生活教育 2000-6 ESSAY
【 なぜ多い若い女性のアルコール依存 】
吉 本 博 昭 富山市民病院精神科部長
ローラー・ボーの自叙伝「私は仮面の妖精だった」をお読みになりましたか。ゴルフ好きな方や中年の方は、彼女の微笑みとその姿態が脳裏に残っているでしょう。
彼女がアルコール依存症(以下、ア症)である事実は人々をびっくりもさせ、どうしてという思いとともに、ア症は日常的な病気であるという認識を与えてくれます。ボーはこの本の中で、自分がアダルト・チルドレンでア症であることを赤裸々に語っていますし、病からの回復物語はア症治療者にとって感動的でもあります。
「キッチン・ドリンカー」という言葉が女性飲酒者の代名詞としてマスコミを賑わしてから、20年あまりの歳月が流れています。女性の飲酒問題は、水商売の女性に限られていると考えられていましたが、アルコールとは無関係と思われた中年家庭婦人のなかに重篤なア症者が出現したことが、ショッキングな事実として報道されたのです。
しかし、すでに24年前には飲酒人口の割合の男女比が1.4 となり、20歳代では男女の飲む機会は等しくなっています。その頃、飲酒量は男性の方が多かったのですが、近頃はCMで女性がビールを飲む姿に異和感がなくなり、仕事帰りに女性専用のパブが盛況であることが報じられ、飲酒量の男女差は怪しくなってきています。若い女性のアルコール問題が心配です。
メール相談での発見
私は、アルコール問題をめぐる偏見の打破や正しい医療情報を知ってほしいと考え、平成9年に”Goodーbyeアルコール依存症”というホーム・ページを開設し、電子メールによるアルコール相談も受けてきました。
メール相談を始めると、アルコール専門外来での相談風景と異なることに気がついたのです。相談者はインターネット利用者層の20、30歳代が多く、9割りを占めています。その中の3分の1が自分のアルコール問題を相談し、その内訳は男女がほぼ同数です。つまり、若い女性のアルコール問題は大きな問題となってきているものの、医療や保健という俎上に載せられていないだけで、現実は由々しき事態に陥り始めているとも言えるのです。
飲まずにいれない訳
メール相談はバーチャル・コミュニティの出来事であり、相談者を特定しにくいという気安さも手伝って、相談の始めからシリアスな内容が飛び交います。そんな環境で語られた、若い女性がなぜアルコールに走るのか紹介してみます。
第一にあげられるのは、親からの見捨てられ体験が飲酒につながっていると思われるタイプです。たとえば、経済的困窮のなかで精神的にも経済的にも母を支えてきたと思っていたA子は、母に新しい男性が現れた時、「私はこんなにおかあさんのことを思っているのに、どうして・・・?」と感じ、母を幸せにするという「夢」もなくなったと思いつつも、言いたいことはすべて我慢して飲みこんでしまい、不眠症に陥ります。アルコールは眠剤代わりであると同時に「忘却水」になり、酒浸りの生活に陥り、メール相談に至りました。
第二に、女性の社会進出に伴うストレス回避の飲酒タイプがあげられます。B子の場合、大学に入ってから人間関係のストレスや将来への不安が募り、お酒を飲めば楽になれるような気がして、一人で飲酒するようになりました。就職してからは、慣れない土地での生活や仕事、人間関係の悩みなどをお酒で紛らしてブラックアウト(飲酒時の記憶喪失)を重ね、相談となりました。B子は、「常にトップの営業成績を上げるキャリアウーマン、会社の外では優しい恋人、そんな期待に応えようとする気持ちと本当の自分とのギャップがどうしても埋められなくなった時、お酒に走ってしまう」と自己分析をしています。
第三は、トラウマ回避の飲酒。C子は、小学校高学年の時にレイプに遭いますが、自分の注意が足りなかったと注意されて心に二重のハンディーを背負い、大人になっても人とのコミュニケーションが取りにくく、自暴自棄になって飲酒してしまうという問題を抱えています。
B子に認められる飲酒は特に、若い女性の生き方と深く係わっています。昭和61年に施行された男女雇用機会均等法に示されるように、女性の労働市場への参加が男女の在り方の概念を変え、平成9年の均等法改正により女性が職場に進出しやすくなった反面、女性労働一般に関する時間外、休日労働、深夜業の規制が解消されるなど、厳しさを増しています。女性をめぐる環境の変化は、アイデンティティ・クライシスを生じやすく、手頃で簡単に逃げ込みやすい飲酒が利用されやすいと考えられます。
保健婦活動に期待すること
ア症はいまだ中年男性に多いのが現状です。しかし、医療を離れてメール相談から若い女性のアルコール問題をみた場合、彼女らの保健や医療機関とのパイプは皆無です。アルコール問題が女性や未成年者、老人へと広がりをみせているなかで、特に一見社会的に問題がない女性のなかに問題は潜んでいます。保健婦活動に際しては、女性の社会進出がジェンダー・バイアスを生み、男性よりお酒に逃げやすい状況を形成させやすくしていることや、C子のように女性性特有の悩みから飲酒問題を生じていることも知っておくべきでしょう。A子のような一種の喪失体験は、男性ア症者に多く認められる現象であり、アルコール問題を考える場合のキー概念になっているこしは今さら言うまでもありません。
女性ア症の場合、摂食障害の合併や多剤乱用など男性ア症よりも表現形態が多様で、ジェンダー問題がより複雑化させています。そのため、女性ア症者は男性には話しにくいことが多いはずです。保健婦活動はこの分野での寄与が多く、増えつつある若い女性ア症への理解とサポートを切に期待する次第です。
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