やすら樹 No.68 2001 JULY.

【 医療と内観 −心と免疫系の会話(体によい内観)−

  吉 本 博 昭  
富山市民病院精神科部長


 前回は、心の問題が体、特に自律神経系に影響することを話題にしました。そして、心と体は別ではないことを示しました。今回は心が免疫系に働くことをお話ししましょう。

 平成元年5月、富山で初めて第12回日本内観学会が開催されました。私は大会副会長として気がかりなことがありました。体験発表者が無事に会場に来ていただけるか心配でした。発表者は安田シマさんでした。シマさんは、昭和53年に子宮ガンが発見され手術を受けられましたが、転移のために直腸ガンの手術を、さらに肺の転移がみつかりましたが、手術は不可能で余命は半年と主治医から宣告されていました。しかし、ガンにかかりながらも内観研修所で内観面接を精力的に行っておられる生き様は、体験発表者として願ってもない方だったのです。大会当日、周囲の心配は杞憂となり、元気な姿とともに感銘深い話を傾聴する機会を得ました。シマさんは、翌年に永遠の旅立ちをされました。ガン発症から15年間、肺転移発見から3年4ヶ月という医学的常識を越えた生命力に、私はただただ驚かされました。

 ガンは、ガン細胞が無制限な増殖によって健康な細胞の生存が冒される病気です。ノーベル受賞者のバーネットは、私たちの体の中で毎日ガン細胞が三千から六千個も発生していると推定しています。人の体にとって、細胞のコピーの出来損ないの一つがガン細胞なのです。不思議なことに、すべての人がガンにならない事実があります。それは、免疫システムがガン化した細胞を絶えず殺すからです。人はガン化した細胞を体に抱えながら、この免疫監視装置により生かされているのです。


 ガンになりやすい要因として、例えば放射線の被曝、タバコに含まれる化学物質、C型肝炎などのウィルス、活性酸素の影響や、ガン遺伝子の存在が広く知られています。一方、乳ガン患者に1年間の集団精神療法を行った群の方がそうでない群より生存期間が長いことや、早期の悪性黒色腫患者に対して健康教育やストレス対処法を行った方が生命予後が良いなどが報告されています。ガン患者に対して、心のあり方やとらえ方がガンの進行に無視できない影響を与えていることを示しています。残念なことに、脳が免疫系とネットワークを持っているだろうと推測されていましたが、確証が得られていなかったのです。


 デビット・フエルトン教授は、脾臓を顕微鏡で調べている時に偶然にも神経系と免疫系が神経繊維で連絡されていることを発見しました。神経系と免疫系の会話の事実は、心が免疫系に影響を及ぼすことが確実になったのです。


 免疫とは、自己と非自己を区別し、非自己を排除する仕組みを言います。例えば細菌やガン細胞を非自己と認識しますと、まず自然免疫が働き、次いで獲得免疫が活動し殺します。実際に、日本人が発見したNK細胞(自然免疫の一つ)は、ガン細胞に対して死の接吻と呼ばれる破壊力で生体を防衛します。このNK細胞の働きはストレスにより低下しますし、笑いなど心地よい情動により強められます。集中内観体験の前後でその働きが増す報告もあります。心が治癒力を持っことになるのです。


 今まで話したことより、私は安田シマさんの生命力の秘密は内観にあったと信じています。最後に、内観することにより、気持ちが自由になり、心の安らぎが得られれば、免疫系の働きが増し、体に良いことは間違いがないのです。