捧げているのである。ちなみに、『殺戮の月』の献辞はこうだ。「ハーイ、アビー」
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ウェストレイク名義で七四年に発表したドートマンダーものの長篇三作目『ジミー・ザ・キッド』(角川文庫)では、ドートマンダーがリチャード・スターク著の『誘拐』を参考にしながら、天才少年を誘拐して、ひどい目に遭う。この『誘拐』には悪党パーカーが登場する。これも挫折したパーカーものをドートマンダーものに転用したのかもしれない。
それに、左記のインタヴュー記事によると、ウェストレイク名義のドートマンダーものの長篇六作目『天から降ってきた泥棒』(ミステリアス・プレス文庫)は、もともとパーカーものとして書き始めたが、うまく先に進まず、ドートマンダーものに書き直したらしい。
この二十三年のあいだ、多くのファンが悪党パーカーの登場を待っていた。マックス・アラン・コリンズ(『プライベート・ライアン』新潮文庫)はパーカーものに大きく影響を受けた強盗ノーランものの長篇を七三年から八七年のあいだに七作発表し、ジャスティン・スコット(『ハードスケープ』扶桑社ミステリー)はパーカーものの短篇パスティーシュをアメリカ探偵作家クラブ年鑑に寄稿した。それに、悪党パーカーのファンジン The ParkerPhile というのが八〇年代に創刊されたが、数号で廃刊になった。
この二十三年のあいだ、パーカーが何をしていたのかは誰にもわからない。スタークの仮面をかぶっているウェスレイクは、この解説子あてのファックスの中で冗談半分にこう書いてきた。「パーカーはこの二十年、刑務所で過ごしていたのではないかと考え始めてきた」
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本書には、パーカーの相棒として、エド・マッキーとその愛人ブレンダが登場する。ブレンダは「マッキーの知恵袋」であり、魔力があるので、マッキーはブレンダを仕事に連れてくる。第一部第九章で、マッキーがガソリン・スタンドの従業員にこう言う。
……「彼女(ブレンダ)がボスなんだ!」彼は紹介した。「マ・バーカーだ!」
マ・バーカーは二〇年代の大恐慌時代に多くの銀行を襲撃してまわったバーカー兄弟の母親で、その兄弟を銀行強盗に仕立てあげたと考えられている。ロジャー・コーマン監督の映画 Bloody Mama(七〇年公開)では、シェリー・ウィンターが扮していた。
このエド・マッキーとブレンダは以前にもパーカーものに登場しているのである。十五作目『悪党パーカー/掠奪軍団』(ハヤカワ・ミステリ)でマッキーは死んだと書かれているが、蘇ったマッキーが『殺戮の月』でも活躍する。本書ではマッキーの身体的特徴の描写が詳しくないが、『殺戮の月』ではこう描かれている。
……マッキーは四十前後のずんぐりした毛 深い男で、身長は平均より少し低く、腕の いい拳闘クラブのボクサーのように自信た っぷりの様子だった。胸、肩、背中にはち ぢれ毛が密生しているが、頭髪はてっぺん のところから薄くなりはじめていて…… (第三十九章、宮脇孝雄訳)
ついでに、ブレンダのほうの描写も紹介しておこう。
……ブレンダは二十代なかばのほっそりした娘で、有無をいわせない美しさがあった。なかでも脚の形がいい。……(第三十九章、宮脇孝雄訳)
しかし、この二十三年のあいだに、マッキーとブレンダがいくつ年を取ったのかは不明瞭である。
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一作目『悪党パーカー/人狩り』(ハヤカワ・ミステリ文庫)がブライアン・ヘルゲランド(〈LAコンフィデンシャル〉)監督で再映画化され、九九年二月にアメリカで公開され、数週間のあいだ興行チャートで上位を占めた。主演のメル・ギブソンが演じる主人公の名前は、パーカーではなく、ポーターという(もちろん、スタークは『人狩り』のプロットの映画化権を売ったが、パーカーの名前の使用権を売らなかったからだ)。タイトルは Payback で、邦題は『ペイバック』。
スタークがこの映画化にあやかって、本書(原題 Comeback)を書いたわけではないことは、さっきも説明したとおりである。本書のあと、スタークは九八年に Backflash(ハヤカワ・ミステリ文庫二〇〇〇年刊)を発表して、二〇〇〇年秋には復帰第三作 Flashfire を刊行する予定である。タイトルに連続性があることに気づかれたことだろう。
スタークがこのあとも悪党パーカーものを書き続けてくれることを期待しよう。
一九九九年三月
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これは木村仁良名義で翻訳したドナルド・E・ウェストレイクこと、リチャード・スタークの『悪党パーカー/エンジェル』(ハヤカワ・ミステリ文庫、1999年4月刊、620円)の巻末解説であり、自称作家の木村二郎が書いている。翻訳タイトルは次作との連続性も考慮して、カタカナにしただけだけど、『カムバック』にしてほしかったなあ。ぜひとも本書をたくさん購入することをおすすめする。なんと、これは宝島社の悪名高き『このミステリーがすごい! 2000年版』の海外部門で人気投票第5位に選ばれたのだ。商業的には嬉しいことなのだが、喜んでいいのかどうか、複雑な気持ちである。(ジロリンタン、1999年11月28日)
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